ヴィツゥ ─ 「より少なく、しかしより良く」を体現する家具ブランド

ヴィツゥ(Vitsœ)は、1959年にデンマーク人家具商ニールス・ヴィツゥとドイツ人インダストリアルデザイナーのオットー・ツァプフによって、ドイツ・フランクフルトに設立された家具メーカーである。20世紀を代表するインダストリアルデザイナー、ディーター・ラムスが手がける家具を製造・販売する唯一の企業として、半世紀以上にわたりモジュラー家具の頂点に君臨し続けている。

創業以来、ヴィツゥが掲げる理念は一貫して明快である。「より良く暮らす、より少なく、より長く(Living better, with less, that lasts longer)」。流行を追わず、消費を煽らず、世代を超えて使い継がれる家具だけをつくる。この姿勢は、大量消費社会への根源的な問いかけであると同時に、サステナビリティという概念が広く認知される遥か以前から実践されてきた先見的なデザイン哲学の結実でもある。

現在、ヴィツゥが製造する製品は、606ユニバーサル・シェルビング・システム、620チェア・プログラム、621テーブルの3つのプロダクトラインのみである。わずか3種の製品群でありながら、その完成度の高さとモジュラーシステムとしての無限の拡張性により、世界90カ国以上の顧客に直接販売を行っている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)やロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館にも永久収蔵されており、デザイン史における不朽の地位を確立している。

ブランドの特徴とコンセプト

ディーター・ラムスの「良いデザインの10原則」

ヴィツゥの家具哲学を理解するには、デザイナーであるディーター・ラムスが1970年代後半に提唱した「良いデザインの10原則(Ten Principles for Good Design)」を知ることが不可欠である。「自分のデザインは良いデザインなのか?」という自問から生まれたこの原則は、ヴィツゥの製品開発の根幹を成すと同時に、アップル社のジョナサン・アイブをはじめ、21世紀のデザイナーたちにも多大な影響を与え続けている。

1. 良いデザインは革新的である
技術革新と連動し、それ自体が目的とならない革新性を備える。
2. 良いデザインは製品を有用にする
機能的、心理的、美的基準を満たし、有用性を最大限に引き出す。
3. 良いデザインは美的である
日々使う製品の美的品質は、その有用性と不可分の関係にある。
4. 良いデザインは製品を理解しやすくする
製品の構造を明確にし、最良の場合には自明のものとする。
5. 良いデザインは控えめである
道具としての性格を持つ製品は、使用者の自己表現の余地を残す。
6. 良いデザインは誠実である
製品を実際以上に革新的、強力、または価値あるものに見せかけない。
7. 良いデザインは長命である
流行を避け、使い捨て社会においても何年にもわたって持続する。
8. 良いデザインは最後のディテールまで徹底している
何ものも恣意的であったり偶然に委ねられてはならない。
9. 良いデザインは環境に配慮する
資源を保全し、製品のライフサイクル全体を通じて汚染を最小限にする。
10. 良いデザインは可能な限り少なくデザインする
本質に集中し、製品に余分なものを負わせない。「より少なく、しかしより良く」。

「システム思考」というブランドの核心

ヴィツゥの製品群に通底するのは、「システム思考(System-Thinking)」という設計哲学である。すべての製品はパーツのキット(kit of parts)として設計されており、必要に応じて拡張し、再構成し、移動先に持ち運び、次の世代へと受け渡すことができる。一つの棚板から始めて図書館規模のシステムへと成長させることも、引越し時にすべてを解体して新居で再構築することも可能である。ヴィツゥはこの柔軟性を「何も捨てない(Nothing gets thrown away)」という言葉で表現する。

この思想は製品のみならず、企業活動全体に貫かれている。季節ごとのセールは行わず、すべての顧客に対して単一の公正な価格を提示する。販売はすべて顧客への直接販売であり、サードパーティの代理店を介さない。そして、顧客に対しては「最初は少なく買い、必要になったら後から追加すること」を積極的に推奨するという、通常のビジネスモデルとは真逆のアプローチを取っている。

サステナビリティの先駆者として

ヴィツゥは、「リサイクルは最後の手段」と位置づけ、まず再利用(Reuse)、修理(Repair)、再構成(Repurpose)を優先する姿勢を一貫して示してきた。この考え方は、現代のサーキュラーエコノミー(循環型経済)の理念に先駆けるものである。ケンブリッジ大学産業サステナビリティセンター(EPSRC Centre for Industrial Sustainability)の創設メンバーとしても招聘され、そのビジネスモデルはサステナブルな産業システムの好例として学術的にも評価されている。

ブランドヒストリー

創業期 ─ ラムスの家具を世に送り出す(1957–1960年代)

ヴィツゥの起源は、1957年にさかのぼる。当時ブラウン社に勤務していた若きディーター・ラムスは、エルヴィン・ブラウンに他社のために家具をデザインしてよいかと許可を求めた。ブラウンの答えは即座にして明快であった。「もちろん。我々のラジオの市場拡大に役立つだろう」。この寛大な判断が、20世紀家具デザイン史における最も実りある協働の一つを生み出すことになる。

ラムスはまず、フラットパック式のモジュラー収納システム(571モンタージュ・システム、後のRZ 57)を開発した。その後、ドイツ人デザイナーのオットー・ツァプフがケルン家具見本市でデンマーク人家具商ニールス・ヴィツゥと出会い、1959年9月4日、フランクフルトにて「ヴィツゥ+ツァプフ(Vitsoe+Zapf)」が設立された。翌1960年には、ラムスの代表作となる606ユニバーサル・シェルビング・システムが壁面取付型の収納ソリューションとして発表される。

成長と確立(1960年代–1970年代)

1962年には620チェア・プログラムと621テーブルが発表され、ヴィツゥの製品ラインナップの骨格が確立された。620チェア・プログラムはロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館の永久収蔵品に選ばれ、1969年のウィーン国際家具展覧会では金メダルを受賞した。1973年には、ドイツ連邦裁判所が620チェアに対して著作権保護を認め、「この椅子のデザインは、極めて高い美的価値を有する個人的かつ独創的な創作物である」との判断を示した。

1969年にオットー・ツァプフが退社し、社名は「ヴィツゥ」に改められた。この時期、製品名もRZ番号方式から、発表年と登場順序に基づく現在の番号体系(606、620、621)へと変更された。コーポレートアイデンティティはグラフィックデザイナーのヴォルフガング・シュミットにより、アドリアン・フルティガーのユニヴァース書体を用いて構築された。

1976年、ディーター・ラムスはニューヨークで「Design by Vitsœ」と題した先見的な講演を行い、責任あるデザインへの信念を表明した。ラムスはこの講演で「自然資源の不可逆的な不足の増大」に注意を喚起し、デザイナーをはじめすべての人々に対して、身の回りの世界の状態により大きな責任を持つよう呼びかけた。

危機と再生 ─ マーク・アダムスの参画(1985年–1990年代)

1985年、英国人のマーク・アダムスがロンドンのインテリアショップ「リフレックス」で606ユニバーサル・シェルビング・システムと出会い、その後フランクフルトでニールス・ヴィツゥとディーター・ラムスに面会した。同年、アダムスはヴィツゥUK社を設立し、ロンドンのバトラーズ・ワーフにショールームを開設する。

1993年、ニールス・ヴィツゥの引退に伴い、アダムスはヴィツゥ本社のマネージング・ディレクターに就任した。当時、会社は財政的な困難に直面していたが、アダムスは1995年に単独オーナーシップを取得し、生産拠点をドイツから英国へ移転させた。この決断によりヴィツゥは国際市場への対応力を強化し、今日の成長の礎を築いた。

21世紀 ─ グローバル展開と新本社(2000年代–現在)

2000年代以降、ヴィツゥはロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルス、ミュンヘンに直営ショップを展開し、グローバルなプレゼンスを確立した。606ユニバーサル・シェルビング・システムはニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久収蔵品にも選ばれている。

2013年1月、ディーター・ラムスはヴィツゥに対して、自身の家具デザイン全コレクションの独占的世界ライセンスを付与した。これにより、ヴィツゥはラムスの家具デザインを製造・販売する世界唯一の企業となった。同年、サードパーティ・ディーラーを介した販売を停止し、すべてエンドユーザーへの直接販売に切り替えた。

2017年には、英国ウォリックシャー州ロイヤル・レミントン・スパに新本社兼生産施設が完成した。ヨットデザイナーのマーティン・フランシスとの協働により設計されたこの建物は、英国初の全ビーチLVL(積層単板材)構造建築であり、全長135メートル、幅25メートル、高さ6メートルの壮大なスケールを誇る。鋸歯状の北向き屋根から自然光と換気を取り込む設計は、ヴィツゥの家具と同様の「システム思考」に基づき、将来の変化に対応して柔軟に拡張・再構成できるよう設計されている。建設費575万ポンドは、世界中の顧客によるミニボンドへの出資によって賄われた。

現在、ヴィツゥはレミントン・スパの本社から世界90カ国以上に直接配送を行っており、サステナブルなビジネスモデルの実践者として、学術・産業の両分野から高い評価を受けている。

主なインテリアとその特徴

606ユニバーサル・シェルビング・システム(1960年)

ヴィツゥの代名詞ともいうべき壁面収納システムである。1960年にディーター・ラムスによって設計されたこの製品は、発表以来60年以上にわたり継続的に生産・改良され続けている。

システムの核となるのは、壁面に取り付けるアルミニウム製のEトラックである。棚板、キャビネット、テーブルはすべて小さなアルミニウムピンによってEトラックに吊り下げる構造で、工具を必要としない。棚板は3つの向き(通常、逆さ、縦置き=マグネットピンボードとして使用)で取り付けることができ、ベイ幅はナロー(狭幅)とワイド(広幅)の2種類が用意されている。たとえば幅約4.9メートルの壁面には、27通りのベイの組み合わせが可能である。

一枚の棚板から購入でき、必要に応じて後からキャビネットや追加の棚板を加えることができる。引越しの際にはすべてを解体して新居に持ち運び、再構成することが可能であり、ヴィツゥのプランニングチームが再配置の設計支援を提供する。中古市場では新品と同等、あるいはそれ以上の価格で取引されることも珍しくなく、長期的に見れば安価な代替品よりも経済的であるとヴィツゥは主張する。

606シェルビング・システムは、イタリア最高裁判所(破毀院)により「芸術作品」として著作権保護が認められている。判決では、金属棚板のデザインについて「極めて抑制的、明晰かつ静謐」で「不安を生じさせるデザイン要素が皆無」であると評された。

620チェア・プログラム(1962年)

1962年に発表された620チェア・プログラムは、一脚のアームチェアから始まり、もう一脚を加えてソファに、さらにフットスツールを組み合わせるなど、モジュラー方式で多彩な構成を実現する画期的な椅子のシステムである。606シェルビング・システムと同様に「パーツのキット」として設計されており、年月を経た後にもファブリックの張り替え(リアップホルスタリー)が可能である。

ドイツ連邦裁判所は1973年に620チェアに著作権保護を付与し、「この椅子のデザインは、極めて高い美的価値を有する個人的かつ独創的な創作物である」と判示した。デザイン評論においては、マルセル・ブロイヤー、ミース・ファン・デル・ローエ、ル・コルビュジエ、アルヴァ・アアルト、エーロ・サーリネンの作品と並ぶ、20世紀を代表する家具デザインの一つとして評価されている。620チェアはドイツ連邦首相府でも使用されている。

2013年以降、ヴィツゥとディーター・ラムスの手によって再設計・再発表され、現在はvitsoe.comおよびヴィツゥの直営ショップでのみ購入可能である。

621テーブル(1962年)

620チェア・プログラムのコンパニオンとしてディーター・ラムスが1962年にデザインしたサイドテーブルである。プラスチックを「高貴で長寿命な素材」に昇華させるというラムスの信念を体現した製品であり、手塗りによる独特のテクスチャー仕上げが耐久性と帯電防止性を両立している。

ラージとスモールの2サイズ、ブラックとオフホワイトの2色が用意されており、単体でも複数組み合わせてもインテリアに調和する。620チェアのみならず、あらゆる椅子、ベッド、ソファの傍らに置くことを想定した汎用性の高いテーブルである。

主なデザイナー

ディーター・ラムス(Dieter Rams, 1932年–)

1932年5月20日、ドイツ・ヴィースバーデン生まれ。指物師であった祖父から幼少期に木工の手ほどきを受け、ヴィースバーデン美術工芸学校でインテリアデザインの基礎課程および建築課程を修了した。ウルム造形大学(バウハウスの後継校)の指導者であるハンス・グゲロート、フリッツ・アイヒラー、オトル・アイヒャーに大きな影響を受けている。

1955年にブラウン社にインテリアアーキテクトとして入社し、1961年から1995年までプロダクトデザイン部門の責任者を務めた。ブラウンでの40年間に500点以上の製品デザインを手がけ、SK4フォノグラムの透明アクリル蓋、T3ポケットラジオ、ET66電卓など、20世紀を代表する数々のプロダクトデザインを生み出した。

家具デザインにおいては、ヴィツゥとの協働を通じて606ユニバーサル・シェルビング・システム、620チェア・プログラム、621テーブルをはじめとする作品を発表した。1970年代後半に提唱した「良いデザインの10原則」は、アップル社のデザイン哲学にも大きな影響を与えたことで広く知られ、21世紀のデザイナーたちにとっての指針であり続けている。英国王立芸術協会より名誉ロイヤル・デザイナー・フォー・インダストリー(RDI)の称号を授与されている。

亡き妻インゲボルグ・ラムス(旧姓クラハト、1931年–2022年)とともに「ラムス財団」を設立し、責任あるデザインの普及と、より穏やかで意義のある暮らしの促進に取り組んでいる。2018年には、アメリカ人映画監督ゲイリー・ハストウィットによるドキュメンタリー映画『Rams』(ブライアン・イーノによるサウンドトラック)が世界公開された。

基本情報

正式名称 Vitsœ(ヴィツゥ)
旧称 Vitsoe+Zapf(ヴィツゥ+ツァプフ、1959年–1969年)
設立 1959年9月4日
創業者 ニールス・ヴィツゥ(Niels Vitsœ、デンマーク)、オットー・ツァプフ(Otto Zapf、ドイツ)
現マネージング・ディレクター マーク・アダムス(Mark Adams)
デザイナー ディーター・ラムス(Dieter Rams、1932年–)
本社・生産拠点 英国ウォリックシャー州ロイヤル・レミントン・スパ(Royal Leamington Spa, Warwickshire, UK)
設立地 ドイツ・フランクフルト(Frankfurt am Main, Germany)
直営ショップ ロイヤル・レミントン・スパ(英国)、ロンドン(英国)、ミュンヘン(ドイツ)、ニューヨーク(米国)、ロサンゼルス(米国)
販売形態 世界90カ国以上への直接販売(サードパーティ代理店なし)
主要製品 606ユニバーサル・シェルビング・システム、620チェア・プログラム、621テーブル
公式サイト https://www.vitsoe.com