Anglepoise(アングルポイズ)― 英国が生んだタスクライトの原型
Anglepoise(アングルポイズ)は、1932年に自動車サスペンションの技術者ジョージ・カワーダインが発明した独創的なスプリング機構から誕生した、英国を代表する照明ブランドである。軽く触れるだけでアームが自在に動き、手を離せばその位置で静止する——この画期的なバランス機構は、タスクライティングの概念そのものを刷新した。以来90年以上にわたり、創業家テリー一族の手で守り継がれてきたアングルポイズは、英国デザインの象徴として世界中の住宅、オフィス、ホテル、美術館を照らし続けている。
ブランドの特徴・コンセプト
アングルポイズの根幹を成すのは、「コンスタント・テンション・スプリング」と呼ばれる独自のバランス機構である。対になるスプリングが互いに拮抗することで一定の張力を生み出し、どの角度に動かしてもランプが安定して静止する。この工学的原理は、1932年の創案以来基本構造を変えることなく、すべてのコレクションに受け継がれている。
ブランドの哲学は「Abandon Darkness(暗闘を捨てよ)」という言葉に集約される。必要な場所に、必要なだけの光を、正確に届ける——そのために最適化された機構と造形は、装飾に頼らない機能美そのものである。同時に、スプリングで繋がれたアームが見せる擬人的なシルエットには独特の愛嬌があり、無骨さと親しみやすさを併せ持つ点がアングルポイズの比類なき個性となっている。
近年は「Guaranteed for Life(生涯保証)」を掲げ、修理・リワイヤーサービスを積極的に展開する。使い捨てではなく世代を超えて受け継ぐ照明器具として、サステナビリティの観点からも高い評価を受けており、2024年にはB Corp認証を取得した。
ブランドヒストリー
原点 ― ジョージ・カワーダインの発明(1932年)
アングルポイズの物語は、自動車サスペンションの専門家であったジョージ・カワーダイン(1887–1947)が、車両懸架装置の研究過程で新種のスプリング機構を着想したことに始まる。伸縮自在でありながら任意の位置で静止するこのスプリングが、タスクライトに応用可能であることをカワーダインは見抜いた。1932年7月4日に特許(第404,615号)を出願し、自身の工房カーダイン・アクセサリーズ(バース市)で最初のランプを製作した。
ハーバート・テリー&サンズとの協業(1934年)
需要の急増に対応すべく、カワーダインは1934年2月22日、ウスターシャー州レディッチに拠点を置くスプリングメーカー、ハーバート・テリー&サンズとライセンス契約を結んだ。同社の創業者ハーバート・テリーの長男チャールズ・テリーが自ら契約に署名し、スプリング製造の専門技術とカワーダインの設計が融合する。当初「エクイポイズ(Equipoise)」と命名する予定であったが、既存の英単語であるとの理由で商標登録が却下され、「アングルポイズ(Anglepoise)」の名が採用された。
Model 1208からOriginal 1227へ(1934–1935年)
最初の製品Model 1208は4本スプリングの工業用ランプとして1934年に発売された。翌1935年には家庭やオフィスでの使用を想定し、3本スプリングとアール・デコ調の三段ベースを備えたModel 1227が登場する。この洗練された佇まいが市場に広く受け入れられ、以後30年以上にわたってほぼ同一の設計で生産が続けられた。Model 1227はアングルポイズの原型であり、現在もOriginal 1227™として進化を続ける不朽の名作である。
戦時と戦後 ― 英国史に刻まれた光
第二次世界大戦中、アングルポイズは爆撃機の航法士席用ランプとして英国空軍に採用された。爆撃軍団司令官アーサー・ハリス卿もまた、執務机にModel 1227を置いた姿が繰り返し写真に記録されている。1985年、スコットランドのネス湖から引き揚げられた墜落ウェリントン爆撃機の機内から発見されたアングルポイズは、約40年の湖底沈没を経てなお点灯可能であったとされ、その堅牢性を示す伝説的なエピソードとして語り継がれている。
戦後は材料不足によりアーム素材がスチールからアルミニウムへ移行するなど細部の変更を経ながらも、基本設計の核心は維持された。1969年には円形ベースとフルート状シェードを特徴とするModel 75が登場し、1989年にはモジュラー式ジョイントを採用したApex 90へと進化を遂げる。
テリー家による再生とブランド確立(1970年代–2000年代)
1971年、ハーバート・テリー&サンズはアソシエイテッド・スプリング・コーポレーションに売却されるが、1975年にジョン・テリーが照明部門を買い戻し、アングルポイズ・ライティング社を設立した。2002年にはその子サイモン・テリーが代表に就任し、テリー家第5世代としてブランドを率いる。本社をレディッチからポーツマスへ移転し、国際的なプレミアムブランドとしての再構築を推進した。
サー・ケネス・グランジの参画(2003年)
2003年、英国を代表するプロダクトデザイナーであるサー・ケネス・グランジがアングルポイズのデザインディレクターに就任した。グランジはアングルポイズを「バランスのささやかな奇跡」と評し、最初の仕事としてType 3™を発表。続く2004年には、1970年代のApex 90をモダニズムの文脈で再解釈したType 75™を完成させた。簡潔な造形と流麗な動き、そして完璧なバランスを備えたType 75は、瞬く間にブランドのベストセラーとなり、現行コレクションの中核を担っている。グランジは2024年までデザインディレクターとしてブランドの方向性を導いた。
コラボレーションの展開(2004年–現在)
2004年、英国モダニズムの美学を敬愛するファッションデザイナー、マーガレット・ハウエルとの協業が始まった。サクソンブルー、シーグラス、イエローオークルといった大地の色調をType 75に纏わせたコレクションは、発売のたびに即完売を繰り返す人気を誇る。また、英国ファッション界の重鎮ポール・スミスとの継続的なコラボレーションでは、Type 75に大胆なマルチカラーのストライプを施し、照明と色彩の遊び心あふれる融合が実現されている。
2005年には、ロアルド・ダール・ミュージアムの依頼により、作家が愛用したOriginal 1227™を巨大化したジャイアントランプが初めて制作された。3基のみの限定生産品の一つは、映画監督ティム・バートンがチャリティオークションで落札したことでも知られる。さらに、ナショナル・トラストとのライセンスコレクションでは、英国の自然からインスピレーションを得た限定カラーを展開し、その売上の一部を歴史的建造物の保全に充てている。
現代 ― B Corp認証と生涯保証
2020年1月より、全製品に「Guaranteed for Life(生涯保証)」を導入。リワイヤーサービスやパーツ交換を通じて、使い捨てに抗する長寿命設計を貫いている。2024年にはB Corp認証を取得し、社会的・環境的パフォーマンスにおいても第三者基準を満たすブランドとして認められた。2009年にはOriginal 1227™が英国ロイヤルメールの切手に採用されるなど、アングルポイズは英国文化遺産としての地位をも確立している。
主なコレクションとその特徴
Original 1227™
1935年に誕生したModel 1227の直系にあたるフラッグシップコレクション。三段ベース、3本スプリング、金属スピニングによるシェードという原型の意匠を忠実に継承しつつ、LED対応やブラス仕上げなど現代的なバリエーションを展開する。デスクランプ、フロアランプ、ウォールランプ、ペンダントライトに加え、ミニ、マキシ、ジャイアントとスケールも多彩に揃う。Financial Timesは「頭脳と身体を持つランプ」と評し、WIRED誌は「すべてを変えた12のデザイン」の一つに選出している。
Original 1227™ Brass
Original 1227の古典的なフォルムを、真鍮素材で仕立て上げた上位コレクション。無垢の真鍮が時間とともに深い飴色へと変化する経年美を愉しめる。デスクランプ、ウォールライト、ペンダント、マキシペンダントを展開し、クラシカルな空間にも高級感のあるアクセントを加える。
Original 1227™ Mini / Mini Ceramic
Original 1227をコンパクトに再構成したミニコレクション。限られたデスクスペースやベッドサイドに最適なサイズ感を実現する。ミニセラミックはシェードに陶器を用いた特別仕様で、光を透過する温かみのある質感が空間に柔らかな表情をもたらす。
Original 1227™ Giant
ロアルド・ダール・ミュージアムの依頼をきっかけに誕生した大型コレクション。Original 1227のアイコニックなシルエットをスケールアップし、商業空間やエントランスホールなどの広大な空間に存在感を放つ。ペンダント、フロアランプとして展開される。
Type 75™
サー・ケネス・グランジが2004年にデザインした、ブランドのベストセラーコレクション。1970年代のApex 90を出発点に、モダニストの簡潔さと無駄のない機能性を現代に翻訳した。アルミニウムシェード、マットペイント仕上げ、クロームメッキの金具が洗練された佇まいを生み出す。デスクランプ、フロアランプ、ウォールマウント、ペンダント、ウォールライトと幅広い形態で展開され、ポール・スミスやマーガレット・ハウエルとのコラボレーションモデルも高い人気を誇る。
Type 75™ Mini
Type 75の機能性をそのままに、よりコンパクトなフォルムに凝縮したコレクション。省スペースでありながらコンスタント・テンション・スプリング技術による完璧なバランスを備え、小さなデスクや書棚周りに最適な選択肢となる。通常カラーに加え、メタリック仕上げやコラボレーションモデルも用意される。
Type 80™
サー・ケネス・グランジによるもう一つのコレクション。Type 75の設計思想を受け継ぎながら、独自のプロポーションとディテールで差別化を図る。デスクランプ、フロアランプ、ウォールマウント、ペンダントを揃え、多彩なカラーバリエーションを展開する。
90 Mini Mini™
1970年代のModel 90から着想を得た、アングルポイズ社内デザインチームによるコンパクトモデル。通常のデスクランプの約半分のサイズでありながら、古典的なアングルポイズのキャラクターと調整機構を備える。長寿命・調光対応のLEDモジュールをシェードに内蔵し、USB給電による高い携帯性を実現。ニューヨーク・タイムズ傘下のWirecutter誌「2022年ベストデスクランプ」に選出された。
主なデザイナー
ジョージ・カワーダイン(George Carwardine, 1887–1947)
英国バース出身の自動車エンジニア。ホーストマン自動車会社でチーフデザイナーを務め、車両サスペンションシステムを専門としていた。同社の破綻を機に独立し、懸架技術の研究から生まれたコンスタント・テンション・スプリング機構をタスクライトに応用するという着想を得た。1932年の特許出願からハーバート・テリー&サンズとの協業を経て、バランスドアームランプという新たなカテゴリを世に送り出した。その発明は20世紀英国デザイン史における最も重要な成果の一つに数えられる。
サー・ケネス・グランジ(Sir Kenneth Grange, 1929–)
英国プロダクトデザインの巨匠。ペンタグラムの共同創設者として、インターシティ125高速列車、ケンウッドのキッチン家電、パーカーの万年筆、ロンドンの黒タクシーなど、英国の日常を形づくる数多のプロダクトを手がけた。2003年にアングルポイズのデザインディレクターに就任し、Type 3™、Type 75™、Type 80™などの現行コレクションを設計。2024年まで約20年にわたりブランドの創造的指針を担い、カワーダインの工学的遺産を現代デザインの文脈で昇華させた。
テリー家(The Terry Family)
1855年創業のハーバート・テリー&サンズを起源とし、カワーダインのライセンス契約以来、五世代にわたってアングルポイズを守り育ててきた一族。チャールズ・テリーによる最初の契約締結に始まり、ジョン・テリーによる照明部門の買い戻し(1975年)、サイモン・テリーの代表就任(2002年)と、一貫してファミリービジネスとしてのブランド運営を続けている。
コラボレーター
マーガレット・ハウエル(Margaret Howell)は、英国モダニズムの簡潔さと機能性への共感からアングルポイズとの協業を2004年より継続している。ポール・スミス(Paul Smith)は、英国の伝統と現代性を融合する独自の美学でType 75にマルチカラーのアクセントを加え、デザインの遊び心を拡張している。いずれのコラボレーションも、アングルポイズの基本構造を尊重しながら、ファッションの視点から新たな魅力を引き出すものである。
基本情報
| ブランド正式名称 | Anglepoise(アングルポイズ) |
|---|---|
| 前身 | Herbert Terry & Sons(ハーバート・テリー&サンズ、1855年創業) |
| ブランド創設年 | 1934年(カワーダインとテリー社のライセンス契約締結) |
| 創設者 | ジョージ・カワーダイン(George Carwardine, 1887–1947)/ チャールズ・テリー(Charles Terry) |
| 現代表 | サイモン・テリー(Simon Terry)― テリー家第5世代 |
| 本社所在地 | ポーツマス、イングランド、英国 |
| 事業内容 | タスクランプ、デスクランプ、フロアランプ、ウォールライト、ペンダントライトの設計・製造・販売 |
| 主なコレクション | Original 1227™ / Original 1227™ Brass / Type 75™ / Type 75™ Mini / Type 80™ / 90 Mini Mini™ / Original 1227™ Giant |
| 認証 | B Corp認証取得(2024年) |
| 保証 | Guaranteed for Life(生涯保証、2020年1月以降購入分) |
| 公式サイト | https://www.anglepoise.com |