ヴェリエーロ ブックケースは、イタリア合理主義建築の巨匠フランコ・アルビーニが1940年に設計した、20世紀デザイン史における最も革新的な収納家具のひとつである。イタリア語で「帆船」を意味する「Veliero」の名を冠するこの作品は、床と天井の間に張られたスチールケーブルによってガラス棚板を支持するという、重力に抗うかのような構造を実現している。

本作は、アルビーニがミラノの自邸のために設計した家具群の中でも最高傑作として位置づけられ、その後イタリアの名門家具メーカーカッシーナによって「I Maestri(イ・マエストリ)」コレクションの一作品として復刻生産されている。構造的誠実さと視覚的な軽やかさを両立させた本作は、機能主義を超越した詩的な美しさを湛え、現代においてもなお新鮮な驚きを与え続けている。

特徴・コンセプト

テンション構造という革新

ヴェリエーロの最大の特徴は、従来の家具設計の常識を覆すテンション(引張)構造にある。一般的なブックケースが圧縮力によって荷重を支えるのに対し、本作はスチールケーブルの張力によって棚板を宙に浮かせる。この構造原理は、帆船のマストとリギング(索具)から着想を得たものであり、「ヴェリエーロ」という名称の由来となっている。

素材の対話

アルビーニは本作において、工業素材の可能性を最大限に引き出している。冷たく硬質な印象を与えがちなスチールとガラスという素材が、繊細なケーブルワークと透明な棚板によって、驚くほど軽やかで優雅な表情を見せる。木製の垂直支柱との組み合わせは、工業的な合理性と手仕事の温もりを調和させ、空間に品格をもたらしている。

空間への配慮

床から天井まで伸びる構造は、単なる収納家具を超えて空間を分節する建築的要素として機能する。透明なガラス棚板は視線の抜けを確保しつつ、書籍やオブジェを美しく展示する舞台となる。アルビーニが追求した「軽さの美学」は、限られた空間を最大限に活用しながら、開放感を損なわない設計哲学を体現している。

エピソード

ヴェリエーロ ブックケースは、1940年にフランコ・アルビーニがミラノのヴィア・デ・トーニにある自邸を改装した際に誕生した。戦時下のイタリアにおいて、アルビーニは限られた資材と空間の中で、いかにして美と機能を両立させるかという課題に取り組んでいた。

自邸という私的な実験の場において、アルビーニは建築と家具の境界を溶解させる試みを重ねた。ヴェリエーロはその成果の結晶であり、彼の設計事務所を訪れた建築家やデザイナーたちに深い感銘を与えた。当時の写真には、書籍と芸術作品が美しく配された本棚が、モダニズム建築の理想を体現する空間の中心として存在する姿が記録されている。

長年にわたりアルビーニの遺族が所蔵していたオリジナルの図面と試作品は、後にカッシーナによる復刻プロジェクトの礎となった。2011年、カッシーナはアルビーニ財団との協働により、オリジナルの設計思想を忠実に再現しながら、現代の製造技術と安全基準に適合した復刻版の生産を開始した。

評価

ヴェリエーロ ブックケースは、発表当時からイタリア合理主義デザインの頂点を示す作品として高く評価されてきた。構造と美の融合、工業素材の詩的な表現、そして空間への繊細な配慮は、後進のデザイナーたちに多大な影響を与えている。

ニューヨーク近代美術館(MoMA)は本作をパーマネントコレクションに収蔵しており、20世紀デザインの重要な到達点として位置づけている。また、ミラノ・トリエンナーレ美術館においても、イタリアデザインを代表する作品として展示されている。

建築史家のマンフレッド・タフーリは、アルビーニの家具デザインについて「建築的思考の家具への翻訳」と評し、空間全体を視野に入れた統合的な設計手法を称賛している。また、現代のデザイン評論家たちは、ヴェリエーロが示した「軽さ」の概念が、イタロ・カルヴィーノの文学論『アメリカ講義』における「軽さ」の価値と響き合うものであると指摘している。

フランコ・アルビーニについて

フランコ・アルビーニ(1905-1977)は、20世紀イタリアを代表する建築家・デザイナーである。ミラノ工科大学で建築を学んだ後、ジオ・ポンティの事務所で研鑽を積み、1930年代から独自の設計活動を開始した。

建築家としては、ジェノヴァのパラッツォ・ビアンコ美術館(1950-51)やパラッツォ・ロッソ美術館(1952-61)の改修、ミラノ地下鉄駅舎の設計などで知られる。家具デザイナーとしては、ヴェリエーロのほか、籐製の「マルゲリータ」チェア(1951)、「ルイーザ」チェア(1955)など、数々の名作を生み出した。コンパッソ・ドーロを3度受賞し、イタリアデザインの礎を築いた巨匠として、今日なお深い敬意を集めている。

基本情報

名称 ヴェリエーロ ブックケース / Veliero Bookcase
デザイナー フランコ・アルビーニ / Franco Albini
デザイン年 1940年
メーカー カッシーナ / Cassina(I Maestri コレクション)
素材 スチールケーブル、強化ガラス、ウォールナット無垢材
構造 床・天井固定式テンション構造
収蔵美術館 ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ミラノ・トリエンナーレ美術館