バユ(Bahut)は、フランスの建築家・デザイナーであるジャン・プルーヴェが1948年に設計したサイドボードである。「Bahut」とはフランス語で「戸棚」を意味し、プルーヴェの卓越した金属加工技術と建築的思考が凝縮された収納家具の傑作として知られる。第二次世界大戦後のフランスにおける復興期に生み出された本作品は、工業生産の合理性と手仕事の精緻さを両立させた、20世紀モダンデザインを代表する作品のひとつである。
現在はスイスの家具メーカー、ヴィトラ(Vitra)がプルーヴェ財団の協力のもと復刻生産を行っており、オリジナルの設計思想を忠実に継承しながら、現代の居住空間においてもその存在感を放ち続けている。
特徴・コンセプト
バユの設計思想には、プルーヴェが終生追求した「コンストラクティヴ(構築的)」な美学が如実に表れている。装飾を排し、構造そのものが美を形成するという彼の信条は、本作品においても明確に具現化されている。
素材と構造
本体は折り曲げ加工を施したスチールシートで構成され、天板にはオーク材が用いられている。側面パネルには特徴的な穴あき加工(パーフォレーション)が施され、通気性を確保すると同時に、重厚な金属製家具に視覚的な軽やかさを与えている。脚部はプルーヴェ作品に共通する三角形の補強構造を持ち、構造力学の原理に基づいた合理的なフォルムを呈している。
扉と収納機構
前面にはアルミニウム製のスライディングドアが配され、滑らかな開閉動作を実現している。扉の把手には円筒形の金属パーツが取り付けられ、機能性と意匠性を兼ね備えたディテールとなっている。内部は複数の棚板によって区切られ、書籍、食器、リネン類など多様な用途に対応する汎用性を備えている。
工業生産への志向
プルーヴェは職人としての出自を持ちながらも、工業生産による家具の民主化を志向した。バユはこの理念を体現し、規格化された部品と合理的な組み立て工程により、高品質な家具を効率的に生産することを可能にした設計となっている。
エピソード
バユは当初、ストラスブール大学をはじめとする教育機関や公共施設向けに設計された。戦後フランスの復興事業において、プルーヴェは多くの公共建築プロジェクトに携わり、建築と一体となった家具デザインを数多く手がけた。バユもまた、こうした文脈の中で誕生した作品である。
プルーヴェの工房「アトリエ・ジャン・プルーヴェ」はナンシーに拠点を置き、建築用コンポーネントから家具まで幅広い製品を製造していた。しかし1953年、アルミニウム産業大手との経営上の対立により、彼は自らの工房を去ることを余儀なくされる。この出来事は彼のキャリアにおける転換点となったが、バユをはじめとするこの時期の作品群は、プルーヴェの創造性が最も充実していた時代の証言として今日まで高く評価されている。
オリジナルのバユは生産数が限られていたため、ヴィンテージ市場において極めて希少な存在となっている。オークションにおいては数千万円規模で取引されることも珍しくなく、20世紀デザイン史における重要な収集対象となっている。
評価
バユは、建築家による家具デザインの最良の事例として国際的に高い評価を受けている。プルーヴェが追求した「形態は構造に従う」という原則は、同時代のル・コルビュジエやシャルロット・ペリアンらの理念と共鳴しながらも、金属加工職人としての独自の視点から展開された点において特筆される。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ポンピドゥー・センター、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムをはじめとする世界の主要な美術館・デザインミュージアムがプルーヴェ作品をコレクションに収めており、バユもその代表的な収蔵品のひとつである。
建築評論家のジャン=ルイ・コーエンは、プルーヴェの家具を「建築的思考の家具への翻訳」と評し、構造と素材に対する深い理解が生み出した造形の革新性を称えている。バユはまさにこの評価を体現する作品であり、単なる収納家具の域を超えた建築的オブジェとしての価値を有している。
基本情報
| デザイナー | ジャン・プルーヴェ(Jean Prouvé) |
|---|---|
| デザイン年 | 1948年 |
| 製造元 | Vitra(ヴィトラ)※復刻版 |
| 原産国 | フランス(オリジナル)/ スイス(復刻版) |
| 素材 | スチールシート、アルミニウム、オーク材 |
| カテゴリー | サイドボード / キャビネット |
| スタイル | ミッドセンチュリーモダン / インダストリアル |