タラクサカム88は、イタリアのデザイン界における巨匠アキッレ・カスティリオーニが1988年に発表した、照明デザインの金字塔ともいうべき傑作である。イタリアを代表する照明メーカー、フロスによって製造されるこのペンダントライトは、60個の電球を二十面体の幾何学構造に配置することで、まるでタンポポの綿毛が宙に浮かぶかのような詩的な光景を創出する。「タラクサカム」という名称はタンポポの学名(Taraxacum officinale)に由来し、末尾の「88」はデザインが完成した1988年を示している。

本作品は、カスティリオーニが生涯を通じて追求した「日常に潜む詩情の発見」という設計哲学を、もっとも華やかな形で結実させたものといえる。既製品の電球という工業製品を、芸術的な光の彫刻へと昇華させるその手法は、20世紀イタリアデザインの真髄を今に伝えている。

特徴・コンセプト

幾何学と自然の融合

タラクサカム88の最大の特徴は、正二十面体を基盤とした精緻な幾何学構造にある。60個の電球は、三角形のプレス成形アルミニウム製リフレクターによって支えられ、完璧な球体を形成する。この構造は、数学的な厳密性と自然界に見られる有機的な美しさを見事に調和させている。点灯時には、無数の光点が放射状に広がり、まさにタンポポの種子が風に舞う瞬間を凍結したかのような幻想的な情景が現出する。

露出電球の美学

カスティリオーニは、電球という既製工業製品をそのまま露出させることで、新たな美的価値を創造することを得意とした。パレンテージやトイオといった先行作品で培われたこの手法は、タラクサカム88において究極の形態を獲得している。電球のフィラメントから放たれる温かな光は、リフレクターによって増幅され、空間全体を包み込む柔らかな光環境を生み出す。

スケールと存在感

直径約80センチメートルに及ぶ堂々たる佇まいは、設置される空間において圧倒的な存在感を示す。しかしながら、その視覚的な重量感は、無数の光点が織りなす透明感によって見事に相殺され、むしろ空間に浮遊するかのような軽やかさを演出している。この相反する要素の均衡こそが、本作品の卓越した設計力を物語っている。

エピソード

タラクサカム88の誕生には、カスティリオーニの独創的な発想プロセスが如実に表れている。彼は日常の何気ない風景、とりわけ野原に咲くタンポポの綿毛に着目し、その放射状に広がる種子の配列に照明デザインの可能性を見出した。自然界の造形を純粋な幾何学へと翻訳し、さらにそれを機能的な照明器具として再構築するという、三段階の変換過程を経て本作品は完成した。

カスティリオーニは常々「デザインとは発明ではなく発見である」と語っていたという。既存の事物を新たな視点から捉え直し、未知の可能性を引き出すという彼の方法論は、タラクサカム88においてもっとも明快な形で実現されている。60個という電球の数は、二十面体の各面に3個ずつ配置するという数学的必然から導き出されたものであり、偶然の産物ではない。

発表当時、本作品は照明業界に大きな衝撃をもたらした。装飾を排した機能主義が主流を占めていた時代にあって、あえて過剰ともいえる光源を用いることで、照明器具が単なる機能装置ではなく、空間を定義する芸術作品となりうることを実証したのである。

評価

タラクサカム88は、発表以来35年以上を経た現在もなお、フロス社の主力製品として世界中で愛され続けている。その普遍的な魅力は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)をはじめとする世界有数の美術館において永久コレクションに収蔵されていることからも明らかである。

建築・インテリアデザインの分野においては、本作品は格式高い空間を演出するための定番的選択肢として確固たる地位を築いている。高級ホテルのロビー、美術館のエントランス、邸宅のダイニングルームなど、その設置例は枚挙にいとまがない。単なる照明器具を超えて、空間の品格を決定づける芸術作品としての役割を果たしている。

デザイン史の観点からは、タラクサカム88はイタリアン・ラディカル・デザインの系譜に連なる重要な作品として位置づけられる。ポストモダニズムの潮流のなかで、機能と詩情を高次元で統合することに成功した稀有な事例として、後進のデザイナーたちに多大な影響を与え続けている。

受賞歴・収蔵

  • ニューヨーク近代美術館(MoMA)永久コレクション収蔵
  • ヴィトラ・デザイン・ミュージアム収蔵
  • トリエンナーレ・デザイン・ミュージアム(ミラノ)収蔵
  • コンパッソ・ドーロ受賞(アキッレ・カスティリオーニは同賞を9度受賞した史上最多記録保持者)

バリエーション

タラクサカム88の成功を受け、フロス社はその後、シリーズ展開を行っている。

タラクサカム88(Taraxacum 88)
1988年発表のオリジナルモデル。ペンダントタイプ。60個の電球を使用し、直径約80センチメートルの球体を形成する。
タラクサカム88 S1/S2
フロアスタンドタイプとして展開されたモデル。S1は高さ約165センチメートル、S2はより大型の設計となっている。
タラクサカム LED
現代の環境性能要求に応えるため、LED光源を採用した省エネルギーモデル。オリジナルの美的特性を維持しながら、大幅な消費電力削減を実現している。

基本情報

製品名 タラクサカム88(Taraxacum 88)
デザイナー アキッレ・カスティリオーニ(Achille Castiglioni)
発表年 1988年
メーカー フロス(Flos)
製造国 イタリア
タイプ ペンダントライト
サイズ 直径 約80cm
光源 E14電球 × 60個(現行モデルはLED対応)
素材 プレス成形アルミニウム(リフレクター)、スチール(フレーム)
収蔵美術館 ニューヨーク近代美術館、ヴィトラ・デザイン・ミュージアム 他