サム・マルーフ ロッキングチェアは、20世紀アメリカのスタジオ・クラフト運動を代表する手仕事の名作である。カリフォルニアでレバノン系移民の家庭に生まれた独学の家具職人サム・マルーフ(1916–2009)が、1950年代から半世紀以上にわたり手作りで製作し続けたこの椅子は、彫刻的な有機的フォルムと人間工学的な座り心地を両立させた点で高く評価されている。各椅子は一点ずつ手作業で成形されるため、密度や寸法に微妙な個体差があり、量産品にはない質感を備えている。
デザインの特徴
このロッキングチェアの最大の特徴は、彫刻的でありながら高度に機能的な有機的フォルムにある。クレアロウォルナットやチェリー、ローズウッドといった美しい木目を持つ硬質材を用い、一本一本の部材を手彫りで成形することで、流れるような曲線を実現している。座面は複数の板を接着し、深く掘り込むことで身体を包み込む形状に仕上げられており、長時間の着座でも疲れにくい。
アームレストには手彫りによる優美な隆起とスパイン(稜線)が施され、手のひらに自然になじむ。背もたれのスピンドルは、初期には旋盤加工による円柱形であったが、後年にはフラットな板状へと変化し、より洗練された造形となった。すべての接合部には丸みを帯びた仕口が用いられ、エボニーのダボがアクセントとして配置されている。透明度の高いクリア仕上げにより、木材本来の表情が引き出されている。
マルーフは数学的な計算ではなく、製作過程で木材と向き合いながら各椅子のバランスを調整した。その結果、後方へ放り出されることも前方へ倒れることもない、安定したロッキングが得られる。背もたれの初期型にはレザー張りの座面を持つアップホルスタード仕様も存在し、後期はソリッドウッド座面が主流となった。
製作技法
マルーフ ロッキングチェアの製作は、高度な技術と経験を要する。座面は通常、8/4材から5枚の板を選び、木目の美しさを優先して配置・接着される。後脚は座面の後部隅に切り込みと留め継ぎを施して取り付けられ、前脚は比較的単純な仕口で固定される。
背もたれのスピンドルはバンドソーで切り出され、ロッカー(揺り木)本体は8/4材を6〜8層に薄くスライスして積層し、最終的に約1インチ厚に仕上げられる。接合部には「マルーフジョイント」と呼ばれる多方向のハウジング実継ぎが用いられ、構造的強度と視覚的なまとまりを両立している。釘や金属の留め具を用いず、接合部をあえて見せる構成も特徴である。
彫刻作業では、鑿、鉋、スポークシェイブ、ラスプ、スクレーパーなど伝統的な手工具が部材ごとに使い分けられる。マルーフは作品の裏面に製作年・作品番号・署名を手彫りで刻印しており、これが真贋を確かめる手がかりとなる。
収蔵と評価
マルーフのロッキングチェアは、工芸家にとって最も製作が難しい家具形式のひとつとされ、多くの木工家が技術習得の目標とする存在である。1982年には、現代の手工芸家による家具として初めてホワイトハウスの所蔵コレクションに選定された。
スミソニアン・アメリカン・アート・ミュージアムには、1997年に寄贈されたマルーフのロッキングチェアが収蔵されている。このほかメトロポリタン美術館、ロサンゼルス・カウンティ美術館、フィラデルフィア美術館、ボストン美術館などにもマルーフの作品が収められている。2001年から2002年にかけては、スミソニアンのレンウィック・ギャラリーで回顧展「The Furniture of Sam Maloof」が開催された。
基本情報
| 名称 | サム・マルーフ ロッキングチェア |
|---|---|
| 英語名 | Sam Maloof Rocking Chair |
| デザイナー/製作者 | サム・マルーフ(Sam Maloof、1916–2009) |
| 分類 | ロッキングチェア |
| 製作年代 | 1950年代〜2009年(マルーフ本人)/2009年以降は継承工房 Sam Maloof Woodworker, Inc. |
| 原産国 | アメリカ(カリフォルニア州) |
| 主要素材 | クレアロウォルナット(カリフォルニアウォルナット)、チェリー、オーク、ローズウッド、メープル、ココボロなど/アクセント:エボニー(ダボ)/座面:レザー(一部モデル) |
| 標準寸法 | 高さ 約114〜122cm × 幅 約67〜71cm × 奥行 約107〜117cm(座面高 約41cm) ※各椅子により異なる |
| 製作技法 | 手彫り、積層接着、ほぞ組み(モルティスアンドテノン)、ハウジング実継ぎ(マルーフジョイント) |
| 仕上げ | クリアフィニッシュ(透明仕上げ) |
| コレクション収蔵 | スミソニアン・アメリカン・アート・ミュージアム(ロッキングチェア、1997年寄贈)、ホワイトハウス・コレクション(1982年)ほか |
| 製作方法 | 完全手作り(量産なし) |