G10アームチェアは、フランスを代表するデザイナー、ピエール・ガリッシュが1955年にエアボーン社のためにデザインした椅子である。戦後フランスにおけるモダニズムデザインの精華を体現する本作は、幾何学的な造形美と機能性を高度に融合させた傑作として知られている。成形合板のアームレストを備えたバージョンは、わずか2年間という限定的な期間のみ生産されたため、現在では希少性の高いコレクターズアイテムとして位置づけられている。

G10は、ガリッシュがエアボーン社のために手がけた一連の家具コレクションの中でも、特に技術革新と美的探求が結実した作品である。ミニマルな金属フレームと幾何学的なフォルムの組み合わせは、戦後の限られた資源の中で最大限の機能性と快適性を実現しようとした時代精神を反映している。

特徴・コンセプト

構造と素材

G10アームチェアの最大の特徴は、黒塗装を施した金属チューブによる構造フレームにある。4本の斜めに配置された脚部は、前後をスペーサーで連結し、黒いプラスチック製のグライドで仕上げられている。この構造は視覚的な軽やかさを保ちながら、優れた安定性を実現している。座面と背もたれは共に矩形を基本とし、フォームで仕上げられた台形のアームレストが特徴的な幾何学的シルエットを形成する。

成形合板を使用したアームレストは、当時の工業生産技術の粋を集めた要素である。この贅沢な仕様は製造コストの観点から短期間で終了せざるを得なかったが、ガリッシュの技術革新への情熱と美的理想を象徴する要素として評価されている。

Free-spanシステムの革新

G10の快適性を支える技術的核心は、エアボーン社が開発したFree-spanスプリング・スラットシステムにある。このシステムは、金属プレートとスプリングを組み合わせることで座面を極めて薄く保ちながら、優れた弾力性と耐久性を実現する画期的な機構であった。従来の厚みのある座面構造を必要とせず、視覚的にも構造的にもミニマルなデザインを可能にした。

この技術により、G10は長時間の使用においても快適性を維持し、戦後フランスの小規模化したアパートメントにおいて、限られたスペースを有効活用することを可能にした。

モジュラーシステムの思想

G10の設計において注目すべきは、ボルトとネジによる接続システムを金属構造に組み込んだ点である。この機構により、複数のチェアを連結して2人掛けまたは3人掛けのソファへと変容させることが可能となっている。取り外し可能なアームレストの設計も、この適応性を支える重要な要素である。

この発想は、ガリッシュが1951年にエアボーン社のためにデザインしたPrefactoプログラムの精神を引き継ぐものである。Prefactoは、モジュラー式の収納家具システムとして当時の市場に革新をもたらしたが、G10はその思想をシーティング家具に応用し、使用者のニーズに応じて形態を変化させる柔軟性を提供した。

デザイン哲学

G10のデザインは、座面と背もたれの幾何学的な形態、そして特徴的な台形のアームレストが描く傾斜により、洗練されたエレガンスを実現している。背もたれと低い座面が形成する明快なブロック構造、そして二つの台形ブロックが描く優雅な台形の傾斜は、極めて幾何学的でありながら人間工学的な快適性を損なわない、ガリッシュの卓越したデザイン感覚を示している。

ミニマルな金属ベースとの組み合わせにより、G10は視覚的な軽やかさと存在感を両立させ、現代的な空間において多様なインテリアスタイルと調和する普遍性を獲得している。無駄を削ぎ落としながらも、必要な要素を的確に配置するガリッシュの設計思想は、戦後フランスデザインにおける機能主義の理想を体現するものである。

エピソード

エアボーンとの協働

ピエール・ガリッシュとエアボーン社の関係は、1951年に始まった。国立装飾美術学校を卒業した直後のガリッシュは、創業者シャルル・ベルナールに対して、彼の「ユニバーサル家具プログラム」であるPrefactoを提示した。これは合理的な収納システムであり、多目的で組み立て可能なモジュラー家具という、当時としては革新的なコンセプトであった。

ベルナールはガリッシュの独創性に魅了され、両者の協働関係が始まった。Prefactoの成功により、ガリッシュはエアボーン社の主要デザイナーの一人として位置づけられ、椅子、ソファ、アームチェアの著名なコレクションを手がけることとなった。G10はこの協働関係の中で生まれた、ガリッシュの成熟期の作品である。

戦後フランスの文脈

G10が誕生した1955年は、フランスが戦後復興期から高度成長期へと移行する転換点であった。エアボーン社は、1951年の創業以来、AAチェア(バタフライチェア)の大成功により得た利益を基盤に、フランスの若手デザイナーたちとの協働を積極的に展開していた。

戦時中の資材統制により、木材や金属は配給制となっていたため、デザイナーたちは限られた資源で最大限の効果を生み出す技術を磨いた。ガリッシュはこの制約の中で、細身の金属チューブと薄い座面構造という、より少ない材料でエレガントで機能的な形態を生み出す手法を確立した。G10はこうした時代的要請に応える形で誕生した作品である。

ARPとの関連

1954年、ガリッシュはジョゼフ=アンドレ・モットとミシェル・モルティエと共に、ARP(造形研究アトリエ)を設立した。この共同アトリエは、複数の出版社に対して新しいアイデアを提案することを目的としており、シャルル・ベルナールは彼らのG2モデルを製品化することを決定した。

G10のデザインは、このARPでの活動と並行して進められた個人プロジェクトであったが、モジュラー性や適応性といった概念は、ARPでの協働作業で培われた思想を反映している。複数の椅子を連結してソファにするという発想は、集合住宅における柔軟な空間利用という、ARPが追求したテーマの延長線上にある。

評価

G10アームチェアは、1950年代フランスデザインの重要な作品として、デザイン史家や収集家から高い評価を受けている。成形合板のアームレストを備えたオリジナルバージョンの希少性は、市場における価値をさらに高めている。ピエール・ドリニーによる『Airborne, 1945-1975』(レ・モデルニスト出版、2012年)やリオネル・ブレス、オレリアン・ジョーヌー、デルフィーヌ・ジャコブによる『Pierre Guariche』(ノルマ出版、2020年)といった重要な文献において、G10は詳細に記録され、ガリッシュの代表作の一つとして位置づけられている。

本作は、幾何学的純粋性と快適性の両立、モジュラーシステムの実装、そして工業生産における美的表現の可能性を示した点において、戦後モダニズムデザインの達成を象徴する作品である。視覚的な軽やかさと構造的な堅牢性、機能性と美的洗練という一見矛盾する要素の統合は、ガリッシュのデザイン哲学の核心を体現している。

現代においても、G10は多様なインテリアスタイルと調和する普遍性を保持しており、ヴィンテージ家具市場において安定した需要を維持している。完全に修復され、新しいファブリックで張り替えられた個体は、コレクターや愛好家にとって魅力的な選択肢となっている。

基本情報

デザイナー ピエール・ガリッシュ(Pierre Guariche)
デザイン年 1955年
メーカー エアボーン(Airborne)
製造国 フランス
カテゴリー アームチェア
素材 黒塗装金属チューブ、成形合板(アームレスト)、フォーム、ファブリック
寸法 高さ75-77cm × 幅75-83cm × 奥行75-83cm(座面高39-45cm)
特徴 Free-spanスプリングシステム、モジュラー接続可能、台形アームレスト
生産期間 成形合板アームレストバージョンは2年間のみの限定生産