エヴァ・チェアは、スウェーデンのモダニズム家具デザインを代表する名作である。1933年に作業椅子として誕生し、1941年に最終形態へと洗練されたこの椅子は、デザイナーであるブルーノ・マットソンが追求した人間工学と機能美の結晶といえる。曲げ積層されたビーチ材による流麗なフレームと、天然ヘンプまたはリネンのウェビングによる座面が特徴であり、その有機的なフォルムは20世紀デザイン史において独自の地位を確立している。
マットソンは1930年代初頭、「座ることの力学」を科学的に探究するため、雪の吹き溜まりに自らの身体を沈め、その圧痕を観察するという独創的な手法を採用した。この実験的アプローチから得られた知見は、人体の自然な曲線に沿った椅子のデザインへと昇華され、従来の装飾的な家具とは一線を画す機能主義の傑作を生み出すこととなった。
特徴とコンセプト
人間工学に基づく革新的設計
エヴァ・チェアの最大の特徴は、徹底した人間工学的研究に基づく設計にある。マットソンは椅子が人間に合わせるべきであり、その逆ではないという信念のもと、身体の輪郭に自然に適応する座面を実現した。曲げ積層技術により成形された一体型のフレームは、複雑な三次元曲線を描きながらも構造的な強度を保持し、座る者を優しく包み込む。
座面と背もたれに用いられたウェビングは、ヘンプやリネンなどの天然素材を手織りしたもので、体重を均等に分散させながら通気性を確保する。この技術は伝統的な詰め物による張り地に比べて軽量でありながら、長時間の着座においても快適性を損なわない。
曲げ積層技術の極致
エヴァ・チェアのフレームに採用された曲げ積層技術は、マットソンの卓越した技術力を示すものである。薄い木材を複数層重ね、蒸気で曲げることで、従来不可能とされた複雑な曲線を実現した。アルヴァ・アアルトの同時代の作品と比較しても、エヴァ・チェアの曲線はより有機的で技術的難度が高く、製作には高度な職人技が要求される。
1941年の最終形態では、アームレストとヘッドレストが追加され、より包括的な身体支持を実現した。この改良により、作業用としての実用性と、ラウンジチェアとしての快適性が両立されることとなった。
スカンジナビアモダニズムの美学
エヴァ・チェアは、機能性を追求しながらも視覚的な軽やかさと彫刻的な美しさを兼ね備えている。マットソンのデザインは、形態が機能から生まれるという機能主義の理念を体現しつつ、スカンジナビア特有の温かみと自然素材への敬意を失わない。ミニマリズムと有機的フォルムの融合は、時代を超えて普遍的な魅力を放ち続けている。
デザインのエピソード
雪原からの着想
エヴァ・チェアの誕生において最も象徴的なエピソードは、マットソンが行った雪の吹き溜まりでの実験である。1930年代初頭、スウェーデンのヴァルナモの冬、マットソンは雪に身体を沈め、その圧痕を綿密に観察した。この型取りは、人体が自然な状態でどのような形状を求めるかを可視化する試みであり、得られた知見は椅子の座面と背もたれの曲線設計に直接反映された。この実験的手法は、デザインにおける科学的アプローチの先駆けとして、今日でも語り継がれている。
ヴァルナモ病院での拒絶
1933年、マットソンが最初に制作した作業椅子は、当時としてはあまりにも斬新であった。この椅子をヴァルナモ病院の受付エリア用に納入したところ、その有機的なフォルムがあまりにも前衛的であるとして、病院関係者から「醜い」と評され、屋根裏部屋に追いやられてしまった。しかし、この当初の拒絶は、マットソンのデザインがいかに時代を先取りしていたかを物語るエピソードとして知られている。
ニューヨーク近代美術館との関係
1937年のパリ万国博覧会でマットソンの家具が国際的な注目を集めた後、1939年に開館を控えていたニューヨーク近代美術館(MoMA)は、ティールームの椅子としてマットソンの作業椅子(後のエヴァ・チェア)を発注した。この採用は、マットソンのデザインが単なる実用品ではなく、芸術作品としての価値を認められたことを意味する。1944年には、アーテック・パスコー社からの寄贈により、エヴァ・チェアはMoMAの永久コレクションに加えられ、20世紀デザインの重要作品としての地位を確立した。
女性名による命名
マットソンは自身がデザインした椅子の多くに、エヴァ、ミーナ、ミランダ、ペルニッラといった女性の名前を付けた。この命名法は、各デザインに独自のアイデンティティと人格を与え、単なる工業製品を超えた親しみやすさを生み出した。エヴァという名前は、1941年にアームレストとヘッドレストが追加された最終形態に与えられ、以来この名で広く知られるようになった。
評価と影響
エヴァ・チェアは、発表当初こそ前衛的すぎると見なされたものの、1936年のRöhsska工芸美術館での個展を皮切りに、国際的な評価を獲得していった。1937年のパリ万国博覧会では、マットソンの家具全体が熱狂的な称賛を受け、世界中から注文が殺到した。ニューヨーク近代美術館の産業デザイン部門ディレクターであったエドガー・カウフマン・ジュニアは、マットソンの家具デザインにおける重要性をアルヴァ・アアルトと同等と評価し、複数の展覧会に作品を含めた。
エヴァ・チェアは、人間工学に基づく家具デザインの先駆的作例として、後世のデザイナーに多大な影響を与えた。イェンス・リソムやマルセル・ブロイヤーといった同時代の著名デザイナーたちは、マットソンの曲げ積層技術とウェビングを用いた座面の手法を研究し、自らの作品に取り入れた。1957年には、スウェーデン産業デザイン協会とスウェーデン家具産業連盟により、スウェーデン家具史上最も注目すべき作例の一つに選定されている。
今日においても、エヴァ・チェアはブルーノ・マットソン・インターナショナル社およびDUX社により製造が続けられており、コレクターやデザイン愛好家から高い需要がある。そのデザインは1930年代から40年代に生まれたにもかかわらず、永遠に若々しく、現代のインテリアにおいても違和感なく調和する普遍性を持っている。
受賞歴
エヴァ・チェアそのものへの個別の受賞はないが、デザイナーであるブルーノ・マットソンは以下の栄誉を受けている。
- 1937年 パリ万国博覧会グランプリ(デイベッド「パリ」)
- 1954年 ランニング賞
- 1955年 グレゴール・パウルソン像
- 1965年 エウゲン王子金メダル
- 1967年 スウェーデン王立ヴァーサ勲章騎士
- 1978年 ロンドン王立芸術協会会員
- 1981年 スウェーデン政府より教授号授与
基本情報
| デザイナー | ブルーノ・マットソン(Bruno Mathsson) |
|---|---|
| デザイン年 | 1933年(作業椅子)/ 1941年(最終形) |
| 製造 | Firma Karl Mathsson(現:Bruno Mathsson International、DUX) |
| 原産国 | スウェーデン(ヴァルナモ) |
| 素材 | 曲げ積層ビーチ材、天然ヘンプ/リネンウェビング |
| モデル番号 | T101 model 41 / Mi 472 |
| サイズ(オリジナル) | 幅48.9cm × 奥行72.1cm × 高さ80cm |
| コレクション | ニューヨーク近代美術館(MoMA)永久コレクション |