1958年、デンマークの家具デザイナー、グレーテ・ヤルクがP・オルセン・シバスト社のために設計したModel 41クレデンザは、デンマークモダン家具の黄金期を象徴する傑作である。タンブール扉と呼ばれる蛇腹式の引き戸を採用したこのサイドボードは、洗練されたプロポーションと卓越した職人技を兼ね備え、北欧家具デザインの精緻さを世界に示した。
概要
グレーテ・ヤルク クレデンザは、デンマーク・フュン島に拠点を置くシバスト・ミューブラー社で製造された収納家具である。外装には美しい木目が際立つチーク材を使用し、内部には明るいシカモア材を配することで、開閉時に生まれる色彩のコントラストが独特の魅力を醸し出す。幅約180センチメートル、高さ約78センチメートル、奥行約48センチメートルという堂々たるサイズは、リビングルームやダイニングルームの主役として十分な存在感を放つ。
特徴・コンセプト
本作品の最も顕著な特徴は、タンブール扉の採用にある。タンブール扉とは、細い木片を布地や革に貼り付けて連結させた構造で、開閉時に扉がキャビネット側面に滑り込むため、扉を開けるためのスペースが不要となる。この革新的な機構は、限られた空間を効率的に活用するという、ヤルクのデザイン哲学を体現している。
上部には2段の引き出しが配され、その一方には仕切りが設けられている。引き出しの取手には「キャッツアイ・プル」と呼ばれる独特のデザインが施されており、これはヤルクがシバスト社のために設計した家具に共通する意匠である。楕円形に穿たれた取手は、指がかかりやすく機能的であるとともに、本作品に繊細な表情を与えている。
内部には可動式の棚板が設けられ、使用者の収納ニーズに応じて柔軟に調整できる。背面にはシバスト社のラベルが貼付され、Model 41の刻印が施されているものも現存する。また、英国の老舗家具店ヒールズを通じて販売された個体には、同店のエクスクルーシブ・デザインを示すラベルが残されているものもある。
デザイナー:グレーテ・ヤルク
グレーテ・ヤルク(1920年6月18日〜2006年1月14日)は、女性デザイナーがまだ稀少であった時代に活躍したデンマーク・モダン家具デザインの先駆者である。コペンハーゲンに生まれ、当初は法学と哲学を学んだが、デザインへの情熱からキャリアを転換。1940年から1943年にかけて女子デザイン学校でカレン・マルグレーテ・コンラッセンに師事し、その後、デンマーク王立美術アカデミーにて「デンマーク・モダンの父」と称されるコーア・クリントのもとで研鑽を積んだ。
1946年、学業を修了したその年に、キャビネットメーカーズ・ギルド・コンペティションにおいて第一位を獲得。1951年のミラノ・トリエンナーレでは作品が高い評価を受け、国際的な名声を確立した。1953年に自身のデザインスタジオを開設し、フリッツ・ハンセン、グロストロップ、フランス&サン、ポール・イェペセン、そしてシバストといったデンマークを代表する家具メーカーと協業を展開した。
ヤルクの設計思想は、アルヴァ・アアルトの積層曲げ木家具やチャールズ&レイ・イームズの成形合板デザインに触発されながらも、経済性と機能性を追求した独自の道を歩んだ。その作品は、大量生産に適した合理的な構造と、手工芸的な繊細さを両立させている点に特徴がある。
製造者:シバスト
シバスト・ミューブラー社は、1908年にP・オルセン・シバストがデンマーク・フュン島のステンストロップ村に小さな家具工房を開いたことに始まる。創業者の息子ヘルゲ・シバスト(1908〜1985年)は幼少期から父の工房で木工の手ほどきを受け、卓越した職人技を身につけた。
1940年代に父が他界すると、ヘルゲは兄弟のオーレとエマとともに経営を継承。デザイン、製造、製品開発を主導し、1950年代から60年代にかけて会社を国際的な成功へと導いた。この時期、工房は120人以上の職人を雇用する工場へと発展。アルネ・ヴォダー、グレーテ・ヤルク、クルト・オステルヴィグといった著名デザイナーとの協業により、シバスト社の家具はデンマーク・モダンを代表するブランドとして世界的な評価を獲得した。
シバスト社の家具は、米国ホワイトハウスやローマ教皇の居所にも納入されるなど、その品質と美学は最高の評価を受けた。1984年にシバスト家は会社を売却したが、ヘルゲのデザインに関する著作権は保持。2012年、ヘルゲの孫であるディトレフとその妻アンナによってシバスト・ファニチャーは再興され、往年の名作の復刻とともに新たな歴史を刻んでいる。
エピソード
本作品は、1958年のデザイン発表当初から高い評価を受け、デンマーク国内のみならず英国市場においても注目を集めた。ロンドンの老舗百貨店ヒールズは、Model 41をエクスクルーシブ・デザインとして取り扱い、英国におけるスカンジナビアン・モダンの普及に貢献した。
当時の批評家は、ヤルクを「強い弱き性」の好例と評した。この両義的な表現は、男性が圧倒的多数を占める家具デザイン界において、女性でありながら卓越した才能を発揮したヤルクへの称賛と、時代的な偏見の両方を映し出している。しかし、ヤルクは自身の設計に対する強い信念を貫き、機能性と経済性を両立させた革新的な作品を世に送り出し続けた。
チーク材の温かみのある色調と、扉を開けた際に現れるシカモア材の明るい内装との対比は、当時のスカンジナビアン・デザインの真髄を示すものとして、多くのコレクターや美術館の関心を集めている。
評価
グレーテ・ヤルク クレデンザは、デンマーク・モダン家具の傑作として国際的な評価を確立している。シバスト社による精緻な製造品質、タンブール扉という技術的革新、そしてヤルクによる洗練されたプロポーションの追求が見事に結実した本作品は、現在も世界中のヴィンテージ家具市場において高い需要を誇る。
本作品は、単なる収納家具の範疇を超え、1950年代から60年代にかけてのデンマークにおける家具デザインの頂点を示す歴史的証言としての価値を有する。タンブール扉の滑らかな動き、キャッツアイ・プルの繊細な意匠、そしてチークとシカモアの調和は、半世紀以上を経た今日においてもなお、見る者の心を捉えて離さない。
グレーテ・ヤルクの主な受賞歴
- 1946年:キャビネットメーカーズ・ギルド・コンペティション 第一位
- 1951年:ミラノ・トリエンナーレ出展、高い評価を獲得
- 1963年:デイリー・ミラー国際家具コンペティション 第一位(GJチェア)
- 1974年:デンマーク家具賞
基本情報
| 名称(日本語) | グレーテ・ヤルク クレデンザ Model 41 |
|---|---|
| 名称(英語) | Grete Jalk Credenza Model 41 |
| デザイナー | グレーテ・ヤルク(Grete Jalk、1920-2006) |
| 製造者 | P・オルセン・シバスト(シバスト・ミューブラー) |
| デザイン年 | 1958年 |
| 製造時期 | 1958年〜1960年代 |
| 原産国 | デンマーク |
| 素材 | チーク(外装)、シカモア(内装) |
| サイズ(目安) | 幅:約180cm / 奥行:約48cm / 高さ:約78cm |
| 主な特徴 | タンブール扉、キャッツアイ・プル、可動棚 |
| 様式 | デンマーク・モダン / ミッドセンチュリー・モダン |