ボウルチェアは、イタリア系ブラジル人建築家リナ・ボ・バルディが1951年にデザインした革新的なラウンジチェアである。サンパウロ郊外に建設した自邸「ガラスの家」のためにデザインされたこの椅子は、従来の直立型の椅子に対するラディカルな提案として、より自然でリラックスした座り方を可能にする画期的な作品として誕生した。
半球状の張り地シェルが金属製リング構造の上に自由に載せられるという極めてシンプルな構造でありながら、機械的な機構を一切用いることなく全方向への動きを実現している。この設計により、使用者は読書、会話、休息など、さまざまな姿勢を自在に取ることができる。ボウルチェアは、リナ・ボ・バルディが生涯を通じて追求した「人間を中心に据えたデザイン」という哲学を体現した代表作のひとつである。
特徴・コンセプト
革新的な構造デザイン
ボウルチェアの最大の特徴は、その名の通り「ボウル」のような半球状のシートと、それを支える4本脚の金属リング構造から成る二つの独立したパーツで構成されている点である。シェルはリングの上に単に載せられているだけで、固定されていない。このシンプルな構造により、使用者はシェルの位置や角度を自由に変えることができ、その時々の気分や用途に応じて最適な姿勢を見つけることが可能となる。
リナ・ボ・バルディは自らこの椅子について「この家具の新しい点、絶対的に新しい点は、機械的な手段を一切用いることなく、その球形の形状のみによって、椅子があらゆる方向から動きを実現できるという事実である」と述べている。この言葉は、彼女がいかにシンプルさと機能性の融合を追求していたかを示している。
人間中心の設計思想
1950年代初頭のデザイン界は、直線的で角張った形状、機能主義的で厳格なモダニズムが主流であった。そうした時代にあって、ボウルチェアは丸みを帯びた有機的な形状と、使用者の自然な姿勢を尊重する柔軟性を提案した。この椅子は「座るため」だけでなく「生きるため」の椅子として構想されており、使用者がどのような姿勢でくつろぐかを自ら選択できる自由を提供している。
リナ・ボ・バルディは建築においても家具デザインにおいても、常に「人間こそが建築の究極の目的である」という信念を持ち続けた。ボウルチェアは、デザイナーが使用者の姿勢を規定するのではなく、使用者自身が最も心地よい姿勢を見つけられるよう支援するという、彼女の民主的なデザイン哲学を体現している。
工業生産と手仕事の融合
ボウルチェアは、工業生産とカスタマイゼーションのバランスを模索した作品でもある。無駄のない構造とユニバーサルな形状を持ちながらも、張り地の素材や色彩の選択によって多様な表現が可能となっている。リナ・ボ・バルディの残したスケッチには、鮮やかな色彩や柄のファブリックで仕上げられたバリエーションが描かれており、彼女がこの椅子に生命力と楽しさを吹き込もうとしていたことが窺える。
エピソード
ガラスの家とともに誕生
ボウルチェアは、リナ・ボ・バルディの処女作となった自邸「ガラスの家」のためにデザインされた。1951年、サンパウロのムルンビ地区の丘陵地に建設されたこの住宅は、当時まだ残っていた大西洋岸森林の中に、ピロティで持ち上げられた全面ガラス張りの箱として出現した。バウハウスやル・コルビュジエに影響を受けたこのモダニズム建築は、リナがイタリアで学んだ建築言語をブラジルの文脈で再解釈する最初の試みであった。
ボウルチェアは、この先駆的な住宅の内部空間において、モダニズムの合理性とブラジルの寛容さを融合させる役割を果たした。透明なガラスの壁面に囲まれた開放的な空間の中で、この椅子はくつろぎと内省の場を提供し、森の緑を眺めながら思索にふける場所となった。現在、ガラスの家はリナ・ボ・バルディ・インスティトゥートの本部として一般公開されており、オリジナルのボウルチェア2脚が保存されている。
60年の沈黙と復活
オリジナルのボウルチェアは、1951年に製作された黒革仕様のプロトタイプと、おそらくその後に製作されたと思われる透明シェルに赤いクッションを組み合わせた2脚のみが現存している。リナ・ボ・バルディが多くのスケッチを残していたにもかかわらず、この椅子は当時工業生産されることはなく、長い間幻の作品として存在し続けた。
2012年、イタリアの家具メーカーArperは、リナ・ボ・バルディ・インスティトゥートと協働し、このアイコニックな椅子を現代に蘇らせるプロジェクトに着手した。オリジナルのプロトタイプやスケッチには正確な寸法や技術的詳細が記されていなかったため、Arperのチームは綿密な調査と解釈作業を行った。オリジナルの手作業による製作技法を現代の工業生産技術で再現しながらも、リナの思想と美学を損なわないよう細心の注意が払われた。限定500個のエディションとして製作され、その収益の一部はリナ・ボ・バルディ・インスティトゥートの活動支援に充てられている。
国際的な評価と展覧会
ボウルチェアの復刻は、世界巡回展「Lina Bo Bardi: Together」と連動して行われた。この展覧会は2012年にロンドンのブリティッシュ・カウンシル・ギャラリーで始まり、その後ヨーロッパと南北アメリカの11都市を巡回し、リナ・ボ・バルディの包括的なデザイン哲学と社会的実践を紹介した。展覧会では、彼女の建築作品とともにボウルチェアも展示され、その先見性と現代性が改めて評価された。
2013年のミラノ・サローネ・デル・モービレでは、Arperによるボウルチェアの復刻版が正式に発表され、デザイン界に大きな反響を呼んだ。この椅子は、1950年代のデザインでありながら、現代の空間にも違和感なく溶け込む普遍性を持つことが実証された。
評価
ボウルチェアは、20世紀デザイン史における重要な作品として、世界的な評価を確立している。ニューヨーク近代美術館は1951年製のオリジナルプロトタイプを建築デザインコレクションに加え、この椅子の歴史的重要性を認定した。美術館のコレクションに選ばれたことは、ボウルチェアが単なる家具としてではなく、20世紀デザインにおける革新的な思考を体現した文化的遺産として位置づけられていることを示している。
デザイン批評家たちは、ボウルチェアが提案した「座り方の変革」を高く評価している。従来の椅子が使用者に特定の姿勢を強いるのに対し、この椅子は使用者自身が姿勢を選択できる自由を提供した。この考え方は、1950年代においては極めて革新的であり、その後のエルゴノミクスやユーザー中心デザインの思想を先取りしていたと言える。
また、ボウルチェアはリナ・ボ・バルディのデザイン思想全体を理解する上で重要な作品とも評価されている。イタリアで学んだモダニズムの合理性と、ブラジルで出会った文化の豊かさや人々の寛容さを融合させようとする彼女の初期の試みが、このシンプルな椅子に凝縮されている。彼女は後年、よりフォークロア的で土着的な方向へと進んでいくが、ボウルチェアには既に「人々のための、人々とともにあるデザイン」という彼女の一貫した哲学が明確に表れている。
受賞歴
ボウルチェア自体が個別に受賞したわけではないが、デザイナーであるリナ・ボ・バルディは2021年のヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展において、特別金獅子賞を死後追贈された。この栄誉は、彼女の建築とデザインにおける生涯にわたる業績を讃えるものであり、ボウルチェアもその重要な作品のひとつとして評価されている。
また、2012年のリナ・ボ・バルディ生誕100周年記念の際には、世界各地で回顧展が開催され、彼女の先駆的な功績が再評価された。これらの展覧会において、ボウルチェアは彼女のデザイン哲学を体現する象徴的な作品として中心的な位置を占めた。
基本情報
| デザイナー | リナ・ボ・バルディ(Lina Bo Bardi) |
|---|---|
| デザイン年 | 1951年 |
| 分類 | ラウンジチェア |
| 現行製造 | Arper(限定500個エディション、2012年〜) |
| 構造 | スチール製リングフレーム(4本脚)、ファイバーグラス・ポリウレタンシェル |
| 張地 | レザー(黒)またはファブリック(7色展開) |
| サイズ | 高さ約75cm × 幅約84cm × 奥行約84cm |
| 所蔵 | ニューヨーク近代美術館(MoMA)、リナ・ボ・バルディ・インスティトゥート |