ブックワームは、1993年にミラノ家具見本会で発表され、翌1994年からイタリアの名門家具メーカー、カルテル社によって製造が開始されたウォールシェルフである。デザインを手がけたのは、イスラエル出身でロンドンを拠点に活動する鬼才ロン・アラッド。彼の創造性とカルテル社が誇る高度なプラスチック成形技術の融合によって誕生した本作は、固定観念を打ち破る革新的な家具として、世界中のデザイン愛好家から絶大な支持を集めている。

ブックワームの最大の特徴は、その名が示す通り、まるで本の虫が這うような有機的な曲線を描く柔軟な形状にある。従来の直線的な本棚の概念を根底から覆し、使用者の創造性に委ねられた自由な造形を可能にする。この画期的なデザインは、現代デザイン史において重要な位置を占める作品として、ニューヨーク近代美術館やロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、パリのポンピドゥーセンターといった世界有数の美術館に永久収蔵されている。

特徴・コンセプト

革新的な素材と製造技術

ブックワームの開発において、最も注目すべき点は素材の転換である。当初アラッドは、スプリング鋼を用いた一点物として本作を構想していた。しかし、カルテル社との協働を通じて、押出成形技術を用いたPVC製へと仕様を変更することで、量産化と普及を実現した。この決断は、芸術性と実用性の両立という現代デザインの命題に対する明確な回答となった。

採用された耐火性PVCは、柔軟性と強度という相反する特性を高い次元で両立させている。各ブックエンドが約10キログラムの荷重を支えることができ、実用的な収納家具としての機能を十分に果たす。同時に、曲線を描く形状を維持しながら壁面に固定することで、素材に適度な張力が生まれ、さらなる耐久性の向上を実現している。

ユーザー参加型デザイン

ブックワームが提示するもう一つの革新は、デザイナーと使用者の関係性の再定義である。アラッドは、製品の最終的な美的形態を使用者の判断に委ねるという、当時としては極めて斬新なアプローチを採用した。壁面への取り付け方法によって、螺旋状、緩やかな波形、あるいはその中間の無限の形状を創出することができる。つまり、ブックワームは同一の製品でありながら、設置される空間の数だけ異なる表情を持つ、極めて個性的な存在となるのである。

この設計思想は、デザインとは完成品を提供することではなく、創造のための枠組みを提示することであるという、アラッドの哲学を如実に表している。使用者は消費者ではなく、最終的な造形に関わる共同制作者として位置づけられるのである。

カルテルとの邂逅

1949年に化学エンジニアのジュリオ・カステッリによって創業されたカルテル社は、プラスチック素材の可能性を追求し続けてきた革新的企業である。エンツォ・マリ、フィリップ・スタルクなど世界的デザイナーとの協働で知られる同社にとって、金属加工を得意としていたアラッドとの提携は、新たな挑戦であった。この協働によって、アラッドはプラスチックという素材の持つ可能性と向き合い、より多くの人々に自身のデザインを届けることが可能となった。重量の軽減、コストの削減、そして製造の容易さという実用的な利点を獲得しながらも、造形的な魅力を損なうことなく昇華させることに成功したのである。

エピソード

ブックワームの誕生には、アラッドのユーモアとウィットが反映されている。製品名である「Bookworm」は、英語で「本の虫」、すなわち読書家を意味する言葉であると同時に、その蛇行する形状が虫の這う様を連想させることから、アラッド自身によって命名された。この言葉遊びは、実用性と造形美、機能性と遊び心という二項対立を軽やかに超越する彼のデザイン哲学を象徴している。

本作の発表当時、アラッドは既にロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で教鞭を執り始めており、デザイン教育における新しい潮流を切り開いていた時期にあたる。彼の教育理念は型破りで知られ、「ホームレスの生活を改善するためのデザインを考える」といった従来の枠組みを超えた課題を学生に課していた。ブックワームもまた、「本棚とはこうあるべき」という既成概念に挑戦する姿勢が貫かれている。

2015年には、カルテル社がブックワームの成功を受けて「ポップワーム」という派生製品を発表した。これは原型の精神を継承しながら、新たな世代に向けた解釈として位置づけられている。

評価

ブックワームは発表以来、デザイン界において「世界で最も大胆かつ革新的な本棚」との評価を確立してきた。その革新性は、単に造形的な斬新さにとどまらず、家具デザインにおける概念の転換を促した点にある。直交性と安定性を重視する伝統的な家具デザインに対し、本作は有機的な曲線と動的なバランスという新たな美学を提示した。

本作の成功により、アラッドは「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」を受賞し、さらに権威あるデザイン年鑑「インターナショナル・デザイン・イヤーブック」のゲスト編集者に任命された。これらの栄誉は、ブックワームが単なる商業的成功にとどまらず、デザイン思想そのものに影響を与えた作品であることを証明している。

また、本作はロン・アラッドのベストセラー作品の一つとなり、30年以上にわたって生産が続けられている。この長寿は、一過性のトレンドではなく、時代を超えた普遍的な価値を持つデザインであることを示している。住宅のインテリアはもとより、ブティック、ギャラリー、オフィスなど多様な空間で採用され、その都度異なる表情を見せている。

後世への影響

ブックワームは、プラスチック素材の可能性を拡張し、家具デザインにおける新たな地平を切り開いた。カルテル社が1970年代以降推進してきたプラスチック家具の革新という系譜において、本作は重要なマイルストーンとなった。ニューヨーク近代美術館で1972年に開催された展覧会「イタリア:新しい国内風景」以来、イタリアンデザインが追求してきた遊び心と実験精神を、90年代に継承し発展させた象徴的作品として評価されている。

アラッドの作品は、デザインが単なる機能の追求ではなく、驚きと喜びをもたらすべきであるという信念に貫かれている。ブックワームはその信念を具現化した作品であり、後進のデザイナーたちに対して、既成概念に挑戦し、使用者を創造のプロセスに招き入れる可能性を示し続けている。

現代において、本作が世界各国の美術館に収蔵され、デザイン史の教科書に掲載され、住空間に彩りを添え続けているという事実は、優れたデザインが持つ時間を超越する力を雄弁に物語っている。ブックワームは、デザインと芸術、産業と工芸、完成と未完成という境界を曖昧にし、21世紀のデザインの在り方を先取りした先駆的作品として、その価値を失うことはないであろう。

基本情報

デザイナー ロン・アラッド(Ron Arad)
メーカー カルテル(Kartell)
デザイン年 1993年(ミラノ家具見本会発表)
製造開始 1994年
素材 耐火性PVC(ポリ塩化ビニル)
製造技術 押出成形
サイズ展開 3種類(ブックエンド7個:L320cm、11個:L520cm、17個:L820cm)
耐荷重 各ブックエンド約10kg
生産国 イタリア
コレクション ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)、ポンピドゥーセンター、ヴィトラ・デザイン・ミュージアム他