ウームチェアは、フィンランド系アメリカ人建築家エーロ・サーリネンが1948年に発表した、ミッドセンチュリーモダンを代表するラウンジチェアである。「Womb」とは英語で「子宮」を意味し、その名が示す通り、座る者を優しく包み込むような有機的なフォルムが最大の特徴である。ノル社の創業者フローレンス・ノルからの依頼により誕生したこの椅子は、当時主流であった直線的・幾何学的なモダニズム家具とは一線を画し、人間の身体に寄り添う曲線美を追求した革新的なデザインとして高く評価されている。
発表から75年以上を経た現在もノル社により継続生産されており、世界中の美術館やデザインコレクションに収蔵される不朽の名作として、その価値を保ち続けている。
特徴・コンセプト
ウームチェアの設計思想は、フローレンス・ノルがサーリネンに伝えた「枕をたくさん詰め込んだバスケットのような椅子が欲しい。そこで丸くなってくつろげるような椅子を」という言葉に端を発する。この要望に応えるべく、サーリネンは従来の家具デザインの常識を覆す挑戦を行った。
有機的造形
椅子全体を包み込むような曲面で構成されたシェル構造は、ファイバーグラス強化プラスチックを成型して製作される。この技術は当時としては革新的であり、航空機産業で培われた素材技術を家具に応用した先駆的な試みであった。滑らかな曲線は人体の自然な姿勢を受け止め、あらゆる座り方を許容する包容力を持つ。
構造と素材
シェル内部には高密度のフォームパディングが施され、その上を上質なファブリックまたはレザーで覆う三層構造となっている。脚部にはクロームメッキを施したステンレススチール製のロッドベースを採用し、有機的なシェルと幾何学的な脚部の対比が視覚的な緊張感を生み出している。付属のオットマンと組み合わせることで、より深いリラクゼーションを実現する。
人間工学的配慮
広々とした座面と高い背もたれ、そして両サイドを包み込むアームレストは、座る者に心理的な安心感を与えるよう計算されている。胎児のように丸くなることも、足を投げ出してくつろぐことも可能な自由度の高さが、この椅子の真髄である。
エピソード
ウームチェアの誕生には、20世紀を代表する二人のデザイナーの深い信頼関係があった。フローレンス・ノルとエーロ・サーリネンは、ともにミシガン州クランブルック美術アカデミーで学んだ同窓生であり、サーリネンの父エリエル・サーリネンは同校の学長を務めていた。この親密な関係が、前例のない実験的なデザインへの挑戦を可能にしたのである。
開発過程において、サーリネンは理想的な座り心地を追求するため、数多くのプロトタイプを製作した。成型合板、金属、ファイバーグラスなど様々な素材を試行錯誤し、最終的にファイバーグラス強化プラスチックによるシェル構造という革新的な解決策に到達した。この技術的ブレイクスルーは、後の「チューリップチェア」をはじめとするサーリネンの代表作へと繋がる重要な転機となった。
発表当初、その前衛的なデザインは批評家の間で賛否両論を巻き起こしたが、一般消費者からは熱狂的な支持を得た。特にアメリカの戦後住宅ブームと相まって、モダンリビングの象徴として広く普及し、ミッドセンチュリーモダンの美学を大衆に浸透させる役割を果たした。
評価
ウームチェアは、デザイン史における重要な転換点を示す作品として、世界的に高い評価を受けている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)をはじめ、ヴィトラ・デザイン・ミュージアム、フィラデルフィア美術館など、世界の主要なデザインコレクションにパーマネントコレクションとして収蔵されている。
美術史家や建築批評家からは、オーガニックモダニズムの先駆的作品として位置づけられ、人間中心のデザイン思想を体現した20世紀の傑作と評される。直線と直角で構成されたインターナショナルスタイルへのアンチテーゼとして、より人間的で温かみのあるモダニズムの可能性を示した点が特に重要視されている。
商業的にも発表以来途切れることなく生産が続けられており、時代を超えた普遍的な価値を持つデザインの証左となっている。現代のインテリアシーンにおいても、住宅からオフィス、ホテルロビーに至るまで幅広い空間で愛用され続けている。
受賞歴・収蔵
- 1948年
- MoMA グッドデザイン賞(Good Design Award)
- パーマネントコレクション
- ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ヴィトラ・デザイン・ミュージアム、フィラデルフィア美術館、デンバー美術館、ミネアポリス美術館ほか多数
基本情報
| 名称 | ウームチェア(Womb Chair) |
|---|---|
| デザイナー | エーロ・サーリネン(Eero Saarinen) |
| 発表年 | 1948年 |
| メーカー | ノル(Knoll) |
| 素材 | ファイバーグラス強化プラスチック(シェル)、フォームパディング、ファブリックまたはレザー(張地)、クロームメッキスチール(脚部) |
| 寸法 | 幅約100cm × 奥行約95cm × 高さ約92cm(座面高約43cm) |
| 付属品 | オットマン(別売りの場合あり) |
| カラーバリエーション | 多数のファブリック・レザーオプションより選択可能 |