渡辺 力(わたなべ りき)
バイオグラフィー
渡辺力(わたなべりき、1911年7月17日-2013年1月8日)は、「インテリア・デザインの開拓者」「ジャパニーズデザインのパイオニア」と称される、日本の昭和時代を代表するプロダクトデザイナーである。「デザイン」という言葉がまだ日本に存在しなかった戦前の1930年代後半から活動を開始し、戦後間もない頃には剣持勇、柳宗理らと共に日本におけるモダンデザインの礎を築いた。
1911年、東京・白金に生まれる。1936年、東京高等工芸学校(現・千葉大学工学部)木材工芸科を卒業後、群馬県工芸所に入所。ここで、近代建築の巨匠ブルーノ・タウトの薫陶を受ける機会を得た。タウトは1933年に来日し、群馬県高崎市で工芸指導にあたっていたドイツ人建築家であり、バウハウスの精神を日本に伝えた人物である。若き渡辺がタウトから学んだ「実用的で無駄がなく、簡素な美しさ」という価値観は、後の彼のデザイン哲学の核となった。
1940年、母校である東京高等工芸学校の助教授に就任。1943年には東京帝国大学農学部林学科選科(森林利用学)を修了し、同大学助手(航空研究所出向)となる。木材工芸と森林利用学という専門性は、後の家具デザインにおける素材への深い理解と実践的なアプローチにつながっていく。
1949年、38歳の時に東京・銀座に渡辺力デザイン事務所を設立し、フリーランスのデザイナーとしての活動を本格的に開始する。これは戦後間もない日本において、極めて先駆的な決断であった。
1952年、新日本工業デザイン展で発表した「ヒモイス」が国内外から大きな注目を集める。戦後の物資不足という厳しい状況下で、入手が容易なナラのインチ材と木綿紐を用いて創作されたこの椅子は、「いかに安く椅子を作るか」という実践的な課題に対する明快な解答であり、日本の記念碑的デザインとなった。同年、日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)が設立され、渡辺は理事に就任。1953年には、勝見勝、剣持勇、丹下健三、柳宗理らと共に国際デザインコミッティー(現・日本デザインコミッティー)を設立するなど、日本のデザイン界の組織化と発展に尽力した。
1956年、松村勝男、渡辺優と共に「Qデザイナーズ」を結成。同年、財団法人日本生産性本部の要請で工業デザイン専門視察団の一員として渡米。アメリカの工業デザイン、工場、デザイン教育施設等を視察し、その後単身ヨーロッパをまわって帰国。この経験は、渡辺がアメリカン・ミッドセンチュリー・デザインの精神を日本に伝える重要な契機となった。特にジョージ・ネルソンやチャールズ&レイ・イームズ夫妻との交流は、渡辺に大きな影響を与えた。
1957年、「トリイスツール」と「円形センターテーブル」が第11回ミラノ・トリエンナーレで金賞を受賞。これは日本初の快挙であり、日本のモダンデザインが国際的に認められた歴史的瞬間となった。
1959年、勝見勝、加藤達美、佐藤潤四郎、吉田丈夫らと共に財団法人クラフト・センター・ジャパンを創設。1966年、東京造形大学室内建築科の開講に参画し、教授に就任(1970年まで)。教育者としても、次世代のデザイナーの育成に貢献した。
渡辺の活動は家具デザインに留まらず、インテリア設計の分野でも大きな業績を残している。建築家・清家清との50年以上にわたる協働は特筆に値する。1952年の「齋藤助教授の家」、1954年の「数学者の家」をはじめとする多くの住宅建築の内装・家具を担当。1971年には京王プラザホテルのメインバー「ブリアン」のインテリアを担当するなど、旧東京ヒルトンホテルをはじめ10数のホテルプロジェクトを手がけた。
1972年、日比谷第一生命ビル前の「ポール時計」をデザイン。シンプルかつモダンなこの時計は、重厚な建築物に対峙する街の顔となり、渡辺自身も会心の作と認める代表作となった。
1976年、紫綬褒章を受章。1991年には第19回国井喜太郎産業工芸賞を受賞するなど、その功績は高く評価された。
2000年、Qデザイナーズは渡辺の引退に伴い自然解散となったが、渡辺自身のデザイン活動は止まることがなかった。2000年代に入ると、セイコーウオッチより腕時計シリーズ「リキ ワタナベ コレクション」、タカタレムノス「RIKI CLOCK」など、主に時計のデザイン開発に注力した。2003年、92歳で発表した自身の名を冠した「リキクロック」は大ブレイクし、2004年にグッドデザイン賞を受賞。晩年の代表作となった。
2006年、東京国立近代美術館で「渡辺力:リビング・デザインの革新」展が開催され、およそ半世紀におよぶ活動の歩みが初めて包括的に回顧された。2013年1月8日、101歳で逝去。生涯現役を貫き、最後まで精力的にデザイン活動を続けた伝説的デザイナーとして、その名は日本デザイン史に永遠に刻まれている。
デザインの思想とアプローチ
渡辺力のデザイン哲学の核心は、ミース・ファン・デル・ローエの「レス・イズ・モア(簡素は豊か)」という思想を日本の文脈で体現することにあった。建築評論家の宮内嘉久は、渡辺の作風を「密度の高い簡潔さを基礎としており、しかも退屈さに陥らずに、気品や香気が漂っている」と評した。
渡辺のアプローチは常に実践的であった。ブルーノ・タウトから学んだ「実用的で無駄がなく、簡素な美しさ」という価値観は、形式主義的なデザインへの批判として機能した。渡辺にとって、デザインとは生活の中で機能し、人々の暮らしを豊かにするものでなければならなかった。
1930年代、バウハウスやル・コルビュジエに代表されるモダンデザインに触れた渡辺は、機能に裏打ちされ、かつ日本の生活に立脚したかたちを追求し続けた。特に重要だったのは、床座を旨とする日本の住生活に、西洋の生活様式の構成要素である椅子をいかに融合させるかという課題であった。「ヒモイス」は、座布団と合わせて使うことを想定したローコスト生産の椅子として、この課題への明快な解答を示した。
渡辺は常に「素材との対話」を重視した。東京高等工芸学校で木材工芸を学び、東京帝国大学で森林利用学を修めた経験は、木材という素材の本質を深く理解する基盤となった。「トリイスツール」における籐という伝統的素材のデザインプロセスでの捉え直しは、素材の持つ特性を最大限に活かすという渡辺の姿勢を如実に示している。
「室内空間から発想し、生活を取り巻くものが生き生きと存在する場を時代のなかで生み出す」というデザイン姿勢も、渡辺の特徴である。彼は単なる家具デザイナーではなく、インテリア全体を包括的に捉える空間デザイナーでもあった。
また、渡辺は「長く使える物が良い物」という信念を持っていた。2003年に発表した「リキクロック」は、極力シンプルな設計で、壊れにくく、壊れた時は修理しやすいよう、分解しやすい単純構造になっている。現代の「ロングライフデザイン」という概念が定着する遥か以前から、渡辺はその思想を実践していた。
民主主義を体現するデザインという思想も重要である。戦後の貧しい時代、渡辺は一般家庭にも椅子を普及させるために「ヒモイス」をデザインし、贈答用の高価で大型のものしかなかった時計を、6畳一間の日本の狭小住宅でも使用しやすい安価で小ぶりな「小さな壁時計」として創造した。デザインの民主化は、渡辺の一貫したテーマであった。
作品の特徴
渡辺力の作品には、一貫した美学と実践的知恵が凝縮されている。
簡潔性と機能美
渡辺のデザインは、「レス・イズ・モア」の思想を体現する簡潔さが最大の特徴である。無駄な装飾を排し、機能に必要な要素のみで構成された形態は、見る者に清々しさと気品を感じさせる。しかし、その簡潔さは決して冷たさや退屈さに陥ることなく、温かみと香気を漂わせている。
日本の生活文化への適応
渡辺のデザインは、常に日本人の生活様式と住環境に根ざしている。床座文化と椅子座文化の融合、狭小な住空間への配慮、日本の気候風土に適した素材選択など、西洋のモダンデザインを単に模倣するのではなく、日本的文脈に翻訳することに成功している。
構造の誠実さ
渡辺の家具は、構造が明快で誠実である。力の流れが視覚的に理解でき、無理のない合理的な構成がなされている。「ヒモイス」における三角構造の採用、「トリイスツール」における鳥居型フォルムの安定性など、構造と形態が一体となった美しさを実現している。
素材の特性を活かす
木材、籐、スチール、ステンレス、ダンボールなど、渡辺は多様な素材を扱ったが、常に素材の持つ特性を最大限に活かすことを重視した。素材を無理に扱うのではなく、その本質を理解し、適切な加工法と形態を選択することで、素材の美しさを引き出している。
時代を超える普遍性
渡辺の作品の多くは、発表から数十年を経た現在も生産され続けている。「ヒモイス」(1952年)、「トリイスツール」(1956年)、「リキクロック」(2003年)など、時代の流行に左右されない普遍的なデザインを実現している。
ディテールへのこだわり
渡辺のデザインは、細部に至るまで徹底的に吟味されている。「リキクロック」の文字盤では、数字が通常のグリッド状ではなく、文字の形に合わせて微妙に位置を変えている。円形に並べたときの見え方、余白のバランス、全体を見たときに流れがスムーズで気持ちが良いかどうかまで考え抜かれている。
主な代表作とその特徴
ヒモイス(1952年)
渡辺力の処女作であり、デザイナーとしての名声を確立した記念碑的作品。戦後の物資不足という厳しい状況下で、「いかに安く椅子を作るか」という実践的課題に対する明快な解答として生まれた。入手が容易だったナラのインチ材と木綿紐を用いて構成。木綿紐をクッションの代わりにし、木材を節約するために三角構造を採用することで、ローコストと機能性を両立させた。
1952年の新日本工業デザイン展での発表後、国内外から注目を集め、1955年には銀座松屋のグッド・デザイン・セクションに選定された。床座文化と椅子座文化を融合させ、日本の住生活に馴染む椅子として、近代日本の生活スタイルを明快に表現した作品として、今なお高く評価されている。2011年、渡辺力生誕100年を記念して、ロイヤルファニチャーコレクションから101台限定で復刻版が製作された。
トリイスツール(1956年)
日本のモダンデザインの幕開けを象徴する歴史的名作。1956年、雑誌「モダンリビング」の住宅と家具のケーススタディ企画から誕生し、1957年の第11回ミラノ・トリエンナーレで金賞を受賞。これは日本初の快挙であり、日本のデザインが世界に認められた瞬間となった。
名称の由来は、その形態が日本の鳥居を思わせることから。しなやかで力強い籐(ラタン)の特性を活かし、座面と脚をつなぐシンプルな構造で安定性を実現。籐素材と鳥居型のフォルムが「和」の美意識を表現しながら、モダンなデザインとして成立している。涼し気な印象から夏向けのイメージが強かった籐家具を、通年使えるモダンな家具に変容させた点で、素材に対する革新的なアプローチを示した。現在も山川ラタン(現・ワイ・エム・ケー長岡)によって製造され続けており、60年以上にわたるロングセラーとなっている。
ソリッドスツール(1954年)
建築家・清家清が設計した住宅「数学者の家」(東京目黒区)のために、玄関先に置ける機能的な椅子として創作された。トリイスツールのプロトタイプとも言える作品で、後の名作誕生の起点となった。無垢板を使用した座面とスチールロッドの脚部が、直線的で端正なフォルムを生み出している。長く幻の作品となっていたが、2005年にメトロクスによって製品化され、再び世に送り出された。2021年にはロングライフデザイン賞を受賞し、時代を超えた普遍的価値が改めて認められた。
リキスツール(1960年代)
段ボール製家具という画期的な発想で生まれた作品。十条製紙(現・日本製紙)のために開発され、軽量でありながら十分な強度を持つスツールとして実現された。段ボールという意外な素材の選択は、渡辺の素材に対する柔軟な発想と、構造力学への深い理解を示している。1967年、卓上電気置時計「キャスロン601」とともに第13回毎日産業デザイン賞を受賞。実験的でありながら実用性を失わない、渡辺のデザイン哲学が凝縮された作品である。
リキクロック(2003年)
92歳の渡辺が晩年に手がけた代表作。2003年にタカタレムノスから発表され、翌2004年にグッドデザイン賞を受賞。発売後大ブレイクし、現在も数多くの商業施設や一般家庭で愛用されている。「誰もが見やすい文字盤」というコンセプトのもと、時計の読み方を勉強する子供から、目が見えにくくなった高齢者まで、すべての人にとって読みやすい時計を目指した。
文字の大きさ、フォント、配置が徹底的に吟味されている。数字は通常のグリッド状ではなく、文字の形に合わせて微妙に位置を変えることで、円形に並べたときの視覚的バランスを最適化している。極力シンプルな設計で、壊れにくく、壊れた時は修理しやすいよう、分解しやすい単純構造を採用。「長く使える物が良い物」という渡辺の哲学が、細部まで貫かれている。
日比谷の時計(ポール時計)(1972年)
東京・日比谷の第一生命ビル前に設置されたポール時計。渡辺自身が「会心の作」と認める代表作の一つ。重厚な建築物に対し、シンプルかつモダンなデザインで対峙することで、街の顔となる時計を実現。大きな円形の文字盤を細いポールで支える構造は、視覚的な軽やかさと存在感を両立させている。40年以上にわたり街のランドマークとして親しまれ、多くの人々の待ち合わせ場所となってきた。2012年より、この名作時計が製品として一般向けにリリースされ、家庭やオフィスでも楽しめるようになった。
功績・業績
渡辺力の功績は、個々の作品の優秀さに留まらず、日本のデザイン界全体の基盤構築に及んでいる。
デザイン運動の牽引
戦後間もない1949年に個人デザイン事務所を設立し、フリーランスデザイナーという職業を日本で確立した草分け的存在。1952年の日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)設立時の理事就任、1953年の日本デザインコミッティー設立、1959年のクラフト・センター・ジャパン創設など、組織的な活動を通じて日本のデザイン界の発展に尽力した。
国際的評価の獲得
1957年、第11回ミラノ・トリエンナーレで「トリイスツール」と「円形テーブル」が金賞を受賞。これは日本初の快挙であり、日本のモダンデザインが国際的に認められる契機となった。この受賞により、日本のデザイナーたちに自信と希望を与え、国際舞台での活躍への道を開いた。
インテリアデザインの開拓
建築家・清家清との50年以上にわたる協働において、多くの住宅建築の内装・家具を担当。室内空間を総合的にデザインするというアプローチは、当時としては先進的であり、日本におけるインテリアデザインという職能の確立に貢献した。
主要な受賞歴
- 1951年:新制作展 新建築賞(ハサミ材による家具)
- 1957年:第11回ミラノ・トリエンナーレ 金賞(トリイスツール、円形テーブル)
- 1967年:第13回毎日産業デザイン賞(リキスツール、キャスロン601)
- 1976年:紫綬褒章
- 1991年:第19回国井喜太郎産業工芸賞
- 2001年:グッドデザイン賞(ユニトレイ)
- 2004年:グッドデザイン賞(リキクロック)
- 2021年:ロングライフデザイン賞(ソリッドスツール)
評価・後世に与えた影響
渡辺力は、剣持勇、柳宗理と並んで、日本のモダンデザインを確立した三大デザイナーの一人と評価されている。建築評論家の宮内嘉久は「モダン・デザインを日本で確立した代表的な人物を挙げるとすれば、渡辺力・剣持勇・柳宗理の3人であろう」と述べている。
作風の本質
宮内嘉久の評によれば、渡辺力の作風は、ミース・ファン・デル・ローエの「レス・イズ・モア(簡素は豊か)」を体現するような「密度の高い簡潔さ」を基礎としながら、退屈さに陥らず、気品や香気が漂っている点に特徴がある。単なるミニマリズムではなく、削ぎ落とされた形態の中に豊かな精神性を宿すという、日本的な美意識と西洋モダニズムの融合を実現した。
日本の生活文化への適応
床座を旨とする日本の住生活に、西洋の椅子をいかに融合させるかという課題に対し、渡辺は明快な解答を示した。「ヒモイス」における座布団との併用を想定した設計、「トリイスツール」における日本的モチーフのモダンな解釈など、西洋のデザイン思想を単に移入するのではなく、日本的文脈に翻訳することに成功した。
ロングライフデザインの先駆
「ヒモイス」(1952年)、「トリイスツール」(1956年)など、渡辺の代表作の多くは、発表から半世紀以上を経た現在も生産され続けている。2011年の生誕100年記念での「ヒモイス」復刻、2005年の「ソリッドスツール」製品化、そして2003年の「リキクロック」の大ヒットなど、時代を超えた普遍性を持つデザインであることが証明されている。
現代的意義
101歳まで生涯現役を貫き、92歳で発表した「リキクロック」が大ヒットするなど、渡辺の創造力は衰えることを知らなかった。「長く使える物が良い物」という思想、修理しやすい単純構造の採用、自然に還る素材の選択など、渡辺のデザイン哲学は現代のサステナビリティやロングライフデザインの文脈において、ますます重要性を増している。
渡辺力の遺産は、個々の名作家具や時計という有形の作品だけでなく、「デザインとは生活を豊かにするものである」という思想、日本の文化と西洋のモダニズムを融合させる方法論、そしてデザイン界の組織化・国際化への貢献という無形の遺産として、今なお日本のデザイン界に息づいている。
作品一覧
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド/製造元 |
|---|---|---|---|
| 1951年 | 椅子 | ハサミ材による家具 | - |
| 1952年 | 椅子 | ヒモイス(Rope Chair) | Royal Furniture Collection(2011年復刻) |
| 1952年 | 椅子 | 小イス | - |
| 1952年 | スツール | スツール | - |
| 1954年 | スツール | ソリッドスツール(Solid Stool) | METROCS(2005年製品化) |
| 1956年 | スツール | トリイスツール(Torii Stool / QS-10) | 山川ラタン(現YMK長岡) |
| 1956年 | テーブル | 円形センターテーブル(円形テーブル / QR-40) | 山川ラタン(現YMK長岡) |
| 1960年代 | スツール | リキスツール | 十条製紙(現日本製紙) |
| 1960年代 | ベンチ | リキベンチ | 天童木工 |
| 1961-1962年 | 航空機インテリア | YS-11 インテリアデザイン | 日本航空機製造 |
| 1967年 | 時計 | キャスロン601(卓上電気置時計) | - |
| 1968年 | 時計 | 小さな壁時計 | 服部時計店(2007年復刻) |
| 1960年代 | 時計 | 八角の時計 | タカタレムノス |
| 1971年 | インテリア | 京王プラザホテル メインバー「ブリアン」 | - |
| 1972年 | 時計 | ポール時計(日比谷の時計) | 第一生命(2012年製品化) |
| 1976年 | トレイ | ステンレストレイ | ダイチ |
| 1982年 | インテリア | 軽井沢プリンスホテル南館 インテリア | - |
| 1984年 | 収納 | リキロッカー | インテリアセンター |
| 2001年 | トレイ | ユニトレイ | 佐藤商事(リデザイン版) |
| 2003年 | 時計 | リキクロック(RIKI CLOCK) | タカタレムノス |
| 2000年代 | 腕時計 | リキ ワタナベ コレクション | セイコーウオッチ |
| 2005年 | 腕時計 | 腕時計 アルバ | セイコーウオッチ |
Reference
- 渡辺力 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/渡辺力
- プロフィール紹介 | 渡辺力
- https://metrocs.jp/special/rikiwatanabe/profile.html
- 渡辺 力 | NPO法人建築思考プラットホームPLAT
- https://npo-plat.org/watanabe-riki.html
- 渡辺 力 | 名作デザイナーズ家具のインテリアショップ METROCS
- https://metrocs.jp/itemlist/rikiwatanabe/
- 渡辺 力(わたなべ・りき)デザイナー | 松戸市
- https://www.city.matsudo.chiba.jp/miryoku/kankoumiryokubunka/rekisi-bunka/dezitarubizyutu_top/search/search_wa/wa002/index.html
- 渡辺力:リビング・デザインの革新 - 東京国立近代美術館
- https://www.momat.go.jp/exhibitions/428
- 渡辺力:リビング・デザインの革新 - 国立工芸館
- https://www.momat.go.jp/craft-museum/exhibitions/428
- 日本のプロダクトデザインのパイオニア「渡辺 力」とは | 名作家具とデザインの話
- https://ogitaka.com/2017/06/04/riki-watanabe-story/
- 渡辺 力(わたなべりき)| ずっと使い続けたいモノを集めたセレクトショップ - ZUTTO
- https://www.zutto.co.jp/brand/brand_detail/35
- ABOUT | リキ - ALBA.jp
- https://www.alba.jp/rikiwatanabe/about/
- プロダクト 家具、その他 | 渡辺力
- https://metrocs.jp/special/rikiwatanabe/products_others.html