バイオグラフィー
ピエール・オスカル・パウル・フォーセル(Pierre Oskar Paul Forssell)は、1925年にスウェーデン・ストックホルムに生まれた銀細工師・工業デザイナーである。スウェーデンの戦後デザイン史において、日用品の造形美を追求し、真鍮という伝統素材に近代的な気品をもたらした功績は大きい。
ストックホルムのコンストファック(Konstfack、国立芸術工芸デザイン大学)に入学し、当初は絵画科に在籍した。美術的素養を深めたのち銀細工科へ転科し、1949年に銀細工の職人資格を取得。わずか27歳でコンストファックの銀細工講師に就任し、教壇に立ちながら工業デザインの仕事にも携わるという道を歩み始めた。
講師としての活動と並行し、1952年からエシルストゥーナのゲンセ(Gense)社で食器デザインを手がける。回転式カトラリー「ピルエット」(Piruett)やステンレス製の円錐型調味料入れ「シェーカーズ」(Shakers)をデザインし、1955年のヘルシンボリH55博覧会で発表。その端正で時代を映すデザインは大きな反響を呼び、デザイナーとしての飛躍点となった。1961年にはカトラリーシリーズ「スペクトラ」(Spectra)も手がけ、ゲンセでの仕事は1964年まで続いた。
1955年には、スクルトゥナ・メッシングスブルク(Skultuna Messingsbruk)に常勤デザイナーとして迎えられる。スクルトゥナは1607年にカール9世の勅令で創設された世界最古級の真鍮鋳造所であり、フォーセルは銀細工師エリック・フレミング(Erik Fleming)の後任として製品開発の刷新を託された。以来1986年までの約30年間、同社の真鍮製品に近代的な造形言語を与え続け、スクルトゥナに現代デザインの文脈における新たな地位をもたらした。社内に設けた自身のアトリエ兼工房「メッシングスタジオン」(Mässingstudion)では、少数の熟練した助手とともに完全な創作の自由を享受し、キャンドルホルダー、花瓶、ランタン、デカンタなど、簡潔でありながら彫刻的な存在感を持つ作品群を生み出した。教会向けの聖具——真鍮製の十字架や燭台——のデザインも手がけている。
2004年に逝去、享年79。その作品は今日もスクルトゥナの定番コレクションとして製造が続けられ、ヴィンテージ市場やオークションでも高く評価される、北欧デザイン史の重要な遺産である。
デザインの思想とアプローチ
フォーセルのデザイン哲学は、銀細工師としての厳格な手仕事の伝統と、工業生産がもたらす合理性との均衡の上に成り立っている。コンストファックで培った絵画的感性と金属加工の技術的知見を基盤に、「素材の本性に従いながら、形態の純粋さを追求する」という一貫した姿勢を保ち続けた。銀の冷たく気高い輝きに通じる審美眼を持ちながら、真鍮の温かみのある金色の光沢と、経年によって深まる重厚な表情に魅了された彼は、この素材に端正かつ現代的な造形を与えることに生涯を捧げた。
その作品に通底する特質は、線の明快さと形態の抑制にある。装飾的要素を極力排し、幾何学的な構成と素材そのものの質感によって美を語らせる手法は、スカンジナヴィアン・ファンクショナリズムの理念と深く共鳴する。同時に、手仕事に由来する微かな温もりが宿り、工業製品の無機質さとは一線を画す品格を生み出している。彫刻家コンスタンティン・ブランクーシの作品にも触発されており、ストックホルムの美術館でその作品に出会った経験が、日用品に彫刻的な存在感を与えるという独自のアプローチを確立する一助となった。
作品の特徴
フォーセルの作品は、真鍮とステンレスという二つの金属を中核としながら、それぞれの素材に応じた異なる造形言語を駆使している点に特色がある。
スクルトゥナで手がけた真鍮製品群は、フォーセルの創造性がもっとも自由に発揮された領域である。無垢の真鍮を手作業で成形した彫刻的なフォルム、燭光を巧みに反射する曲面、溶接炎で穿たれた穴から光が漏れるランタンなど、いずれも真鍮という素材の可能性を最大限に引き出し、実用品でありながら空間を彫刻的に変容させる力を持つ。デカンタやカップといったテーブルウェアでは、扁平な楕円体や円筒形など建築的ともいえる構造的なフォルムを採用し、一部にオーク材の栓を組み合わせて金属と木の対比を加えた。
一方、ゲンセで手がけたステンレス製品群は、工業デザイナーとしての資質を端的に示している。幾何学的な純粋さとステンレスの無垢な輝き、黒いプラスチックや樹脂との素材の対比によって、1950年代スウェーデンの新しいライフスタイルに応える明快なプロダクトを生み出した。
主な代表作とエピソード
ペンデル壁掛け燭台(Pendel)/リフレックス壁掛け燭台(Reflex)
スクルトゥナを代表し、フォーセルの代名詞ともいえる二つの壁掛け燭台。「ペンデル」(1950年代後半)は、振り子を思わせる細く優美なシルエットが特徴で、細いキャンドルを用いて壁面に端正な縦のラインを描く。「リフレックス」(1960年代後半)は、炎の光を真鍮の凹面に映し込み、壁面に柔らかな光の余韻を広げるという光学的な美しさをデザインの核心に据えた。いずれも北欧インテリアの定番として今日もなお生産が続けられている。
アニアラ キャンドルホルダー(Aniara)——1950〜60年代
角笛あるいはハート型とも形容される有機的なフォルムを持つ真鍮製キャンドルホルダー。無垢の真鍮から手作業で成形され、重厚な台座とのバランスが彫刻的な存在感を生んでいる。その名はスウェーデンの詩人ハリー・マーティンソンの長編叙事詩に由来するとされる。
チューリップの花を思わせる清廉な造形を持つ真鍮製キャンドルホルダー。3本一組で展開され、単体でも、組み合わせても美しいプロポーションを保つ。装飾を削ぎ落とした簡潔なフォルムにスカンジナヴィアの純粋さが凝縮されており、フォーセルのデザインの好例として広く知られる、スクルトゥナの定番作品である。
その他のキャンドルスティック(Variabel/Rosett/Profil/Propeller)
フォーセルは多彩なキャンドルスティックを手がけた。「ヴァリアベル」(1950年代)はさまざまなサイズのキャンドルに対応する可変式の作品。「ロゼット」(1969年)は無垢の真鍮から成形された花弁状のフォルムで、有機的な曲線と金属の硬質さが調和する成熟期の代表作である。「プロフィール(Profil No.69)」(1960年代)は4本のキャンドルを立てられる真鍮製ホルダーで、星型の「スター」とともに人気のテーブルアクセサリー。「プロペラ」はプロペラの羽根を思わせる回転対称のフォルムを持ち、フォーセルの遊び心と構造への関心が結実している。
ランタンとテーブルランプ
溶接炎で穿たれた穴から光が漏れる「ランタン」(1960年代)は、手仕事の痕跡そのものがデザインの核心をなす独創的な作品で、光が穴を通して広がる様はとりわけ詩的な情緒を湛えている。同じ穴あけの技法を真鍮の管に応用した「テーブルランプ」(1970年代)は、メッシングスタジオンで助手とともに手作りされた限定的な作品であり、現在ヴィンテージ市場で高い評価を得ている。
デカンタとクルヴァス(真鍮のテーブルウェア)
扁平な楕円形の真鍮製「デカンタ」(1950〜70年代)は、オーク材の栓と真鍮のコラーが触覚的なコントラストを生み、ミニマリストでありながら建築的な存在感を持つ。金メッキ(23〜24金)仕上げのヴァージョンもあり、ドリンキングカップとのセットはコレクターズアイテムとして珍重される。弾丸型と呼ばれる花瓶「クルヴァス」(Kulvas)は、円筒と半球を組み合わせた簡潔な構成で、フォーセルの造形理念を凝縮している。
ゲンセのステンレス製品(Shakers/Piruett/Spectra)
「シェーカーズ」(1955年)は、ステンレス製の円錐型調味料入れで、塩・胡椒・砂糖の3種からなる。H55博覧会でのデビュー以来、幾何学的な造形と黒いプラスチックの脚部との対比で注目を集め、現在も「レトロ・コレクション」として復刻されている。「ピルエット」カクテルフォーク(1955年発表、1959年発売)は、ナイフ・フォーク・スプーンの機能を兼ねた万能カトラリーで、テレビの前でのカジュアルなディナーという新しいライフスタイルに応える発想から生まれた。「スペクトラ」(1961年)は、機能的な洗練と素材の美しさが調和したカトラリーシリーズで、フォーセルのステンレス製品を代表する食卓の名品である。
功績・業績
ピエール・フォーセルの功績の中心には、スクルトゥナ・メッシングスブルクの近代化への貢献がある。1607年の創設以来、伝統的な真鍮製品の製造を続けてきた同社に、フォーセルはモダニズムの造形言語を導入し、現代デザインの世界的な担い手へと変貌させた。約30年にわたるそのクリエイティブ・ディレクションは、伝統的な職人技術と現代の美意識を架橋する模範的な事例となっている。
キャリア初期の1953年には、ストックホルム国立美術館の「スウェーデンの銀——今日」(Svenskt silver idag)展に作品が選ばれ、銀細工師としての卓越した技量が認められた。続く1955年のH55博覧会での成功は、フォーセルをスウェーデン・デザインの第一線へと押し上げ、フォルケ・アルストローム(Folke Arström)と並ぶ1950年代スウェーデン・デザインの代表的存在として、国内外で高い評価を得る契機となった。コンストファックやリンシェーピングでの金属工芸教育を通じて次世代の育成にも貢献し、2017年から2018年にはヴェステロース美術館(Västerås Konstmuseum)で回顧展が開催され、その業績が改めて広く紹介された。
評価・後世に与えた影響
フォーセルは、スウェーデンの戦後ブルクスデザイン(日用品デザイン)の刷新に中心的な役割を果たした人物として評価されている。伝統的な手工芸の技術と工業生産の効率性を両立させ、日常の道具に気品ある造形美を付与するその仕事は、北欧デザインの核心的な価値観を体現するものであった。彼が確立した真鍮製品の造形言語——幾何学的な簡潔さ、素材の質感への信頼、手仕事の痕跡を活かした温もり——は、スクルトゥナの現在のデザイン方針にも深く根づいており、同社が現代のデザイナーと協働する際の参照点となっている。
ゲンセでのステンレス製品の仕事は、日常的なテーブルウェアにデザインの力がいかに価値を与えうるかを実証した先駆的事例として、後続のプロダクトデザイナーに影響を与えた。コレクター市場でも、とりわけメッシングスタジオンで少数制作されたテーブルランプや金メッキのデカンタセットは、北欧ミッドセンチュリーデザインの逸品として、1stDibs、ブコウスキー(Bukowskis)、パモノ(Pamono)といった国際的なオークションハウスやヴィンテージディーラーで高い需要を維持している。工芸とデザインの境界を行き来しながら、日用品に永続的な美を宿らせたフォーセルの遺産は、北欧デザインが世界で愛される理由の一端を今に伝えている。
作品一覧
| 年代 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1953年 | 銀器 | 「スウェーデンの銀——今日」展 出品作品 | 個人制作 |
| 1955年 | 調味料入れ | Shakers(シェーカーズ)——塩・胡椒・砂糖 | Gense |
| 1955年発表 / 1959年発売 | カトラリー | Piruett(ピルエット)カクテルフォーク | Gense |
| 1950年代後半 | 壁掛け燭台 | Pendel(ペンデル)No.71 | Skultuna |
| 1950年代 | キャンドルホルダー | Variabel(ヴァリアベル)No.1607 | Skultuna |
| 1950〜60年代 | キャンドルホルダー | Aniara(アニアラ) | Skultuna |
| 1950〜70年代 | デカンタ | Decanter(デカンタ)——真鍮・オーク | Skultuna |
| 1960年代 | ランタン | Lantern(ランタン) | Skultuna |
| 1960年代 | キャンドルホルダー | Profil(プロフィール)No.69 | Skultuna |
| 1960年代 | キャンドルホルダー | Star Candleholders(スター)No.70 | Skultuna |
| 1960年代 | キャンドルスティック | No.20 キャンドルスティック | Skultuna |
| 1960年代後半 | 壁掛け燭台 | Reflex(リフレックス)No.79 | Skultuna |
| 1961年 | カトラリー | Spectra(スペクトラ) | Gense |
| 1960年代 | 花瓶 | Kulvas(クルヴァス / Bulletvase) | Skultuna |
| 1960年代 | 花瓶 | Crown Vase(クラウン・ヴァース) | Skultuna |
| 1960年代 | 花瓶 | 6 Crown Points / 11 Crown Points 花瓶 | Skultuna |
| 1968年 | カップ | Drinking Cups(ドリンキングカップ) | Skultuna |
| 1969年 | キャンドルスティック | Rosett(ロゼット) | Skultuna |
| 1960年代 | キャンドルスティック | Tulip(チューリップ)3本セット | Skultuna |
| 1960〜70年代 | 調理器具 | アルミニウム製鍋シリーズ | Skultuna |
| 1970年代 | テーブルランプ | Brass Table Lamp(真鍮テーブルランプ) | Skultuna(Mässingstudion) |
| 1970〜80年代 | キャンドルホルダー | Brancusi シリーズ キャンドルホルダー | Skultuna(Mässingstudion) |
| 1970〜80年代 | 花瓶 | Brancusi シリーズ 花瓶 | Skultuna(Mässingstudion) |
| 1970〜80年代 | フラスコ / カラフェ | Vicke Flask / Carafe | Skultuna(Mässingstudion) |
| 1970〜80年代 | デカンタセット | 金メッキ デカンタ&タンブラーセット | Skultuna |
| 1960年代 | キャンドルスティック | Propeller(プロペラ) | Skultuna |
| 年代不詳 | 聖具 | 教会用十字架・燭台 | 個人制作 |
| 1952〜64年 | テーブルウェア | 各種トレイ・サービングウェア | Gense |
| 年代不詳 | 名刺入れ | Business Card Holder | Skultuna |
Reference
- Pierre Forssell x Skultuna – Skultuna 1607
- https://skultuna.com/en-us/collections/pierre-forsell
- Pierre Forssell – twentytwentyone
- https://www.twentytwentyone.com/collections/designers-pierre-forssell
- Pierre Forssell | Design | Finnish Design Shop
- https://www.finnishdesignshop.com/en-us/designer/pierre-forssell
- Pierre Forssell | FRANKBROS
- https://www.frankbros.com/en/designer/pierre-forssell/
- GENSE Retro Collection Cutlery by Pierre Forssell – Abode New York
- https://abode-newyork.com/products/retro-collection-by-pierre-forssell-for-gense
- Formgivaren Pierre Forssell – Appell Förlag
- https://appellforlag.se/bok/formgivaren-pierre-forssell/
- Pierre Forssell – Bukowskis Bukipedia
- https://www.bukowskis.com/en/bukipedia/26925-pierre-forssell
- Pierre Forsell – Designer Biography – 1stDibs
- https://www.1stdibs.com/creators/pierre-forsell/
- Pierre Forssell – NORD3
- https://nord3.ch/collections/pierre-forsell
- Pierre Forssell – MANDARIĆ
- https://www.mandaric.se/designer/pierre-forssell
- Pierre Forssell decanter – Studio Schalling
- https://schalling.se/product/pierre-forssell-decanter-3
- Västerås Konstmuseum – Pierre Forssell 展覧会情報
- https://vasteraskonstmuseum.se/utstallningar/exib/pierre-forssell-formgivare-och-silversmed/