バイオグラフィー

1796年、ドイツ・ボッパルト生まれ。プロイセン領ライン地方の小さな町で、家具職人の家系に生を受ける。1819年、23歳にして独立し、ボッパルトに自らの工房を構える。当初より伝統的な家具製作の枠を超え、木材を曲げて成形する技術の開発に情熱を注いだ。

1830年代、薄い木片を膠で貼り合わせ、型に入れて曲げる「積層曲木」技術を考案。この革新的な技法は、当時の家具製造の常識を覆すものであった。1842年、この技術でオーストリア帝国の特許を取得し、メッテルニヒ宰相の推薦によりウィーンへ招聘される。

1849年、息子たちとともに「ゲブリューダー・トーネット(トーネット兄弟社)」を設立。1856年には、蒸気で無垢材を曲げる「曲木」技術の特許を取得し、これが後の大量生産体制の基盤となる。モラヴィア地方に大規模工場を建設し、工業的な家具生産を実現。1871年、ウィーンにて75歳で逝去するまで、家具産業の近代化に生涯を捧げた。

デザインの思想・アプローチ

トーネットのデザイン哲学は、「素材の本質を活かした合理的な造形」という一点に集約される。木材が持つ本来の弾性と可塑性に着目し、これを最大限に引き出すことで、従来の木工技術では不可能であった優美な曲線を実現した。

その思想の根底には、産業革命期における「美と効率の両立」への強い信念があった。装飾過多なビーダーマイヤー様式が主流であった時代に、あえて装飾を排し、構造そのものが美となる家具を追求。これは、後のモダニズム運動を半世紀以上先取りするものであった。

また、トーネットは「分解可能な構造」という革命的な概念を導入した。36個のパーツで構成され、10本のネジで組み立てられるNo.14は、1立方メートルの箱に36脚分を収納して輸送することが可能であった。この発想は、現代のフラットパック家具の原点ともいえる。

作品の特徴

トーネットの作品群は、以下の特質において他と一線を画する。

第一に、曲木技術による有機的な曲線美が挙げられる。蒸気で軟化させた無垢のブナ材を金型で曲げ、乾燥させて形状を固定する技法により、木材とは思えぬしなやかな曲線を実現した。この曲線は単なる装飾ではなく、力学的な合理性に裏打ちされたものである。

第二に、徹底した部品の標準化と互換性である。各部品は精密に規格化され、異なる製品間でも共通部品として使用可能であった。これにより、大量生産と品質管理の両立を果たし、工場制手工業から近代的な工業生産への転換を実現した。

第三に、軽量性と堅牢性の両立である。No.14の重量はわずか4キログラムでありながら、成人の体重を十分に支える強度を有する。この軽さは、カフェやレストランでの日常的な使用において、清掃時の移動や積み重ねを容易にした。

主な代表作

No.14(1859年)

トーネット社の代名詞ともいうべき傑作。わずか6本の曲木パーツと10本のネジ、2つのナットで構成される究極の簡素さを実現した。パリ、ウィーン、ブダペストのカフェ文化を支え、「カフェハウスチェア」「ビストロチェア」の愛称で親しまれた。1859年の発売以来、2024年現在も生産が継続されており、累計販売数は1億5000万脚を超える。ル・コルビュジエは自邸にこの椅子を置き、その完成度を称賛した。

No.18(1876年)

No.14の発展型として開発された、より洗練されたプロポーションを持つ椅子。背もたれの曲線がより大きく、座面下のフレームにも曲木を採用することで、一層の軽快さを獲得した。ウィーン万国博覧会で高い評価を受け、オーストリア=ハンガリー帝国の宮廷御用達となった。

シュウィング・チェア(ロッキングチェア No.1、1860年)

曲木技術の可能性を最大限に追求した揺り椅子。連続する曲線が、座る人を包み込むような有機的なフォルムを創出。この作品は、後にピカソやルノワールの絵画にも登場し、19世紀末から20世紀初頭の芸術家たちを魅了した。

No.209(1900年頃)

アームチェアとしての完成度を極めた作品。曲木によるアームレストが、背もたれから連続した一本の曲線を描き、視覚的な軽やかさと機能的な堅牢さを両立。後にル・コルビュジエ、シャルロット・ペリアン、ピエール・ジャンヌレによる「LC7」の原型として再解釈された。

功績・業績

トーネットの功績は、家具デザインの領域にとどまらず、産業史全体に波及するものである。

まず、家具の工業的大量生産を世界で初めて確立した点が挙げられる。1850年代から60年代にかけて、モラヴィア地方(現チェコ共和国)に複数の大規模工場を建設し、最盛期には年間200万脚以上の椅子を生産した。この生産体制は、20世紀のフォーディズムに先駆ける画期的なものであった。

次に、グローバルな販売網の構築である。ヨーロッパ全土はもとより、南北アメリカ、ロシア、中東、東アジアにまで製品を輸出し、世界初の「グローバル家具ブランド」を確立した。分解式設計による輸送コストの削減は、この国際展開を可能にした技術的基盤であった。

さらに、1867年のパリ万国博覧会での金メダル受賞をはじめ、各国の博覧会で数多くの賞を受け、その技術と造形の卓越性を国際的に認められた。オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世からも特別な庇護を受け、帝国の産業発展に貢献した功績で表彰された。

評価・後世に与えた影響

ミヒャエル・トーネットが近代デザイン史に与えた影響は、計り知れないものがある。

20世紀初頭、バウハウスの建築家・デザイナーたちは、トーネットの作品に「機能主義」の先駆を見出した。ヴァルター・グロピウス、マルセル・ブロイヤー、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエらは、いずれもトーネットの合理的なデザイン思想を高く評価し、その影響を公言している。特にブロイヤーは、トーネットの曲木技法をスチールパイプに置き換えることで、「ヴァシリーチェア」をはじめとする金属管家具の傑作を生み出した。

また、トーネットが確立した「規格化」「互換性」「分解可能性」という概念は、イケアに代表される現代のフラットパック家具の直接的な源流となっている。部品の標準化による大量生産と、輸送効率を考慮した設計という方法論は、150年以上を経た今日においても、家具産業の基本原理として機能し続けている。

No.14は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ヴィクトリア&アルバート博物館、ウィーン応用美術館など、世界の主要なデザインミュージアムに永久収蔵されている。「史上最も成功した量産椅子」として、工業デザインの金字塔たる地位を不動のものとしている。

トーネット社は創業から170年以上を経た現在も操業を続け、伝統的な曲木製品とともに、現代のデザイナーとの協働による新作を発表し続けている。この持続性こそが、ミヒャエル・トーネットの思想とデザインが時代を超えて普遍的な価値を持つことの何よりの証左である。

作品一覧

年月 区分 作品名 ブランド
1836年頃 椅子 ボッパルトの椅子(Bopparder Stuhl) 自社工房
1840年頃 椅子 No.1(積層曲木) 自社工房
1849年 椅子 No.4 Gebrüder Thonet
1850年頃 椅子 No.6 Gebrüder Thonet
1855年頃 椅子 No.8 Gebrüder Thonet
1859年 椅子 No.14(カフェハウスチェア) Gebrüder Thonet
1860年 ロッキングチェア No.1 ロッキングチェア(シュウィング・チェア) Gebrüder Thonet
1862年頃 椅子 No.16 Gebrüder Thonet
1865年頃 椅子 No.17 Gebrüder Thonet
1876年 椅子 No.18 Gebrüder Thonet
1870年代 アームチェア No.56 Gebrüder Thonet
1880年頃 ソファ 曲木ソファ Gebrüder Thonet
1885年頃 スツール 曲木スツール各種 Gebrüder Thonet
1890年頃 ロッキングチェア No.10 ロッキングチェア Gebrüder Thonet
1900年頃 アームチェア No.209 Gebrüder Thonet
1900年頃 椅子 No.214 Gebrüder Thonet
1904年 アームチェア No.811(ヨーゼフ・ホフマン共同デザイン) Gebrüder Thonet
各年代 テーブル 曲木カフェテーブル各種 Gebrüder Thonet
各年代 コートラック 曲木コートラック各種 Gebrüder Thonet

Reference