概要

フアン・クルチャン(1913-1972)は、アルゼンチンの建築家である。1938年、ホルヘ・フェラーリ=ハードイおよびアントニオ・ボネットとともにBKFチェアを設計した。鋼の棒を折り曲げた骨組みに革を掛ける構成で、名称は3名の頭文字による。ブエノスアイレスで建築の設計と都市計画に携わった。

バイオグラフィー

1913年11月21日、ブエノスアイレスに生まれた。ブエノスアイレス大学で建築を学んでいる。

1937年から1938年にかけてパリのル・コルビュジエの事務所に在籍した。同時期にホルヘ・フェラーリ=ハードイも在籍している。

1938年にブエノスアイレスへ戻り、フェラーリ=ハードイ、アントニオ・ボネットと設計事務所を開いた。同年、3名でBKFチェアを設計している。

以後は建築の設計と都市計画を主とした。集合住宅と公共建築を手がけている。1972年に没した。

デザインの思想と方法

BKFチェアの構成は、骨組みと張り材を完全に分離するという点にある。鋼の棒を折り曲げて閉じた輪をつくり、そこに革を掛ける。骨組みは荷重を受け、革は身体に沿ってたわむ。両者は接合されず、掛けるだけで成立する。

一本の棒で骨組みをつくる

脚と枠を一続きの棒で構成し、溶接の箇所を最小限にする。棒は円形の断面のため、どの方向にも均等に曲げられる。折り曲げの角度だけで椅子の姿勢が決まる。

革を掛けるだけにする

革の四隅に袋状の部分を設け、骨組みの角に被せる。縫製も金具も要らず、革だけを交換できる。荷重で革がたわみ、身体の形に沿う。

分解して運べるようにする

革を外せば骨組みだけになり、体積が小さくなる。輸送と保管の費用が下がる。19世紀の遠征用の椅子と同じ条件にあたる。

3名で設計する

BKFの名称は、ボネット、クルチャン、フェラーリ=ハードイの頭文字による。個々の担当は公表されていない。3名はいずれもル・コルビュジエの事務所を経ている。

代表作にみる方法

BKFチェア(1938年)

鋼の棒を折り曲げた骨組みに革を掛けた椅子である。革の四隅に袋状の部分を設け、骨組みの角に被せる。縫製も金具も要らず、革だけを交換できる。ニューヨーク近代美術館が1943年に収蔵している(収蔵番号715.1943.a-b)。→BKFバタフライチェア

アウストラル・グループ(1938年〜)

フェラーリ=ハードイ、ボネットらとブエノスアイレスで結成した設計者の集まりである。ヨーロッパの近代建築の方法を南米の条件で扱うことを主題とした。

集合住宅の設計

ブエノスアイレスで集合住宅を手がけた。ル・コルビュジエの事務所での経験が前提にある。

都市計画

ブエノスアイレスの都市計画に携わった。建築の設計と並行して、都市の規模での構成を扱っている。

評価と影響

クルチャンは、BKFチェアの共同設計者の一人として言及される。3名はいずれもル・コルビュジエの事務所を経ており、ヨーロッパの近代建築の方法を南米で展開する立場にあった。

BKFチェアはニューヨーク近代美術館が1943年に収蔵しており、発表から5年後にあたる。以後、多数の複製が作られた。

設計者としての活動は建築と都市計画を主とし、家具はBKFチェアに限られる。

収蔵

以下の収蔵が確認できる(MoMA=ニューヨーク近代美術館)。

  • MoMA BKFチェア(1938年) 収蔵番号 715.1943.a-b

V&A、Met、AIC では該当する収蔵は確認できなかった。アルゼンチン国内の館については照合手段がない。

作品一覧

区分 作品名 ブランド / 場所
1938年 椅子 BKFバタフライチェア Cuero ほか
1938年〜 集団 アウストラル・グループ ブエノスアイレス、アルゼンチン
1940-70年代 建築 集合住宅・公共建築 ブエノスアイレス、アルゼンチン
1940-70年代 都市計画 ブエノスアイレスの都市計画 アルゼンチン

プロフィール

生没年 1913年11月21日〜1972年
出身地 アルゼンチン・ブエノスアイレス
国籍 アルゼンチン
活動拠点 ブエノスアイレス
分野 建築、都市計画、家具
主な協働ブランド Cuero

Reference

The Museum of Modern Art Collection
https://www.moma.org/collection/works/2325
Cuero Design
https://cuerodesign.com/