概要

ホルヘ・フェラーリ=ハードイ(1914-1977)は、アルゼンチンの建築家である。1938年、フアン・クルチャンおよびアントニオ・ボネットとともにBKFチェアを設計した。19世紀の英国の折りたたみ椅子の形式を出発点とし、木と布を鋼と革に置き換えている。ブエノスアイレスを拠点に建築の設計と教育に携わった。

バイオグラフィー

1914年8月1日、アルゼンチンのロサリオに生まれた。ブエノスアイレス大学で建築を学び、1937年に修了している。

1938年、パリのル・コルビュジエの事務所に在籍した。同時期にフアン・クルチャンも在籍している。

同年ブエノスアイレスへ戻り、クルチャン、アントニオ・ボネットと設計事務所を開いた。3名でBKFチェアを設計している。

1947年から1948年にかけてアメリカに滞在し、ハーバード大学で教えた。以後はブエノスアイレスで建築の設計と教育に携わっている。1977年9月26日に没した。

デザインの思想と方法

BKFチェアの出発点は、19世紀に英国で使われた折りたたみ椅子「トリポリナ」である。木の骨組みに布を掛ける構成をとり、遠征用として分解して運べた。3名が行ったのは、この形式を別の材料で作り直すことだった。

既存の形式を材料で作り直す

木の骨組みを鋼の棒に、布を革に置き換える。鋼は細い断面で荷重を受け、革は使い込むほど身体に沿う。形式は引き継ぎながら、材料の性質だけが変わる。

折りたたみの機構を外す

トリポリナは折り畳めるが、そのぶん接合部が増える。BKFは骨組みを一体として溶接し、折りたたみの機構を持たない。革を外せば体積は小さくなるため、運搬の条件は満たされる。

建築と同じ寸法体系で扱う

3名はいずれも建築を学び、ル・コルビュジエの事務所を経ている。家具の寸法を、置かれる空間との関係から決めるという立場にあたる。

南米の条件で近代建築を扱う

1938年に結成したアウストラル・グループは、ヨーロッパの近代建築の方法を南米の気候と生活の条件で扱うことを主題とした。BKFチェアもこの文脈に位置づけられる。

代表作にみる方法

BKFチェア(1938年)

19世紀の英国の折りたたみ椅子「トリポリナ」の形式を、鋼の棒と革で作り直した椅子である。折りたたみの機構を外し、骨組みを一体として溶接する。名称は3名の頭文字による。ニューヨーク近代美術館が1943年に収蔵している。→BKFバタフライチェア

アウストラル・グループ(1938年〜)

クルチャン、ボネットらとブエノスアイレスで結成した設計者の集まりである。ヨーロッパの近代建築の方法を南米の気候と生活の条件で扱うことを主題とした。

ハーバード大学での教育(1947-48年)

アメリカに滞在し、ハーバード大学デザイン大学院で教えた。同時期のアメリカで、BKFチェアが広く知られるようになっている。

建築の設計

ブエノスアイレスで住宅と公共建築を手がけた。教育にも携わっている。

評価と影響

フェラーリ=ハードイは、BKFチェアの共同設計者の一人として言及される。既存の形式を別の材料で作り直すという操作が、この椅子の構成にあたる。

ニューヨーク近代美術館は1943年にBKFチェアを収蔵した。1947年から48年のアメリカ滞在と重なる時期に、同国で広く知られるようになっている。

意匠権の管理が及ばなかったため、以後は多数の複製が作られた。設計者への対価が伴わない普及となった例にあたる。

収蔵

4館のAPI(MoMA、V&A、Met、AIC)で照合したところ、フェラーリ=ハードイ個人の名義での収蔵は確認できなかった。ニューヨーク近代美術館はBKFチェアを収蔵しているが(収蔵番号715.1943.a-b)、フアン・クルチャンの名義で登録されている。

作品一覧

区分 作品名 ブランド / 場所
1938年 椅子 BKFバタフライチェア Cuero ほか
1938年〜 集団 アウストラル・グループ ブエノスアイレス、アルゼンチン
1947-48年 教育 ハーバード大学デザイン大学院 アメリカ
1940-70年代 建築 住宅・公共建築 ブエノスアイレス、アルゼンチン

プロフィール

生没年 1914年8月1日〜1977年9月26日
出身地 アルゼンチン・ロサリオ
国籍 アルゼンチン
活動拠点 ブエノスアイレス
分野 建築、家具、教育
主な協働ブランド Cuero

Reference

The Museum of Modern Art Collection
https://www.moma.org/collection/works/2325
Cuero Design
https://cuerodesign.com/