ホルヘ・フェラーリ=ハードイ(1914年〜1977年)は、アルゼンチン・ブエノスアイレス出身の建築家・デザイナーである。20世紀を代表する椅子のひとつであるBKFチェア(通称バタフライチェア)の共同デザイナーとして、世界のデザイン史にその名を刻んだ。ブエノスアイレス大学で建築を学び、卒業後はアルゼンチンの前衛的建築運動「グルーポ・アウストラル」の創設メンバーとして活躍。ル・コルビュジエのパリのアトリエで研鑽を積んだ経験を持ち、その影響を受けながらも南米独自のモダニズムを追求した。建築、都市計画、家具デザインの各領域において革新的な業績を残し、アルゼンチン近代建築・デザインの礎を築いた先駆者である。

建築とデザインの思想

フェラーリ=ハードイの設計思想の根幹には、ヨーロッパのモダニズム建築の理念と南米の風土・文化との融合がある。1937年から1938年にかけてパリに滞在し、ル・コルビュジエのアトリエで働いた経験は、彼の建築観に決定的な影響を与えた。しかし、彼はヨーロッパのモダニズムを単純に模倣することなく、アルゼンチンの気候、素材、生活様式に適応させる独自のアプローチを模索した。

1939年、フェラーリ=ハードイはアントニオ・ボネット、フアン・クルチャンとともに「グルーポ・アウストラル」を結成する。この前衛的建築集団は、国際的なモダニズムの原則を維持しながらも、ラテンアメリカの文脈に根ざした建築を追求することを宣言した。彼らは機能主義的な合理性と地域性の調和を重視し、素材の誠実な使用と構造の明快さを建築の基本原則とした。

家具デザインにおいても、フェラーリ=ハードイは同様の姿勢を貫いた。BKFチェアに代表されるように、彼は最小限の素材で最大限の機能と美しさを実現することを目指した。単純明快な構造、軽やかさ、そして身体を包み込むような快適性という三つの要素が、彼のデザイン哲学を象徴している。

作品の特徴

フェラーリ=ハードイの作品を特徴づける第一の要素は、構造の明晰さである。建築においても家具においても、彼は構造そのものをデザインの核心に据え、装飾を排した本質的な形態を追求した。BKFチェアでは、二本の鉄製のロッドを曲げて作られたフレームが、椅子の構造と形態の双方を決定している。この「見せる構造」への志向は、彼がル・コルビュジエから学んだ近代建築の思想を家具デザインに応用したものといえる。

第二の特徴は、素材への深い理解と敬意である。フェラーリ=ハードイは、鉄、木材、革といった素材それぞれの特性を最大限に活かすデザインを心がけた。BKFチェアにおいて、冷たく硬質な金属フレームと、柔らかく温かみのある革の座面という対照的な素材の組み合わせは、視覚的にも触覚的にも豊かな体験をもたらす。

第三に挙げられるのは、普遍性と汎用性である。BKFチェアは特定の文化や時代に限定されない普遍的な美しさを持ち、室内外を問わず、また住宅からオフィスまで、あらゆる空間に自然に溶け込む。この適応力の高さは、フェラーリ=ハードイが追求した「本質的なデザイン」の証左である。

BKFチェア—不朽の名作

1938年、フェラーリ=ハードイはアントニオ・ボネット、フアン・クルチャンとともにBKFチェアを発表した。「BKF」とは三人のデザイナーの姓の頭文字(Bonet、Kurchan、Ferrari-Hardoy)に由来する。バタフライチェア、スリングチェア、ハードイチェアなど複数の呼称で知られるこの椅子は、20世紀デザイン史上最も影響力のある作品のひとつとなった。

デザインの着想と誕生

BKFチェアのデザインには、19世紀イギリスで考案された折りたたみ式の椅子「トリポリナチェア」(別名サファリチェア)からの影響が指摘されている。トリポリナチェアは木製のフレームと革の座面で構成される携帯用の椅子であり、軍隊や探検家に愛用されていた。フェラーリ=ハードイら三人のデザイナーは、この歴史的な椅子の基本概念を継承しながらも、金属フレームの採用と座面形状の革新により、まったく新しい造形言語を創出した。

連続した一本の鉄製ロッドを曲げて構成されるフレームは、驚くほどシンプルでありながら、人体を優美に受け止める複雑な曲面を形成する。座面となる革のカバーは、フレームの四つの頂点に掛けられ、身体の重みによって自然なカーブを描く。この相互作用によって生まれる「座る人によって完成される椅子」という概念は、当時としては画期的なものであった。

世界的な評価と普及

BKFチェアは1940年、第三回ブエノスアイレス・サロン・デ・アルティスタス・デコラドーレスで発表され、即座に高い評価を得た。翌1941年には、ニューヨーク近代美術館(MoMA)がこの椅子を永久コレクションに収蔵。これにより、BKFチェアは国際的なデザイン界においてその地位を確立した。

第二次世界大戦後のアメリカにおいて、BKFチェアは爆発的な人気を博した。1940年代後半から1950年代にかけて、アメリカの製造業者によって膨大な数のコピー製品が生産され、「バタフライチェア」の名で広く普及した。皮肉なことに、オリジナルのデザイナーたちはアメリカにおける著作権保護を受けることができず、ライセンス料を得ることはなかった。1951年の裁判において、アメリカの裁判所はBKFチェアのデザインが著作権保護の対象とならないと判断したのである。

しかし、この法的敗北にもかかわらず、BKFチェアはデザイン史における不朽の名作としての評価を確固たるものとした。今日においても、イタリアのクナルテリ社やアルゼンチンのビッグBKF社など、正規のライセンスを持つ製造者によって生産が続けられている。

建築作品と都市計画

家具デザイナーとしての名声に隠れがちであるが、フェラーリ=ハードイは優れた建築家・都市計画家としても重要な業績を残している。グルーポ・アウストラルの一員として、彼は数々の住宅建築を手がけ、アルゼンチンにおけるモダニズム建築の発展に貢献した。

特筆すべきは、1937年から1938年にかけて、ル・コルビュジエとともに取り組んだブエノスアイレス都市計画への参画である。この野心的なプロジェクトは、ラテンアメリカの大都市に近代都市計画の原則を適用しようとする試みであった。最終的に計画は実現には至らなかったものの、この経験はフェラーリ=ハードイの都市に対する視座を深め、後年の活動に大きな影響を与えた。

1940年代以降、フェラーリ=ハードイは主に都市計画と住宅計画の分野で活動を展開した。ブエノスアイレス近郊における集合住宅プロジェクトや、地方都市の計画策定など、スケールの大きな仕事に取り組みながら、モダニズムの理念を実践的な形で具現化することに尽力した。

功績と後世への影響

ホルヘ・フェラーリ=ハードイの功績は、アルゼンチンのみならず、国際的なデザイン・建築史において高く評価されている。BKFチェアは、MoMAをはじめヴィトラ・デザイン・ミュージアム、クーパー・ヒューイット・スミソニアン・デザイン・ミュージアムなど、世界の主要なデザイン美術館に収蔵されている。

彼がグルーポ・アウストラルの同志たちとともに確立したラテンアメリカ・モダニズムの理念は、後続の世代のアルゼンチン建築家・デザイナーたちに継承された。国際的なモダニズムの普遍的価値を尊重しながらも、地域の文化的・風土的文脈を重視するというアプローチは、今日のサステナブルデザインや地域主義的建築の先駆けともいえる思想である。

BKFチェアのデザインは、後世の家具デザインに計り知れない影響を与えた。座る人の身体によって形が完成するという概念、最小限の構造要素による最大限の表現、そして時代や文化を超えた普遍的な美しさの追求—これらの要素は、現代のデザイナーたちにとって今なお重要な指針となっている。フェラーリ=ハードイは1977年に逝去したが、彼が遺した作品と思想は、21世紀においてもなお輝きを失っていない。

作品一覧

家具・プロダクトデザイン

年月 区分 作品名 ブランド
1938年 椅子 BKF Chair / Butterfly Chair(バタフライチェア) Artek-Pascoe(初期)/ Knoll(1947-1951)/ Cuero(現在)/ Big BKF(現在)
1939年 椅子 Armchair for Austral Group Exhibition グルーポ・アウストラル

建築・都市計画

年月 区分 作品名 備考
1937-1938年 都市計画 Plan Director para Buenos Aires ル・コルビュジエとの共同プロジェクト
1939年 展示 Austral Group Exhibition / グルーポ・アウストラル展 ブエノスアイレス
1940年代 住宅 Various Residential Projects / 住宅建築群 ブエノスアイレス地域
1950年代 都市計画 Urban Planning Projects / 都市計画プロジェクト アルゼンチン各地

受賞・コレクション

年月 区分 内容 機関
1940年 受賞 第三回サロン・デ・アルティスタス・デコラドーレス 受賞 ブエノスアイレス
1941年 コレクション BKF Chair 永久コレクション収蔵 MoMA(ニューヨーク近代美術館)

Reference

MoMA Collection - BKF Chair
https://www.moma.org/collection/works/93373
Vitra Design Museum - Butterfly Chair
https://www.design-museum.de/en/collection/100-masterpieces/detailseiten/butterfly-chair-ferrari-hardoy-bonet-kurchan.html
Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum - BKF Chair
https://collection.cooperhewitt.org/objects/18636641/
Encyclopedia of Latin American History and Culture - Ferrari Hardoy, Jorge
https://www.encyclopedia.com/humanities/encyclopedias-almanacs-transcripts-and-maps/ferrari-hardoy-jorge
Cuero Design - BKF Chair Official
https://www.cuerodesign.com/butterfly-chair/
Big BKF - The Original Argentine BKF Chair
https://www.bigbkf.com/