バイオグラフィー

1932年、ドイツ・フランクフルト・アム・マイン生まれ。ゲルト・アルフレート・ミュラー(Gerd Alfred Müller)は、戦後ドイツのインダストリアルデザインを根底から形作った工業デザイナーの一人である。幼少期よりキッチンを家庭生活の中心として育ち、母親から料理への深い情熱を授かった。後年、彼がキッチン家電のデザインに卓越した才能を発揮することになるのは、この原体験と無縁ではない。

当初は歯科医を志したとも伝えられるが、ミュラー自身の意志はインテリア建築の道にあった。ヴィースバーデン工芸学校(Werkkunstschule Wiesbaden)への入学に際し、手工業の修業が求められたため、フランクフルトの修復工房で家具職人の見習いとなる。この職業訓練校時代に、後に生涯の同僚となるディーター・ラムスと出会った。

1952年よりヴィースバーデン工芸学校でインテリア建築を学び、1955年、ブラウン社(Braun AG)に入社。アルトゥール・ブラウンがフードプロセッサーの刷新のために石膏モデル製作者を探していた際、すでにブラウンに勤務していたラムスが旧友ミュラーを推薦したことがきっかけであった。1956年中頃、ラムス、ミュラー、ローランド・ヴァイゲントの三名がスライサー、旋盤、製図台を備えた共同作業室に移り、ブラウン社のデザイン部門が正式に発足した。

ブラウン在籍中の5年間に、ミュラーはキッチン家電、電気シェーバー、レコードプレーヤーなど多岐にわたる製品をデザインし、同社の機能主義的デザイン言語の確立に大きく貢献した。1960年にブラウンを離れ、自身のデザイン事務所「Innovation und Design – Atelier 8」を設立。「8」は彼のラッキーナンバーであり、お気に入りの数字でもあった。フリーランスとしての活動は、ウェガ(Wega)のテレビ・オーディオ機器、ラミー(Lamy)の筆記具、ブデルス(Buderus)のボイラー、コッホス・アドラー(Kochs Adler)のミシンおよびタイプライター、ナエフ(Naef)の玩具、J.D.ブレーレマン社の製品など、多様な分野に及んだ。

1970年代中頃からは、従兄弟のルドルフ・シュライバーの影響で自然保護・環境活動にも深く関与するようになる。ドイツ環境自然保護連盟(BUND/Friends of the Earth Germany)のロゴ、「pro natur」や「Pro Mehrweg」のシグネットをデザインし、バイエルンの森国立公園の環境保護キャンペーンにも携わった。インダストリアルデザインからグラフィックデザイン、展示デザイン、そして環境デザインへと、その活動領域は晩年に向けて大きく拡張された。

1991年12月6日、59歳で逝去。ディーター・ラムスの陰に隠れ、長らく「忘れられたデザイナー」と称されてきたが、2021年にルチア・ホルンフィッシャー著『Gerd A. Müller: Der unbekannte Designer / The Designer Who Got Forgotten』が出版され、その多面的な業績が初めて体系的に記録・評価されることとなった。

デザインの思想とアプローチ

ゲルト・A・ミュラーのデザイン哲学は、「従属し、溶け込むデザイン(design that is subordinate and blends in)」という言葉に集約される。製品そのものが自己主張するのではなく、使用者の生活に自然に寄り添い、機能を通じて存在意義を証明するという姿勢は、バウハウスの理念とドイツ機能主義の伝統を正統に継承するものであった。

ブラウン時代の制作手法は、素早いスケッチの直後に木材や石膏による立体モデルを制作するというものであった。平面上の構想を速やかに三次元へ移行させるこのアプローチは、当時のチームが極めて少人数であり、責任分担も明確に定義されていなかった環境のなかで培われたものである。ミュラーは高度な手工芸の技術を持つモデルメーカーでもあり、創造性と精密な造形力の両立が彼のデザインプロセスの核心をなしていた。

ラミーの筆記具においては、バウハウスをはじめとするドイツ・モダニズムの原則——形態は常に機能に従うこと、美しさは華美や高価であることを必要としないこと、革新的なデザインと素材を常に追求すべきこと——を忠実に体現した。LAMY 2000で初めて筆記具に採用されたマクロロン(ポリカーボネート)の使用は、その革新的な素材選択の代表例である。

また、ミュラーは「オーサーシップ(作家性)」や「マーケティング主導のスター的地位」とは無縁の存在であった。ブラウン兄弟が個々のデザイナー名を公表しない方針を取っていたこともあり、その作品の帰属が明らかになったのは1980年代に入ってからのことである。この匿名性は、デザインとは製品そのものに奉仕すべきものであるというミュラーの信念と一致するものであったといえる。

作品の特徴

ミュラーの作品に通底するのは、簡潔で抑制された造形言語、素材と機能の誠実な表現、そして長期間にわたる生産を可能にする普遍的な美しさである。ブラウンのKM 3フードプロセッサーでは、モーターブロック、ギアリング、ツールという機能要素を明確な階層として分節し、流れるような有機的フォルムのなかに統合した。水平方向に配された切断面のシリーズがボウルを包み込み、ボウルのリップがギアブロックの上端と正確に揃う——機能と形態が完全に融合した設計思想が、ここに結実している。

電気シェーバーのSM 3からシクスタントSM 31への展開においては、ハンス・グゲロットとの協働により、それまで白やアイボリーが主流であったバスルーム製品に初めて黒色を導入するという大胆な転換を実現した。重厚な鋳造合金のカッティングヘッドとブラッシュ仕上げ、射出成形のアクリルボディという素材のコントラストが、機能美を際立たせている。

LAMY 2000では、ポリカーボネート(マクロロン)とステンレススチールの組み合わせにより、継ぎ目のない滑らかなフォルムを実現した。万年筆としての機能を完全に内包しつつ、視覚的には極限まで要素を削ぎ落とした造形は、発表から半世紀以上を経てなお現代的であり続けている。CP1「Cylindrical Pen(円筒形ペン)」では、直径わずか9.5mmという極細の金属ボディに、機能のすべてを凝縮させることに成功した。

ウェガ・システム3000シリーズのテレビ・ハイファイ機器においても、パリサンダー(ローズウッド)やウォールナットの木製筐体にクロームメッキの金属サイドパネルを組み合わせた、温かみと精密さが共存するデザインを展開した。ミュラーの作品全体を貫くのは、1960年代ブラウンデザインの特質——差異とアイデンティティの精妙なバランス——であり、ラムス、ヴァイス、ミュラーという三者がそれぞれ独自の個性を持ちながらも、紛れもなくひとつのプログラムに属する製品群を生み出していた事実こそ、この時代のドイツ・デザインの卓越性を物語るものである。

主な代表作とエピソード

Braun KM 3 キッチンマシン(1957年)

ミュラーの名を不朽のものとした最初の傑作である。アルトゥール・ブラウンの指導のもと、回転速度の検証から始まり、木材と石膏による幾多のモデル制作を経て完成に至った。フリッツ・アイヒラーは初期のプロトタイプが旧来のミキサーを想起させるとして退け、ボウルをより美しく包み込むコンパクトで滑らかな形態を主張した。この方向性に基づいてミュラーが制作した石膏モデルが、最終形状の原型となった。1957年4月の発売以来、ほぼ形を変えることなく36年間にわたり1993年まで製造が継続された。ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久コレクションに収蔵されている。

Braun SM 3 / Sixtant SM 31 電気シェーバー(1960年 / 1962年)

SM 3は、先行するS60をよりコンパクトに再構成したモデルであり、ミュラー単独の設計による。その発展型であるシクスタント SM 31は、ハンス・グゲロットおよびフリッツ・アイヒラーとの協働により1962年に完成し、世界的な商業的成功を収めた。従来の白・アイボリーの常識を覆す黒色のボディは、バスルーム家電における新たな美学を切り拓いた。

Braun PC 3 レコードプレーヤー(1956–1957年)

ヴィルヘルム・ヴァーゲンフェルトとディーター・ラムスとの三者協働によるレコードプレーヤー。ヴァーゲンフェルトのチームがシャーシの開発を主導し、SK 4ラジオ・フォノ・コンビネーションへの組み込みを前提に設計された。三点支持から五点支持への変更による安定性向上、円錐形のピックアップアームなど、技術的革新が盛り込まれている。

LAMY 2000 万年筆(1966年)

ミュラーの代表作にして、20世紀筆記具デザインの金字塔である。1962年にマンフレート・ラミー博士が父の創業した会社を引き継いだ際、最初に行ったのがミュラーの起用であった。バウハウスの理念に基づきながら、筆記具としては前例のないマクロロン(ポリカーボネート)を素材に採用。ステンレススチールのクリップとの一体的な造形は、継ぎ目を感じさせない滑らかなフォルムを実現した。発表以来、基本設計をほぼ変えることなく現在もハイデルベルクの工房で手作業により組み立てられており、ラミーブランドのアイデンティティそのものとなっている。14金のペン先にはプラチナコーティングが施され、ピストン吸入式のインク充填機構を備える。

Wega System 3000 テレビ・ハイファイシリーズ(1965–1966年)

ブラウン退社後、独立デザイナーとしての最初の主要クライアントであったウェガ・ラジオ社のために手がけた製品群。ヴェガヴィジョン3000テレビおよびシステム3000のテレビ・レコードプレーヤーシリーズは、パリサンダーやテーク、ウォールナットの木製筐体にクロームメッキの金属部品を組み合わせた、家庭用電子機器における洗練されたデザインの先駆的事例であった。

LAMY CP1(1974年)

「Cylindrical Pen 1」の略称を持つ、ミニマリズムの極致ともいえる筆記具。スチールボディにマットブラックの酸化チタンラッカーを施し、LAMY 2000と共通するブラッシュドステンレススチールのクリップを配した。直径9.5mmという極細の円筒形は、美が装飾的洗練を必要としないことを証明した。発売当時のドイツで大きな成功を収め、ラミーで二番目に長い歴史を持つ現行シリーズとなっている。

LAMY Unic(1984年)

ミュラーの創造力が最高潮に達した時期の作品と評される。円筒形のボディにステンレススチールのニブセクションを備え、バレルを包み込むように設計された大型クリップが特徴的である。ボールペンモデルには、リフィルを押し出すテレスコーピング機構が搭載されている。デザインセンター・シュトゥットガルト(1988年)、iF ハノーファーおよびデザインセンター・ノルトライン=ヴェストファーレン(1989年)の各賞を受賞。現在は生産終了となり、コレクターの間で高い評価を得ている。

功績・業績

ゲルト・A・ミュラーの功績は、戦後ドイツのインダストリアルデザインにおける機能主義的デザイン言語の確立に対する根本的な寄与にある。ディーター・ラムスとともにブラウンの最初期のフォルムデザイナーとして、簡潔で抑制された、しかし深い思慮に裏打ちされたデザインアプローチを確立し、その後のドイツ工業デザインの方向性に決定的な影響を与えた。

ミュラーがデザインしたブラウン製品の多くは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、パリのポンピドゥー・センター、フランクフルトの応用美術博物館、ロンドンのサイエンス・ミュージアム、オスロのナショナルミュージアム、ワシントンD.C.のクーパー・ヒューイット国立デザイン博物館など、世界の主要なデザインミュージアムのコレクションに収蔵されている。

受賞歴は以下の通りである。

  • 1977年 iF デザイン賞(Industrie Forum Design Award) – LAMY CP1
  • 1978年 iF デザイン賞 – LAMY 2000
  • 1982年 iF デザイン賞 – LAMY Marker Texto
  • 1985年 iF デザイン賞 – LAMY Unic
  • 1988年 デザインセンター・シュトゥットガルト賞 – LAMY Unic
  • 1988年 iF ハノーファー賞 – LAMY CP1
  • 1989年 iF ハノーファー賞 / デザインセンター・ノルトライン=ヴェストファーレン賞 – LAMY Twin

また、環境デザインの分野においても、BUND(ドイツ環境自然保護連盟)のロゴデザインをはじめとする自然保護団体のヴィジュアル・アイデンティティの構築は、デザインの社会的責任という先駆的な意識を示すものであった。

評価・後世に与えた影響

ゲルト・A・ミュラーは、長年にわたりディーター・ラムスの影に隠れた「忘れられたデザイナー」であった。ブラウン兄弟が個々のデザイナー名を公表しない方針を採っていたこと、またミュラー自身が公的な記録の保存に関心を持たず、正式なアーカイブを残さなかったことが、その要因として挙げられる。同僚のタッシロ・フォン・グロールマンが述べたように、ミュラーは常にラムスの陰にあった。

しかし、彼がデザインした製品——36年間製造されたKM 3フードプロセッサー、半世紀以上現役を続けるLAMY 2000万年筆——の持続的な影響力は、ミュラーが20世紀後半のドイツ・インダストリアルデザインにおいて最も重要な実践者の一人であったことを雄弁に物語る。彼のデザインは、著名企業における簡潔で抑制されたデザイン言語の発展において先駆的な役割を果たしたと評価されている。

2021年にルチア・ホルンフィッシャーが上梓した『Gerd A. Müller: Der unbekannte Designer / The Designer Who Got Forgotten』は、オッフェンバッハ造形大学でのクラウス・クレンプ教授の指導のもとに書かれた大学論文を発展させたものであり、初めてミュラーの多面的な業績を包括的に記録した。ホルンフィッシャーは、アントイェ・ミュラー(夫人)、ディートリヒ・ルプス、ローランド・ヴァイゲント、そしてディーター・ラムス本人へのインタビューを通じて、乏しい資料から最大限の情報を引き出した。

ミュラーの遺産は、製品デザインにおける控えめさと誠実さが、時代を超えた普遍性を生み出しうることの証左である。彼の仕事は、デザインとはつまるところ製品とその使用者に奉仕するものであるという確信——華美さやスター的地位からは最も遠い位置にあるが、もっとも本質的な価値——を体現し続けている。

区分 作品名 ブランド
1955年頃 電気シェーバー Combi DL5(ディーター・ラムスとの共作) Braun
1956年 レコードプレーヤー PC 3(ヴィルヘルム・ヴァーゲンフェルト、ディーター・ラムスとの共作) Braun
1957年 キッチン家電 KM 3 キッチンマシン(フードプロセッサー) Braun
1957年 キッチン家電 KM 32 キッチンマシン(ロバート・オーバーハイムとの共作) Braun
1957年 キッチン家電 MP 3 マルチプレス・ジュースエクストラクター Braun
1957年 電気シェーバー Combi 電気シェーバー(ディーター・ラムスとの共作) Braun
1958年 電気シェーバー S60 電気シェーバー Braun
1960年 電気シェーバー SM 3 電気シェーバー Braun
1962年 電気シェーバー Sixtant SM 31(ハンス・グゲロットとの共作) Braun
1964年 キッチン家電 M121 ポータブルミキサー Braun
1965年 キッチン家電 MP 32 マルチプレス・ジューサー Braun
1965–66年 テレビ Wegavision 3000 テレビジョン Wega
1965–66年 オーディオ System 3000 ラジオ/レコードプレーヤーシリーズ Wega
1966年 筆記具 LAMY 2000 万年筆 Lamy
1966年 筆記具 LAMY 2000 ボールペン Lamy
1966年 筆記具 LAMY 2000 メカニカルペンシル Lamy
1966年 筆記具 LAMY 2000 ローラーボール Lamy
1966年 筆記具 LAMY 2000 4色ボールペン Lamy
1970年代 暖房機器 ボイラー Buderus
1970年代 タイプライター abc 2000 タイプライター Kochs Adler
1970年代 ミシン ミシン Kochs Adler Nähmaschinen Werke
1974年 筆記具 LAMY CP1 ボールペン/メカニカルペンシル Lamy
1977年 筆記具 LAMY CP1 万年筆 Lamy
1970年代 玩具 デザイン玩具 Naef
1970年代 工業製品 製品デザイン J. D. Broelemann
1970年代後半 グラフィック BUND(ドイツ環境自然保護連盟)ロゴ BUND
1982年 グラフィック pro natur シグネット pro natur
1982年 グラフィック Pro Mehrweg シグネット Pro Mehrweg
1982年 筆記具 LAMY Marker Texto Lamy
1984年 筆記具 LAMY Unic 万年筆/ボールペン Lamy
1980年代 筆記具 LAMY ST シリーズ Lamy
1980年代 筆記具 LAMY Twin マルチペン Lamy
1980年代 展示デザイン エッシュボルン市立博物館 展示デザイン エッシュボルン市
1980年代 グラフィック エッシュボルン市 コーポレートデザイン エッシュボルン市

Reference

Gerd A. Müller – Wikipedia (English)
https://en.wikipedia.org/wiki/Gerd_A._M%C3%BCller
Gerd A. Müller – Wikipedia (Deutsch)
https://de.wikipedia.org/wiki/Gerd_A._M%C3%BCller
Gerd A. Müller: design that is subordinate and blends in – ndion
https://ndion.de/en/gerd-a-mueller-design-that-is-subordinate-and-blends-in/
Gerd Alfred Müller – MoMA Artists
https://www.moma.org/artists/4158
Kitchen Machine (model KM 32) – MoMA Collection
https://www.moma.org/collection/works/4100
Multipress Juice Extractor (model MP 3) – MoMA Collection
https://www.moma.org/collection/works/3397
Portable Mixer (model M121) – MoMA Collection
https://www.moma.org/collection/works/4375
A. Braun and Müller – Developing the Braun KM 3 kitchen machine – designundtext.com
https://www.designundtext.com/en/design-und-design-zero/1.4_artur-braun-km3-pbddzero.php
Braun design: Record players – designundtext.com
https://www.designundtext.com/en/2.1.26_braun-design-record-players1-rams-wagenfeld-gugelot-pbdd.php
Gerd Alfred Muller – quintessential minimalist form – Inky Passion
https://inkypassion.com/2014/12/16/gerd-alfred-muller-quintessential-minimalist-form/
Gerd A. Müller: The Designer Who Got Forgotten – ACC Art Books
https://www.accartbooks.com/us/book/gerd-a-muller/
The LAMY 2000: A Comprehensive Guide – JetPens
https://www.jetpens.com/blog/The-LAMY-2000-A-Comprehensive-Guide/pt/349
A History of Braun Design, Part 1: Electric Shavers – Core77
https://www.core77.com/posts/24437/a-history-of-braun-design-part-1-electric-shavers-24437
A History of Braun Design, Part 4: Kitchen Appliances – Core77
https://www.core77.com/posts/24950/A-History-of-Braun-Design-Part-4-Kitchen-Appliances
Gerd Alfred Müller, Designer – Nasjonalmuseet
https://www.nasjonalmuseet.no/en/collection/producer/49880/gerd-alfred-muller
Gerd A. Muller | Designer – Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum
https://collection.cooperhewitt.org/people/18048817/objects/designer
Braun record player, 1957 – Science Museum Group Collection
https://collection.sciencemuseumgroup.org.uk/objects/co117587/braun-record-player-1957-record-players
Wega System 3000 3100 – Radiomuseum.org
https://www.radiomuseum.org/r/wega_system_3000.html
Braun Sixtant Razor – Braun Designs
https://braundesigns.wordpress.com/2009/03/01/braun-sixtant-razor/
Braun (company) – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Braun_(company)
Gerd A. Müller: Der unbekannte Designer – avedition
https://www.avedition.de/en/gerd-a.-mueller-der-unbekannte-designer.-the-designer-who-got-forgotten/978-3-89986-350-5