バイオグラフィー

1916年11月16日、スペイン・カタルーニャ地方のタラゴナに生まれる。本名フランシスコ・フアン・バルバ・コルシーニ(Francisco Juan Barba Corsini)。祖父は土木技師、父アルフォンス・バルバ・イ・ミラクレは建築家兼建設業者という、技術と建築に深く根ざした家系に育つ。タラゴナ市内のコルシーニ広場は、祖父の名に因んで命名されたものである。

1931年10月、バルセロナ大学理学部に入学し、その後バルセロナ高等建築学校(ETSAB)にて建築を学び始める。しかし1936年に勃発したスペイン内戦により学業は中断を余儀なくされた。コルベラ・デ・ダルトでの療養期間を経て、戦後に学業を再開し、1943年にバルセロナ高等建築学校を卒業、建築家の資格を取得する。

1940年から1946年にかけては、戦後復興期のバルセロナにおいて「建設局(Servicio de Construcciones)」に所属し、都市建築を中心に数多くの工事を指揮した。この時期の作品には、学校で受けた厳格な古典主義教育の影響が色濃く表れている。1945年に自身の建築事務所を開設。1947年12月にモンセラート・バルバ・スニェと結婚し、翌1948年には双子のイサベルとハビエルが誕生した。

1953年、バルバ・コルシーニのキャリアに決定的な転機が訪れる。アメリカ映画『摩天楼(The Fountainhead)』と『哀愁の湖(Leave Her to Heaven)』に触発され、近代建築運動への傾倒を深めたのである。この年、アントニ・ガウディの傑作カサ・ミラ(ラ・ペドレラ)の屋根裏階を13戸のデュプレックス・アパートメントへと改修する依頼を受けたことが、彼のキャリアにおける最も重要な転換点となった。コルシーニはこのプロジェクトを「インテリアデザイン」ではなく「インテリア・アーキテクチャー(建築的内部空間)」と位置づけ、三次元の空間全体に自由に介入するという独自の理念を打ち立てた。

1954年には都市計画の学位を、1965年には博士号を取得。1966年にはバルセロナ高等建築学校(ETSAB)の設計課程最終学年の教授に任命され、後進の育成にも力を注いだ。同年、メノルカ島のビニベカ・ベイ(Binibeca Vell)の設計を完成させ、直角を排した地中海の伝統的漁村を再解釈した集落として国際的な注目を集めた。

2008年3月10日(一部資料では11日)、長い闘病の末、バルセロナにて91歳で逝去。建築家の子として生まれ、自らも建築家の父となったバルバ・コルシーニは、20世紀後半のカタルーニャ建築史に不可欠な足跡を残した。

デザインの思想とアプローチ

バルバ・コルシーニの建築哲学は、彼自身が「建築の感動(la emoción de sentir la Arquitectura)」と呼んだ理念に集約される。それは単なる機能主義の追求にとどまらず、空間そのものが人間の感性に訴えかけ、日々の暮らしに真の安らぎをもたらすことを目指すものであった。

三人の巨匠からの影響

コルシーニの作品世界を形成した建築的源泉は、三人の近代建築の巨匠に遡る。ドイツのミース・ファン・デル・ローエからは構造の明快さと素材の誠実さを、アメリカのフランク・ロイド・ライトからは有機的な空間構成の可能性を学んだ。そして最も深い親和性を感じたのが、フィンランドのアルヴァ・アアルトであった。コルシーニはフィンランド建築をヨーロッパ最高峰と評し、その「力強い簡素さ(powerful simplicity)」こそが自身の設計理念と通底するものであると確信していた。

「最小の努力で最大の安寧を」

ラ・ペドレラのアパートメント設計に際し、コルシーニは自らの建築理念を次のように要約している。「最小の努力と最大の安寧の感覚をもって生活を円滑にすること。移動距離を最小限に抑え、その動線に沿って空間の境界線を適応させること。それらの仕切りは、平面においても立面においても、しばしば浮遊するように配される」。この言葉に表れているように、コルシーニは住まいを単なる箱としてではなく、人間の動きと感覚に寄り添う有機的な空間として捉えていた。

「建築的誠実さ」への信念

コルシーニの設計に一貫する信条のひとつが「建築的誠実さ(honestidad arquitectónica)」である。それは構造体にも素材にも等しく適用され、見せかけの装飾を排し、素材が本来持つ質感と構造の論理を率直に表現することを意味した。煉瓦、陶器、木材といった地中海の伝統的素材を好んで用い、それらの素材感を活かした温かみのある空間を生み出した。

色彩と地中海の精神

コルシーニはかつてこう語っている。「赤い血を体内に、青い海を風景に持つ地中海の民として、われわれは人生を白黒では見ることができない。色彩こそ、建築における第四の次元である」。彼は対比的な多色使い、同系色のグラデーション、そして中性的な背景に多彩な部分を配する手法を探求し、膠(にかわ)絵具を最良の質感を持つ塗料として愛用した。

作品の特徴

集合住宅における革新

バルバ・コルシーニの建築家としての主たる功績は、集合住宅の設計における革新的なアプローチにある。戦後のバルセロナにおいて、厳しい経済的制約の下で質の高い住空間を実現するという課題に取り組み、限られた面積の中に合理的かつ快適な生活空間を生み出す手法を次々と編み出した。たとえばエディフィシ・ミトレ(Edifici Mitre)では、わずか30〜45平方メートルの住戸に、二重アクセスのバスルーム、スライド壁によるリビングと寝室の一体化、通路上部のロフト収納など、巧みな空間操作を駆使して、最大5人家族の暮らしを支える住居を実現している。

家具と建築の一体性

コルシーニの設計思想において特筆すべきは、建築と家具を不可分のものとして捉える姿勢である。ラ・ペドレラのプロジェクトにおいて、彼は「市場にまともなものが見つからなかった」として、椅子、テーブル、照明、ドアハンドルに至るまで、すべての家具を自らデザインした。さらには「サーリネンのアームチェアを、すでに発明されていたものを、改めて発明し直さなければならなかった」と述べており、既存のモダンデザインの語彙を独自に再解釈する創造的態度がうかがえる。椅子の背と座を一体化した連続的なフォルムや、ムーア人の「プフ」に着想を得た座具群など、コルシーニの家具デザインには建築空間との有機的な調和が常に意識されている。

ヴァナキュラーの現代的再解釈

コルシーニの作品群にはもうひとつの重要な系譜がある。それは地中海のヴァナキュラー(土着的)建築を現代の文脈で再解釈する試みである。メノルカ島のビニベカ・ベイ(1964〜1972年)は、白壁の漁村集落を現代の居住空間として蘇らせた画期的なプロジェクトであり、直角を排した有機的な街路構成、地元の石材と石灰を用いた仕上げ、アラブ式の瓦屋根など、伝統と革新が見事に融合している。約165戸の住宅に加え、商業施設、社交クラブ、教会、小さなマリーナまでを備えた、まさに一つの「村」としてのトータルデザインであった。

主な代表作とエピソード

ラ・ペドレラ屋根裏アパートメント(1953〜1955年)

バルバ・コルシーニのキャリアを決定づけた最高傑作であり、スペイン近代建築史における重要なランドマークのひとつである。アントニ・ガウディが設計したカサ・ミラ(通称ラ・ペドレラ)の屋根裏階は、当時、不用品の倉庫やネズミの棲家と化していた。コルシーニはこの放物線アーチが連なる独特の空間に、13戸(迷信から13号室を飛ばし1〜14号として番号付けされた)のデュプレックス・アパートメントを設計した。

各住戸はすべて異なるプランを持ち、うねる天井の高さを活かしたメザニン付きのデュプレックスとして計画された。中央の二つの大きなパティオを取り囲む回廊から各住戸にアクセスする構成で、地上階から直通のエレベーターも新設された。コルシーニはこのプロジェクトに1年以上にわたり毎朝通い続け、「ガウディに出会い、われわれの最も勇敢な機能的建築の真の巨匠を知った」と述懐している。

このプロジェクトのために設計された家具群——椅子、テーブル、ランプ、ドアハンドル——は、後にペドレラ・コレクションとして再評価され、デンマークのGUBI社から復刻されることとなる。しかし、ラ・ペドレラがカタルーニャ・ラ・ペドレラ財団に買収され文化施設に転用された際、「純粋主義的」保存の名の下にこれらのアパートメントは解体され、屋根裏は元の状態に復元された。建築史家の間では、この決定への批判的見解も少なくない。

ペドレラ・コレクション(家具・照明 / 1955年〜)

ラ・ペドレラのアパートメントのために設計された家具と照明のシリーズ。ペドレラチェアはエーロ・サーリネンの作品を想起させる有機的なフォルムを持ち、コーヒーテーブルはスチールのスレンダーな脚部とガラスの有機的な天板が軽やかな印象を生む。フロアランプPD2は、ラ・ペドレラのヴォールト天井から着想を得た台座と、建物の煙突の穿孔パターンに触発された円筒形のシェードが特徴的である。

1991年、ラ・ペドレラの修復工事の際に、ギャラリスト・キュレーターのジョアキン・ルイス・ミレット(Joaquim Ruiz Millet)がフロアランプPD2の美しさを再発見し、廃棄の危機から救い出した。ミレットはコルシーニと協働し、オリジナルデザインの復刻に尽力。テーブルランプABCなど新たなデザインも共同で開発した。現在、ペドレラ・コレクションはデンマークのGUBI社から製造・販売されており、ミッドセンチュリーモダンの名品として国際的に高い評価を得ている。

タベルン通りの集合住宅(1952〜1954年)

コルシーニにとって近代建築への転換を示した最初期の作品。バルセロナのタベルン通りに建設されたこの集合住宅は、新古典主義からの離脱を宣言するものであり、機能的な平面計画と素材の率直な表現が特徴である。このプロジェクトの成功が、後のエディフィシ・ミトレの依頼へとつながった。

エディフィシ・ミトレ(1959〜1964年)

バルセロナのロンダ・デル・ジェネラル・ミトレに位置する11階建ての大規模集合住宅。全298戸を擁し、実際には異なるオーナーに属する6棟の建物が一体のブロックとして構成されている。最小限の住空間を巧みに最適化した平面計画は、近代運動の理想と民間開発の経済的制約を高度に両立させたものとして、スペイン建築史上重要な業績と評価されている。北面は全面ガラス張り、南面はバルコニーとパラソル(日除け)を備え、新造形主義的(ネオプラスティシズム)な言語で構成されたファサードは、コルシーニの円熟した設計力を示している。DOCOMOMO(近代運動遺産記録保存国際委員会)のイベリア半島登録にも選定されている。

ビニベカ・ベイ(1964〜1972年)

メノルカ島南東岸に位置する、地中海の伝統的漁村を現代的に再構成した居住集落。測量士アントニオ・シンテス・メルカダルとの協働によるこのプロジェクトは、白壁、狭い石畳の路地、アーチ状の通路、テラコッタの屋根瓦など、地中海ヴァナキュラー建築の要素を巧みに取り入れながら、約165戸の住宅と商業施設、教会、マリーナを備えた一つの「村」を創出した。現在「スペインのミコノス」とも称される美しい景観は年間約80万人の観光客を引きつけ、コルシーニの建築が半世紀以上を経てなお人々を魅了し続けていることを物語っている。

シャレー・ペレス・デル・プルガル(カサ・サリキエイ / 1957年)

カダケス近郊に建てられた個人邸宅。海と岩場の景観に呼応するように計画された住宅で、コルシーニの地中海建築への深い理解が表れた作品である。

その他の主要な建築作品

バルセロナ市内には、バルメス通りの集合住宅(1955年)、モンタネール通りの集合住宅(1957〜1958年)、エスクエラス・ピアス通りの集合住宅(1960年)、映画館を併設したニサ集合住宅(Edifici d'Habitatges i Cinema Niza)など、コルシーニが設計した住宅建築が数多く現存している。また、バダロナにおける346戸の大規模住宅団地など、都市計画的スケールのプロジェクトにも取り組んだ。晩年にはアルヘシラスにも別荘を設計している。

功績と業績

バルバ・コルシーニの功績は、建築と家具デザインの両領域にまたがる多面的なものである。

建築の領域では、戦後スペインの新古典主義的硬直性を乗り越え、ヨーロッパの近代建築運動——とりわけ北欧の機能主義——をカタルーニャの文脈で独自に展開したことが高く評価されている。彼が手がけた集合住宅群は、経済的制約の中で質の高い住環境を実現するモデルとして、カタルーニャの住宅建築の進化における重要な参照点となった。代表作エディフィシ・ミトレは、DOCOMOMO(近代運動遺産記録保存国際委員会)のイベリア半島登録に選定され、スペイン近代建築の重要な遺産として認知されている。

家具・照明デザインの領域では、ラ・ペドレラのプロジェクトを通じて生み出されたペドレラ・コレクションが、デザイン史上に独自の地位を確立した。ガウディの建築からインスピレーションを得つつも、ミッドセンチュリーモダンの国際的潮流と共鳴する普遍的な造形言語を獲得したこれらの作品は、バルセロナのデザインミュージアム(Museu del Disseny de Barcelona)に収蔵されている。

教育者としても、1966年以降バルセロナ高等建築学校にて後進の指導に当たり、カタルーニャ建築界の次世代を育成した。また、著書『建築:機能と感動(Arquitectura: función y emoción)』(2006年)には、建築は機能と感動の両立によって初めて完成するという彼の信念が凝縮されている。

評価と後世への影響

バルバ・コルシーニは、20世紀スペイン建築史において、戦後の新古典主義から近代主義への移行を体現した建築家として再評価が進んでいる。カタルーニャ建築家協会(COAC)のアーカイブには「フォン・フランシスコ・J・バルバ・コルシーニ」として彼の設計図面・写真資料が体系的に収蔵されており、研究者に広く利用されている。

ジョアキン・ルイス・ミレットが1989年に設立したガレリアH2Oは、コルシーニの作品の再評価と普及において中心的な役割を果たした。1995年にはミレット編集による初の包括的モノグラフ『Barba Corsini. Arquitectura/Architecture 1953-1994』が出版され、写真家フランセスク・カタラ=ロカによる名写真とともに、コルシーニの業績が広く知られるようになった。2000年にはカタルーニャ建築家協会にて「バルバ・コルシーニの雰囲気(Barba Corsini, atmosferes)」と題する回顧的イベントが開催され、同年にはジャン・プルーヴェとの比較展「システムを発明する:ジャン・プルーヴェ、産業的システム/バルバ・コルシーニ、感動のシステム」も実現している。

ペドレラ・コレクションのGUBI社による復刻は、コルシーニの名を国際的なデザインシーンに再び刻印する契機となった。かつてラ・ペドレラの屋根裏で生まれた家具と照明は、今や世界中のインテリアショップやデザインギャラリーで取り扱われ、「力強い簡素さ」という彼のデザイン哲学を現代に伝え続けている。

ビニベカ・ベイもまた、コルシーニの遺産を象徴する存在となっている。年間約80万人が訪れるこの集落は、ヴァナキュラー建築の現代的再解釈として世界的に知られ、地中海建築の可能性を示す先駆的作品として評価されている。その魅力はスペイン国外にも広く知れ渡り、観光地としての成功が逆に保存と住環境の維持という新たな課題を生んでいる点も含め、コルシーニの建築が持つ普遍的な吸引力を証明している。

バルバ・コルシーニは、ガウディ、ミース、アアルトという近代建築の巨匠たちの遺産を独自に消化し、カタルーニャの風土と文化に根ざした「感動の建築」を追求した稀有な建築家であった。建築と家具を分かちがたいものとして捉え、素材の誠実さと空間の詩情を両立させた彼の仕事は、時代と国境を超えて、今なお多くの建築家やデザイナーにインスピレーションを与え続けている。

年月 区分 作品名 ブランド
1946年 建築 パセオ・ボナノバの集合住宅(Edificio de viviendas, Paseo Bonanova)
1950–1953年 建築 アンポスタ市庁舎改修(Remodelación del Ayuntamiento de Amposta)
1951年 建築 ラ・エキタティバ・オフィスビル(Edificio de oficinas La Equitativa)
1952–1954年 建築 タベルン通りの集合住宅(Viviendas calle Tavern)
1953–1955年 建築 ラ・ペドレラ屋根裏アパートメント(Apartamentos en el desván de La Pedrera)
1955年 椅子 ペドレラチェア(Pedrera Chair) GUBI(復刻)
1955年 テーブル ペドレラ コーヒーテーブル(Pedrera Coffee Table) GUBI
1955年 照明 PD2 フロアランプ(PD2 Floor Lamp) GUBI
1955年 照明 ペドレラ テーブルランプ H2O(Pedrera Table Lamp H2O) GUBI(コルシーニ&ルイス・ミレット)
1955年 照明 ABC テーブルランプ(Pedrera ABC Table Lamp) GUBI(コルシーニ&ルイス・ミレット)
1955年 建築 バルメス通りの集合住宅(Habitatges Balmes 349)
1957年 建築 シャレー・ペレス・デル・プルガル / カサ・サリキエイ(Xalet Pérez del Pulgar / Casa Zariquiey)
1957–1958年 建築 モンタネール通りの集合住宅(Edificio de viviendas, calle Montaner)
1959–1964年 建築 エディフィシ・ミトレ(Edifici Mitre)
1960年 建築 エスクエラス・ピアス通りの集合住宅(Edificio de viviendas, calle Escuelas Pías)
c.1960年代 建築 住宅・映画館ニサ(Edifici d'Habitatges i Cinema Niza)
c.1960年代 建築 カサ・デ・ラ・マリーナ集合住宅(Casa de la Marina Apartment Building)
1964–1972年 建築・都市計画 ビニベカ・ベイ / ポブラット・デ・ペスカドーズ(Binibeca Vell / Poblat de Pescadors) —(共同: アントニオ・シンテス・メルカダル)
1967年 都市計画 バトリョリア=モンティガラ部分整備計画(Plan Parcial Batlloria-Montigalà, Badalona) —(共同設計)
c.1970年代 建築 バダロナ346戸住宅団地(Grupo residencial de 346 viviendas, Badalona)
c.1973年 建築 アルヘシラスのシャレー(Chalet en Algeciras)

Reference

Corsini Ruiz Millet – Designer furniture – GUBI.com
https://gubi.com/en/int/designers/corsini-ruiz-millet
Francisco Juan Barba Corsini - Arquitectura Catalana .Cat
https://www.arquitecturacatalana.cat/en/authors/francisco-juan-barba-corsini
Francisco Barba Corsini | Arquitectura Viva
https://arquitecturaviva.com/articles/francisco-barba-corsini-1
Francesc Joan Barba Corsini - La Casa de la Arquitectura
https://lacasadelaarquitectura.es/en/resource/francesc-joan-barba-corsini/759538f0-8bb7-4a75-9a1e-a1ea652b99f3
BARBA CORSINI. Architecture/Architecture 1953-1994 | GALERÍA H2O
https://www.ruizmillet.com/barba-corsini-architecture/architecture-1953-1994/
Barba Corsini > Apartamentos en el desván de "La Pedrera" | HIC Arquitectura
https://hicarquitectura.com/2023/03/barba-corsini-apartamentos-la-pedrera/
Francisco Juan Barba Corsini - Wikidata
https://www.wikidata.org/wiki/Q5643575
Edificio Mitre - Fundación Docomomo Ibérico
https://docomomoiberico.com/edificios/edificio-mitre/
Mitre Building - Arquitectura Catalana .Cat
https://www.arquitecturacatalana.cat/en/works/edifici-mitre
Binibeca Vell - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Binibeca_Vell
Casa Milà - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Casa_Mil%C3%A0
Francisco Barba Corsini - Urbipedia
https://www.urbipedia.org/hoja/Francisco_Barba_Corsini
El mitre by F.J. Barba Corsini: Dwelling, Machine, city (PDF) - Academia.edu
https://www.academia.edu/19357628/El_mitre_by_F_J_Barba_Corsini_Dwelling_Machine_city
168 - Barba Corsini. Apartamentos La Pedrera (1995) | La Sala Vinçon
https://www.lasalavincon.com/en/apartamentos-la-pedrera-barba-corsini-1995/
Barba Corsini | Finnish Design Shop
https://www.finnishdesignshop.com/en-us/designer/barba-corsini
GUBI PD2 Floor Lamp
https://gubi.com/en/us/products/pd2-floor-lamp
GUBI ABC Table Lamp
https://gubi.com/en/int/products/abc-table-lamp