テクタ ― バウハウスの遺伝子を受け継ぐドイツの家具マニュファクチュール
テクタ(Tecta)は、バウハウスの理念を現代に継承し、その精神を未来へと展開する稀有な家具メーカーである。ドイツ中部ニーダーザクセン州の小さな町ラウエンフェルデに本拠を構え、マルセル・ブロイヤー、ヴァルター・グロピウス、ミース・ファン・デル・ローエ、ジャン・プルーヴェといった近代デザインの巨匠たちが遺した家具を、ベルリンのバウハウス・アーカイヴの公認のもと忠実に復刻し続けている。その製品に刻印されるオスカー・シュレンマーのバウハウス・シンボルは、正統なる継承の証にほかならない。
社名「テクタ」はラテン語に由来し、「設計する」「創造する」を意味する。古代ギリシアのテクネー(技術と芸術の統合)の精神を基盤に、デザインの美と創造の行為を一体のものとして追求する姿勢は、創業以来一貫して変わることがない。単なる家具メーカーの枠を超え、バウハウスの思想を生きた文化として保存・発展させる「運動体」としての役割を、テクタは自らに課しているのである。
ブランドの特徴・コンセプト
バウハウスの正統な継承者
テクタは、バウハウス・アーカイヴ(ベルリン)が公認する忠実かつライセンスを取得したバウハウス・リエディション(復刻版)を約30点以上製造しており、このセグメントにおいて世界最大の供給者の地位を占めている。ブロイヤーのカンティレバーチェアD40、グロピウスのディレクターズチェアF51、ミースのヴァイセンホーフチェアB42/D42、ペーター・ケラーのバウハウス・クレードル(ゆりかご)など、近代デザイン史を彩る名作が現在進行形で生産されている。各リエディションには、1922年にオスカー・シュレンマーがヴァイマールのバウハウスのために考案したシンボルマークが刻印され、その真正性が保証される。
手仕事と革新の融合
テクタの家具はすべてラウエンフェルデの自社工場で製造される。木工、金属加工、張り地、籐編みの各工房には約40名の職人が従事し、伝統的な手仕事の技法と最新の製造技術を融合させている。1920年代にアヴァンギャルドの巨匠たちが少量生産の実験として試みた家具を、品質を損なうことなく量産化することに成功したのはテクタの功績であり、イタリアにおけるカッシーナ、アメリカにおけるノル・インターナショナルに匹敵する役割を果たしている。
三つのデザインモデル
テクタの製品開発は、三つの明確な方針に基づいている。第一に、バウハウスの巨匠たちによる歴史的名作のライセンス復刻。第二に、世界的に著名なデザイナーや建築家との協働による新作開発。第三に、テクタ社内のデザインチームによるオリジナル作品の創出である。この三層構造により、伝統の保存と革新の追求が高い次元で両立されている。
カンティレバーチェアの探究
テクタの製品群の中核を成すのが、カンティレバーチェア(クラークシュトゥール)である。後ろ脚を持たず、曲げ鋼管のしなりによって身体を支えるこの革命的な椅子は、エル・リシツキーが唱えた「浮遊と揺動」のヴィジョンを家具として具現化したものであり、テクタはマルト・シュタム、マルセル・ブロイヤー、ジャン・プルーヴェとの協働を通じて、その設計思想を半世紀以上にわたり発展させてきた。テクタ独自の「クラークシュトゥール」は、古典的なバウハウス・カンティレバーよりもわずかに弾力性が高く、身体の動きを椅子全体に伝える独特の座り心地を実現している。
BauhausNowHaus ― バウハウスを未来へ
2019年のバウハウス創立100周年を記念して始動した「BauhausNowHaus」は、テクタの思想を象徴するプロジェクトである。若い世代のデザイナーたちがバウハウスのアイコン的家具を現代の視点から再解釈し、各作品に新たな生命を吹き込む。エスター・ウィルソンによるD4Nや、カトリン・グライリングがラフ・シモンズ×クヴァドラのテキスタイルで再構築したF51Nアームチェアなど、原型の設計思想を尊重しつつも大胆な変容を遂げた作品群は、バウハウスの理念が今なお生きた力を持つことを証明している。この名称の源泉は、1981年にペーター・ケラーがパウル・クレーの息子フェリックス・クレーに宛てた書簡で差出人住所に「tecta -new bauhaus」と記したことに遡る。
テクタ・ランドスケープ
テクタの本社敷地は、工場と美術館、彫刻と自然が一体となった「テクタ・ランドスケープ」と呼ばれる産業景観公園を形成している。1990年代から2000年代にかけて英国の建築家アリソン&ピーター・スミッソン夫妻が設計を手がけ、浮遊する建築と周囲の湖や樹木が織りなす風景は、バウハウスの「重力への挑戦」という理念を建築空間として体現している。シュテファン・ヴェヴェルカのパヴィリオン、スミッソン夫妻による工房建築、そして赤い鉄骨とガラスの六角パネルで構成されたクラークシュトゥール・ミュージアムが点在するこの敷地は、家具製造の場であると同時に、近代デザインの思想を体験できる文化的空間となっている。
ブランドヒストリー
創業と黎明期(1956年〜1971年)
1956年、建築家ハンス・ケネッケがドイツ中部ニーダーザクセン州ラウエンフェルデにテクタを設立した。ヴェーザー川沿いのこの小さな町で、ケネッケは近代建築の精神を家具製造に結実させるべく、品質の高いモダンファニチャーの生産を開始する。ケネッケ自身もデザイナーとして活躍し、金属とスエードを組み合わせたアームチェアをはじめ、ドイツ・モダニズムの簡潔さと機能性を体現する家具を世に送り出した。
ブルッフホイザー兄弟の参画とバウハウスへの回帰(1972年〜1979年)
1972年、東ドイツ出身のヴェルナーおよびアクセル・ブルッフホイザー兄弟がテクタの経営を引き継いだ。アクセル・ブルッフホイザーは東ドイツからの亡命者であり、東ドイツで清算された家族の家具事業の志を西側で継続するという強い使命感を持っていた。直ちにバウハウスの巨匠たちの足跡を辿る旅に出発し、スイスでマルト・シュタム、ニューヨークでマルセル・ブロイヤーを訪問。エル・リシツキーの遺族との接触を含む綿密な調査を経て、バウハウス家具の正統な復刻という事業の根幹を確立した。
1975年にはヴァイマールに住むペーター・ケラーとの交流が始まり、バウハウスの象徴として知られるケラーのゆりかごの復刻が実現する。ケラーは以降約7年にわたり「テクタの従業員」として自ら名乗り、製品開発と歴史研究の両面で決定的な貢献を果たした。
クラークシュトゥール・ミュージアムの創設とスミッソン夫妻(1979年〜2003年)
1979年、アクセル・ブルッフホイザーはカンティレバーチェアの歴史と発展を記録する博物館を設立した。当初ベーヴェルンゲン城に置かれたこのコレクションは、1980年の英国の建築家アリソン&ピーター・スミッソン夫妻との出会いを機に、壮大な構想へと発展する。スミッソン夫妻はテクタの敷地全体のランドスケープデザインを手がけ、1993年にはブルッフホイザーのための「ヘクセンハウス(魔女の家)」を、そして2001年からはクラークシュトゥール・ミュージアムの設計に着手した。
2003年9月、ピーター・スミッソンの遺作となったクラークシュトゥール・ミュージアムがヴァルター・グロピウスの娘アティ・グロピウスの手により開館。赤い鉄骨と六角形のガラスパネルで構成されたこの建築は、外部と内部、光と空気の境界を曖昧にし、「浮遊する家具」というバウハウスの理念を空間として体現している。約3,000平方メートルの展示空間には1,000点以上の展示品が収められ、カンティレバーチェアの歴史、100点以上のジャン・プルーヴェのオリジナル作品、アリソン&ピーター・スミッソン・アーカイヴ、ヴェヴェルカ・スタジオなどが一堂に会する。
新世代への継承(2001年〜現在)
2001年、アクセル・ブルッフホイザーの甥クリスティアン・ドレッシャーが経営に参画し、現在は第四世代としてテクタの舵取りを担っている。ドレッシャーは「機会と可能性を見出し、知識を保存し、ドイツ国内での価値創造と生産を維持する。地域に根差しつつ世界とつながること」を経営理念に掲げ、バウハウスの遺産の保存と革新の推進を両立させている。
2004年と2007年にはミュージアムが拡張され、2005年には独自の特許技術「チューブ・オブリーク・テクノロジー」によるObliqueコレクションを発表。2019年のバウハウス100周年を記念してBauhausNowHausプロジェクトを始動し、若い世代のデザイナーとの協働を積極的に推進している。近年ではベルリンの建築家アンドレー・ヴァイセルトによる工場・オフィスの全面改修が完了し、生産環境の近代化も図られた。ヴォルフガング・ハルタウアー、トーマス・シュヌール、マルコ・デッシ、パスカル・ヒエン、ユーリ・レメルといった新進デザイナーとの協働も活発に行われ、カンティレバーチェアD9やサイドテーブルK5、プリズム・スツールなど、バウハウスの精神を受け継ぐ新たなプロダクトが継続的に生み出されている。
主なインテリアとその特徴
F51 グロピウス・アームチェア(1920年)― ヴァルター・グロピウス
F51は単なるアームチェアではない。ヴァイマール・バウハウスの校長室のために設計されたこの椅子は、近代建築の「聖域」の一部である。グロピウスは室内空間全体を三次元の座標系として構想し、家具、タペストリー、天井照明に至るまで、すべてが有機的に連関する総合芸術作品を創り上げた。二つのC字型の構造体が貫入するキュービックなフォルムは、重厚でありながら浮遊感を持つ張り地と簡素なフレームによって、空間そのものに幾何学的な形を与える。テクタのリエディションは、この歴史的名作をバウハウス・アーカイヴ公認のもと忠実に再現している。
D40 カンティレバーチェア(1928年)― マルセル・ブロイヤー
マルセル・ブロイヤーが1928年にデザインしたD40は、アームレスト付きカンティレバーチェアの原型ともいえる作品である。クロームメッキのスチールパイプが描く優雅な曲線と、籐、レザー、またはファブリックの座面・背面が織りなすコントラストは、機能主義の美学の到達点を示す。テクタはブロイヤーとの直接の協働を経てこの椅子の復刻権を取得し、現在も忠実な生産を続けている。
B42 / D42 ヴァイセンホーフ・チェア(1927年)― ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ
1926年にミースがデザインし、翌年シュトゥットガルトのヴァイセンホーフ展で発表されたこの椅子は、「今世紀で最も美しい椅子」と評される。その誕生には劇的なエピソードがある。ミースがシュトゥットガルトからベルリンの事務所に戻り、壁の製図板にマルト・シュタムの直角的な椅子のスケッチを描いた際、角ばったソケットの不格好さに不満を感じ、一筆の曲線を加えた。このたった一本の弧線が、史上もっとも優美なカンティレバーチェアを誕生させたのである。座面と張り地はインテリアデザイナーのリリー・ライヒが手がけ、マスター・バスケットメーカーとの協働で開発された籐編みの座面が、この椅子を総合芸術作品として完成させた。
D51 ファグス・アームチェア(1922/23年)― ヴァルター・グロピウス
ファグス靴型工場で知られるグロピウスが設計したD51は、無垢のアッシュ材フレームとファブリック張りの座面を特徴とする。バウハウス初期のドイツ的な質実さと、グロピウスの建築的思考が凝縮された一脚であり、テクタはD51-2(2人掛けベンチ)、D51-3(3人掛けベンチ)とともにシリーズとして復刻している。
バウハウス・クレードル(1922年)― ペーター・ケラー
青い円、黄色い三角、赤い四角という三つの幾何学形態で構成されるこのゆりかごは、ケラーの師ヴァシリー・カンディンスキーの共感覚的色彩理論を立体として具現化した作品である。もともとはグロピウスが主導したベッドデザインコンペティションの出品作で、男性用ベッドの矩形、女性用ベッドの半円に対し、幼児用のゆりかごが三角形を担当した。底部の円筒が重心となり転倒を防ぐ合理的な構造を備えたこの作品は、バウハウスの象徴として世界的に知られ、テクタはケラーとの直接の協働により1970年代後半からその忠実な復刻を行っている。
F41-E ブロイヤー・シェーズロング(1928年)― マルセル・ブロイヤー
キャスター付きのシェーズロングF41-Eは、スチールパイプと籐編みで構成されたブロイヤーの傑作であり、「動くマニフェスト」とも呼ばれる。バウハウスが追求した「浮遊と移動」の理念を寝椅子として実現したこの作品は、テクタの復刻によって再びその独創的な構造美を世に問うている。
B1 アシメトリック・チェア(1979年)― シュテファン・ヴェヴェルカ
三本脚で自立し、背もたれの一部がアームレストとして機能するこの非対称チェアは、ブリコラージュ的な椅子彫刻の系譜から生まれた、テクタにおけるヴェヴェルカの代表作である。形と素材が着座姿勢の変化を促すよう設計されており、列に並んで座るのではなく、多様な会話と活動を可能にする「非階層的コミュニケーション」のための椅子として構想された。先端が細くなる脚や背もたれの滑らかな曲面といったディテールは、ブリコラージュから完成された造形への飛躍を示している。
M1 テーブル(1979年)― シュテファン・ヴェヴェルカ
扇形の天板を持つM1テーブルは、小グループから最大7〜8名までの団欒を一台で受け止める、現代の都市生活のための家具である。天板下に統合された収納キャビネットには食器類やグラス、キャンドルなどを収めることができ、オフィスや会議室のテーブルとしても使用可能な多機能性を備えている。
Obliqueコレクション(2005年〜)
テクタ独自の特許技術「チューブ・オブリーク・テクノロジー」によるこのコレクションは、一本のクロームメッキ・スチールパイプを三次元に斜めに曲げることで生まれる、軽やかで優美な構造が特徴である。ジャン・プルーヴェの「素材がどう考えるかを感じなければならない」という精神を継承しつつ、コーヒーテーブルK1A、サイドテーブルK2A、セットテーブルK3A/B/C、デスクK2Dなどが展開されている。エンドレスに曲がる鋼管が天板を見えない形で支える構造は、構成の明快さと優雅さを高い次元で両立させている。
D1 キューブ・アームチェア(1925年)― ペーター・ケラー
立方体の明晰さを座り心地のよい家具に翻訳するという急進的なアプローチから生まれたD1は、ケラーがヴァイマール国立バウハウスでプロトタイプとして制作した作品である。友人の建築家ファルカシュ・モルナールが1923年に設計した「赤いキューブ」のために構想され、テクタはD1-2(2人掛けソファ)、D1-3(3人掛けソファ)とともにシリーズとして復刻している。
L25 テーブルランプ(1925年)― ヘリット・トーマス・リートフェルト
デ・スティルの建築家リートフェルトが1925年にデザインしたこのテーブルランプは、テクタがバウハウス100周年の2019年に初めて製品化した未発表の逸品である。200台限定のナンバリング・サイン入りで生産されるこの限定エディションは、バウハウスとデ・スティルの接点を照らす貴重な作品となっている。
主なデザイナー
バウハウスの巨匠たち
- ヴァルター・グロピウス(Walter Gropius, 1883–1969)
- バウハウスの創設者にして近代建築の先駆者。テクタではF51アームチェア、D51ファグス・アームチェアおよびベンチシリーズを復刻。グロピウスの娘アティとの交流を通じて、その設計思想が直接的に継承された。
- マルセル・ブロイヤー(Marcel Breuer, 1902–1981)
- スチールパイプ家具の革命児。テクタではD40カンティレバーチェア、F41-Eシェーズロング、D4フォールディングチェア、B40チェア、S40ガラスキャビネット、S44ブックシェルフ、K40コーヒーテーブルなど、多数の名作を復刻。アクセル・ブルッフホイザーがニューヨークのブロイヤーを直接訪問し、協力関係を築いた。
- ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe, 1886–1969)
- 「Less is more」の建築哲学で知られる巨匠。テクタではB42およびD42ヴァイセンホーフ・チェアを復刻。
- ペーター・ケラー(Peter Keler, 1898–1982)
- ヴァイマール・バウハウスで学んだ画家・デザイナー。カンディンスキーの色彩理論に基づくバウハウス・クレードルとD1キューブ・アームチェアを設計。1975年からテクタと協働し、バウハウスの精神を直接伝える重要な架け橋となった。
- エル・リシツキー(El Lissitzky, 1890–1941)
- ロシア・アヴァンギャルドの旗手。D61チェアおよびD62プレッサ・アームチェアをテクタが復刻。「浮遊と揺動」のヴィジョンはカンティレバーチェアの思想的基盤となった。
近代デザインの巨匠たち
- ジャン・プルーヴェ(Jean Prouvé, 1901–1984)
- フランスのエンジニア兼デザイナー。「チューブ・アプラティ(扁平管)」技法の創始者として知られ、テクタとの協働でM21テーブル、フォールディングチェアなどを生産。クラークシュトゥール・ミュージアムには100点以上のプルーヴェのオリジナル作品が収蔵されている。
- ヘリット・トーマス・リートフェルト(Gerrit Thomas Rietveld, 1888–1964)
- デ・スティルの建築家・デザイナー。テクタではL25テーブルランプを2019年に限定復刻。
- シュテファン・ヴェヴェルカ(Stefan Wewerka, 1928–2013)
- 建築家・アーティスト・デザイナー。B1アシメトリック・チェア、B5ワンレッグ・カンティレバーチェア、B25チェア、M1テーブルなど、テクタとの協働から生まれた独創的な作品群は、バウハウスの遺産を彫刻的に再解釈するものである。ラウエンフェルデにはヴェヴェルカ・パヴィリオンが建ち、第8回ドクメンタ(1987年)でもその複製が展示された。
- アリソン&ピーター・スミッソン(Alison & Peter Smithson)
- 英国の建築家夫妻。テクタの工場建築、テクタ・ランドスケープ、そしてクラークシュトゥール・ミュージアムを設計。家具デザインも手がけ、そのアーカイヴはミュージアムに収蔵されている。
現代のデザイナーたち
- ヴォルフガング・ハルタウアー(Wolfgang Hartauer)
- ブロイヤーの天才へのオマージュとして高い評価を受けるカンティレバーチェアD9を設計。
- トーマス・シュヌール(Thomas Schnur)
- K5サイドテーブル、K7チェアラダーステップなどを設計。プルーヴェの構成原理に触発された構築的なデザインアプローチで知られる。
- ダニエル・ローチ(Daniel Lorch)
- スプリット・チェアで古典的なスチールパイプモデルを現代的に再解釈。
- マルコ・デッシ(Marco Dessí)
- バウハウスに触発され、幾何学的形態を組み合わせたアームチェアD70を設計。
- マルティン・ヒルト(Martin Hirth)
- D8Pアームチェアおよび関連シリーズを設計。
- パスカル・ヒエン(Pascal Hien)
- ファブリカ研究所やコンスタンティン・グルチッチでの経験を経て独立。2024年にプリズム・スツールを発表。
- ドミニク・キルグス(Dominik Kirgus)
- バウハウスの幾何学形態に着想を得たTECTA CATオーナメントを設計。テクタの認識可能なシンボルとなっている。
- アンドレー・ヴァイセルト(Andree Weißert)
- ベルリンの建築家。テクタの工場・オフィスの全面改修を手がけ、スミッソン夫妻のランドスケープと調和する新たな視覚軸を創出した。
基本情報
| ブランド正式名 | Tecta(テクタ) |
|---|---|
| 正式社名 | Tecta Bruchhäuser & Drescher OHG |
| 設立 | 1956年 |
| 創業者 | ハンス・ケネッケ(Hans Könecke)建築家 |
| 現経営者 | クリスティアン・ドレッシャー(Christian Drescher)第四世代 |
| 所在地 | Sohnreystraße 10, 37697 Lauenförde, ドイツ(ニーダーザクセン州) |
| 従業員数 | 約40名(木工・金属加工・張り地・籐編み工房) |
| 事業内容 | バウハウス・リエディション(復刻版)家具の製造、コンテンポラリーデザイン家具の製造 |
| 主要シリーズ | Bauhaus(バウハウス復刻)、nowhaus(コンテンポラリー)、Cantilever chairs(カンティレバーチェア)、Woven chairs(籐編みチェア)、Oblique(オブリーク) |
| 付帯施設 | クラークシュトゥール・ミュージアム(Kragstuhlmuseum)、テクタ・ショールーム(ラウエンフェルデ)、テクタ・ショールーム(ケルン) |
| 公式サイト | https://www.tecta.de |