スヴェンスクト・テン ― 一世紀を超えて息づくスウェーデン・モダンの精神
Svenskt Tenn(スヴェンスクト・テン)は、1924年にエストリッド・エリクソンによってストックホルムに創設されたスウェーデンを代表するインテリアデザインブランドである。「スヴェンスクト・テン」とは「スウェーデンの錫(ピューター)」を意味し、その名の通り、創業当初は現代的なピューター工芸品の工房兼ショップとして出発した。しかしながら、エリクソンの卓越した審美眼と起業家精神、そして1934年に始まったオーストリア出身の建築家・デザイナー、ヨゼフ・フランクとの歴史的協業により、ブランドは家具、テキスタイル、照明、壁紙、テーブルウェアを包括する総合インテリアデザイン企業へと発展を遂げた。
ヨゼフ・フランクの色彩豊かなボタニカルプリントとエストリッド・エリクソンの洗練された空間演出が融合して生まれた唯一無二の美学は、「スウェディッシュ・モダン」の象徴として国際的な評価を確立し、創業から一世紀を経た現在もなお、世界中のデザイン愛好家を魅了し続けている。1928年よりスウェーデン王室御用達の称号を授与され、1975年以降はシェル・アンド・メルタ・ベイエル財団が所有し、企業の永続と利益の社会還元という理想的な経営モデルを実現している。
ブランドの特徴・コンセプト
「アクシデンティズム」― 幸福な偶然の哲学
スヴェンスクト・テンのインテリア哲学の核心にあるのは、ヨゼフ・フランクが提唱した「アクシデンティズム(Accidentism)」、すなわち「幸福な偶然の哲学」である。フランクは1958年にスウェーデンの雑誌『Form』に発表した論文でこの思想を体系化し、住空間をあたかも偶然の積み重ねによって生まれたかのように構成すべきだと説いた。古いものと新しいもの、異なる家具様式、多様な色彩とパターンを自由に組み合わせ、住む人が愛するものだけで空間を満たすことで、自ずと調和のとれた心地よい環境が生まれるという信念である。
この哲学は、ル・コルビュジエに代表される厳格な機能主義への明確な対抗として生まれた。フランクは住居を「住むための機械」と捉える近代建築の教条主義を批判し、画一的なインテリアが人々を均質化させることを危惧した。代わりに、人間の快適さ、温かみ、色彩の豊かさを重視した独自のモダニズムを発展させたのである。
エストリッド・エリクソンの「インテリア教理問答」
一方、エストリッド・エリクソンは1939年に「インテリア教理問答(Interior Catechism)」と題した自身のインテリア論を発表している。そこには「家庭において自由を大切にし、美的形式主義を損なうかもしれないという理由だけでものを排除してはならない。家に個性を与えるのは作為的な配色計画ではなく、人生を通じて集めたすべてのもの」であるという確信が表明されている。エリクソンとフランクが共有したこの哲学こそが、スヴェンスクト・テンの揺るぎないアイデンティティの礎である。
手仕事への敬意と持続可能性
スヴェンスクト・テンは、英国アーツ・アンド・クラフツ運動の巨匠ウィリアム・モリスに感化されたエリクソンの思想を継承し、手仕事による工芸品を最高の価値として尊重している。現在も商品の大半はスウェーデン国内で熟練の職人によって製作され、ヨゼフ・フランクの家具の多くは1930年代から続くストックホルム近郊やスモーランド、セーデルマンランドの木工所で手作業により仕上げられている。テキスタイルはフランスのティシュ・ダヴニエールまたは英国のスタンドファスト・アンド・バラックスにおいて伝統的なスクリーンプリントで製作され、反応性染料を用いることで繊維に色が深く浸透し、美しい経年変化が約束される。
ブランドヒストリー
創業期:ピューターの工房から(1924年〜1933年)
1924年夏、30歳の美術教師エストリッド・エリクソンは、亡父から受け継いだ遺産を元手に、ピューター作家ニルス・フースステットとともにストックホルムのスモーランズガータンにFirma Svenskt Tennを設立した。エリクソンはコンストファック(現・国立芸術工芸デザイン大学)で製図を学び、スウェーデン手工芸協会やヴァクラーレ・ヴァルダーグスヴァラ(「より美しい日用品」)での勤務経験を持つ、工芸とインテリアに深い素養を備えた人物であった。
創業当初のスヴェンスクト・テンは、エリクソン自身がデザインし、フースステットらが手がける現代的なピューター装飾品を主力商品としていた。これらの作品は1925年のパリ万国装飾美術博覧会(アール・デコ博)で金メダルを獲得し、国際的な注目を集めた。初期にはアンナ・ペトルス・リュットケンス、ウーノ・オーレン、ビョルン・トレゴード、テューラ・ルンドグレンといった気鋭のデザイナーや建築家との協業が次々と実現し、エリクソンの才能ある人材を見出す能力は早くから高く評価された。
1927年にはメトロポリタン美術館でのスウェーデンデザイン展への出品も果たし、シカゴやデトロイトへの巡回展も実現した。同年、スヴェンスクト・テンはストランドヴェーゲン5番地のより広い店舗へと移転し、建築家ウーノ・オーレンが格子状の真鍮で飾られた印象的なピューター天井を含む内装を手がけた。1928年にはスウェーデン王室御用達の称号を授与されている。1930年にエリクソンが同じ建物内に自宅を構えたことをきっかけに、インテリアデザインへの関心がさらに深まり、家具、室内装飾品、テキスタイルへと品揃えは拡大していった。
ヨゼフ・フランクとの邂逅:スウェディッシュ・モダンの誕生(1934年〜1939年)
スヴェンスクト・テンの歴史における最も決定的な転換点は、1934年のヨゼフ・フランク参入である。ウィーン出身の建築家フランクは、1925年に同僚オスカー・ヴラッハとインテリアデザイン会社「ハウス・ウント・ガルテン」を設立し、すでに国際的に高い評価を得ていた。しかし、オーストリアにおける反ユダヤ主義の台頭により、1933年にスウェーデン人の妻アンナとともにストックホルムに亡命を余儀なくされた。エリクソンは以前からフランクの作品に注目しており、1932年に最初の家具デザインを依頼、2年後には正式に芸術監督として迎え入れた。
フランクの参入は、スヴェンスクト・テンのデザイン言語を根本から変革した。それまで抑制的で中立色を重んじたエリクソンの美学に、フランクは大胆な色彩、豊かなパターン、快適さへのこだわりをもたらした。二人の協業は、厳格な機能主義をより柔らかく人間的なものへと昇華させ、ウィーンの優雅さとスウェーデンの機能性が融合した独自の様式を確立した。1937年のパリ万国博覧会および1939年のニューヨーク万国博覧会における展示は、当時の主流に真っ向から反する大胆な素材、色彩、プリントの対比で大きな注目を集め、二人はやがて「スウェディッシュ・モダン」の代名詞となった。
戦時下の創造と再会(1940年〜1967年)
1940年、ドイツによるデンマークおよびノルウェーの占領に伴い、フランクは再びの亡命を余儀なくされ、ニューヨークへと渡った。1942年から1946年にかけてマンハッタンのニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチで客員講師を務めたフランクは、この期間に後のスヴェンスクト・テンを象徴することになる数々のテキスタイルデザインを生み出した。マンハッタン、ハワイ、ベジタブル・ツリー、グローナ・フォーグラル(緑の鳥)などの代表的なプリントはこの時期に制作されたものであり、1944年のエリクソン50歳の誕生日には50点もの新作テキスタイルデザインが贈られたという逸話が残る。スウェーデン王子エウシェンはこれらの新デザインを、伝説的なプリントデザイナーであるウィリアム・モリスの作品をも凌ぐと称賛した。
終戦後、フランクはスウェーデンとスヴェンスクト・テンに復帰し、1967年に没するまでインテリア、家具、プリントのデザインを続けた。エリクソンはその空間演出の才能でフランクの作品を見事に引き立て、30年以上にわたる二人の創造的協業はデザイン史上最も実り多いパートナーシップのひとつとして広く認められている。この間、数多くの個人邸宅や公共空間のインテリアを共同で手がけ、スヴェンスクト・テン独自のカラフルで大胆なパターンに彩られた、個性豊かな美学の礎を築いた。
ベイエル財団の時代と現代への継承(1975年〜現在)
フランク没後もエリクソンは日常の経営を担い続けたが、1975年、81歳にしてシェル・アンド・メルタ・ベイエル財団にスヴェンスクト・テンを売却した。エリクソンは売却後もアーティスティック・ディレクターとして数年間関わり続け、1981年に逝去した。ベイエル財団は「この企業は永遠に存続すべきである」という理念のもと所有を続け、事業から生まれる余剰利益はすべて環境持続可能性、遺伝学、生物医学、薬学の研究助成に充てられている。
1979年にアン・ヴァルが経営を引き継ぎ、商品構成、管理体制、マーケティングの近代化を推進し、新進デザイナーとの協業やデザイン教育機関との連携も確立した。2011年に最高経営責任者に就任したマリア・ヴィーラサミーのもと、売上高は約4,000万ドル規模にまで倍増した。2014年にはベックマンズ・カレッジ・オブ・デザインとの年間デザイン奨学金制度を創設するなど、次世代の育成にも積極的に取り組んでいる。
2024年にはブランド創業100周年を迎え、ストックホルムのリリエヴァルク美術館にて大規模な回顧展「Svenskt Tenn: A Philosophy of Home」が開催された。2025年にはファイドン社より400ページに及ぶ初の本格的モノグラフ『Svenskt Tenn: Interiors』が出版され、100年にわたるブランドの全貌が学術的に記録されている。
主なインテリアとその特徴
テキスタイル ― ヨゼフ・フランクのボタニカルプリント
スヴェンスクト・テンの代名詞ともいえるのが、ヨゼフ・フランクによる160種以上のテキスタイルデザインである。フランクのプリントは自然界の植物、花々、果実を生き生きとした色彩で描いた独自の世界観を持ち、幻想と写実の境界を行き来するかのような表現が特徴とされる。フランクの最初のプリント「フローレンス」は1909年に北イタリアで着想され、最後のプリント「ヒマラヤ」は1950年、65歳のときに制作された。
代表的なテキスタイルとして、都市の地図を抽象化した「マンハッタン」、熱帯雨林を鮮やかな色彩で描いた「ハワイ」、生命の樹をユーモラスに野菜で表現した「ベジタブル・ツリー」、鮮やかな緑の鳥が躍動する「グローナ・フォーグラル」、異国情緒漂う「テヘラン」、モザイクの石を抽象化した幾何学模様の「テラッツォ」、フランク最古のプリントのひとつで春の花々を集めた「プリマヴェーラ」、色彩豊かな花柄の「ミラケル」などが挙げられる。また、創業者エリクソンによる象をモチーフとしたプリントも長年愛されるクラシックである。これらのテキスタイルは100%リネンまたはコットンを使用し、伝統的なスクリーンプリント技法で製作される。
家具 ― 手仕事が紡ぐ時代を超えた造形
ヨゼフ・フランクは生涯を通じて約2,000点の家具スケッチを残し、そのうち約70点が現在も生産されている。フランクの家具デザインは、英国やアジアの伝統的な家具様式からインスピレーションを得つつ、快適さと人間性を重視した独自のモダニズムを体現している。非対称的な引き出しの配置やキャビネット・オン・スタンド、マホガニーやエルムバール(楡の瘤杢)などの銘木を用いたコーヒーテーブル、ラタンのアームチェア、多彩な張地で仕上げられるソファ群など、その作品は多岐にわたる。
スヴェンスクト・テンの家具の約80%は自社オリジナルデザインであり、ニーコーピング近郊のエリクソン・アンド・サンズ木工所をはじめとする協力工房で一点一点手作業により製作される。張り地家具のオーダーには通常8〜12週間を要し、購入時には作品名、デザイナー名、製作年を記した正規品証明書が付属する。
ピューター ― ブランドの原点
スヴェンスクト・テンの出発点であるピューター工芸は、現在も店舗内の「ピューター・ルーム」で継承されている。1920年代のニルス・フースステットによる装飾的かつ実用的な作品から、エストリッド・エリクソン自身がデザインした「エコッロン(どんぐり)」の花瓶やオブジェ、ヨゼフ・フランクによる竹をモチーフとしたキャンドルスタンド(1952年)や「友情の結び目」キャンドルホルダー(1938年)に至るまで、ピューターの伝統は1世紀にわたって途切れることなく受け継がれている。西イェータランドのピューター工房は、スヴェンスクト・テンの長年にわたる主要製作パートナーのひとつである。
照明・テーブルセッティング・アクセサリー
照明はスヴェンスクト・テンの草創期からコレクションの重要な柱であった。最初のカタログ(1925年)にはすでにピューター製ランプの図面が掲載され、1934年には店舗内に初の照明専門売場が開設された。2022年にはストランドヴェーゲン5番地の拡張スペースに新たな照明デパートメントがオープンしている。テーブルセッティングにおいても、エリクソンのテーブルコーディネートへの卓越した才能が息づき、ガラス、磁器、ナプキン、花のアレンジメントが季節やテーマに応じて展開されている。花瓶はカリーナ・セス・アンダーション作の「ダッグ(露)」ガラス花瓶やニルス・フースステット作の「ピップ」ピューター花瓶など、スモーランドのスクルーフ・ガラス工房で制作される名品が揃う。
主なデザイナー
エストリッド・エリクソン(Estrid Ericson, 1894–1981)
スヴェンスクト・テンの創業者にして、20世紀スウェーデンデザイン史における最も重要な女性のひとり。エーレグルンド生まれ、ヴェッテルン湖畔のヒョーで育つ。コンストファックで製図を学び、スウェーデン手工芸協会での勤務を経て30歳でスヴェンスクト・テンを創設した。起業家、ビジョナリー、アーティスト、デザイナー、舞台美術家と多面的な才能を発揮し、卓越した審美眼と空間演出の能力で、ヨゼフ・フランクの作品を最高の形で世に送り出した。「常に変化し続ける舞台」としての店舗運営は、現在のスヴェンスクト・テンにも受け継がれている。
ヨゼフ・フランク(Josef Frank, 1885–1967)
ウィーン生まれの建築家・デザイナー。ウィーン工科大学で建築を学び、ウィーン近代主義運動の先駆者として活躍した後、反ユダヤ主義から逃れてスウェーデンに亡命。1934年よりスヴェンスクト・テンの芸術監督を務め、160種以上のテキスタイルデザインと約2,000点の家具スケッチを含む3,000点以上の図面・スケッチ、250種以上のプリントデザインをスヴェンスクト・テンのアーカイブに遺した。機能主義の禁欲性を批判し、快適さ・色彩・パターンの豊かさを重視した独自のモダニズム哲学「アクシデンティズム」を提唱した。今日、スウェーデンで最も重要なインテリアデザイナーのひとりとして広く認められている。
ニルス・フースステット(Nils Fougstedt, 1881–1954)
エストリッド・エリクソンのパートナーとしてスヴェンスクト・テンの共同創設に携わったピューター作家。創業初期のピューター工芸品の製作を担い、ブランドの品質基準の確立に大きく貢献した。その作品はパリ万国装飾美術博覧会での金メダル受賞をはじめ、国際的な高評価を得た。
現代のデザイナーとコラボレーション
スヴェンスクト・テンは創業者たちの遺産を守りつつ、同時代の優れたデザイナーとの協業を通じて現代性を保ち続けている。スウェーデンのガラスアーティスト、カリーナ・セス・アンダーションは「ダッグ」「ストゥッベ(切り株)」「コッテ(松ぼっくり)」などの花瓶コレクションで、北欧の自然をモチーフとした新たなクラシックを生み出した。キプロス系英国人デザイナーのマイケル・アナスタシアデスは2013年のストックホルム・デザインウィークでの展示以来、ミニマリスティックな花瓶やオブジェで協業を重ねている。フランス建築界を代表するインディア・マダヴィ、ファッションデザイナーのラース・ニルソン、ミッソーニ家のマルゲリータ・マカパーニ・ミッソーニ、イタリアの装飾芸術ブランドのフォルナセッティ、スウェーデンの陶芸家シグネ・ペーション・メリン、ガラスデザイナーのインゲイェルド・ローマン、さらには2009年にシルバーカトラリーコレクションを発表したスウェーデン王子カール・フィリップなど、その協業の幅は多岐にわたる。
ストランドヴェーゲン5番地 ― 旗艦店
スヴェンスクト・テンの唯一の実店舗は、1927年以来同じ住所に構えるストックホルム・ストランドヴェーゲン5番地のフラッグシップストアである。エリクソンの時代から「常に変化し続ける舞台」と評されてきたこの空間は、リビングルーム、温室、ワークスペース、ダイニングルームなど、暮らしの場面を再現したルームセッティングで商品を展示している。店舗にはインテリアデザイン・スタジオ、カフェ、ピューター・ルーム、照明デパートメント、ストランドヴェーゲン・ギャラリーが併設されている。上階にはエリクソンが1934年から1981年まで使用した仕事部屋が、2011年の改装時に再現・保存されており、ガラス越しに見学することができる。
基本情報
| ブランド正式名 | Svenskt Tenn / スヴェンスクト・テン |
|---|---|
| 設立 | 1924年 |
| 創業者 | エストリッド・エリクソン(Estrid Ericson, 1894–1981) |
| 共同創設者 | ニルス・フースステット(Nils Fougstedt, 1881–1954) |
| 所在地 | Strandvägen 5, Stockholm, Sweden |
| 現所有者 | シェル・アンド・メルタ・ベイエル財団(Kjell och Märta Beijer Foundation、1975年〜) |
| 現CEO | マリア・ヴィーラサミー(Maria Veerasamy、2011年〜) |
| 王室御用達 | 1928年よりスウェーデン王室御用達(Purveyor to His Majesty) |
| 主な商品カテゴリ | 家具、テキスタイル、照明、壁紙、ピューター、テーブルセッティング、アクセサリー、ファッション |
| 公式サイト | https://www.svenskttenn.com |