概要

ヨーゼフ・フランク クッションは、オーストリア出身の建築家・デザイナーであるヨーゼフ・フランク(1885-1967)がスウェーデンの老舗インテリアブランド「スヴェンスク・テン」のためにデザインしたテキスタイルを用いたクッションである。1930年代から1950年代にかけて160種を超えるパターンが生み出され、その多くが現在も生産されている。

特徴・コンセプト

図案は植物、風景、幾何学的な構成など多岐にわたる。反復する図案では単位の区切りが見えることが多いが、フランクのパターンは要素の大きさと配置が不揃いのため、繰り返しの周期が判別しにくい。

不規則さの扱い

フランクは、バウハウスに代表される機能主義とは異なる立場をとった。装飾を排して構成を単純にすれば形の秩序は明快になるが、室内では家具や持ち物が加わって秩序が乱れる。あらかじめ不規則な要素を取り入れておけば、後から物が加わっても構成が崩れない。この考え方はアクチデンティズムと呼ばれる。

代表的なパターン

代表的なパターンには、熱帯植物を描いた「ハワイ」、野菜や果物を樹木状に配した「野菜の木」、絨毯の花柄に由来する「テヘラン」、野花を描いた「プリマヴェーラ」がある。いずれも要素が画面全体に散らばり、中心を持たない構成をとる。

素材と製造

基布にはリネンまたはコットンを用いる。プリントはスクリーンプリントまたはデジタルプリントによる。色数の多い図案ではスクリーンの版数が増えるため、デジタルプリントが用いられる場合もある。

エピソード

ヨーゼフ・フランクがスヴェンスク・テンとの協働を開始したのは1934年のことである。ナチス・ドイツの台頭によりウィーンでの活動が困難となったフランクは、1933年にスウェーデンへ移り、翌1934年、同社の創業者エストリッド・エリクソンに招かれてデザイナーに就任した。ユダヤ系であったフランクにとって、スウェーデンは安全な避難地であると同時に、創造性を自由に発揮できる理想の環境となった。

図案の要素は、植物園や博物館で収集したスケッチに基づくとされる。実在の植物を描きながら、実際には同じ場所に生えない種を一つの画面に配することもある。

第二次世界大戦中にはニューヨークへ渡った後もスヴェンスク・テンとの関係を維持し、新たなパターンを送り続けた。戦後はスウェーデンに戻って創作活動を続け、1967年にストックホルムで生涯を閉じた。

評価と影響

反復の周期を意識させない構成は、手描きの揺らぎによるマリメッコ ラシマット クッションと近い方向にある。一方、単位を明確に反復させるマリメッコ ウニッコ クッションとは対照的にあたる。図案を室内へ持ち込む点では、アレキサンダー・ジラード ピローも同じ課題を扱う。

フランクの原画はスヴェンスク・テンのアーカイブに保存されている。4館の公開データでは、ヨーゼフ・フランク クッションの収蔵は確認できていない。

基本情報

名称 ヨーゼフ・フランク クッション
英語名 Josef Frank Cushions
デザイナー ヨーゼフ・フランク(Josef Frank, 1885-1967)
ブランド スヴェンスク・テン(Svenskt Tenn)
デザイン年 1930年代〜1950年代
生産国 スウェーデン
素材 リネン、コットン、羽毛・ダウン
サイズ展開 40×40cm、50×50cm、60×60cm 他
代表的パターン Hawaii、Vegetable Tree、Teheran、Primavera、La Plata、Anakreon 他