ナニ・マルキナ(Nanimarquina)― 伝統の手仕事とコンテンポラリーデザインの融合
ナニ・マルキナ(Nanimarquina)は、1987年にスペイン・バルセロナで創業した、コンテンポラリーラグの先駆的ブランドである。創業者であるナニ・マルキナ(Elena Marquina)は、スペイン・インダストリアルデザインの草分けであった父ラファエル・マルキナの薫陶を受け、古来の手織り技法に現代的なデザイン感覚を掛け合わせるという発想でブランドを立ち上げた。当時のスペインにはコンテンポラリーラグという概念自体がほとんど存在しておらず、ナニの試みは業界にまったく新しい市場を生み出すことになった。
創業以来30年以上にわたり、インド、パキスタン、ネパールの熟練した職人たちとの協働を通じて、一枚一枚が手仕事で仕上げられるラグを世界に送り出してきた。ロナン&エルワン・ブルレック兄弟、ハイメ・アジョン、エドゥアルド・チリーダといった世界的なデザイナーやアーティストとのコラボレーションにより、そのコレクションは芸術性と工芸の卓越性を兼ね備えたものとなっている。ラグ業界では初となるClimate Neutral(気候中立)認証も取得している。
ブランドの特徴とコンセプト
ナニ・マルキナのブランド哲学は、「伝統と革新の共存」という一貫した理念に集約される。何千年もの歴史を持つ織りの技法を継承しながら、そこに現代のデザイン言語を重ね合わせることで、時代を超えて愛されるテキスタイルを生み出している。
クラフツマンシップへの敬意
ナニ・マルキナのすべてのラグは、手織り(ハンドルーム)、手結び(ハンドノット)、手差し(ハンドタフト)、キリム織りといった伝統的な技法により、一枚ずつ手作業で制作される。インド北部、パキスタン、ネパールの職人たちが受け継いできた数世紀にわたる技術と文化的遺産を尊重し、その価値を現代に伝えることがブランドの根幹を成している。使用される素材も厳選されており、ニュージーランド産ウール、アフガニスタン産ウール、シルク、ジュート、フェルト、コットンなど、天然繊維を中心とした高品質な原材料が用いられる。
コンテンポラリーデザインの追求
ナニ・マルキナにとって、ラグは単なる床敷きではない。空間の性格を決め、住む人の感情に働きかけるデザインプロダクトとして位置づけられている。自社デザインチームに加え、世界各国のデザイナーやアーティストとの積極的なコラボレーションにより、幾何学的な構成から有機的な表現、抽象芸術の翻案まで、多彩な表現領域を開拓してきた。色彩、テクスチャー、フォルムの探求を通じて、それぞれのラグが固有の物語と感性を宿すことを目指している。
サステナビリティと社会的責任
環境への配慮は、ナニ・マルキナの経営を貫く軸のひとつである。ラグ業界で初めてClimate Neutral認証を取得し、CO2排出量の測定・削減・相殺プログラムを通じてゼロエミッションの未来を目指す姿勢を明確にしている。また、2002年からはCare & Fair(児童労働撲滅と産地の生活向上を推進する国際団体)と提携し、インド・バドヒのアミタ・ヴィディヤラヤム学校への資金援助や、現地の健康センター設立を支援してきた。素材面でもリサイクルPET繊維、廃棄ウール、使用済み自転車チューブなどを積極的に活用し、サーキュラーエコノミーの実践に取り組んでいる。
ブランドヒストリー
創業前夜 ― デザインの家系に生まれて
ナニ・マルキナ(本名エレナ・マルキナ)は、1952年にバルセロナで生まれた。父ラファエル・マルキナは、1961年に第1回ADI-FAD賞を受賞した垂れないオイルクルエ「マルキナ1961」の設計で知られる、スペイン・インダストリアルデザインの先駆者である。その創造的な家庭環境が、幼いナニのものづくりへの関心を育んだ。バルセロナのエスコラ・マッサーナでインダストリアルデザインを学んだナニは、1973年よりセジェス=マルキナ建築事務所での協働を経て、自身のインテリアデコレーションショップ「Self-Décor」を開業した。1984年に初のテキスタイルデザインを発表し、ラグデザインの世界へ踏み出す。
1987年 ― ブランド創設
スペインがフランコ独裁体制から民主化へと移行し、社会全体が変革の熱気に包まれていた時代。その「デザインの黄金期」ともいわれる潮流のなかで、ナニ・マルキナは1987年にブランドを設立した。コンテンポラリーラグという市場カテゴリー自体がスペインにはほぼ存在しなかった当時、ナニは伝統的なラグを現代のデザインプロダクトとして再定義するという明確なビジョンを掲げた。ペレ・トレント(ペレット)、シビラ、ハビエル・マリスカルといったスペインの著名デザイナーとの協働により、ブランドは瞬く間にヨーロッパのテキスタイルデザイン界で存在感を示すようになった。
1988〜1989年 ― 国際展開の端緒
創業からわずか1年後の1988年、ナニ・マルキナの作品はドイツと日本への輸出が始まった。翌1989年には、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のミュージアムショップがBegoniaコレクションを取り扱うことを決定。まだ無名に近かったスペイン発のラグブランドにとって、国際的な評価の最初の大きな節目となった。
1993〜1994年 ― インドへの生産移転
1993年から翌年にかけて、ナニ・マルキナは大胆な決断を下す。生産拠点をインド北部へ移転したのである。現地の職人たちが持つ手織りの伝統技法と、ラグ制作が地域の文化的アイデンティティに深く根ざしていることに心を動かされたナニは、それらの技術と文化を自らのデザインに取り込む方向へ舵を切った。この決定が、ブランドの性格を根本から決定づけることになる。
2002年 ― 第二世代の参画と社会貢献
2002年は、ブランドにとって複数の転機が重なった年である。ナニの娘マリア・ピエラ・マルキナがマネージング・ディレクターとして経営に参画し、国際展開の加速と事業基盤の強化に着手。同時期にナニの姉妹カルロタ・マルキナもグラフィックデザイナー兼アートディレクターとして加わり、ブランドのビジュアルアイデンティティを一手に担うようになった。また同年、国際団体Care & Fairとの提携を開始し、社会貢献活動を本格化させている。
2005年 ― 国家デザイン賞の受賞
2005年、ナニ・マルキナはスペイン国家デザイン賞(Premio Nacional de Diseño)を受賞した。スペインのデザイン分野における最高栄誉のひとつであり、ブランドの独自性と社会的貢献が国家レベルで認められたことを意味する。同年には商工会議所による経営への賞(Premi Cambra a la Gestió Empresarial)も授与された。
2010年代 ― グローバルブランドへの成長
2010年代に入ると、ブランドの国際的な広がりはさらに加速した。バルセロナに初のショールームを開設し、建築家やインテリアデザイナーが集う交流の場として機能するようになった。2014年にはニューヨークにもオフィスを構え、北米市場への本格進出を開始。世界45カ国以上、400を超える販売拠点を持つグローバルブランドへ成長を遂げた。ジュネーブの国連本部の壁面を覆う約600平方メートルにおよぶラグ制作をはじめ、フェンディ、ハロッズ、ロールスロイスなどラグジュアリーブランドとのパートナーシップも実現している。
2022年 ― 創業35周年とClimate Neutral認証
創業35周年を迎えた2022年、ナニ・マルキナはラグ業界初のClimate Neutral認証を取得した。同時に、サプライヤーから出る余剰ウールを再利用したサーキュラーコレクション「Re-Rug」を発表。持続可能なものづくりへの取り組みを続けている。
主なコレクションとその特徴
Tres(トレス)
ナニ・マルキナを代表するコレクション。インドの伝統的な平織り技法「ダーリー」をベースに、ニュージーランド産ウール、フェルト、コットンという3つの異なる素材を組み合わせたことからその名が付けられた。3つのパーツを接ぎ合わせる構成により、テクスチャーの対比と調和が自然に生まれ、素朴さと洗練とが同居する独特の表情を見せる。International Good Design Awardを受賞し、ブランドの手仕事への情熱と伝統への敬意を象徴する存在として、世界中のインテリアに採用されている。デザインはエリサ・パドロンとの共同制作によるもので、後にアウトドア対応の「Tres Vegetal」(ジュートを使用)も展開されている。
Losanges(ロザンジュ)
フランスのデザイナー、ロナン&エルワン・ブルレック兄弟とのコラボレーションにより2011年に発表されたコレクション。ペルシャ絨毯に見られる菱形(ロザンジュ)のモチーフを、古代のキリム技法を用いて現代的に再解釈した作品である。パターン、フォルム、色彩が一体となった構成システムにより、従来のラグデザインの枠組みを大きく押し広げた。
Chillida(チリーダ)コレクション
20世紀を代表するスペインの彫刻家エドゥアルド・チリーダ(1924〜2002年)へのオマージュとして制作されたコレクション。「Figura Humana(1948年)」「Dibujo Tinta(1957年)」「Collage(1966年)」という年代順の作品選定に基づき、サン・セバスティアンの代表作「風の櫛」に至る芸術的変遷を辿る構成となっている。ウール、シルク、手紡ぎモヘアなど異なる素材と技法を駆使し、チリーダの芸術的ニュアンスをラグという媒体に忠実に落とし込んでいる。
Hayon x Nani / Silhouette / Troupe
スペイン出身のデザイナー、ハイメ・アジョンとのコラボレーションから生まれた一連のコレクション。ニュージーランド産ウール100%のハンドタフト技法で制作され、アジョンならではの遊び心に満ちたイラストレーションと大胆な色使いが目を引く。Troupeコレクションは祝祭的なユーモアを、Silhouetteコレクションは風変わりなシルエットの世界を展開し、アートとデザインの境界を軽やかに行き来する。
Lattice(ラティス)
ブルレック兄弟によるもうひとつのコレクション。基本的なパターンをリズミカルに反復させることで、調和的な色彩のグラデーションが立ち上がる。パターンがラグの形状そのものを規定する「構築的システム」として設計されており、色の帯が互いに結びつきながら新たな空間性を生み出すという、独自の設計思想に基づいている。
Capas(カパス)
ドイツのデザイナー、マティアス・ハーンによるコレクション。影は単なる黒やグレーではなく、色と形に満ちているという着想から出発している。キリム織りの伝統技法を用いて色のレイヤーを幾重にも重ねることで、視覚的な奥行きと微妙なトーンの変化を表現した。5つのカラーウェイが展開されており、多様なインテリアに無理なく馴染む。
Bicicleta / Re-Rug ― サーキュラーコレクション
Bicicleta(2005年発表)は、使用済みの自転車チューブのゴムを再利用して制作されるコレクションで、ブランドの環境意識を初期から象徴する存在である。Re-Rug(2022年発表)は、サプライヤーに蓄積された余剰ウールを再加工して新たな糸に仕立て直すサーキュラーコレクション。1平方メートルあたり1kgのリサイクルウールを使用し、ダーリー技法で手織りされる。新しい原材料を使わないぶんCO2排出も抑えられ、廃棄物削減と環境負荷低減を同時に実現する試みとして注目を集めている。
アウトドアコレクション
インドで回収されたプラスチックボトル廃棄物から得られるリサイクルPET繊維100%で制作されるアウトドアラグのシリーズ。水や悪天候に対する高い耐久性を備え、テラスやバルコニー、キッチン、バスルーム、子ども部屋など幅広い空間で使用できる。現地でのプラスチック焼却による大気汚染の軽減にも寄与しており、機能性と社会的意義を兼ね備えたコレクションである。
主なデザイナー・コラボレーター
- ナニ・マルキナ(Nani Marquina)
- 創業者兼デザイナー。1952年バルセロナ生まれ。エスコラ・マッサーナでインダストリアルデザインを学ぶ。Ceras、Mía、Re-Rugなど多数のコレクションを手がける。スペイン国家デザイン賞、FIDEM年間女性起業家賞など受賞多数。2014〜2019年にはバルセロナのFAD(芸術・デザイン振興協会)会長を務めた。
- ロナン&エルワン・ブルレック(Ronan & Erwan Bouroullec)
- パリを拠点とするフランスのデザイナー兄弟。Losanges、Lattice、Blur、Doblecara各コレクションを制作。古代のキリム技法を用いた幾何学的構成で、ラグデザインに新たな視座をもたらした。
- ハイメ・アジョン(Jaime Hayon)
- スペイン出身のデザイナー・アーティスト。Hayon x Nani、Silhouette、Troupeコレクションを展開。遊び心と詩情に富んだイラストレーションでラグにアートの息吹を吹き込んでいる。
- エドゥアルド・チリーダ(Eduardo Chillida)
- 20世紀スペインを代表する彫刻家(1924〜2002年)。没後、その芸術遺産をラグに翻案したChillidaコレクションが制作された。Figura Humana、Dibujo Tinta、Collage、Manos、Gravitaciónなどの作品がラグとして再解釈されている。
- エリサ・パドロン(Elisa Padrón)
- カナリア諸島出身のデザイナー。ブランドの代表作Tresコレクションをナニ・マルキナと共同で開発した。現在はインハウスデザインチームのディレクターを務め、Shadeなどのコレクションも手がけている。
- マティアス・ハーン(Mathias Hahn)
- ドイツ出身のデザイナー。色彩のレイヤリングをテーマとしたCapasコレクションを制作。伝統的なキリム技法への深い理解に裏打ちされたデザインアプローチに定評がある。
- その他の著名コラボレーター
- ロン・アラッド、イルセ・クロフォード、ネリ&フー、ドーシ・レヴィエン、マシュー・ヒルトン、ホアキン・ルイス・ミジェ、サンティ・モイス、ミルトン・グレイサー、ハビエル・マリスカル、アリアドナ・ミケルなど、建築、プロダクトデザイン、アートの各分野から多彩な才能が参画している。
受賞歴と評価
- スペイン国家デザイン賞(Premio Nacional de Diseño、2005年)
- カンブラ経営賞(Premi Cambra a la Gestió Empresarial、2005年)
- FIDEM女性起業家賞(2007年)
- マンハッタン商工会議所 国際女性起業家チャレンジ賞
- Red Dot Design Award(Topissimo コレクション、2003年)
- Good Design Award(Topissimo コレクション、2004年 シカゴ・アテネウム美術館)
- International Good Design Award(Tresコレクション)
- IDQ製品品質賞(2003年)
- ADI-FAD Delta Awards 各コレクションでの選定・ノミネーション多数
- カタルーニャ州国家文化賞
- Climate Neutral認証取得(ラグ業界初、2022年)
- ニューヨーク近代美術館(MoMA)ミュージアムショップでの取り扱い(1989年〜)
- サローネ・デル・モビレ、ジュネーブ国連本部等での展示実績
基本情報
| ブランド正式名 | nanimarquina(ナニ・マルキナ) |
|---|---|
| 設立 | 1987年 |
| 創業者 | ナニ・マルキナ(Elena "Nani" Marquina、1952年バルセロナ生まれ) |
| 現経営者 | マリア・ピエラ・マルキナ(Maria Piera Marquina、マネージング・ディレクター) |
| 本社所在地 | スペイン・バルセロナ |
| 海外拠点 | ニューヨーク(2014年開設) |
| 生産拠点 | インド、パキスタン、ネパール |
| 主な事業領域 | コンテンポラリーラグ、プフ、クッション、タペストリー等のテキスタイル製品 |
| 販売拠点数 | 世界45カ国以上、400超の販売ポイント |
| 認証 | Climate Neutral認証(ラグ業界初) |
| 提携団体 | Care & Fair(2002年〜) |
| 公式サイト | https://nanimarquina.com |