Mono(モノ)

Monoは、ドイツ・メットマンの金属食器メーカーである。1895年にWilhelm Seibelが創業した金属製品の工場を母体とし、1959年に設計者Peter Raackeが手がけたカトラリーの発表を起点としてこの名が用いられるようになった。装飾を持たない断面と、手作業を主とする製造工程を特徴とする。現在もSeibel家による同族経営が続き、メットマンの自社工房で製造が行われている。

事業と製造の実体

Monoの製造を規定しているのは、金属の板材から食器を成形する工程である。一本の匙や叉が完成するまでには30を超える工程を要し、その多くが手作業による。成形には最大280トンの圧力をかける螺子式の圧搾機が用いられ、その後研磨の工房で仕上げられる。

1959年のカトラリーは、柄の断面を一定に保ち、匙や叉の部分へ連続的に厚みを変える構成を採る。装飾を持たないため、断面の変化と表面の仕上げがそのまま製品の性格になる。発売当初は「質素すぎる」「ただの金属板」と評され、販売は伸びなかった。1973年にドイツ連邦の設計に関する賞を受けたことが転機となっている。

茶器では素材の調達先が製品ごとに定められている。耐熱のホウケイ酸ガラスはマインツから、茶漉しのステンレスの網はドルステンの専業メーカーから調達される。輸送の距離を抑える構成にあたる。

自社での生産比率は高く、約28名の職人が手作業を主とする製造を担う。梱包には分別できる再生素材が用いられる。

沿革

金属製品の工場として

1895年、Wilhelm Seibel 1世がノルトライン=ヴェストファーレン州メットマンに金属製品の工場を創業した。四つ葉のクローバーを記号とし、四枚の葉は四人の息子に対応する。1911年にはヘッセン州ツィーゲンハインに工場を開設している。

1936年のベルリン五輪に際して製作されたカトラリーは、選手村で用いられたのち一般にも販売された。

Mono Aの発表

第二次世界大戦後、二つの工場は受注に支えられ従業員は約1,000名に達した。1950年代に入ると安価な輸入品との競争により売上が落ち、人員の削減を余儀なくされている。メットマンの工場は合併を経て解散した。

この状況で、ツィーゲンハイン工場を率いていた第3世代のHerbert Seibelが、カッセル造形大学の設計者Peter Raackeに新しいカトラリーの開発を依頼した。1959年に発表されたのがモノ-A カトラリーである。従来の装飾的なカトラリーとは異なる構成を採ったため、当初の評価は厳しかった。

1962年にはRaackeによる別の系列が発表された。1973年にドイツ連邦の設計に関する賞を受けたのち、評価と売上が伸びている。

現在

現在はメットマンの自社工房で製造が行われ、Seibel家による同族経営が続いている。カトラリーに加えて茶器や調理具を扱う。

ニューヨーク近代美術館はPeter Raackeが同社のために手がけた製品を5点所蔵している。1965年の調理具の一組(収蔵番号2239.1967.1-11)、1966年のカトラリー(2240.1967.1-4、2241.1967.1-4、2281.2001.1-4)、1971年の栓抜き(55.1972)である。

デザイナーとの協働

Monoの製品開発は、外部の設計者との協働によって進む。金属の板材を成形する工程の条件が形を規定するため、設計案は圧搾と研磨の可否と並行して検討される。

中心となった設計者はPeter Raackeで、1959年のカトラリーをはじめ複数の製品を手がけた。

主な製品群

モノ-A カトラリーは1959年発表のカトラリーである。柄の断面を一定に保ち、匙や叉の部分へ連続的に厚みを変える構成を採る。装飾を持たない。

このほか、1962年発表の系列、茶器、調理具を扱う。

基本情報

ブランド名 Mono(モノ)
母体の創業 1895年(Wilhelm Seibel 1世による金属製品の工場)
ブランドの起点 1959年(Peter Raackeによるカトラリーの発表)
本社・生産拠点 ドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州メットマン
企業形態 非上場(Seibel家による同族経営)
事業内容 カトラリー・茶器・調理具の設計、製造および販売
公式サイト https://mono.de

Reference

The Museum of Modern Art - Collection(収蔵データ)
https://github.com/MuseumofModernArt/collection
Mono - 公式サイト
https://mono.de