モンディーン ― スイスの正確さと美意識を腕に宿す時計ブランド
スイス全土約3,000カ所の鉄道駅プラットフォームに掲げられた時計――白い文字盤に映える赤い秒針が、列車の定刻発車を支え続けてきたその姿を、一度でもご覧になった方は少なくないだろう。モンディーン(Mondaine)は、1944年に誕生したスイス国鉄の公式駅時計「レイルウェイ ステーションクロック」のデザインを正式にライセンスし、腕時計およびインテリアクロックへと昇華させたスイスの時計ブランドである。
1951年にエルヴィン・ベルンハイムによって設立されて以来、モンディーンは一貫して「機能美」と「視認性」を設計思想の根幹に据えてきた。バウハウスの精神を受け継ぐミニマリズム、スイスの精密技術、そして近年では業界に先駆けたサステナビリティへの取り組みにより、単なる時計メーカーの枠を超え、スイスデザインの象徴的存在として国際的な評価を確立している。
ブランドの特徴・コンセプト
モンディーンのブランド哲学は、「形態と機能の完全なる調和」という一語に集約される。その源流は、スイス連邦鉄道(SBB)のエンジニアであったハンス・ヒルフィカーが設計した駅時計にある。数字を排した白い文字盤、太く明瞭なバーインデックス、そして列車発車係の信号灯を模した赤い円盤付き秒針という、徹底的に削ぎ落とされたデザインは、遠方からでも瞬時に時刻を読み取れる合理性と、時代を超越する美しさを兼ね備えている。
Stop to Go ― 時を止めるメカニズム
モンディーンの時計を最も特徴づけるのが、「Stop to Go(ストップ・トゥ・ゴー)」と呼ばれる独自の秒針機構である。秒針が約58秒で文字盤を一周した後、12時位置で約2秒間静止し、その間に分針が1分進む。この動きは、スイス国鉄の駅時計が中央マスタークロックからの電気信号を受けて全国の時計を同期させる仕組みを忠実に再現したものであり、モンディーンはこの機構を腕時計用に独自開発したクォーツムーブメント「Cal. 58-02 stop2go」によって実現した。静止する秒針は、見る者に一瞬の静寂と時の尊さを感じさせ、スイスの鉄道文化が培った精密性への敬意を体現している。
バウハウスの系譜に連なるミニマリズム
モンディーンのデザインは、20世紀モダンデザインの潮流と深い繋がりを持つ。ヒルフィカーが1944年に設計した駅時計は、アールヌーヴォー期の装飾的な時計とは一線を画す、徹底したミニマリズムの産物であった。白地に黒の幾何学的なインデックス、先端に向かって優美に細くなる針、そして赤い秒針というコントラストは、バウハウスが提唱した「形態は機能に従う」という理念の見事な具現化である。ロンドンのデザインミュージアムとニューヨーク近代美術館(MoMA)の双方が20世紀デザインの代表例として収蔵していることが、その普遍的価値を証明している。
サステナビリティへの先駆的取り組み
モンディーンは、時計業界におけるサステナビリティの先駆者としても高い評価を受けている。2020年以降、モンディーングループは温室効果ガスプロトコルのスコープ1・2・3すべてにおいてカーボンニュートラルを達成した、世界初の包括的CO₂中立時計ブランドの一つとなった。スイス・ビーベリストの自社工場では太陽光発電システムにより電力需要の約80%を再生可能エネルギーで賄い、ジャストインタイム生産方式によって廃棄物の最小化を図っている。さらに、イタリアのVegea社と提携し、ワイン醸造の副産物であるブドウの皮や茎から作られるヴィーガンレザーをストラップに採用するなど、素材革新にも積極的に取り組んでいる。2021年のマリ・クレール サステナビリティ・アワードでは、カーボンフットプリント・イニシアチブが高く評価され、エッセンスコレクションが「ベスト・サステナブル・ウォッチ・コレクション」を受賞した。
ブランドヒストリー
前史:スイス国鉄駅時計の誕生(1944年)
モンディーンの物語は、同社の設立よりも前に始まる。1944年、スイス連邦鉄道のエンジニアであったハンス・ヒルフィカー(1901〜1993年)は、全国の駅で統一的に使用する新たな時計の設計を任された。正確な列車運行のため、どの駅からでも瞬時に時刻を判読でき、全駅の時計が完全に同期する仕組みが求められた。ヒルフィカーは、白い文字盤に数字を使わず黒いバーインデックスのみで時刻を示すという、当時としては革新的なミニマルデザインを創出した。1953年には、列車発車係が用いる赤い信号灯を模した円盤付きの赤い秒針が追加され、現在知られる姿が完成する。この時計は時計メーカーのモーザー=ベア社(Moser-Baer AG)によって製造され、スイス全土の鉄道駅に設置された。
モンディーンの創業と発展(1951年〜1985年)
1951年、エルヴィン・ベルンハイムがスイス時計の輸出販売を目的として会社を設立した。当初は他社製の時計を輸出する商社であったが、やがて自社製造へと舵を切る。1970年代にはヒューズ・エアクラフト社との協働により世界初のLED式デジタル時計の開発に携わり、BBC/ABBグループとともにLCD時計の製造にも参画した。さらに、アナログとデジタルの両表示を備えた世界初のソーラークォーツ時計を発表するなど、技術革新の分野で先駆的な役割を果たした。スイス・ビーベリストに子会社レモンタAG(Remonta AG)の工場を建設し、レバー式時計の自社生産体制を確立したのもこの時期である。
スイス国鉄との独占ライセンス契約(1986年)
モンディーンの歴史における最大の転機は、1986年のスイス連邦鉄道との独占ライセンス契約である。創業者の息子であるアンドレ・ベルンハイムとロニー・ベルンハイムは、ヒルフィカーが設計した駅時計のデザインを腕時計へと展開するという着想を得た。こうして誕生した「スイス国鉄オフィシャルウォッチ」は、駅時計の特徴的な文字盤デザインと赤い秒針を忠実に再現し、モンディーンの名を世界に知らしめることとなった。
グローバル展開と革新の時代(1990年代〜現在)
1990年代以降、モンディーンは着実にコレクションを拡充し、国際的なプレゼンスを高めてきた。1994年にはチューリッヒ中央駅に高さ4メートルの巨大なスイス国鉄時計「モンディーン・ミーティングポイント」を設置し、一日約30万人が行き交う駅の象徴的な待ち合わせ場所となった。2001年にはEvoラインを発表し、2006年にはアメリカの軍用時計ブランド、ルミノックスの株式50%を取得(2016年に完全子会社化)。2012年にはApple社がiOS 6のiPad時計アプリにスイス国鉄時計のデザインを無断で使用したことが国際的な話題となり、スイス国鉄時計のデザインアイコンとしての地位を改めて世界に印象づけた。2013年にはStop to Go機構を腕時計に搭載した「stop2go」コレクションを発表、2014年にはスイスの代表的書体ヘルベチカに着想を得た「Helvetica No1」コレクションを世に送り出した。2020年以降は包括的カーボンニュートラルを達成し、ヴィーガンレザーの全面導入など、サステナビリティを経営の柱として確立している。
主なコレクションとその特徴
Classic(クラシック)
1986年のスイス国鉄ライセンス取得以来続くモンディーンの原点ともいうべきコレクションである。駅時計のオリジナルデザインに最も忠実なモデルで、ステンレススチール製ケース、クリーンなライン、そして特徴的な赤い秒針が構成要素となる。近年はすべてのレザーストラップがヴィーガングレープレザーに置き換えられ、サステナビリティへの配慮が加えられている。
stop2go(ストップ・トゥ・ゴー)
2013年に発表された、モンディーンの技術的頂点を示すコレクション。秒針が58秒で文字盤を一周し、12時位置で2秒間静止した後に分針がジャンプするという、スイス国鉄駅時計の独自機構を腕時計で完全に再現した。専用クォーツムーブメント「STEM Stop2Go」を搭載し、BackLight技術やSuper-LumiNova®を組み合わせることで、暗所での視認性も確保している。腕時計に加え、Wi-Fi対応のウォールクロックもラインナップに加わっている。
evo2(エヴォ2)
2001年発表のEvoラインを進化させたコレクション。バウハウスの精神を受け継ぐミニマルなデザインを維持しつつ、より流麗で有機的な曲線をケースに取り入れた。シームレスなケース形状とわずかに丸みを帯びたフォルムが手首へのフィット感を高め、サファイアクリスタルが象徴的な文字盤を保護する。日常使いに最適なモンディーンの中核モデルである。
Helvetica No1(ヘルベチカ No1)
2014年に発表された、モンディーン初のスイス国鉄時計デザインに依拠しないコレクション。スイスを代表する書体「ヘルベチカ」の精神――控えめでありながら確固たる存在感、効率性と時代を超越する美――を時計のデザイン言語へと翻訳した意欲作である。インダストリアルデザイナーのマーティン・ドレクセルが設計を担当し、ヘルベチカの数字「1」をラグの造形に取り入れるなど、タイポグラフィとプロダクトデザインの融合が随所に見られる。Light、Regular、Boldの3つのウェイトで展開され、2017年には世界的タイポグラファーのエリック・シュピーカーマンとのコラボレーションによる特別エディションも発表された。
essence(エッセンス)
モンディーンのサステナビリティ哲学を最も体現するコレクション。ケースにはヒマシ油(Rizinus)由来の再生可能素材、ストラップには天然ゴム、パッケージにはリサイクルPETボトルを使用するなど、環境配慮型の素材で構成される。駅時計の象徴的なデザインコードは維持しつつ、モンディーン史上最も薄型のモデルを実現した。2021年のマリ・クレール サステナビリティ・アワードにおいて「ベスト・サステナブル・ウォッチ・コレクション」を受賞している。
Simply Elegant(シンプリー エレガント)
「控えめな優雅さ」を体現するコレクション。クラシックコレクションの象徴的なデザインを継承しながら、より洗練されたプロポーションとスリムなケースで、フォーマルからカジュアルまで幅広いシーンに対応する。印象的でありながら過度に主張しない、モンディーンの美学を凝縮したモデルである。
ウォールクロック・テーブルクロック
モンディーンのインテリアクロックは、駅時計のデザインを家庭空間やオフィス空間へと展開したプロダクトである。マグネットクロック(50mm)、テーブルクロック(125mm)、ウォールクロック(250mm、400mm)と多彩なサイズを揃え、ブラッシュ仕上げのアルミニウムケースに硬質ミネラルガラスを組み合わせた堅牢な構造を持つ。ホワイト、ブラック、レッドを基調とするカラーバリエーションがあり、モダンからトラディショナルまであらゆるインテリアスタイルに調和する。Wi-Fi対応のstop2goウォールクロックも展開されており、デジタル技術との融合も進んでいる。
主なデザイナー・関係者
ハンス・ヒルフィカー(Hans Hilfiker, 1901〜1993年)
スイスのエンジニア兼デザイナー。チューリッヒ連邦工科大学で電気・通信工学を修め、1932年よりスイス連邦鉄道の建設部門に勤務した。1944年にスイス国鉄駅時計の初期デザインを完成させ、1953年に赤い信号灯型秒針を追加して現在の姿とした。駅時計のほか、ヴィンタートゥール=グリューツェ駅のプラットフォーム屋根、ガントリークレーン、チューリッヒ駅の時刻表プロジェクターなど、多くのインフラ設備を設計した。1958年から1968年にかけてはテルマ社(後のエレクトロラックス)の取締役としてシステムキッチンの概念を確立し、スイスのキッチン標準規格SINK(55cm幅)の基礎を築いた。スイスデザインの先駆者として、チューリッヒのデザインミュージアムで特別展が開催されるなど、その業績は高く評価されている。
ベルンハイム家
モンディーンの創業と発展を牽引した一族。創業者エルヴィン・ベルンハイムは1951年にスイス時計の輸出事業を開始し、その後の自社製造体制の確立に尽力した。息子のアンドレ・ベルンハイムとロニー・ベルンハイムは、スイス国鉄駅時計のデザインを腕時計に展開するという画期的な構想を実現し、1986年のライセンス契約を主導した。現在もアンドレ・ベルンハイムがモンディーン・ウォッチ社の取締役会会長を務め、家族経営の伝統を守りながらサステナビリティを経営の中核に据える方針を掲げている。
マーティン・ドレクセル(Martin Drechsel)
インダストリアルデザイナー。2014年発表のHelvetica No1コレクションのデザインを担当し、スイスを代表する書体ヘルベチカの造形的特質を時計のデザイン言語へと翻訳した。日付窓の配置をタイポグラフィに合わせてずらし、ヘルベチカの数字「1」をラグの形状に取り入れるなど、書体とプロダクトデザインの融合を実現した。
エリック・シュピーカーマン(Erik Spiekermann)
ドイツ出身の世界的タイポグラファー兼情報アーキテクト。2017年にモンディーンとのコラボレーションにより、Helvetica No1の特別エディション「Helvetica Erik Spiekermann Collection」を手がけた。Light、Regular、Boldの各モデルに赤いアクセントを加え、ケースバックにはシュピーカーマンの署名が刻まれるなど、タイポグラフィと時計デザインの創造的対話を深めた作品として評価されている。2017年のベルリンデザインアワードでゴールドを受賞した。
モンディーングループの構成
モンディーン・ウォッチ社は、複数のブランドを傘下に持つモンディーングループの中核企業である。グループのブランドポートフォリオは以下の通りである。
- Mondaine(モンディーン)
- ミニマルデザインとスイスメイドの品質、サステナビリティを重視するウォッチラバーのための中核ブランド。
- Luminox(ルミノックス)
- 2006年に株式50%を取得、2016年に完全子会社化。米海軍特殊部隊SEALsの協力のもと開発された自発光時計で知られ、法執行機関、ファーストレスポンダー、アウトドア愛好家に支持されている。独自素材CARBONOX™やトリチウム発光技術を特徴とする。
- M-WATCH(エムウォッチ)
- スイスの小売大手ミグロと連携して展開される、手頃な価格のスイスメイドウォッチブランド。スイス国内で500万本以上を販売した実績を持つ。
- Pierre Cardin(ピエール・カルダン)
- フランスのファッションブランド、ピエール・カルダンのライセンスのもと、パリのトレンドとスイスの時計製造技術を融合したファッションウォッチを展開する。
基本情報
| ブランド正式名 | モンディーン / Mondaine |
|---|---|
| 設立 | 1951年 |
| 創業者 | エルヴィン・ベルンハイム(Erwin Bernheim) |
| 現経営者 | アンドレ・ベルンハイム(André Bernheim)、ロニー・ベルンハイム(Ronnie Bernheim) |
| 本社所在地 | スイス、シュヴィーツ州ペフィコン(Pfäffikon, Schwyz) |
| 工場所在地 | スイス、ゾロトゥルン州ビーベリスト(Biberist, Solothurn) |
| 主要カテゴリ | 腕時計、ウォールクロック、テーブルクロック、アクセサリー |
| 日本国内代理店 | DKSHマーケットエクスパンションサービスジャパン株式会社 |
| 公式サイト(グローバル) | https://mondaine.com/ |
| 公式サイト(日本) | https://mondainewatch.jp/ |
| 公式サイト(グループ) | https://www.mondaine-group.com/ |