ユンハンス|Junghans
ユンハンスは、1861年にドイツ南西部バーデン=ヴュルテンベルク州シュランベルクにて創業した、世界有数の歴史を誇る時計製造会社である。黒い森(シュヴァルツヴァルト)の麓という時計産業の聖地に根ざし、1903年には従業員3,000名を擁する世界最大の時計工場へと成長を遂げた。その卓越した技術力は、1956年にはロレックス、オメガに次ぐ世界第3位のクロノメーター製造者としての地位を確立するに至る。
ユンハンスの名を世界のデザイン史に刻んだのは、バウハウス出身の芸術家マックス・ビルとの協働である。1956年に誕生した滴形のキッチンクロックは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久コレクションに収蔵され、機能美の極致として今なお輝きを放つ。また、1990年に発表した世界初の電波腕時計「MEGA 1」は、時計技術の新たな地平を切り拓いた革新として、ロンドン科学博物館にその足跡を留めている。
伝統と革新を両輪とし、精緻なクラフツマンシップと先見性あるデザイン哲学を融合させてきたユンハンス。その時計とクロックは、単なる計時器具を超え、空間に静謐な美をもたらすインテリアの芸術品として、世界中のデザイン愛好家から敬愛されている。
ブランドの特徴とコンセプト
バウハウスの精神を継承する機能美
ユンハンスのデザイン哲学の核心には、バウハウスが提唱した「形態は機能に従う」という理念が息づいている。装飾を排し、必要な要素のみを研ぎ澄まされた形で提示する姿勢は、マックス・ビルとの協働を通じてブランドDNAとして確立された。文字盤の視認性、針の形状、ケースのプロポーション——すべてが合理性と美の調和のもとに設計されている。
ドイツ精密工学の結晶
「Made in Germany」の誇りを胸に、ユンハンスは今日もシュランベルクの地で時計製造を続けている。自社開発のムーブメントから外装の仕上げに至るまで、熟練した職人たちの手によって一貫した品質管理が行われる。1985年に世界初の電波式置き時計を、1990年には世界初の電波腕時計を発表するなど、伝統的な機械式技術と最先端のエレクトロニクス技術の融合においても先駆的な役割を果たしてきた。
時を刻む建築——テラッセンバウ
ユンハンスの精神を象徴するのが、1916年から1918年にかけて建設された「テラッセンバウ(段丘式建築)」である。シュトゥットガルトの建築家フィリップ・ヤコブ・マンツの設計による9層の階段状工場は、斜面を利用した革新的な構造により、すべての職人の作業台に自然光が届く設計となっている。世界で最も建築的に興味深い傾斜地産業建築の一つとして評価され、現在は時計博物館として公開されている。この建物こそ、機能性と美の融合というユンハンスの理念を体現する存在である。
ブランドヒストリー
創業期(1861年〜1900年)
1861年4月15日、エアハルト・ユンハンスは義兄ヤコブ・ツェラー=トブラーと共に、シュランベルクにて時計部品製造会社「ツェラー・ウント・ユンハンス」を設立した。当初は他の黒い森の時計職人向けに真鍮部品を供給していたが、1866年には自社ブランドの時計製造を開始。創業者エアハルトの死後、妻ルイーゼが経営を引き継ぎ、やがて息子のエアハルト・ジュニアとアルトゥールへと事業は受け継がれた。
特にアルトゥール・ユンハンスは、アメリカで学んだ先進的な大量生産技術を導入し、高品質ながら手頃な価格の時計を市場に送り出すことに成功。1890年には現在も使用される8つの尖端を持つ星形ロゴ——歯車を象徴するデザイン——を商標登録した。
世界最大の時計工場へ(1900年〜1945年)
1903年、ユンハンスは従業員3,000名以上、年間生産数300万個を超える世界最大の時計工場となった。1912年には腕時計用の夜光塗料を早期に採用し、1927年からは本格的な腕時計製造を開始。1920年代後半にはアメリカスタイルの目覚まし時計生産により急成長を遂げ、1930年代の「マイスター」シリーズは、調和のとれたプロポーションと高精度ムーブメントで評価を確立した。
戦後の革新とマックス・ビル(1945年〜1990年)
第二次世界大戦後、ユンハンスは1946年に革新的なクロノグラフムーブメントJ88を開発。1950年代には精密ムーブメントの開発に注力し、1951年にはドイツ最大、1956年には世界第3位のクロノメーター製造者となった。
1956年、バウハウス出身の芸術家マックス・ビルとの歴史的な協働が始まる。ウルム造形大学の学生たちと共に設計された「キッチンクロック」は、バウハウスの理念を体現する傑作として、ニューヨーク近代美術館の永久コレクションに収蔵された。1961年からは腕時計デザインにも着手し、その洗練されたタイポグラフィと極限まで削ぎ落とされた造形は、今日まで続くユンハンスの美的基準を確立した。
1971年にドイツ初のクォーツ時計を発表し、1972年にはミュンヘンオリンピックの公式計時を担当。史上初のカラー写真判定システムを導入するなど、スポーツ計時技術においても革新をもたらした。
電波時計のパイオニア(1985年〜現在)
1985年、ユンハンスは世界初の量産型電波式置き時計を発表。1990年には、ハルトムート・エスリンガー率いるフロッグデザインの協力のもと、世界初の電波腕時計「MEGA 1」を発売した。ストラップに内蔵されたアンテナでドイツの原子時計からの信号を受信するこの革新的な時計は、ロンドン科学博物館のコレクションにも収蔵されている。1993年にはソーラー充電機能を組み合わせた「メガソーラー」を、2004年には3大陸の電波を受信するマルチフリークエンシー電波時計を発表した。
2008年の経営危機を経て、2009年にシュランベルクの実業家ハンス=ヨッヘム・シュタイムとその息子ハネス・シュタイムが会社を買収。「マックス・ビル」「マイスター」シリーズを中心とした高品質な機械式時計への回帰と、電波ソーラー技術の継続的な発展により、ブランドは見事な復活を遂げた。
主なインテリア製品とその特徴
マックス・ビル キッチンクロック(Küchenuhr)
1956年、マックス・ビルがウルム造形大学の学生たちと共に設計した、ユンハンス史上最も象徴的なプロダクト。逆滴形のセラミックケースは、ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州のマジョリカ工房で手作業により製作される。淡いブルーの艶やかな釉薬仕上げは、1950年代の明るく親しみやすい家庭の雰囲気を体現している。
ビル自身が語った設計思想は明快である。「キッチンクロックは多くの家庭で唯一の壁掛け時計である。子どもたちに時間の読み方を教え、数字の順序を学ばせ、美しい食器のように明るく親しみやすいものであるべきだ」。文字盤下部に配された機械式タイマーは、料理時間の計測という実用的機能を優雅に統合している。
2021年、創業160周年を記念してオリジナルに忠実に復刻。クォーツムーブメントまたは電波ムーブメントを搭載し、機能性を現代に適合させながら、ビルのデザインの純粋性は完全に保持されている。
マックス・ビル ウォールクロック(Wanduhr)
1956年から1957年にかけて設計された壁掛け時計シリーズ。22cmと30cmの2サイズ展開で、文字盤はアラビア数字タイプとラインマーカーのみのタイプが用意される。サテン仕上げのアルミニウムケースに、ダイヤモンドカットを施した細いフロントリングが、デザインの明快さを一層引き立てる。
マックス・ビルは「できる限り中心的な機能性を持つ有用な物を創る」という理念のもと、一目で時間を読み取れる究極の視認性を追求した。文字盤に施された繊細なラインと、ビル自身がデザインした優美な書体の数字は、壁に掛けられた瞬間から空間に静謐な秩序をもたらす。
ニューヨーク近代美術館には、クロームメッキ仕上げの1957年製モデル(モデル32/0389)が永久収蔵されており、20世紀プロダクトデザインの金字塔として評価されている。
マックス・ビル テーブルクロック
2012年、マックス・ビルの1958年のオリジナルデザイン画に基づき製品化されたテーブルクロック。光学的な正方形のフォルムは、ビルが一貫して追求した調和のとれたプロポーションを体現している。ブラッシュ仕上げのアルミニウムリングとミネラルガラスに、ブラックピアノラッカー、ウォールナット、ホワイトサテンの3種の木製ケースを組み合わせた。
デスク、書棚、サイドボード——置かれる場所を選ばない普遍的な美しさは、バウハウスの「良いデザインは時代を超える」という信念の証左である。
ウド・シュルタイス デザイン キッチンクロック(331/9001)
1964年から65年にかけて、後にユンハンスのチーフデザイナーとなるウド・シュルタイスがシュトゥットガルト美術アカデミー在学中に設計したキッチンクロック。熱可塑性樹脂ルラン2を採用した世界初のキッチンクロックであり、取り外し可能なタイマーを備えた革新的な製品である。
パリ・ルーブル美術館、ニューヨーク近代美術館のデザイン展示に収蔵され、IFハノーファーおよびシュトゥットガルト・デザインセンターから受賞。構想からデザイン、モデル製作、プラスチック製の針の設計に至るまで、すべてがシュルタイスの署名を帯びた包括的なデザインプロジェクトであった。
主なデザイナー
マックス・ビル(Max Bill, 1908-1994)
スイス・ヴィンタートゥール出身の建築家、彫刻家、画家、グラフィックデザイナー、プロダクトデザイナー。1927年から29年にかけてデッサウのバウハウスでヨーゼフ・アルバース、ワシリー・カンディンスキー、パウル・クレー、ラースロー・モホイ=ナジらに師事。1951年にはウルム造形大学の共同創設者となり、1953年から56年まで初代学長を務めた。
「ウルム・スツール」をはじめとする家具デザイン、ポスター、彫刻など多岐にわたる創作活動を展開。「時間を忘れずに、できる限り時代を超越したものを」という言葉に表される設計哲学は、ユンハンスとの協働において結実した。祖父が時計職人であったことから時計への特別な愛着を持ち、幼少期に親しんだ壁掛け時計と懐中時計を基準に、あらゆる時計を評価していたという。
ハルトムート・エスリンガー(Hartmut Esslinger, 1944-)
ドイツ出身のプロダクトデザイナー。1969年にフロッグデザイン社を設立し、アップル社の「スノーホワイト」デザイン言語やソニー、ルイ・ヴィトンなど数多くの企業との協働で知られる。1990年に発表された世界初の電波腕時計「MEGA 1」のケースデザインを担当。非対称のケース形状とストラップに内蔵されたアンテナという未来的な造形は、クォーツ時代のデザインアイコンとして評価されている。
ウド・シュルタイス(Udo Schultheiss)
シュトゥットガルト美術アカデミーでヴァルネッケ教授に師事し、在学中に革新的なキッチンクロック(331/9001)を設計。後にユンハンスのチーフデザイナーとなり、プラスチック素材の可能性を追求した先駆的なデザインを多数手がけた。構想から設計、モデル製作までを一貫して行う統合的なアプローチは、ドイツ工業デザインの新たな方向性を示した。
基本情報
| 正式名称 | Uhrenfabrik Junghans GmbH & Co. KG |
|---|---|
| 旧社名 | Gebrüder Junghans AG |
| 創業 | 1861年4月15日 |
| 創業者 | エアハルト・ユンハンス(Erhard Junghans)、ヤコブ・ツェラー=トブラー(Jakob Zeller-Tobler) |
| 本社所在地 | ドイツ連邦共和国 バーデン=ヴュルテンベルク州 シュランベルク |
| 現オーナー | ハンス=ヨッヘム・シュタイム(Hans-Jochem Steim) |
| 公式サイト | https://junghans.de/ |
| 博物館 | ユンハンス・テラッセンバウ・ミュージアム(Junghans Terrassenbau Museum) |
受賞歴・功績
- 1903年:世界最大の時計工場となる(従業員3,000名超、年間生産300万個以上)
- 1956年:世界第3位のクロノメーター製造者(ロレックス、オメガに次ぐ)
- 1956年:マックス・ビル キッチンクロック、ニューヨーク近代美術館永久収蔵
- 1957年:マックス・ビル ウォールクロック、ニューヨーク近代美術館永久収蔵
- 1965年頃:ウド・シュルタイス キッチンクロック、IFハノーファー賞、シュトゥットガルト・デザインセンター賞受賞、ルーブル美術館・MoMA収蔵
- 1972年:ミュンヘンオリンピック公式計時担当(史上初のカラー写真判定システム導入)
- 1985年:世界初の量産型電波式置き時計発表
- 1990年:世界初の電波腕時計「MEGA 1」発表、ロンドン科学博物館収蔵
- 2004年:世界初のマルチフリークエンシー電波時計発表
現行コレクション
- max bill(マックス・ビル)
- バウハウスの巨匠マックス・ビルのデザインを継承するシリーズ。壁掛け時計、テーブルクロック、キッチンクロック、および腕時計を展開。ミニマルな美学と卓越した視認性を特徴とする。
- Meister(マイスター)
- 1930年代から続く伝統的なシリーズ。調和のとれたプロポーションと最高品質のムーブメントを組み合わせた、ユンハンスの職人技術の結晶。
- Form(フォルム)
- モダンでミニマルなデザインを追求したシリーズ。電波ソーラー技術を搭載したモデルも展開。
- 1972
- 1972年ミュンヘンオリンピック公式計時の歴史を記念したスポーティなコレクション。オリジナルの「オリンピック・ブルヘッド」クロノグラフのデザインを現代に継承。
- Pilot(パイロット)
- 航空計器の精密さと視認性を追求したパイロットウォッチコレクション。