ゲオルグ・イェンセン(Georg Jensen)
1904年、デンマーク・コペンハーゲンにて一人の銀細工職人が小さな工房を開いた瞬間から、北欧デザインの歴史は新たな章を刻み始めました。ゲオルグ・イェンセンは、彫刻家としての芸術的素養と銀細工師としての卓越した技術を融合させ、従来の装飾工芸の概念を根本から覆す革新的なクリエイションを世に送り出しました。創業から120年を超えた現在もなお、その精神は脈々と受け継がれ、ジュエリー、シルバーウェア、時計、ホームデコレーションの各分野において、機能性と芸術性を高次元で両立させた作品を創造し続けています。
ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙は創業者の訃報に際し、「過去300年間で最も偉大な銀細工師」と称賛しました。その評価は決して過去の栄光に留まることなく、世代を超えて革新を重ねるブランドの姿勢によって、今日においても揺るぎない地位を保っています。
ブランドの特徴・コンセプト
ゲオルグ・イェンセンの作品を貫く哲学は、「自然の中に見出される有機的な美しさ」と「日常に寄り添う機能性」の調和にあります。創業者自身が幼少期を過ごしたコペンハーゲン北部ラズヴァの森と湖の記憶は、果実、花弁、葉、蔓といった自然のモチーフとして作品に昇華され、ブランドの造形言語の基盤を形成しています。
アール・ヌーヴォー様式の流麗な曲線美を基調としながらも、過剰な装飾性を排した北欧特有の簡潔さを兼ね備えた独自のスタイルは、時代の潮流に左右されることなく、現代においても新鮮な魅力を放ち続けています。銀の表面に意図的に残されるハンマーの打痕、溝や窪みに施される酸化処理による陰影、そして琥珀、ムーンストーン、マラカイトといった半貴石の繊細な配置は、ゲオルグ・イェンセン作品に共通する美的特徴として広く認識されています。
また、創業当初から一貫して「外部の才能との協働」を重視する姿勢は、ブランドの革新性を支える重要な柱となっています。異なる分野の芸術家やデザイナーを迎え入れ、彼らの創造性に十分な自由を与えるこの伝統は、一世紀以上にわたって継承され、ブランドに常に新鮮な視点と革新的な表現をもたらしてきました。
ブランドヒストリー
ゲオルグ・アーサー・イェンセン(Georg Arthur Jensen)は1866年8月31日、コペンハーゲン近郊の小さな町ラズヴァにて、ナイフ研ぎ職人の息子として生を受けました。幼少期より近隣の湿地帯で採取した青粘土で小さな彫像を作り、地元の職人たちからその才能を賞賛されて育ちました。1880年、14歳にしてコペンハーゲンの金細工工房グルスメッド・アンデルセンに弟子入りし、1884年に職人資格を取得。その後、1887年にデンマーク王立美術アカデミーに入学し、テオバルド・シュタイン教授のもとで彫刻を学びました。
1892年にアカデミーを卒業した後、彫刻家として活動を開始するも、純粋美術のみで生計を立てることは困難を極めました。ビング&グレンダール磁器工場での造形師としての経験、1898年からの陶芸工房の運営を経て、1901年にモーエンス・バリンの銀細工工房に加わったことが、運命の転換点となりました。バリンはアーツ・アンド・クラフツ運動の理念に共鳴する芸術家であり、その影響のもとでイェンセンは独自のデザイン哲学を確立していきました。
1904年、37歳のイェンセンは僅かな資金を投じ、コペンハーゲン中心部ブレッドゲード通り36番地に自らの銀細工工房を開設しました。通りに面した小さなショーケースに並べられたシルバージュエリーは、たちまち人々の目を惹きつけ、注文が相次ぐようになります。1909年にはベルリンに初の海外店舗を開設、翌1910年のブリュッセル万国博覧会では金メダルを受賞し、国際的な評価を確立しました。
1915年、サンフランシスコで開催されたパナマ・パシフィック国際博覧会において出品作品がグランプリを受賞。新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストが展示品を全て買い上げたという逸話は、ブランドの名声を物語るエピソードとして語り継がれています。1921年にはロンドン、1924年にはニューヨーク五番街に店舗を開設し、グローバルブランドとしての地位を確立しました。
1935年10月2日、ゲオルグ・イェンセンは69歳でこの世を去りましたが、彼が築いた芸術的伝統と職人精神は、その後の経営者たちと優れたデザイナーたちによって継承・発展されていきました。戦後、アンダース・ホストルップ=ペーダーセンの指揮のもと、シグヴァルト・ベルナドッテ、ヘニング・コッペル、ナナ・ディッツェルといった才能あふれるデザイナーたちが次々と参画し、ブランドは新たな黄金期を迎えました。
1972年にロイヤルコペンハーゲンに買収され、後にロイヤルスカンジナビアグループの一員となりました。2012年にはインベストコープが買収、そして2023年12月、フィンランドを拠点とするフィスカース・グループが1億5,500万ユーロで取得し、新たな章が始まっています。本社は現在もコペンハーゲンのフレデリクスベア地区に位置し、かつてのロイヤルコペンハーゲン磁器工場跡地にて、約25名の熟練した銀細工職人が伝統の技を守り続けています。
主なプロダクトとその特徴
ブロッサム(Blossom)コレクション
1919年に創業者ゲオルグ・イェンセン自身がデザインした「ブロッサム」(別名マグノリア)は、ブランドを象徴するパターンとして今なお愛され続けています。木蓮の蕾をモチーフとした優美な造形は、アール・ヌーヴォー様式と日本美術の影響が見事に融合した傑作です。ティーポット、カトラリー、キャンドルホルダーなど幅広いアイテムに展開され、最初期のティーポットはオークションにおいて高値で取引される逸品となっています。
エイコーン(Acorn)コレクション
1915年、画家ヨハン・ロードによってデザインされたエイコーンパターンは、樫の実をモチーフとしたシルバーカトラリーの傑作です。ヨーロピアン・アーツ・アンド・クラフツ運動の理念を体現する有機的かつ時代を超越したデザイン言語は、ゲオルグ・イェンセンの初期における外部デザイナーとの協働の成功例として、ブランドの方向性を決定づけました。
ピラミッド(Pyramid)コレクション
1927年、ハラルド・ニールセンによってデザインされたピラミッドカトラリーは、1922年のツタンカーメン王墓発見に触発されたエジプト復興様式を反映しています。アール・デコ期の幾何学的造形と機能主義的美学を融合させたこのパターンは、創業者の自然主義的スタイルから新たな方向性を示す転換点となりました。
ベルナドッテ(Bernadotte)コレクション
スウェーデン王子シグヴァルト・ベルナドッテが1938年から39年にかけてデザインしたベルナドッテコレクションは、アール・デコと機能主義を見事に融合させた作品群です。直線的で抑制された装飾、フルーティングによるエレガントな陰影は、スウェディッシュ・モダンスタイルの先駆けとして高く評価されています。王族出身という異色の経歴を持つベルナドッテは、後に世界初の工業デザイナーの一人として認められるようになりました。
コッペル(Koppel)コレクション
彫刻家出身のヘニング・コッペルは1946年からゲオルグ・イェンセンとの協働を開始し、ブランドの造形言語に革新をもたらしました。1952年の「プレグナント・ダック(妊娠したアヒル)」ピッチャーに代表される有機的で流線型のフォルムは、厳格な機能主義と生命感あふれる造形の見事な融合として、デンマークデザインの象徴となっています。1978年にデザインされたウェザーステーション(気象計)は、ゲオルグ・イェンセンの最も有名なプロダクトの一つとして知られています。
AJカトラリー
1957年、20世紀を代表する建築家アルネ・ヤコブセンがデザインしたカトラリーは、コペンハーゲンのSASロイヤルホテルのために制作されました。極限まで装飾を排したミニマルなフォルムは、発表当時「革命的」と評され、モダンデザインの金字塔として今なお生産が続けられています。同ホテルのインテリアのためにデザインされた「エッグチェア」「スワンチェア」からインスピレーションを得たキャンドルホルダーも人気を博しています。
ヴィヴィアンナ(Vivianna)ウォッチ
1962年、スウェーデンの女性銀細工師ヴィヴィアンナ・トールン・ビューロー=ヒューベがパリ装飾美術館での展覧会のためにデザインした腕時計です。時刻の数字を排した鏡面仕上げの文字盤と、終わりのないバングル形状は、「時間に縛られない自由」という哲学を体現しています。パブロ・ピカソやビリー・ホリデイとも親交のあったトールンは、ゲオルグ・イェンセン初の時計を生み出し、ジュエリーとタイムピースの境界を超越する新たな領域を開拓しました。
コブラ(Cobra)コレクション
コンスタンティン・ヴォートマンによってデザインされたコブラコレクションは、発表と同時にデザインクラシックの地位を確立しました。重力に逆らうかのような流麗な曲線と官能的な優美さを持つキャンドルホルダーは、炎の揺らめきがミラーポリッシュの表面に反射することで、幻想的な空間を演出します。カトラリー、プレート、カップ、照明器具へと展開され、現代の北欧インテリアを象徴するアイコンとなっています。
カフ(Cafu)コレクション
デンマークのデザインデュオ、ホルムベック・ノーデントフトによるカフコレクションは、ヘニング・コッペルの彫刻的フォルムからインスピレーションを得た現代的な花瓶とボウルのシリーズです。ステンレススチール、手吹きガラス、24金メッキなど多様な素材で展開され、ミニマルでありながら存在感のある造形は、花を活けても単独でもインテリアのアクセントとして機能します。
ブルーム(Bloom)コレクション
デンマークの陶芸家ヘレ・ダンケアがデザインしたブルームコレクションは、北欧の自然景観から着想を得た有機的なフォルムが特徴です。花弁が優しく包み込むような曲線を持つキャンドルホルダーやボウルは、ミニマルでありながら温かみのある表情を見せます。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のコレクションにも収蔵されている「ブルームボウル」は、レッドドット・デザイン賞など数々の国際的な賞を受賞しています。
主なデザイナー
- ゲオルグ・イェンセン(Georg Jensen, 1866-1935)
- 創業者。彫刻家としての芸術的素養と銀細工師としての技術を融合させ、ブランドの美学的基盤を確立。ブロッサムパターンなど、自然のモチーフを用いた代表作を数多く残しました。
- ヨハン・ロード(Johan Rohde, 1856-1935)
- 画家であり、1906年に最初の外部デザイナーとして参画。1915年のエイコーンカトラリーは今なお生産される名作です。装飾を抑えた近代的フォルムを1920年代末に導入しました。
- ハラルド・ニールセン(Harald Nielsen, 1892-1977)
- ゲオルグ・イェンセンの義弟。1909年に見習いとして入社し、創業者の自然主義的スタイルからより様式化された機能的フォルムへの移行を主導。ピラミッドパターンの設計者。
- グンドルフ・アルベルタス(Gundorph Albertus, 1887-1970)
- 1930年に人気の「カクタス」パターンをデザイン。1941年には初のステンレススチール製カトラリーを手がけ、40年以上にわたりブランドの品質管理責任者を務めました。
- シグヴァルト・ベルナドッテ(Sigvard Bernadotte, 1907-2002)
- スウェーデン王子。1930年代から15年間で150点以上のホロウェアをデザイン。機能主義とエレガンスを融合させたベルナドッテパターンは現在も生産される定番です。
- ヘニング・コッペル(Henning Koppel, 1918-1981)
- 彫刻家出身。1946年から協働を開始し、有機的で流線型のフォルムでブランドに革新をもたらしました。ミラノ・トリエンナーレ、ルニング賞など数々の受賞歴を持ちます。
- ヴィヴィアンナ・トールン・ビューロー=ヒューベ(Vivianna Torun Bülow-Hübe, 1927-2004)
- スウェーデンの女性銀細工師。国際的に注目を集めた最初の女性銀細工師として知られ、1962年のヴィヴィアンナウォッチでゲオルグ・イェンセン初の時計を創出しました。
- アルネ・ヤコブセン(Arne Jacobsen, 1902-1971)
- デンマークを代表する建築家・デザイナー。1957年にSASロイヤルホテルのために革新的なカトラリーをデザインし、モダンデザインの傑作として評価されています。
- ナナ・ディッツェル(Nanna Ditzel, 1923-2005)
- 夫ヨルゲン・ディッツェルとともにジュエリーや家具をデザイン。戦後のゲオルグ・イェンセンに新風を吹き込んだデザイナーの一人です。
- マーク・ニューソン(Marc Newson, 1963-)
- オーストラリア出身の工業デザイナー。2015年に限定版シルバーティーサービスをデザインし、伝統的な銀細工に現代的解釈を加えました。
- ザハ・ハディド(Zaha Hadid, 1950-2016)
- イラク出身の建築家。2016年に発表されたラメラコレクションは、北京の望京SOHOビルから着想を得たジュエリーシリーズで、建築と装身具の境界を超える挑戦でした。
現代のコレクション
ゲオルグ・イェンセンは現在、ジュエリー、ウォッチ、ホームデコレーション、ダイニング、ファインシルバーウェアの5つのカテゴリーで製品を展開しています。ジュエリーコレクションには、フュージョン、ムーンライトグレープ、リフレクト、マーシー、オフスプリングなどがあり、18金ゴールドとスターリングシルバーを主素材として展開されています。2023年1月以降、新たに制作される全てのゴールドジュエリーには認証済みのリサイクルゴールドが使用されており、サステナビリティへの取り組みを示しています。
ホームコレクションでは、コブラ、ブルーム、カフ、ベルナドッテ、コッペル、マンハッタン、アルフレドなど多彩なシリーズを展開。キャンドルホルダー、花瓶、ボウル、フォトフレーム、時計など、北欧デザインの美学を日常空間に取り入れるためのアイテムを提供しています。ダイニングカテゴリーでは、歴史的なカトラリーパターンからモダンなバーアクセサリーまで幅広く揃い、ファインシルバーウェアでは熟練職人による手作りの銀製品が最高峰のクラフツマンシップを体現しています。
基本情報
| ブランド名 | ゲオルグ・イェンセン(Georg Jensen) |
|---|---|
| 創業年 | 1904年 |
| 創業者 | ゲオルグ・アーサー・イェンセン(Georg Arthur Jensen, 1866-1935) |
| 創業地 | デンマーク・コペンハーゲン ブレッドゲード通り36番地 |
| 本社所在地 | デンマーク・コペンハーゲン フレデリクスベア地区 |
| 親会社 | フィスカース・グループ(Fiskars Group)※2023年12月より |
| 主な製品カテゴリー | ジュエリー、ウォッチ、ホームデコレーション、ダイニング、ファインシルバーウェア |
| 日本国内店舗 | 銀座本店ほか |
| 公式サイト | https://www.georgjensen.com/ja-jp |