シリンダライン ─ アルネ・ヤコブセンが到達したステンレスの極致
シリンダラインは、デンマークを代表する建築家・デザイナーであるアルネ・ヤコブセンが、1967年にステルトン社のために設計したステンレス製テーブルウェアコレクションである。その名が示すように、すべてのアイテムが円筒形(シリンダー)を基本形状とし、装飾を一切排除した純粋な幾何学的フォルムが特徴である。発表から半世紀以上を経た今日においても生産が継続されており、20世紀を代表するテーブルウェアデザインとして、世界各地の美術館に収蔵されている。
特徴・デザインコンセプト
シリンダラインの設計思想は、「形態は機能に従う」というモダニズムの原則を、日用品の領域において徹底的に追求したものである。ヤコブセンは、円筒形という最も単純かつ普遍的な形状を選択し、そこに一切の装飾的要素を加えることなく、素材本来の美しさを最大限に引き出すことに注力した。
素材と製法
本コレクションに使用される素材は、18/8ステンレススチール(クロム18%、ニッケル8%を含有する合金)である。この素材は、耐腐食性と光沢の持続性において優れた特性を持ち、長期使用においても美観を損なうことがない。各アイテムは継ぎ目のない一体成形技術によって製造され、その滑らかな表面は工業製品としての精緻さと、工芸品としての美的完成度を両立させている。
ハンドルの設計
コーヒーポットやティーポットなどの把手部分には、黒色のABS樹脂が採用されている。この素材選択は、熱伝導を遮断するという機能的要請に応えるとともに、ステンレスの銀色と黒の対比によって視覚的なアクセントを生み出している。把手の形状は握りやすさを考慮しつつも、本体の円筒形と調和する直線的なデザインが採用された。
統一されたプロポーション
コレクションを構成する各アイテムは、単独での使用においても美しい佇まいを見せるが、複数を組み合わせて配置した際には、より一層の調和と統一感が現れる。ポット、ピッチャー、シュガーボウル、クリーマー、トレイ、アイスバケットなど、すべてのアイテムが同一のデザイン言語で語られており、テーブル上に展開される際には、ひとつの彫刻的なアンサンブルとして機能する。
開発の経緯
シリンダラインの開発は1964年に始まり、完成までに3年の歳月を要した。ステルトン社の創業者ペーター・ホルムブラッドは、同社の新たな方向性を模索するなかで、当時すでに国際的名声を確立していたヤコブセンにデザインを依頼した。ヤコブセンは、建築プロジェクトと並行してこのテーブルウェアの設計に取り組み、素材の選定から製造工程に至るまで、細部にわたる検討を重ねた。
開発過程において、ヤコブセンは従来のステンレス製品に見られた工業的な冷たさを払拭し、日常生活の中で温かみを感じられるプロダクトを目指した。その結果として生まれたのが、機能性と審美性が高次元で融合した本コレクションである。シリンダラインは、ステルトン社を一躍国際的なデザインブランドへと押し上げる契機となった。
代表的なアイテム
シリンダラインは、ティータイムやカクテルアワーを彩る多彩なアイテムで構成されている。発表当初から現在に至るまで、基本的なラインナップは維持されつつも、時代の要請に応じて新たなアイテムが追加されてきた。
- コーヒーポット
- コレクションを象徴するアイテムのひとつ。円筒形の本体に黒いABS樹脂の把手が取り付けられ、蓋にはつまみとして同素材の円形パーツが配されている。注ぎ口は本体から滑らかに突出し、液体を注ぐ際の流れを美しく演出する。
- カクテルシェイカー
- シリンダラインの中でも特に人気の高いアイテム。円筒形の本体と半球状の蓋で構成され、内部には取り外し可能なストレーナーが備わる。その端正なフォルムは、バーカウンターに置かれた際にも存在感を発揮する。
- アイスバケット
- 二重壁構造を採用し、断熱性能を確保している。蓋には持ち上げやすいよう円形のつまみが設けられ、付属のトングとともに使用される。
- サービングトレイ
- 円形のトレイは、縁がわずかに立ち上がった形状となっており、他のアイテムを載せた際の安定性と視覚的な統一感を両立させている。
評価と影響
シリンダラインは、発表直後から国際的な評価を獲得し、現代デザイン史において重要な位置を占めるに至った。その純粋な造形美は、スカンジナビアン・モダンの精髄を体現するものとして、世界中のデザイン愛好家から支持を受けている。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)をはじめとする主要な美術館のパーマネントコレクションに収蔵されていることは、本コレクションの美術的価値の高さを証明している。また、発表から50年以上が経過した現在においても、オリジナルのデザインを忠実に継承しながら生産が継続されていることは、その普遍性と時代を超えた魅力の証左である。
シリンダラインの成功は、日用品のデザインにおいても芸術的完成度を追求することの可能性を示し、後続のデザイナーたちに大きな影響を与えた。ステンレス製テーブルウェアというジャンルにおいて、本コレクションが確立した美学的基準は、今日においてもなお参照され続けている。
受賞歴
- 1967年 IDプライズ(デンマーク・デザイン賞)受賞
IDプライズは、デンマークにおける最も権威あるデザイン賞のひとつであり、シリンダラインは発表年にこの栄誉に輝いた。この受賞は、本コレクションがデンマーク・デザインの伝統を継承しつつも、新たな地平を切り開いたことへの評価であった。
基本情報
| 名称 | シリンダライン / Cylinda Line |
|---|---|
| デザイナー | アルネ・ヤコブセン / Arne Jacobsen |
| 発表年 | 1967年 |
| メーカー | ステルトン / Stelton(デンマーク) |
| 素材 | 18/8ステンレススチール、ABS樹脂(把手部分) |
| カテゴリー | テーブルウェア / キッチンウェア |
| 収蔵 | ニューヨーク近代美術館(MoMA)ほか |