レ・ザルク チェアは、20世紀を代表するフランスの建築家・デザイナーであるシャルロット・ペリアンが、1960年代後半にフランスアルプスのスキーリゾート「レ・ザルク」のために選定した椅子である。管状クロームメッキスチールのフレームとコニャック色のサドルレザーシートを組み合わせた簡潔なデザインは、モダニズムの機能美を体現しながら、山岳地での実用性を追求した傑作として、今日まで高い評価を受けている。
この椅子は、1967年から1982年にかけて展開されたペリアンの最大規模の建築プロジェクト「レ・ザルク スキーリゾート」の一環として導入された。イタリアの家具メーカー、ダル・ヴェラ社によって製造されたこの椅子は、スタッキング可能な構造により、限られた空間での効率的な収納を可能にし、大規模なリゾート施設における家具計画の要件を見事に満たした。
特徴・コンセプト
機能主義の具現化
レ・ザルク チェアの本質は、ペリアンが生涯貫いた機能主義の思想にある。管状スチールフレームの採用は、軽量性と堅牢性を同時に実現し、スタッキング機能によって省スペース性を確保した。厚みのあるサドルレザーのシート・バックレストは、レザーストラップと金属ハードウェアでフレームに固定され、長時間の使用にも耐える快適性を提供する。この構造的合理性は、ペリアンが椅子を「座るための機械」と呼んだ理念を忠実に体現している。
大衆化と民主主義的デザイン
レ・ザルク プロジェクトは、第二次世界大戦後のフランスにおける有給休暇制度の拡大を背景に、かつて富裕層の特権であったスキーを中産階級にも開放することを目的としていた。ペリアンは3万人を収容する大規模リゾートの設計において、標準化と大量生産による良質な住環境の提供を志向した。レ・ザルク チェアは、この民主化の理念を象徴する家具であり、工業生産による高品質と手頃な価格の両立を目指した。
素材の対比と美的調和
クロームの冷たい工業的輝きと、経年変化によって豊かなパティナを獲得するコニャックレザーの温かみ。この二つの相反する素材の対比は、レ・ザルク チェアに独特の美的緊張感をもたらしている。ペリアンは鉄鋼などの工業素材と木材や皮革といった自然素材を組み合わせることで、モダニズムの冷徹さを和らげ、人間的な温もりを空間にもたらすことを常に心がけた。レ・ザルク チェアは、この素材の対話を最も端的に示す作品の一つである。
エピソード
アルプスの理想郷建設
1967年、64歳のペリアンは、サヴォワ地方の標高1600メートル、1800メートル、2000メートルの三つの高度に展開するスキーリゾートの総合設計を任された。これは彼女のキャリアにおける集大成となる壮大なプロジェクトであった。「私は常に統合を提唱してきました。建築・設備・環境の統合です。それは常に存在する壮麗な山の風景と調和する、内部空間の体積性を重視するものです」と彼女は語っている。レ・ザルク チェアは、この包括的ビジョンの中で、4500戸以上の宿泊施設のインテリアを構成する重要な要素として選定された。
製造者ダル・ヴェラとの協働
椅子の製造を担ったダル・ヴェラ社は、1884年にアントニオ・ダル・ヴェラによってイタリア・ヴェネト州コネリアーノで創業された老舗家具メーカーである。同社は20世紀半ばに隆盛を極め、バンブー、ラタン、革、ガラスなどの多様な素材を用いた家具製作で知られていた。ペリアンは、ダル・ヴェラ社の持つ高い製造技術と品質管理能力を評価し、レ・ザルクのために大量の椅子を発注した。この協働は、デザイナーの理念と製造者の技術が融合した成功例として記憶されている。
環境への配慮と建築の統合
レ・ザルク プロジェクトの総合責任者として、ペリアンは建築物を斜面に寄り添わせ、自然景観への影響を最小限に抑える設計を追求した。「処女地に建設するには、大いなる謙虚さが必要です」とペリアンのチームメンバーであったギ・レイ=ミレは述べている。階段状に配置された建物群は、各アパルトマンに平等な日照と眺望を確保し、レ・ザルク チェアをはじめとする家具は、この開放的で山と一体化した居住空間の中で使用されることを前提にデザインされた。車を排除した歩行者専用のリゾート計画は、当時としては先駆的な環境配慮の取り組みであった。
評価
レ・ザルク チェアは、シャルロット・ペリアンの家具デザインにおける実用主義と美的洗練の統合を示す重要な作品として、デザイン史上高く評価されている。2018年にファイドン社から刊行された『Chair: 500 Designs that Matter』において、この椅子は選定された500脚の一つとして掲載され、「スキーリゾートの家具として完璧な作品」と称賛された。
シカゴ美術館は2023年にレ・ザルク チェアをコレクションに加え、その取得においてヴァレリー・カーベリーとリチャード・ライトの資金提供を受けた。同館は本作を「アーキテクチャー・アンド・デザイン」部門の重要な収蔵品として位置づけている。また、パリのシルヴェラ社ディレクターであるアリックス・リボーをはじめとする著名なデザイン関係者たちが、レ・ザルク プロジェクトのオリジナル家具を保存・修復する活動を展開しており、その文化的価値の再評価が進んでいる。
レ・ザルク リゾートは、アルク1600地区が2003年に文化省から「注目すべき現代建築」ラベルを授与され、20世紀の建築遺産として正式に認定された。2019年にはプロジェクト開始50周年を記念する展示やイベントが開催され、ペリアンの先駆的な取り組みが国際的に再評価された。レ・ザルク チェアは、この記念事業においても中心的な位置を占め、デザインによる社会民主化という理念の象徴として紹介された。
後世への影響
レ・ザルク チェアは、機能性と美しさを両立させる工業デザインの模範として、その後の家具デザイン界に大きな影響を与えた。特に、公共空間や商業施設における家具計画において、耐久性、スタッキング機能、メンテナンス性を兼ね備えたチェアデザインの先例として参照され続けている。
より広い文脈において、レ・ザルク プロジェクト全体は、大規模な建築計画における総合的なデザインアプローチのモデルとなった。ペリアンが実践した、建築・インテリア・家具・照明を統一的なビジョンのもとで設計する手法は、現代のホスピタリティデザインやリゾート開発における標準的な実践として定着している。
現在、ヴィンテージのレ・ザルク チェアは国際的なデザイン市場において高い人気を誇り、1stDibsやパモノなどのプラットフォームで活発に取引されている。オリジナルの刻印が残る個体や、リゾートから直接入手された来歴の明確な作品は、特に高い評価を受けている。経年によって深まったレザーのパティナは、単なる使用の痕跡ではなく、時間の経過が付加した美的価値として珍重されており、コレクターたちは「使用による豊かな風合い」として積極的に評価している。
基本情報
| デザイナー | シャルロット・ペリアン(Charlotte Perriand) |
|---|---|
| 製造 | ダル・ヴェラ(Dal Vera) |
| 製造国 | イタリア |
| 製造年 | 1960年代後半〜1970年代初頭 |
| 素材 | 管状クロームメッキスチール、サドルレザー |
| サイズ | 高さ82cm × 幅46cm × 奥行62cm(座面高44cm) |
| 分類 | ダイニングチェア、スタッキングチェア |