バイオグラフィー

1978年、ドイツ・ウルム生まれ。デンマーク国籍。本名オイヴィンド・アレクサンダー・スラット。両親がともに音楽家という家庭に育ち、幼少期よりフュン島(Fyn)で過ごす。音楽と自然に囲まれた環境のなかで感性を培い、当初は音楽家を志してデンマーク王立音楽院(Royal Danish Academy of Music)に進学。1999年から2002年まで同院で学び、ソリストとしてのみならずオーケストラ奏者としても欧州各地で演奏活動を行った。クラシックからアヴァンギャルド、クレズマー、ポップスまで幅広いジャンルに取り組むなかで、音楽における構造と感性の調和を体得する。

しかしながら、音楽院在学中に次第にデザインへの関心が高まり、楽譜よりもデザインのための線描に時間を費やすようになる。その後、デンマーク・デザインスクール(現デンマーク王立芸術アカデミー/Royal Danish Academy of Fine Arts)のインダストリアルデザイン科に転じ、2007年に修士号を取得して卒業。在学中の2005年には、インテル・デザインコンテストにおいて「Future Laptop」で最優秀賞を獲得し、テクノロジーと人間性を融合するデザイナーとしての資質を早くも示している。

卒業後、コペンハーゲンにスラット・デザイン(SLAATTO DESIGN、現Øivind Slaatto Studio)を設立。2012年、Bang & Olufsenのためにデザインしたワイヤレススピーカー「BeoPlay A9」でデザイナーとしてのデビューを飾り、国際的な注目を集める。以降、ルイスポールセン(Louis Poulsen)、レ・クリント(Le Klint)、マグヌス・オレセン(Magnus Olesen)など、デンマークを代表するハイエンドブランドとの協働を重ね、照明、音響機器、家具など多岐にわたる分野で作品を発表。フィボナッチ数列やフラクタルといった自然界の数理的原理を設計の根幹に据えた詩的かつ論理的なデザインにより、現代デンマーク・デザインにおいて独自の地位を確立している。

デザインの思想とアプローチ

オイヴィンド・アレクサンダー・スラットのデザインは、音楽家としての経験と自然への深い洞察に根ざしている。彼にとってデザインとは、音楽を奏でることと本質的に同義であり、製品は「演奏されている一篇の音楽のように、シンプルでありながら複雑なもの」でなければならないと考える。この信念は、彼の全作品に通底する哲学である。

スラットは一貫して「明白なもの」を追求し、「壮大なもの」を避ける姿勢を貫いている。彼自身の言葉によれば、「私たちは明白なものや平凡なものを恐れません。なぜなら、それらの質は時代を超えて魅力的であり続けるからです。だからこそ、物事をシンプルに保つことに全力を注ぐのです」という。デザインにおいて自らの存在を「消す」ことを目指し、見る者が製品と自然に向き合える状態を理想とする。

その創造の源泉として最も重要な位置を占めるのが、自然界に遍在する数理的構造である。ひまわりの種子配列や松ぼっくりの螺旋構造に見られるフィボナッチ数列、巻貝の殻に宿るフラクタル幾何学——これらの原理は、レオナルド・ダ・ヴィンチやヨハン・ゼバスティアン・バッハといった巨匠たちをも魅了してきた普遍的な美の法則であり、スラットはこれを現代のプロダクトデザインに昇華させている。彼の作品が一見して革新的に映りながらも、どこか根源的な安心感を与えるのは、何百万年もの時を経て洗練された自然の原理に立脚しているがゆえである。

また、2008年に経験した脳震盪は、光に対する感受性を格段に高める契機となった。この体験が照明デザインへの情熱をいっそう深め、光・形態・機能の三要素が一体となって美しい照明体験を生み出すという、彼のデザイン哲学の核心を形成するに至った。品質、明晰さ、そして美——これらを最優先の目標に掲げ、合理性、論理、調和といった資質を設計に織り込みながら、あらゆるプロダクトにおいて詩的な表現と機能的な卓越性の統合を追求し続けている。

作品の特徴

スラットの作品に一貫するのは、自然の数理的美と人間の感性を高度に融合させた造形言語である。フィボナッチ数列に基づく螺旋構造、フラクタル幾何学から導かれる反復パターン、円形がもたらす普遍的な調和——これらの自然原理を設計の骨格とすることで、彼の作品は革新的でありながら時代を超えた普遍性を獲得している。

照明作品においては、グレアの完全な排除と全方位への柔らかな配光が共通の設計目標となっている。ルイスポールセンの「パテラ」やレ・クリントの「スワール」に見られるように、光の物理的特性を精緻に制御しながら、空間に詩情を添える光の質を実現する技術的手腕は、デンマーク照明デザインの伝統を正統に継承しつつも、明確な独自性を示すものである。

音響機器の領域では、音が円形に伝播するという物理法則をデザインの出発点に据え、テクノロジーを人間の生活空間に自然に溶け込ませることに成功している。BeoSound A9の円盤形フォルムやBeoSound Shapeの六角形モジュールは、高度な技術を直感的な美に昇華させた好例として広く評価されている。

近年の家具作品においては、サーキュラーエコノミーの思想をデザインの根幹に据え、分解・修理・再利用の容易さと美的完成度の両立を追求する姿勢が顕著である。素材においてはFSC認証木材やリサイクルスチール、EUエコラベル取得ファブリックを積極的に採用し、環境への配慮と美意識を高い次元で調和させている。

主な代表作とそのエピソード

BeoPlay A9 / BeoSound A9(2012年)── Bang & Olufsen

スラットのデザイナーとしてのデビュー作にして、世界的な名声を確立した記念碑的作品。直径約70cmの円盤形スピーカーは3本の木製脚で支えられ、そのミニマルかつ彫刻的なフォルムは、音が円形に伝播するという物理法則に着想を得ている。フロントカバーの下にはフィボナッチ数列に基づくパターンが施されており、機能上のネジ穴を美的要素へと転換する発想は、スラットのデザイン哲学を端的に表している。

この作品が生まれた背景には、印象的なエピソードが存在する。脳震盪の後遺症に悩み、手持ちのプロジェクトもない状況下にあったスラットは、ビジネスパートナーとともにBang & Olufsen本社のあるストルーア(Struer)を訪問。列車の切符代を友人から借り、穴の空いた服を隠すために新しいシャツを購入するという窮状のなか行われたプレゼンテーションが、結果として彼のキャリアを大きく転換させることとなった。Kvadrat社との協業による交換可能なファブリックカバーは、製品のカスタマイズ性を飛躍的に高め、2012年の発売以降、第5世代(2023年)に至るまで継続的にアップデートされ続けている。

Swirl(スワール)シリーズ(2013年)── Le Klint

レ・クリントとの協働で生まれた照明シリーズ。巻貝の殻の構造とフラクタル幾何学への魅了を出発点に、曲線状のスラット(板材)が螺旋を描きながら光を拡散するという、独創的な構造を実現した。レ・クリントの伝統的な手折り技法と幾何学的なデザイン言語への明確な参照を含みながらも、透明感のある造形言語によって鮮烈な独自性を打ち出している。

スラットは2008年の卒業以降、この作品の構想を温め続け、細部の改良と洗練を重ねた末に完成に至った。ペンダント、ウォール/シーリング、テーブル、フロアランプなど多彩なバリエーションを展開し、ホワイトおよびコッパー仕上げの選択肢も含め、最終的に32モデルにまでファミリーが拡大。光源からの不快なグレアを排除しつつ、空間に穏やかな間接光をもたらす設計は、スカンジナビアの照明伝統と見事に調和するものとして高い評価を受けている。

Patera(パテラ)(2015年)── Louis Poulsen

スラットの最も広く知られる照明作品であり、彼自身が「これまで手がけた中で最も複雑なライト」と語る傑作。フィボナッチ数列の数学的構造に基づき、球体を構成する無数のダイヤモンド形セルが、それぞれ異なる角度で光を捕捉・反射する。45度以上の視角からは完全にグレアフリーな360度の配光を実現し、同時に下方への直接光と天井への間接光を生み出す、きわめて精緻な光学設計である。

スラット自身の言葉によれば、「パテラは三次元の数独を作ることが究極の目標でした。極めて数学的な課題であり、現代のクリスタル・シャンデリアを構築することを目指しました」という。制作にあたっては、コンピュータ設計とレーザーカッティングを駆使し、3種類の異なる長さのシート各10枚、計30パーツで全体が構成される。当初3日を要した組み立ては、ルイスポールセンの熟練職人によるデンマーク・ヴァイエン工場での手作業を経て、2人工時間以内にまで効率化された。現在、直径300mm、450mm、600mm、900mmの4サイズ、およびLED内蔵モデルが展開されている。

BeoSound Shape(2017年)── Bang & Olufsen

壁面を音と美のキャンバスに変容させる、モジュラー式サウンドシステム。六角形のタイルがスピーカー、アンプ、音響ダンパーの3つの機能を担い、ユーザーが自在に組み合わせることで、音響性能と視覚的構成を同時にカスタマイズできる。スキーの際に雪面に映る光と影の戯れからインスピレーションを得たとスラットは語る。

最大44基のスピーカータイルと11基のアンプタイルを連結可能で、Kvadrat社のウールファブリックを含む豊富なカラーパレットから自由に配色できる。音楽を再生するだけでなく、音響ダンパータイルによって室内の残響を低減する「音を創り、同時に静寂も創る」というコンセプトは、サウンドデザインの概念を刷新するものとして、2017年のCES Best of Innovation Award、2017年のDesign Awards(デザイン・オブ・ザ・イヤーおよびオーディエンスチョイス)、2018年のEDIDA(ウォールカバリング部門)など、数々の国際的な栄誉に輝いた。

Ø-Chair(2020年)── Magnus Olesen

サーキュラーエコノミーの理念をデザインの根幹に据えた、革新的なモジュラーチェア。座面、背もたれ、フレームのわずか3つのパーツを、たった1本のネジで結合するという徹底したミニマリズムが特徴である。各パーツはマグヌス・オレセンに返却してアップグレードやリサイクルが可能であり、FSC認証木材、リサイクルスチール、EUエコラベル取得ファブリックを採用している。

9種類の厳選されたカラーコンビネーションが用意され、個々のパーツを経年で交換しながら長期間使い続けることができる設計は、持続可能性と美的多様性の両立を見事に実現している。スタッキング機能により輸送コストも最小限に抑えられる。米国NeoCon見本市においてBest of NeoCon持続可能性賞を受賞し、サステナブルデザインの模範的作品として国際的な評価を獲得した。

Patera Oval(パテラ・オーバル)(2021年)── Louis Poulsen

パテラ・ファミリーを拡張する楕円形ペンダント。円形のパテラと同一のフィボナッチ数列に基づく構造原理を踏襲しながら、楕円体という新たなフォルムを獲得した。40度以上の視角からグレアフリーな360度配光を実現し、ディフューザープレートの着脱によって光の演出を変化させることができる。ダイニングテーブルやカウンター上の配置に適した横長のプロポーションは、空間に新たなリズムと詩情をもたらす。

功績・業績

オイヴィンド・アレクサンダー・スラットは、照明、音響機器、家具という異なる領域を横断しながら、自然の数理的原理を一貫した設計言語とすることで、現代デンマーク・デザインにおいて独自の地位を築いてきた。その功績は数多くの国際的な賞によって証されている。

2005年
インテル・デザインコンテスト 最優秀賞(Future Laptop)
2013年
BoBedre Awards デザイン・オブ・ザ・イヤー
2014年
デンマーク国立銀行記念財団(Danmarks Nationalbank's Anniversary Foundation)助成
2016年
デンマーク文化庁(Danish Agency of Culture)助成、Design Awards ランプ・オブ・ザ・イヤー(Patera)
2017年
CES Best of Innovation Award(BeoSound Shape)、Design Awards デザイン・オブ・ザ・イヤー、同オーディエンスチョイス(BeoSound Shape)、デンマーク文化庁・宮殿庁(Danish Agency of Culture and Palaces)助成
2018年
EDIDA(Elle Deco International Design Awards)ウォールカバリング部門受賞(BeoSound Shape)
2022年
Best of NeoCon 持続可能性賞(Ø-Chair)

また、iF Product Design Award、CES Design & Innovation Awardなどの受賞歴を有し、デンマーク・デザイナーズ・アカデミーの会員としても活動している。

評価・後世に与えた影響

スラットの仕事は、ポール・ヘニングセンやアルネ・ヤコブセン、ヴェルナー・パントンといったデンマーク照明・家具デザインの巨匠たちの系譜に連なるものとして位置づけられている。ルイスポールセンはスラットを、ヘニングセン、ヤコブセン、パントン、オラファー・エリアソン、nendo(佐藤オオキ)らと並ぶ主要コラボレーターとして紹介しており、同社の150年に及ぶ歴史において現代を代表するデザイナーの一人と認めている。

スラットが提示した「自然の数理的構造をプロダクトデザインの設計原理として体系的に応用する」という方法論は、単なる装飾的モチーフの借用とは一線を画するものである。フィボナッチ数列やフラクタル構造を、光学的性能や音響特性の最適化に直接結びつけるアプローチは、科学と芸術の融合における新たな可能性を示し、後進のデザイナーたちに大きな示唆を与えている。

また、音楽家からデザイナーへという異色の経歴は、デザイン教育やキャリアの多様性に関する議論においてもしばしば参照される。音楽的な構造感覚——リズム、ハーモニー、対位法——がプロダクトデザインにおいていかに有効に機能しうるかを実践的に証明した功績は大きい。

さらに、Ø-Chairに代表されるサーキュラーデザインへの取り組みは、美意識と環境責任の両立という現代デザインの核心的課題に対する説得力ある回答として注目されている。モジュラー設計、単一ネジによる分解容易性、リサイクル素材の活用といった手法は、持続可能な家具デザインの実践的な指針を示すものであり、「デザインの力で循環型経済を推進する」という理念を体現している。

IMM Cologne、ストックホルム・デザインウィーク、DENFAIR メルボルンをはじめとする国際的な展示や、ブレーメンのヴィルヘルム・ヴァーゲンフェルト財団での「einfach gut. Design aus Dänemark」展への参加は、スラットの作品が現代デンマーク・デザインの国際的な文化発信においても重要な役割を果たしていることを示している。

区分 作品名 ブランド
2005年 コンセプト Future Laptop Intel Design Contest
2012年 スピーカー BeoPlay A9(BeoSound A9) Bang & Olufsen
2013年 照明 Swirl Pendant 1 Le Klint
2013年 照明 Swirl Pendant 2 Le Klint
2013年 照明 Swirl Pendant 3 Le Klint
2013年 照明 Swirl Wall / Ceiling Le Klint
2015年 照明 Patera Louis Poulsen
2016年 照明 Swirl Table Le Klint
2016年 照明 Swirl Floor Le Klint
2017年 スピーカー BeoSound Shape Bang & Olufsen
年不詳 照明 Shade ØS1 Shade Lights
2020年 椅子 Ø-Chair Magnus Olesen
年不詳 椅子 Ø-Chair-Swivel Magnus Olesen
2021年 照明 Patera Oval Louis Poulsen
年不詳 照明 Futura Pallucco
年不詳 照明 Venair
年不詳 椅子 Nami
年不詳 椅子 92°

Reference

Øivind Slaatto Studio – Official Website
https://www.slaatto.dk/
Øivind Slaatto Studio – About
https://www.slaatto.dk/about
Øivind Alexander Slaatto – Pallucco
https://www.pallucco.com/designers/oivind-alexander-slaatto
Øivind Alexander Slaatto – beo.zone
https://beo.zone/en/oivind-alexander-slaatto/
Øivind Slaatto – lovethatdesign
https://www.lovethatdesign.com/people/oivind-slaatto/
Øivind Slaatto – twentytwentyone
https://www.twentytwentyone.com/collections/designers-oivind-slaatto
Øivind Alexander Slaatto – EDIDA Awards
https://www.edida-awards.com/designer/slaatto-oivind-alexander
Øivind Slaatto – Lamp Masters
https://www.lampmasters.co.uk/c/designers/oivind-slaatto
Øivind Slaatto – Design Addict
https://designaddict.com/designer/oivind-alexander-slaatto/
Øivind Slaatto – Finnish Design Shop
https://www.finnishdesignshop.com/en-us/designer/oivind-slaatto
Patera Pendant – Louis Poulsen
https://www.louispoulsen.com/en-us/catalog/private/pendants/patera
Patera Oval – Louis Poulsen (PDF)
https://www.louispoulsen.com/490aa5/globalassets/about-us/brochures--magazines/professional/pdf/patera-oval/us_louis-poulsen_patera-oval.pdf
Fibonacci's lamp: Øivind Slaatto reveals the 'Patera' pendant – Wallpaper*
https://www.wallpaper.com/design/fibonaccis-lamp-ivind-slaatto-reveals-the-patera-pendant-for-louis-poulsen
Swirl series – Le Klint
https://www.leklint.com/collections/series-swirl
Le Klint – SWIRL Lamps – Øivind Slaatto – Scandinavia Design
https://www.scandinavia-design.fr/PM/LE-KLINT/swirl-lamps-oivind-slaatto.html
The Shape of Sound – Designing Beoplay A9 – Bang & Olufsen
https://www.bang-olufsen.com/en/us/story/the-shape-of-sound
BeoPlay A9 – beo.zone
https://beo.zone/en/beoplay-a9/
Fibonacci Patterns – Beoplay A9 – Bang & Olufsen
https://www.bang-olufsen.com/en/us/story/fibonacci-pattern-beoplay-a9
BeoSound Shape by Øivind Alexander Slaatto – fluoro
https://www.fluoro.life/2017/06/surface-oivind-slaatto/
Bang & Olufsen goes big with BeoSound Shape – Inside CI
https://www.insideci.co.uk/articles/bang-olufsen-goes-big-with-beosound-shape.aspx
Ø CHAIR – Magnus Olesen – Architonic
https://www.architonic.com/en/p/magnus-olesen-o-chair-20211099/
Danish Design Makers – Øivind Slaatto
https://danishdesignmakers.com/oivind-slaatto
EDIDA Winners 2018 – edida-awards.com
https://www.edida-awards.com/news/the-edida-winners-2018-on-stage
Meet the innovative designers who won the International EDIDA 2018 awards – Elle Decor India
http://elledecor.in/edida/current/meet-the-innovative-designers-who-won-the-international-edida-2018-awards-edida
Design Awards 2017 Winners – BoBedre
https://bobedre.dk/design/design-awards/vinderne-af-design-awards-2017
Ø-Chair – Magnus Olesen – byflou
https://www.byflou.com/en/magnus-olesen-oe-chair/frame-mint-seat-atlas-911-screw-mint-back-lacquered-oak