梅田正徳:機能性と芸術性の融合を追求した国際的デザイナー
梅田正徳(うめだ まさのり、1941年3月27日- )は、日本を代表するインテリアデザイナー、プロダクトデザイナーである。神奈川県に生まれ、桑沢デザイン研究所にてデザインの素養を培った後、1967年にイタリアへと渡り、巨匠アキッレ・カスティリオーニの事務所で研鑽を積んだ。その後、オリベッティ社においてエットレ・ソットサスの右腕として活躍し、1979年の帰国後は独自の表現世界を確立した。
梅田の作品は、機能性を重視するプロダクトデザインの本質を保ちながら、彫刻的な美しさとユーモアを兼ね備えた独創的なものである。特に「月苑(キキョウ)」に代表される花座シリーズは、自然の形態を大胆に家具へと昇華させた傑作として、世界中の美術館にコレクションされている。イタリアのポストモダンデザイン運動「メンフィス」の活動においても、日本の伝統美と西洋のデザイン概念を融合させた「TAWARAYA」で国際的なセンセーションを巻き起こした。
生涯と創造的軌跡
修業時代と国際的飛躍(1941-1979)
1941年に神奈川県で生を受けた梅田は、1962年に桑沢デザイン研究所リビングデザイン科を卒業後、河野鷹思のデザイン事務所「デスカ」においてインテリアデザインの経験を積んだ。1967年、26歳の梅田はイタリアへと渡り、モダンデザインの巨匠アキッレ・カスティリオーニとピエル・ジャコモ・カスティリオーニ兄弟の事務所に入所した。ピエル・ジャコモからは造形について、アキッレからはアイデアの発想法について、それぞれ薫陶を受けた。
1968年、わずか27歳にして「可動供給装置」でドイツ国際工業デザインコンペティションにおけるブラウン大賞を受賞し、一躍国際的な注目を集めた。この受賞により、1970年にはイタリアの名門企業オリベッティ社のコンサルタントデザイナーに抜擢される。ここで梅田は、同社の最高顧問であったエットレ・ソットサスのもとで、オフィス家具、特に椅子のデザインに従事した。ソットサスからは、言葉によるコンセプトの重要性を学び、「奇麗でかわいい椅子をつくろう」という発想の転換に衝撃を受けた。
オリベッティ時代、梅田はソットサスとともに「シンテシス45」システムの開発に携わった。この時期、梅田はあるアートコレクターとの出会いを通じてモダンアートへの関心を深め、デザイナーとしての表現に大きな変化が訪れる契機となった。このコレクターはクリストのパトロンでもあり、梅田は彼から現代美術の多様な価値観を学んだ。この経験が、後の梅田の表現世界を大きく拡張することとなった。
帰国とメンフィスへの参加(1979-1990)
1979年、梅田は日本へ帰国し、翌1980年にウメダデザインスタジオを設立した。照明器具、テーブルウェア、家具、インテリアデザインなど多岐にわたる分野で活動を展開し、ヤマギワや岩崎電気との協働により照明器具の新境地を開いた。また、INAX(現LIXIL)のオフィストイレシステム「X-SPACE UM」では、男女別の空間デザインという革新的なコンセプトを提示した。
1981年、ソットサスからの招聘により、梅田は伝説的なデザイン集団「メンフィス」の活動に参加する。ソットサスから送られてきた手紙には「インターナショナルなスタイルの家具を発表する」という主旨が記されており、梅田は「自分しかできないもの」として、西洋の素材と日本の畳を融合させた「TAWARAYA」を創作した。この作品は、空間でもあり家具でもあるという領域横断的なコンセプトを体現し、ミラノサローネにおいて大きなセンセーションを巻き起こした。続いて「GINZA」も発表し、日本的な美意識を西洋デザインの文脈に導入する試みを展開した。
1988年、「KAGU東京デザイナーズウィーク'88」展において、梅田は運命的な作品「月苑(キキョウ)」を発表した。ある夏の夜、酒を飲んで帰宅した際、月明かりに照らされた庭の桔梗を目にし、瞬間的にこの椅子のイメージが浮かんだという。花をモチーフにした家具は誰も作らないだろうと考えていた梅田だったが、同じ会場には倉俣史朗の「ミス・ブランチ」も展示されており、期せずして「花」が並ぶ展覧会となった。両作品に共通するのは、「機能性を越えた根源的な喜びと美」を探求する姿勢であった。
円熟期と国際的評価の確立(1990-現在)
1990年、「月苑(キキョウ)」がイタリアのエドラ社から製品化され、国際的な成功を収めた。続いて「浄土(ハス)」「早春(ウメ)」「ローズ」「花宴(サクラ)」といった花座シリーズが次々と生み出され、これらはエドラ社のミラノサローネ展示において30年間にわたり毎年展示されるという異例の扱いを受けた。花座シリーズは座り心地の良さと彫刻的な美しさを両立させた作品として、海外の美術館に多数コレクションされている。
2015年、梅田の作品群174点が香港のM+美術館に買い上げられ、プロトタイプ、製品、スケッチ、図面、模型など包括的なアーカイブがアジア有数の美術館に収蔵されることとなった。これは梅田の作品が単なる工業製品ではなく、デザインプロセスを含めた文化的遺産として評価されたことを意味する。M+のほか、デンバー美術館、ウィーン応用工芸美術館など、世界10カ所以上の美術館に作品が収蔵されており、その多くは美術館側からのオファーによるものである。
2021年には、メンフィス社から「UTAMARO」シリーズを発表し、80歳を迎えてなお新たな創造への意欲を示した。このシリーズは、梅田が敬愛する浮世絵師・喜多川歌麿へのオマージュであり、遊郭の世界観を現代的にデザインへと昇華させた作品である。現在も家具モデラーの宮本茂紀と協働し、新たな花座シリーズの制作に取り組んでいる。
デザインの思想とアプローチ
領域横断的デザイン哲学
梅田のデザイン哲学の核心は、既存のカテゴリーや用途の境界を超越することにある。ブラウン賞を受賞した「可動供給装置」は、キッチン、バス、オーディオという異なる機能を持ちながら、いずれも家具としての側面を併せ持つ。「TAWARAYA」は空間であり同時に家具でもあり、花座シリーズは家具でありながらアートオブジェでもある。こうした領域横断性は、細分化や縦割りを好む日本社会においては当初理解されにくかったが、時代が追いつき、現在では若い世代を中心に国際的な支持を獲得している。
エドラ社の社長は梅田を「真面目な設計者」と評した。これは、梅田のデザインが形態やテーマにおいて賛否両論を呼ぶ一方で、実際に使用してみると極めて機能的で心地よいという事実を指している。「月苑」の座り心地の良さ、「ムツゴロウ」カップの手へのフィット感など、プロダクトデザインの本質である使いやすさと扱いやすさに対する徹底したコミットメントが、梅田作品の真の価値である。「TAWARAYA」が40年間、「月苑」が30年間にわたりロングライフ商品として販売され続けていることは、このデザイン哲学の正当性を証明している。
日本的自然観と琳派からの影響
梅田のデザインにおける重要な軸として、日本人の心に根差す「自然観」がある。帰国後、梅田の作品には次第に動植物をモチーフにしたデザインが増えていった。これは梅田が深く傾倒する琳派の影響が大きい。尾形光琳、尾形乾山、酒井抱一といった琳派の画家たちが描く自然観や色彩の豊かさ、そして葛飾北斎、歌川広重、喜多川歌麿の浮世絵に見られる日本的な美意識が、梅田の表現世界の源泉となっている。
「月苑」の誕生エピソードは、梅田のデザインプロセスを象徴している。夏の夜、月明かりに照らされた桔梗を見た瞬間、椅子のイメージが瞬間的に浮かんだという。梅田は自身を「視覚人間」と称し、視覚情報を一度見て忘れない記憶力を持つ。ひらめいた発想は名刺サイズの紙に色鉛筆で小さく描き留め、適切な時期が来るまで数年間寝かせる。そして「今」というタイミングが訪れたとき、それを引き出して実現へと向かう。この直観と熟成を組み合わせた創作手法が、時代を超えて愛される作品を生み出している。
ミュージアムコレクションへの志向
梅田のデザイン活動における明確な目標は、作品を世界の美術館にパーマネントコレクションとして収蔵されることである。「美術館に収蔵されれば、自分が死んでもずっと残る」という信念のもと、梅田は経済性や市場性よりも、作品の芸術的価値と永続性を重視してきた。実際、梅田の作品は日本市場ではほとんど売れず、多くが廃番となっているが、海外の美術館やアート市場においては高い評価を受けている。
この姿勢は、梅田が「食べるためにインテリアデザインをし、そこで稼いだお金で椅子のプロトタイプを作る」という実践からも明らかである。インテリアデザインの仕事は経済的基盤を築くための手段であり、梅田の真の情熱は自由な表現としての家具デザイン、特にアート寄りのプロダクトにあった。この姿勢は、短期的なヒット商品を追求する現代デザイン界にあって、「デザインは今のままでいいのか?」という根源的な問いを投げかけている。
作品の特徴と美学
具象的表現と有機的フォルム
梅田の作品を特徴づけるのは、自然界の形態を大胆かつ直接的に表現する手法である。「月苑」の桔梗、「浄土」の蓮、「早春」の梅、「ローズ」の薔薇、「花宴」の桜といった花座シリーズは、それぞれの花の持つ本質的な美しさを椅子という機能的オブジェへと昇華させている。こうした具象的でストレートな表現は、時に物議を醸すこともあったが、それこそが梅田の表現における真正性であり、ミニマリズムや抽象性を重視する主流デザインへのカウンターとして機能している。
「アニマル」や「メドゥーサ」といった作品では、動物や神話的モチーフが用いられ、家具に生命感と物語性を付与している。これらの作品は単なる機能的対象ではなく、空間に存在感をもたらす彫刻的なオブジェとして機能する。梅田のデザインは、使用者との対話を促し、日常空間に驚きと喜びをもたらすことを目指している。
色彩とユーモアの融合
梅田の作品におけるもう一つの特徴は、大胆な色彩の使用とユーモアの感覚である。「ムツゴロウ」のコーヒーセットは、その名の通りムツゴロウの愛嬌ある形態を陶器に表現したものであり、機能美とユーモアが共存している。「GINZA」に見られる幾何学的な構成や、「UTAMARO」シリーズの艶やかな色彩は、日本の伝統的な美意識を現代的に解釈したものである。
こうしたユーモラスでパンキッシュな側面が、特に若い世代や海外の愛好家から支持を集めている。カール・ラガーフェルドやデヴィッド・ボウイといった文化的アイコンが梅田の作品を所有していたことも、その芸術的価値を物語っている。梅田のデザインは、厳格な機能主義やミニマリズムに対する反骨精神を体現し、デザインが持つべき喜びと美の探求を示している。
工芸的完成度への追求
梅田の作品が長年にわたって評価され続ける理由の一つは、その工芸的完成度の高さにある。家具モデラーの宮本茂紀との長年の協働関係は、梅田のデザインを実現するための不可欠な要素である。花座シリーズの複雑な立体構成、布張りの繊細な仕上げ、構造の確実性など、高度な職人技術なくしては実現し得ない作品群である。
エドラ社やメンフィス社といったイタリアの高級家具ブランドが梅田の作品を長期にわたって生産し続けているのは、デザインの独創性のみならず、製品としての完成度の高さが評価されているからに他ならない。梅田は単なるアイデアマンではなく、素材、構造、仕上げに至るまで徹底的にこだわる「真面目な設計者」なのである。
主要代表作品
月苑(キキョウ)(1988/1990)
梅田正徳の最も著名な代表作である「月苑」は、1988年の「KAGU東京デザイナーズウィーク'88」展で発表され、1990年にイタリアのエドラ社から製品化された。デザイナー自身が愛する桔梗の花をモチーフに、紫の布張りで花びらの形状を再現した椅子である。一輪の花のように空間に彩りを与えるこの作品は、30年以上にわたりミラノサローネで毎年展示され続けるという異例の扱いを受けている。
「月苑」の真価は、その芸術的な外観のみならず、実際の座り心地の良さにある。花びらのような背もたれは身体を優しく包み込み、キャスター付きの後脚(スケートボードから転用)により移動も容易である。機能性と芸術性の完璧な融合を実現したこの作品は、世界中の美術館にコレクションされ、デザイン史における重要な位置を占めている。
TAWARAYA(1981)
「TAWARAYA」は、梅田がメンフィスの活動において発表した記念碑的作品である。西洋で使用されていない畳(1.824平方メートル)というモジュールを採用し、日本の伝統的な空間概念を西洋デザインの文脈に導入した革新的な試みである。円形のリング状の構造体に畳が敷かれたこの作品は、空間でありながら家具でもあるという二重性を持つ。
畳の空間は、寝る場所、宴の場所、あるいは斎場ともなり得る多義性を秘めている。リングには「知的闘争の場」という意味が込められており、討論好きなイタリア人への敬意が表現されている。イタリア側が命名した「TAWARAYA(俵屋)」という名称は、京都の老舗旅館を想起させ、日本的なホスピタリティの精神を象徴している。40年以上にわたり国際的な展覧会で展示され続けており、その実物を見る機会が少ないことから、メンフィス作品中の珍品として若い世代やファッション業界からも注目を集めている。
可動供給装置(1968/1975)
梅田の国際的評価の端緒となった「可動供給装置」は、1968年にドイツ国際工業デザインコンペティションにおいてブラウン大賞を受賞した作品である。わずか27歳での受賞は、梅田の才能を世界に知らしめる契機となった。キッチン、バス、オーディオの3種類のバリエーションを持つこのモビリティシステムは、家具であり同時に機能的なユニットでもあるという、後の梅田作品に通底する領域横断的思考の萌芽が見られる。
この作品の模型は、2年間の巡回展示によって劣化したため処分されていたが、M+美術館の収蔵に際して新たに製作され、デザインプロセスの重要な資料として保存されている。ブラウン賞受賞の電報も含め、若き梅田の飛躍を記録する貴重なアーカイブとなっている。
シンテシス45(1975)
エットレ・ソットサスと梅田正徳の共同デザインによる「シンテシス45」は、オリベッティ社のオフィス家具システムとして開発された。1970年代のオフィス環境に革新をもたらしたこのシステムは、機能性と美的洗練を両立させた名作として評価されている。サイドデスク、ペーパートレイ、タイプライターデスクなど、モジュール化されたコンポーネントが特徴である。
ソットサスのもとで梅田が学んだのは、言葉によるコンセプトの重要性であった。「奇麗でかわいい椅子をつくろう」というソットサスの指示は、当時のオフィス家具の常識を覆すものであり、梅田の発想に大きな影響を与えた。このプロジェクトを通じて、梅田はインダストリアルデザインにおける新たな可能性を探求し、後のより自由な表現への礎を築いた。
花座シリーズ(1988-1990)
「月苑(キキョウ)」に続き、梅田は「浄土(ハス)」(1988)、「早春(ウメ)」(1990)、「ローズ」(1990)、「花宴(サクラ)」といった花座シリーズを次々と発表した。それぞれの作品は異なる花の特性を椅子へと昇華させており、日本の四季折々の美しさを表現している。「浄土」は蓮の神聖さと静謐さを、「早春」は梅の清廉な美しさを、「ローズ」は薔薇の華やかさを、それぞれ独自の造形言語で表現している。
これらの作品群は、家具モデラーの宮本茂紀との緊密な協働によって実現された。複雑な立体構成と精緻な布張り技術は、日本の伝統的な工芸技術と現代的なデザインセンスの融合を示している。花座シリーズは海外の美術館に多数コレクションされ、特にアート市場において高い評価を受けている。現在も新たな花座シリーズ(シャクヤク)の開発が進行中であり、梅田の創造への情熱は衰えることを知らない。
UTAMARO シリーズ(2021)
2021年、80歳を迎えた梅田がメンフィス社から発表した「UTAMARO」シリーズは、浮世絵師・喜多川歌麿へのオマージュである。遊郭の世界観を現代的にデザインへと昇華させたこの作品は、艶やかな織物の生地が特徴である。生地はファッションブランド「マルニ」のテキスタイルを長年手がけてきたデザイナーが担当し、プリントではなく織物として製作されている。
「UTAMARO」シリーズは、イヴ・サンローランのマイアミとパリのブティック、イギリスのMKギャラリーなどで展示され、2021年だけで7回にわたり世界各国で展示された。新色の「スタートレイ」とともにパリでデビューを飾り、梅田の国際的な評価が再び高まっていることを示している。製作はすべてオンラインで行われ、イタリアの職人の高い技術力が発揮された。
ウメダスタンド(1986)
ヤマギワとの協働により製作された「ウメダスタンド」は、梅田の照明器具デザインにおける代表作である。機能的でありながら彫刻的な存在感を持つこのスタンドは、光と影の効果を巧みに利用し、空間に独特の雰囲気をもたらす。複数の美術館にコレクションされており、照明器具としての実用性と芸術作品としての価値を併せ持つ。
梅田は岩崎電気とも協働し、屋外照明「ランドルーチェ」(1989)を手がけた。公共空間における照明デザインにおいても、梅田の独創的なアプローチが発揮されている。これらの照明器具プロジェクトは、梅田が家具のみならず、照明、陶器、インテリアなど多様な分野で高い創造性を発揮してきたことを示している。
功績と業績
主要な受賞歴
- 1968年
- ブラウン大賞(ドイツ国際工業デザインコンペティション)「可動供給装置」
- 1970年代
- IF賞(ドイツ)
- 1981年
- ディスプレイデザイン最優秀賞
- 1991年
- 日本インテリアデザイナー協会賞
- その他
- グッドデザイン賞(Gマーク)公共空間部門大賞、シカゴアセナエム美術館グッドデザイン賞
美術館コレクション
梅田の作品は、世界10カ所以上の美術館にパーマネントコレクションとして収蔵されている。主な収蔵館は以下の通りである。
- M+美術館(香港)-174点の包括的コレクション
- デンバー美術館(アメリカ)-M+に次ぐ収蔵点数
- ウィーン応用工芸美術館(オーストリア)
- ヨーロッパ各地の美術館
- カナダの美術館
- 韓国の美術館
- ポルトガルの美術館
これらの収蔵は、すべて美術館側からのオファーによるものであり、梅田の作品が単なる工業製品ではなく、アート作品として評価されていることを示している。また、クリスティーズなど海外のオークションハウスからも定期的にコンタクトがあり、デザイン市場のみならずアート市場においても高い評価を受けている。
教育・審査活動
梅田は後進の育成にも貢献している。1983年から1993年まで通商産業省グッドデザイン商品選定審査員を務め、日本のデザイン振興に寄与した。1990年から1992年には母校である桑沢デザイン研究所の特別講師として教鞭を執り、自身の経験を次世代に伝えた。また、1991年から1998年まで福井県の顧問デザイナーとして地域デザイン振興にも貢献し、2005年には岐阜県織部デザインセンターの特別講師を務めた。
評価と後世への影響
国際的評価の確立
梅田正徳は、川上元美、喜多俊之と並び、日本のデザイン国際化時代のパイオニアとして評価されている。1960年代にイタリアへ渡り、カスティリオーニやソットサスのもとで研鑽を積み、国際的な実績を残した経験が、帰国後の活動の基盤となった。「国内メーカーでの製造」や「日本の住居のためのデザイン」に留まることなく、海外企業と協働し、世界市場へ向けてデザインを発信してきた姿勢は、後続世代のデザイナーたちに大きな影響を与えている。
特筆すべきは、梅田の作品が時代を経て再評価されている点である。発表当初は具象的でストレートな表現が賛否両論を呼んだが、近年ではSNSを通じて海外の若い世代にファンが増加している。ジャンルの境界があいまいになった現代において、梅田の領域横断的なデザイン哲学が先見性を持っていたことが認識されつつある。そのユーモラスでパンキッシュな作風は、厳格な機能主義やミニマリズムに対するカウンターとして、新たな共感を呼んでいる。
デザインとアートの境界への問い
梅田の作品群は、デザインとアートの境界に対する根源的な問いを投げかけている。多くの作品が美術館にコレクションされ、アート市場で取引されている事実は、梅田のデザインが単なる工業製品の域を超え、文化的・芸術的価値を持つことを示している。一方で、「月苑」や「TAWARAYA」がロングライフ商品として30年以上販売され続けていることは、プロダクトデザインとしての機能性と完成度の高さを証明している。
梅田自身は、自らのデザインを「アート寄りのプロダクト」と位置づけ、ミュージアムコレクションを明確な目標としてきた。経済性や市場性よりも、作品の芸術的価値と永続性を重視するこの姿勢は、短期的なヒット商品を追求する現代デザイン界への批判的メッセージとも解釈できる。梅田の作品は、「デザインは今のままでいいのか?」という問いを我々に突きつけている。
後続世代への影響と遺産
梅田の影響は、直接的な師弟関係を超えて広がっている。娘の菜々絵は1993年から2000年までソットサスの事務所に在籍し、自身もデザイナーとして活動した。現在はウメダデザインスタジオのアーカイブ整理を担当し、梅田の作品と思想を後世に伝える役割を果たしている。M+美術館でのオーラルヒストリーアーカイブプロジェクトにおいても、梅田の証言が記録され、デザイン史研究の貴重な資料となっている。
梅田の作品の多くが海外に渡り、国内での認知度が必ずしも高くないという状況は、ある意味で浮世絵の歴史を彷彿とさせる。海外で高く評価された後、日本に「里帰り」して再評価されるという文化現象は、日本の芸術史において繰り返されてきたパターンである。梅田の娘・菜々絵が「50年、100年ぐらい経って、日本の人がそのおもしろさに気づいてくれて、いつか作品が日本に里帰りできる日がきたらいい」と語るように、梅田の真価は今後さらに認識されていくことだろう。
梅田正徳の遺産は、具体的な作品群のみならず、デザイナーとしての生き方そのものにある。機能性を犠牲にすることなく芸術性を追求する姿勢、既存のカテゴリーに捉われない自由な発想、そして市場の要求よりも自身の信念を優先する独立独歩の精神。これらは、グローバル化と商業主義が加速する現代において、デザイナーが持つべき本質的な価値観を示している。梅田の作品と思想は、時代を超えて次世代のデザイナーたちに示唆を与え続けるだろう。
作品一覧
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1968年 | システム家具 | 可動供給装置 | オリベッティ |
| 1970年 | 照明 | GEMINI | オノラト |
| 1975年 | オフィス家具 | シンテシス45 | オリベッティ(エットレ・ソットサスとの共同デザイン) |
| 1981年 | 家具 | TAWARAYA | メンフィス |
| 1981年 | 家具 | GINZA | メンフィス |
| 1982年 | トレイ | スタートレイ | 日南 |
| 1982年 | 家具 | アニマル | アルテジャパン |
| 1982年 | 家具 | メドゥーサ | アルテジャパン |
| 1984年 | テーブルウェア | ムツゴロウ | 山加商店 |
| 1985年 | テーブルウェア | NIGHT&DAY | 日南 |
| 1986年 | 照明 | ウメダスタンド | ヤマギワ |
| 1986年 | トイレシステム | X-SPACE UM(男女別オフィストイレ) | INAX(現LIXIL) |
| 1988年 | 椅子 | 浄土(ハス) | ウメダデザインスタジオ |
| 1989年 | 屋外照明 | ランドルーチェ | 岩崎電気 |
| 1990年 | 椅子 | 月苑(キキョウ) | エドラ |
| 1990年 | 椅子 | 早春(ウメ)ロースツール | エドラ |
| 1990年 | 椅子 | ローズ | エドラ |
| 1990年代 | 椅子 | 花宴(サクラ) | エドラ |
| 1997年 | テーブルウェア | OMBRA/SHELL/COMBI | 丸富漆器 |
| 2021年 | 家具 | UTAMAROシリーズ | メンフィス |
| 製作中 | 椅子 | シャクヤク(新作花座シリーズ) | ウメダデザインスタジオ |
主要インテリアプロジェクト
| 年月 | 区分 | 作品名 | クライアント |
|---|---|---|---|
| 1974年 | インテリア | アートコレクターの自邸の部屋 | イタリア |
| 1983年 | インテリア | フィオルッチ・レッドゾーン | 西武百貨店 |
| 1986年 | インテリア | MGプラネット | 松屋(百貨店グループ) |
| 1986年 | インテリア | ドムドム・バーガー | ウェンコ・ジャパン |
| 1986年 | インテリア | きものやまと | やまと |
| 1987年 | インテリア | 住友銀行店舗 | 住友銀行 |
| 1990年 | インテリア | 日本ゴアテックス オフィス | 日本ゴア合同 |
| 1990年 | インテリア | トマト銀行 | トマト銀行 |
| 2000年 | インテリア | 新岐阜駅 | 名古屋鉄道 |
| 2018年 | インテリア | ウメダデザインスタジオ | ウメダデザインスタジオ |
Reference
- 梅田正徳 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/梅田正徳
- 梅田正徳 | 日本のデザインアーカイブ実態調査 - NPO法人 DESIGN ARCHIVE
- https://npo-plat.org/umeda-masanori.html
- デザイン国際化時代のパイオニア | 美術館 - 武蔵野美術大学
- https://mauml.musabi.ac.jp/museum/events/12781/
- 用語解説 : 梅田正徳とは | インテリア | MUUSEO SQUARE
- https://muuseo.com/square/words/870
- 梅田正徳 2022年3月10日 | 株式会社ミネルバ
- https://www.minerva-jpn.co.jp/special/umedamasanori2022-3/
- 梅田正徳氏 1990年 | MINERVA
- https://www.minerva-jpn.co.jp/case_ordermade/umedamasanori/
- [エドラ edra / Italy][梅田正徳 Masanori Umeda] Getsuen - Rocca
- https://rocca.shop/modern/30003
- エットレ・ソットサス|Ettore Sottsass - stoop
- https://stoop.jp/collection/creator/ettore-sottsass
- メンフィス (デザイン) - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/メンフィス_(デザイン)
- みんなの椅子 | 武蔵野美術大学
- https://chairs-for-all.musabi.ac.jp/archives/chair/7-10