ハンス・グゲロットの生涯
1920年4月1日、当時オランダ領東インドであったインドネシア・セレベス島のマカッサルに、オランダ人の両親のもとに生まれる。本名ヨハン・グゲロット。幼少期をオランダのラーレンおよびヒルフェルスムで過ごした後、1934年、父ピーテルがダボスのオランダ人療養所に上級医師として赴任したことを機に、一家はスイスへと移住する。
1940年、ローザンヌ大学の工学部に入学し工学を学ぶが、フランス語の習熟度の問題から、チューリッヒのスイス連邦工科大学(ETH Zürich)へ転じ、建築を専攻する。1946年に建築家の学位を取得。卒業後の約2年間は、主にイタリアを中心にヨーロッパを巡り、複数の建築事務所で実務経験を積む傍ら、ジャズギタリストとしても活動するという異色の経歴を重ねた。音楽への深い造詣は、生涯を通じてグゲロットの感性の一部であり続けた。
1948年、バウハウス出身のスイス人芸術家マックス・ビルのもとで働き始め、ここで初めて家具デザインに携わる。この出会いがグゲロットの設計者としてのキャリアの転機となった。1950年には自身の事務所を設立し、スイスの家具販売会社ヴォーンベダルフのために「モデル1363」ラウンジチェアの開発を進めるとともに、後に代表作となるモジュラー収納システム「M125」の設計に着手する。
1954年、マックス・ビルの推薦により、新設されたウルム造形大学(Hochschule für Gestaltung Ulm)に講師として着任。構造・プロダクトフォーム課程の教鞭を執るとともに、家具建設部門の責任者を務めた。同年、ブラウン社のエルヴィン・ブラウンとの出会いを契機に、ウルム造形大学とブラウン社の歴史的な協働が始まる。1955年のデュッセルドルフ・ラジオ見本市において、グゲロットが指揮した新しいブラウン製品群は大きな反響を呼び、戦後ドイツのインダストリアルデザインに新たな潮流を生み出した。
1957年にマックス・ビルがウルム造形大学を離れた後、トーマス・マルドナードの主導による大学改革の中で、グゲロットは「開発グループ2」を率い、ブラウン社のみならず、プファフ・ミシン、ゾノール打楽器、ハンブルガー・ホーホバーン(ハンブルク高架鉄道)、コダック、ヴァイスハウプトなど、多岐にわたるメーカーの製品開発を手がけた。1961年にはインド・アーメダバードにおけるナショナル・インスティテュート・オブ・デザイン(NID)の設立に携わり、バウハウスおよびウルム造形大学の教育理念をアジアへと伝える役割を果たした。
1962年、開発グループ2はドナウ川を挟んだノイウルムに移転し、「製品開発・デザイン研究所」(Institut für Produktionsentwicklung und Design)として再編される。この研究所において、グゲロットとそのチームはギラールの放射ボール盤、アルフレート・キルのためのラウンジチェア、アレクサンダー・シェラー社のスタッカブルビールケースなど、多様な製品の開発に取り組んだ。
1965年9月10日、ハンス・グゲロットは心臓発作により急逝。享年45。その早すぎる死は、戦後インダストリアルデザインの歴史に大きな空白を残した。没後もノイウルムの研究所はグゲロットの合理主義的デザインアプローチを継承し、1974年まで活動を続けた。
デザインの思想とアプローチ
ハンス・グゲロットのデザイン哲学の根幹には、ウルム造形大学が標榜した「科学的・学際的デザインアプローチ」がある。伝統的な直感的・個人的創造行為としてのデザイン観を退け、体系的な方法論と共同研究に基づくデザインプロセスを追求した。デザインとは表層的な造形を施すことではなく、製品の技術的機能を深く理解し、使用者の要求を適切に反映する社会的責任を担う行為であると、グゲロットは確信していた。
その思想は「システムデザイン」の概念に集約される。グゲロットは個々の製品を孤立した存在として捉えるのではなく、相互に関連するシステムの一部として構想した。ブラウン社のために開発したラジオ「G-11」、レコードプレーヤー「G-12」、テレビ「FS-G」はいずれも統一された寸法体系のもとに設計され、水平・垂直に自在に組み合わせて調和のとれたユニットを構成できた。このモジュラー思考は、収納システム「M125」においても貫かれ、基本要素から使用者自身が必要な形態を構築し、変化する要求に応じて再構成できるという、先駆的なシステムファニチャーの概念を実現した。
グゲロットは「デトロイト・スタイリング」やレイモンド・ローウィの「フェイスリフティング」に明確に反対の立場を取った。優れたデザインは単なる販売促進の手段ではなく「文化的必然」であるという信念のもと、幾何学的形態、抑制された色彩、装飾の排除を徹底した。形態は目的と構造から必然的に導かれるべきであり、流行に迎合する表層的なデザインとは一線を画す、合理的かつ誠実なものづくりを貫いた。
また、グゲロットは「ビルディング・ブロック」アプローチと呼ばれる機能的構築手法を重視した。与えられた立方体および正方形の寸法を形態に組み合わせるモジュラー構成の理論を発展させ、製品デザインにおける体系的な秩序を追求した。この方法論は、後にディーター・ラムスが発展させたブラウンのデザイン言語の基盤となり、さらにはアップル社のジョナサン・アイブにまで連なるミニマルデザインの系譜を形成した。
作品の特徴
グゲロットの作品群は、家具からオーディオ機器、電気シェーバー、ミシン、スライドプロジェクター、鉄道車両に至るまで驚くほど広範な領域に及ぶが、そのすべてに通底する特徴が認められる。
第一に、装飾の徹底的な排除と構造の誠実な表現がある。グゲロットの製品は、素材と構造そのものが視覚的要素となる。ブラウン SK 4のU字型に折り曲げた板金筐体、M125の金属ロッドと木製パネルの率直な構成など、製造プロセスを隠蔽せず、むしろそれを造形言語として昇華させる手法が一貫している。
第二に、モジュラーシステムへの志向がある。個別の製品をシステムの構成要素として設計し、組み合わせによって多様な使用状況に対応させるという思想は、M125収納システムからブラウンのオーディオ機器群、さらにはハンブルク高架鉄道の車両設計に至るまで、あらゆるスケールの仕事に適用された。
第三に、黒と銀の色彩による革新がある。ブラウン・シクスタント SM 31シェーバーにおいて、それまで白やアイボリーが常識であったバスルーム用品に初めて黒を導入し、精密機器としての品格を製品に与えた。この色彩戦略はその後のブラウン社のコーポレートアイデンティティに組み込まれ、工業製品の色彩概念に永続的な影響を及ぼした。
第四に、協働による設計プロセスが挙げられる。グゲロットの主要作品の多くは、ディーター・ラムス、ヘルベルト・リンディンガー、ヘルムート・ミュラー=キューン、ゲルト・アルフレート・ミュラー、オトル・アイヒャーといった優れた協働者との共同作業から生まれている。個人の天才性よりもチームの集合知を重んじるこの姿勢は、ウルム造形大学のデザイン理念を体現するものであった。
主な代表作とそのエピソード
モデル1363 ラウンジチェア(1948年 / ヴォーンベダルフ)
マックス・ビルのもとで働き始めた時期に設計された初期の家具作品。ビーチ材の合板と無垢材で構成され、座面シェルが骨組みの上に載せられる構造により、力学装置を一切用いずにリクライニングの角度を自在に変化させることができるという、当時としては斬新な機構を備えていた。アーチ状のアームレストに沿って座面が移動することで、座位から寝そべりまで幅広い姿勢に対応する。1948年にスイスの家具販売会社ヴォーンベダルフが採用し、販売を開始した。現存数がきわめて少なく、今日ではコレクターズアイテムとして高く評価されている。
M125 モジュラー収納システム(1950年〜 / ヴォーンベダルフ、ボフィンガー)
グゲロットの代表作として最も広く知られるシステムファニチャーのひとつ。木製パネル、金属ブラケット、金属ロッドという基本要素のみで構成され、使用者自身が必要に応じた棚、キャビネット、間仕切りなどを自在に設計・構築できる画期的なシステムであった。1953年にヴォーンベダルフから発売された後、ウルム造形大学で学生のヘルムート・ミュラー=キューンとともに改良が重ねられ、特に金属ロッドを側面パネルに内蔵する構造と、組み立て・解体を容易にする「鍵」の機構が開発された。1956年からはシュトゥットガルトのボフィンガー社が製造を引き継ぎ、1957年のベルリン・インターバウ国際建築展ではヴァルター・グロピウスとピエール・ヴァゴが設計した住宅の内装に採用された。ルドルフ・ホルンのMDWシステムやフリッツ・ハラーのUSMハラーに先駆けること約10年、モジュラー家具の概念を世界に示した先駆的作品であり、1980年代後半まで生産が続けられた。
ウルムスツール(1954年 / HfG Ulm)
マックス・ビル、パウル・ヒルディンガーとの共同設計により、ウルム造形大学の学生のために生み出された多機能スツール。モミ材とブナ材を組み合わせた極めて簡素な構造でありながら、腰掛け、サイドテーブル、書見台、持ち運び用の台として多目的に使用できる。バウハウスの理念を最も純粋に体現したプロダクトのひとつとして広く評価されており、ウルム造形大学の象徴的な存在となった。耐荷重は400kgに達し、試験では上面2トン、側面1トンを超える耐久性が実証されている。
ブラウン G-11 / G-12 / FS-Gシリーズ(1955年 / ブラウン)
ブラウン社との協働の最初の成果として、1955年のデュッセルドルフ・ラジオ見本市で発表されたラジオ、レコードプレーヤー、テレビのモジュラーシリーズ。ラジオ「G-11 スーパー」、レコードプレーヤー「G-12」、テレビ「FS-G」は統一された寸法体系のもとに設計され、既存のブラウン技術を明るいメープル材の簡素な筐体に収めた。この「新しい生活態度を表現する製品」というアルトゥール・ブラウンおよびエルヴィン・ブラウンの指示に応え、当時流行のクール・ジャズを再生し、旧態依然とした居間の雰囲気を一掃する装置として構想された。オトル・アイヒャーがスケールのグラフィックデザインを手がけたG-11は、ブラウンデザインの出発点として今日なお重要視されている。
ブラウン SK 4 ラジオ・フォノグラフ「白雪姫の棺」(1956年 / ブラウン)
ディーター・ラムスとの協働で生まれた、20世紀のプロダクトデザインを代表する名作。ブラウン社内でフリッツ・アイヒラーとラムスが木製筐体のデザインに行き詰まった際、アイヒラーがウルムのグゲロットに相談し、解決策がもたらされた。グゲロットは一枚の板金をU字型に折り曲げ、両端を木製パネルで閉じるという構造を提案。透明なアクリルの蓋とホワイトの金属筐体から「白雪姫の棺(Schneewittchensarg)」の愛称で呼ばれるようになったこの機器は、家具を模した重厚な外観が主流であった当時の家電製品に終止符を打ち、西ドイツ戦後デザインの象徴となった。ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久コレクションに収蔵されている。
ブラウン・シクスタント SM 31 電気シェーバー(1962年 / ブラウン)
ゲルト・アルフレート・ミュラーとの共同設計による電気シェーバーの傑作。従来の穿孔方式に代わり、電鋳法(エレクトロタイピング)による六角形の微細孔を持つシェービングフォイルを採用し、その六角形の意匠から「シクスタント(六分儀)」の名が付けられた。フリッツ・アイヒラーの提案により、それまでバスルーム用品の常識であった白やアイボリーを覆し、初めて黒を基調とする色彩を採用。精密機器としての風格を備えたこの製品は、800万台以上を売り上げる大ヒットを記録し、ブラウン社の商業的成功に大きく貢献した。黒と銀の組み合わせはその後ブラウンのコーポレートアイデンティティの一部となった。
ハンブルク高架鉄道 DT2型車両(1959年〜1962年 / ハンブルガー・ホーホバーン)
ヘルベルト・リンディンガー、ヘルムート・ミュラー=キューンとの協働により、オトル・アイヒャーとペーター・クロイの色彩・ビジュアルコミュニケーション設計を加えて開発された都市鉄道車両。1962年に導入されたDT2型は、以後約30年にわたってハンブルク近郊鉄道網の顔として市民に親しまれた。家電製品からモビリティまでスケールを超えたシステムデザインの実践として、グゲロットのデザイン思想の射程の広さを示す重要な業績である。
コダック カルーセルS スライドプロジェクター(1963年 / コダック)
ラインホルト・ヘッカーとの共同設計により、コダック社のためにデザインされたプロフェッショナル用スライドプロジェクター。円形のスライドマガジンを特徴とするこの機器は、ドイツ国内向けのプロフェッショナルモデルとして販売された。操作性と機能性を高い次元で統合したその設計は、プロジェクターのデザイン史における古典として位置づけられ、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久コレクションに収蔵されている。
功績・業績
ハンス・グゲロットの功績は、多層的かつ広範に及ぶ。
第一に、「システムデザイン」の概念を体系化し実践した先駆者としての役割がある。個々の製品をシステムの構成要素として設計するアプローチは、M125収納システムからブラウンのオーディオ機器群に至るまで一貫して適用され、戦後のインダストリアルデザインに新たな方法論を提示した。
第二に、ブラウン社のデザイン文化の確立に決定的な貢献を果たした。ウルム造形大学とブラウン社の協働を主導し、合理的で装飾を排した製品デザインの方向性を定めたことは、後にディーター・ラムスが発展させたブラウンデザインの基盤となった。オトル・アイヒャーのグラフィックデザインと相まって、ブラウン社は戦後西ドイツにおける最初の一貫したコーポレートアイデンティティの事例のひとつを築き上げた。
第三に、「インダストリアルデザイナー」という職能の確立に大きく寄与した。デザイナーは表面的な装飾を施す者ではなく、技術的機能を理解し使用者の需要を適切に反映する専門職であるという職業像を、教育と実践の両面から示した。
第四に、国際的なデザイン教育の発展に貢献した。1961年のインド・ナショナル・インスティテュート・オブ・デザイン(NID)の設立に携わり、バウハウスからウルム造形大学へと連なるデザイン教育の理念をアジアへと伝播させた。NIDは現在もインド国内に3拠点を有し、インドのデザイン教育の基盤として機能し続けている。
第五に、ウルム造形大学の教育者として、数多くの後進を育成した。教鞭を執った1954年から急逝する1965年までの約11年間に、ヘルベルト・リンディンガー、ヘルムート・ミュラー=キューンをはじめとする優れたデザイナーを輩出し、その門下からはドイツを中心に国際的に活躍する人材が育った。
評価・後世に与えた影響
ハンス・グゲロットは、戦後ドイツのインダストリアルデザインにおける「第二のモダニズム」の中心人物として広く評価されている。バウハウスの合理主義的原則を1920年代の手工芸的文脈から戦後の工業生産の世界へと橋渡しし、新たな製品環境に適合させて発展させた功績は、デザイン史において重要な意義を有する。
グゲロットがブラウン社とともに確立したデザイン言語は、ディーター・ラムスによって継承・深化され、ラムスの「良いデザインの10原則」として結実した。この系譜はさらに、スティーブ・ジョブズとジョナサン・アイブによるアップル社の製品デザインへと引き継がれ、21世紀のテクノロジー製品の造形に多大な影響を及ぼしている。グゲロットの仕事なくして、今日私たちが日常的に手にするスマートフォンやコンピュータのミニマルなデザインは生まれ得なかったと言っても過言ではない。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)には、ブラウン SK 4ラジオ・フォノグラフおよびコダック カルーセルSスライドプロジェクターが永久コレクションとして収蔵されている。1957年のミラノ・トリエンナーレではブラウン製品がグランプリを受賞し、同年のベルリン・インターバウ国際建築展では100点以上のブラウン製品が展示された。1958年のブリュッセル万博ドイツ館、同年のMoMAデザイン展においてもブラウン製品が紹介され、国際的な評価を不動のものとした。
45歳という若さで世を去ったにもかかわらず、グゲロットが残した方法論と作品群は、戦後のデザイン教育と実践のあり方を決定的に変容させた。2020年、グゲロット生誕100周年を記念して、ウルムのHfGアーカイブにおいて包括的な回顧展「ハンス・グゲロット——デザインの建築」が開催され、改めてその業績の全体像が検証された。グゲロットの仕事は今日なお、機能と形態の統合、システム思考の重要性、デザインの社会的責任という、普遍的な問いを私たちに投げかけ続けている。
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1948年 | 椅子 | モデル1363 ラウンジチェア | Wohnbedarf |
| 1950年頃 | 椅子 | Horgenglarus チェア | Horgenglarus |
| 1950年〜 | 収納家具 | M125 モジュラー収納システム | Wohnbedarf / Bofinger |
| 1954年 | スツール | ウルムスツール(Ulmer Hocker) | HfG Ulm(マックス・ビル、パウル・ヒルディンガーとの共同設計) |
| 1954年 | ベッド | GB1085 ベッド / デイベッド | Bofinger |
| 1955年 | ラジオ | G-11 Super ラジオ | Braun |
| 1955年 | レコードプレーヤー | G-12 レコードプレーヤー | Braun |
| 1955年 | テレビ | FS-G テレビジョン | Braun |
| 1955年 | ラジオ | TS-G テーブルラジオ | Braun(ヘルムート・ミュラー=キューンとの共同設計) |
| 1956年 | ラジオ・フォノグラフ | SK 4 / SK 4/10 ラジオ・フォノグラフ「白雪姫の棺」 | Braun(ディーター・ラムスとの共同設計) |
| 1956年頃 | 椅子 | GS 1076 チェア | Bofinger |
| 1957年 | オーディオ | studio 1 ラジオ・フォノ・モジュラーシステム | Braun(ヘルベルト・リンディンガーとの共同設計) |
| 1957年 | オーディオ | PKG 5 ラジオ・フォノ複合機 | Braun |
| 1958年 | テレビ | テレフンケン テレビジョン | Telefunken(ヘルムート・ミュラー=キューンとの共同設計) |
| 1958年頃 | 椅子 | ラウンジアームチェア | Bofinger |
| 1959年頃 | 家電 | K4 キッチンマシン(プロトタイプ) | Braun |
| 1959年〜1962年 | 鉄道車両 | DT2型 ハンブルク高架鉄道車両 | Hamburger Hochbahn(リンディンガー、ミュラー=キューン、アイヒャー、クロイとの共同設計) |
| 1959年頃 | オーディオ | ラジオ・フォノ・オーディオテープ・モジュラーシステム(studio 2原型) | Braun(ヘルベルト・リンディンガーとの共同設計) |
| 1960年代 | ミシン | プファフ ミシン | Pfaff |
| 1960年代 | 打楽器 | ゾノール パーカッション | Sonor |
| 1961年 | 電気シェーバー | シクスタント 1(Sixtant 1) | Braun |
| 1962年 | 電気シェーバー | シクスタント SM 31 | Braun(ゲルト・アルフレート・ミュラーとの共同設計) |
| 1962年頃 | オーディオ | SK 61 フォノスーパー | Braun(ディーター・ラムスとの共同設計) |
| 1963年 | スライドプロジェクター | カルーセルS(Carousel-S)スライドプロジェクター | Kodak(ラインホルト・ヘッカーとの共同設計) |
| 1960年代 | バーナー | バーナー | Weishaupt |
| 1960年代 | ラウンジチェア | ラウンジチェア | Alfred Kill |
| 1960年代 | 産業用品 | ラジアルドリル | Girards |
| 1960年代 | 産業用品 | スタッカブル ビールケース | Alexander Schoeller & Co. |
| 1960年代 | オーディオ | Atelier 11 | Braun(ディーター・ラムスとの共同設計) |
| 1970年代 | 照明 | パーティーライト | Guteform |
| 年代不詳 | 照明 | グローブランプ | Varta |
Reference
- Hans Gugelot - Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/Hans_Gugelot
- Hans Gugelot. The Architecture of Design at the HfG-Archiv, Ulm – smow Blog
- https://www.smow.com/blog/2020/07/hans-gugelot-the-architecture-of-design-at-the-hfg-archiv-ulm/
- Hans Gugelot en — HfG Archiv Ulm
- https://hfg-archiv.museumulm.de/en/exhibition/hans-gugelot-100-en/
- Hans Gugelot Biography - Infos for Sellers and Buyers
- https://www.hans-gugelot.com/
- Hans Gugelot - Oxford Reference
- https://www.oxfordreference.com/display/10.1093/oi/authority.20110803095911380
- Hans Gugelot: Influential German Designer and Braun Consultant - Encyclopedia of Design
- https://encyclopedia.design/2023/06/15/hans-gugelot-dutch-swiss-product-designer/
- Hans Gugelot | MoMA
- https://www.moma.org/artists/2398
- Dieter Rams, Hans Gugelot. Radio-Phonograph (model SK 4/10). 1956 | MoMA
- https://www.moma.org/collection/works/2649
- Hans Gugelot, Reinhold Häcker. Carousel-S Slide Projector. 1963 | MoMA
- https://www.moma.org/collection/works/3342
- The Architecture of Design. 100 years Hans Gugelot
- https://100years.hansgugelot.com/
- Hans Gugelot designer profile – onlyonceshop
- https://onlyonceshop.com/designers-all/hans-gugelot
- Braun Radio G11 - Werkbundarchiv – Museum der Dinge
- https://museumderdinge.org/thing-of-the-month/braun-radio-g11/
- Braun Design: Jatzke-Wigand on F. Eichler (CDM) Hangzhou
- https://www.designundtext.com/en/3.10_jatzke-wigand-lecture-eichler-cdm-hangzhou-pb.php
- Braun Sixtant SM 31 Shaver: Industrial Design Thinking - TIME PROOF DESIGN
- https://timeproofdesign.com/braun-sixtant-sm-31-shaver-industrial-design-thinking/
- BRAUN コレクション | METROCS
- https://metropolitan.co.jp/collection/braun/06.html
- バウハウスの概念を象徴するプロダクト ウルムスツール|マックス・ビル | METROCS
- https://metrocs.jp/special/maxbill/ulmstool.html
- Hans Gugelot – Braun Design
- https://www.designundtext.com/en/protagonists/overview-hans-gugelot.php
- Hans Gugelot - Bauhaus Movement
- https://shop.bauhaus-movement.com/hans-gugelot-die-architektur-des-design-avedition/