エリック・マグヌッセンの生涯
1940年、デンマークの首都コペンハーゲンに生まれる。祖父はコペンハーゲンで著名な画商であり、デンマークの建築家トーヴァル・ビンデスベルや画家スヴェン・ハマースホイと親交を持つ芸術愛好家であった。父は鉄鋼の熱処理や英国製モーターサイクルの試験走行に携わる優れた技術者であり、発明家としての素養も備えていた。芸術と工学が交差する家庭環境のもと、マグヌッセンは幼少期から創造的な感性を育んでいった。
マグヌッセンは重度のディスレクシア(読字障害)を抱えていたが、ベルナドッテ・スクールの先見の明ある校長が少年の才能を見出し、数学の授業時間中にさえも陶芸工房へのほぼ無制限のアクセスを許可した。この教育的配慮が、のちに世界的デザイナーとなる彼の才能を開花させる決定的な契機となった。20歳のとき、父の助けを借りて実家の地下室に陶芸工房を設け、若き日の創作活動を開始する。
1960年、コペンハーゲン工芸美術学校(現デンマーク王立芸術アカデミー)の陶芸科を銀メダルの成績で卒業。卒業後まもなく、デンマークの名門磁器メーカーであるビング・オー・グレンダール社にウルスラ・ムンク=ペーターセンとともに招聘され、インダストリアルデザイナーとしてのキャリアを歩み始める。同社では彫刻家ヘニング・コッペルやセーレン・ゲオルグ・イェンセンも活動しており、若き指導者エッベ・シモンセンのもとで陶磁器デザインの黄金期を迎えていた。
友人たちからは「ザ・ポッター(陶芸家)」と呼ばれたマグヌッセンは、生涯を通じて自らを「デザイナー」ではなく「陶芸家」と称した。どのような素材を扱う場合であっても、その制作手法を「セラミックの方法」と呼び、陶芸で培った触覚的・感覚的なアプローチを一貫して設計の基盤に据え続けた。2014年に逝去するまで半世紀以上にわたり、テーブルウェア、家具、照明、ハイテク製品に至る多彩な領域で、簡潔にして機能的な美を追求し続けた。
デザインの思想とアプローチ
エリック・マグヌッセンのデザイン哲学は、「余分なものを削ぎ落とす」という一貫した信念に貫かれている。スカンジナヴィアン・デザインの核心である「シンプリシティ」の概念を、それまでにない次元へと昇華させた人物として、デンマーク・デザイン史において独自の位置を占める。
マグヌッセンは、同時代のスカンジナヴィアのデザイナーたちとは異なるアプローチを採った。美学を最優先とするのではなく、素材への深い関心、使用者の快適性、製造工程の合理化、そして日常生活を容易にすることを設計の出発点とした。その姿勢はむしろ科学者のそれに近く、あらゆるデザインの根底に発明的な思考が息づいていた。
彼のデザインプロセスは極めて独特であった。すべてのアイデアは図面に描かれる前にまず模型として造形された。身体は精神と同等に理解し伝達する能力を持つという確信のもと、手で触れ、形を確かめることから創造が始まった。「ファイン・シンキング」と自ら名付けた思索法では、リビングのソファに横たわり、マイルス・デイヴィスのジャズに耳を傾けながら目を閉じ、30分後には工房に向かってまるで幾度も描いたかのような図面を一気に仕上げたという。
マグヌッセンの仕事には強い社会的使命感が通底していた。高度に創造的かつ技術的な工業ソリューションを用いて、健全で堅実な職人技から生まれる良質な製品を、多くの人々が手にできる価格で提供することを目指した。上流階級の庭園のための彫刻を制作することから、大量生産の日用品を手がけることへと移行した背景にも、この民主的なデザイン観が反映されている。
製造現場への深い敬意もまた、彼の作品を特徴づける要素である。マグヌッセンは製造工程に携わる従業員一人ひとりの声に耳を傾け、その経験から多くを学んだ。彼のデザインが工場の作業を容易にしたことで、職人たちからもまた深い信頼を寄せられた。こうした双方向の尊重が、機能性と美しさを高い水準で両立させる作品群を生み出す原動力となった。
作品の特徴
マグヌッセンの作品は、簡潔でありながら機能的に豊かな解決を特徴とする。余剰を削ぎ落とし、素材と生産技術への深い理解をもって、既存の概念に挑戦し続けた。その作品群は陶磁器、ステンレス、プラスチック、チューブ・スチール、磁器、ピューターなど多岐にわたる素材を縦横に操りながら、いずれも一貫した美学的統一性を保っている。
発明的革新
マグヌッセンのデザインには、しばしば相当な発明的要素が含まれている。ビング・オー・グレンダール社ではたった一つの鋳型で完成品を生み出すティーポットを考案し、製造工程の革命的な簡素化を実現した。スチールトンのサーモジャグEM77においては、片手操作を可能にするジンバル式の蓋を発明し、日用品の使い勝手を根本から変えた。こうした技術的イノベーションは単なる改良ではなく、製品概念そのものの再定義といえるものであった。
チューブ・スチールへの探求
家具デザインにおいては、チューブ(管)の曲げ加工が一貫したテーマとなっている。最初の椅子作品であるZ-downから、チェアリック・シリーズ、パウスティアンのための家具に至るまで、使用する要素の数を最小限に抑え、効率的な生産と組み立てを可能にするチューブ・スチール構造を追求した。構造的合理性と視覚的な軽やかさを同時に達成する手法は、マグヌッセンのデザインを際立たせる特質である。
素材の本質を引き出す
陶芸家としての出自を持つマグヌッセンは、素材の特性を深く理解し、その本質的な美しさを引き出すことに長けていた。ポーセライト・シリーズでは白磁の透光性を活かした控えめな照明器具を生み出し、EM77ではステンレスの円筒形状による端正なミニマリズムを表現した。どの素材においても、その物質固有の特質を最大限に活用する設計思想が貫かれている。
主な代表作とエピソード
EM77 バキュームジャグ(1977年 / スチールトン)
マグヌッセンの名を世界に知らしめた代表作であり、デンマーク・デザインの象徴的存在として広く認知されている。アルネ・ヤコブセンのシリンダ・ラインを継承する製品として開発されたこのサーモジャグは、厳格な円筒形のフォルムとツートーンのグラフィカルな外観によって、ミニマリズムと機能性の理想的な融合を実現した。当初はステンレス・スチールで発売されたが、のちにABSプラスチック版が登場し、30色以上のカラーバリエーションが展開された。片手操作を可能にするジンバル式の蓋は、マグヌッセンの発明的才能を端的に示す機構である。累計1,000万個以上が生産され、2007年にはデンマーク・デザイン・センターからクラシック・デザイン賞を受賞した。
Z-down フォールディングチェア(1968年 / トーベン・エルスコフ)
マグヌッセンが最初に手がけた家具作品である。1968年にコペンハーゲンの工芸美術館で開催された展覧会「Form68」で発表された。逆転したチューブを二つのフックで接続し、キャンバスまたはレザーの座面をチューブの張力で保持する構造は、簡潔でありながら力学的な美しさを備えている。デンマーク・デザイン界の重鎮であったトーベン・エルスコフが、マグヌッセンのオールラウンドなデザイナーとしての可能性を最初に見出した人物であった。
チェアリック・シリーズ(1996年 / エンゲルブレヒツ、現モンタナ)
シンプリシティの典型ともいうべきスタッキングチェアである。二次元的で容易に製造可能なシェルによって、高い水準の快適性とデザインを実現した。圧縮成形合板とプラスチックの特性を徹底的に研究し、脊椎に圧迫を与えることなく確実なサポートを提供する座り心地を達成している。1台のトロリーに最大45脚をスタッキングでき、わずか14平方メートルに1,000脚を収納可能という驚異的な収納性能を誇る。オスロ市庁舎をはじめとする大規模施設で採用され、現在はモンタナ・ファニチャーにより100%リサイクル素材のシェルも生産されている。
ポーセライト(1982年設計、2013年再生産 / ビング・オー・グレンダール、現メイド・バイ・ハンド)
ビング・オー・グレンダール磁器工場とルイスポールセン照明の協業から生まれた磁器ランプ・シリーズ。マグヌッセンは白磁の透光性の美しさを、空間に溶け込む控えめなデザインで表現することを意図した。消灯時には清楚な白い佇まいを見せ、点灯時には温かな金色の光を室内にもたらす。その謙虚で寛容なデザインは、あらゆる空間での使用に適している。2013年よりメイド・バイ・ハンドが製造を引き継ぎ、ペンダント、テーブルランプ、フロアランプのコレクションとして展開されている。
プラトー ラウンジチェア(2009年 / エンゲルブレヒツ)
マグヌッセンが自身の左手の形を凝視するところからインスピレーションを得たという逸話を持つ有機的なラウンジチェア。最初の模型は粘土で制作された。ハードフォームにポリウレタンフォームのシェルを被せ、二分割されたファブリックで座面と背もたれを覆う独創的な構造を持つ。高度に磨き上げられたアルミニウム製4本脚スウィベルベースの上に載る有機的なフォルムは、マグヌッセンのユーモアと創造性を象徴する晩年の傑作として高く評価されている。2011年にはレッドドット賞を受賞した。
ハンク・ポーセリン・サービス(1970年頃 / ビング・オー・グレンダール)
従来の磁器サービスセットが約50のアイテムで構成されるのに対し、マグヌッセンが手がけたフォルム679はわずか11アイテムで構成された画期的なサービスセットである。シンプルで幾何学的な造形は、必要最小限の要素で最大限の機能を実現するというマグヌッセンの設計哲学を如実に体現するものであった。1970年にはデンマーク・デザイン評議会よりID賞を受賞した。
マグナット・ソファ(1994年 / ブリュール)
ドイツの高級家具メーカー、ブリュール社のためにデザインされたレザーソファ。1992年にレッドドット賞を受賞し、2017年にはドイツ・デザイン賞にも選出されるなど、20年以上にわたり高い評価を維持し続けている息の長い名作である。
功績と業績
エリック・マグヌッセンは、半世紀以上にわたるキャリアを通じて、国際的に高い評価を獲得した。その功績は以下の通り多岐にわたる。
- 1967年 ルニング賞
- スカンジナヴィアン・デザインにおける最も権威ある賞の一つ。マグヌッセンは史上最年少の受賞者であった。ニューヨークのゲオルグ・イェンセン社を通じてフレドリック・ルニングにより授与された。
- 1977年 ID賞(EM77)および家具賞
- デンマーク・デザイン評議会よりスチールトンのサーモジャグEM77に対してID賞が授与された。同年、デンマーク家具製造者協会より家具賞も受賞した。
- 1983年 デザイナー・オブ・ザ・イヤー
- デンマーク・デザイン・センターにより年間最優秀デザイナーに選出された。
- 1996年 トーヴァル・ビンデスベル・メダル
- デンマーク王立芸術アカデミーより授与される名誉あるメダル。デンマーク・デザインへの顕著な貢献を称えて贈られた。
- 1997年 グッドデザイン金賞
- 日本インダストリアルデザイン振興会(現日本デザイン振興会)より、プラズマチェアに対してグッドデザイン金賞が授与された。
- 2001年 Honorary Royal Designer for Industry
- ロンドンの王立芸術協会(RSA)より、名誉ロイヤル・デザイナー・フォー・インダストリーの称号が授与された。英国外のデザイナーとしての最高の栄誉の一つである。
- 2007年 クラシック・デザイン賞
- デンマーク・デザイン・センターより、EM77サーモジャグに対してクラシック・デザイン賞が授与された。
このほか、デンマーク工業デザイン協会のID賞を複数回受賞(1970年、1977年、1987年、1988年)、ドイツのレッドドット賞を複数回受賞(1992年、2001年ベスト・オブ・ザ・ベスト)、2002年デンマーク国立銀行創立記念財団名誉助成金、2017年ドイツ・デザイン賞など、国際的な受賞歴は極めて豊富である。
評価と後世への影響
エリック・マグヌッセンの作品は、デンマーク・デザインミュージアム(コペンハーゲン)をはじめ、世界各国の美術館・デザインミュージアムに収蔵されている。とりわけEM77バキュームジャグは、デンマーク・デザインのアイデンティティを世界に発信する象徴的存在として、累計1,000万個以上の生産実績を誇る。
マグヌッセンの最大の貢献は、スカンジナヴィアン・デザインにおける「シンプリシティ」の概念を、美学的簡潔さから技術的・社会的合理性を含む包括的な設計原理へと拡張したことにある。デザイナーとしての自己表現よりも、使用者の日常生活の向上と、製造に携わるすべての人々の仕事を容易にすることを優先する姿勢は、北欧デザインの民主的理念を体現するものであった。
彼の設計思想は、チェアリック・シリーズが100%リサイクル素材で再生産されていることに象徴されるように、サステナビリティという現代の課題とも深い親和性を持っている。モンタナ・ファニチャーがエンゲルブレヒツを2021年に買収した後もチェアリック・シリーズの生産を継続し、新たなカラー展開やリサイクル素材の導入を進めていることは、マグヌッセンのデザインが持つ普遍的な価値の証左である。
2014年の逝去後も、家族によりエリック・マグヌッセン・デザインとして事業が継続されており、スチールトン、モンタナ、メイド・バイ・ハンドなどのメーカーを通じて多くの作品が現行生産されている。半世紀前のデザインが今なお現代のインテリアに不可欠な存在であり続けることは、「余分なものを削ぎ落とす」というマグヌッセンの信念が時代を超越する普遍性を持つことを雄弁に物語っている。
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1959年 | テーブルウェア | Teapot '59 | Bing & Grøndahl |
| 1960年代 | 彫刻 | Iron & Clay Sculptures | — |
| 1960年代 | 陶芸 | Ceramic Artwork | — |
| 1961年頃 | テーブルウェア | Form 679 Porcelain Service | Bing & Grøndahl |
| 1965年 | テーブルウェア | Teapot '65 / Form 25 Termo | Bing & Grøndahl |
| 1968年 | 椅子 | Z-down Folding Chair | Torben Ørskov |
| 1970年 | 家具 | School Furniture | —(Per Kragh-Müller との協業) |
| 1970年頃 | テーブルウェア | Hank Porcelain Service Set | Bing & Grøndahl |
| 1973年 | インテリア雑貨 | Porcelain Nameplates | Bing & Grøndahl |
| 1976年 | テーブル | Collapsible Table | — |
| 1977年 | テーブルウェア | EM77 Vacuum Jug | Stelton |
| 1978年 | 時計 | Watch Series | Georg Christensen |
| 1979年 | テーブルウェア | Ice Bucket | Stelton |
| 1982年 | 照明 | Porcelight Porcelain Lamp Series | Bing & Grøndahl / Louis Poulsen(現 Made By Hand) |
| 1982年 | 照明 | Steel Kerosene Ship's Lamps | Stelton |
| 1985年 | テーブルウェア | Melamine Tableware | Stelton |
| 1986年 | テーブルウェア | Teapot '86(Pewter) | — |
| 1987年 | テーブルウェア | Salad Bowls | Stelton |
| 1987年 | プロダクト | Clip-on Watch(Prototype) | — |
| 1988年 | 照明 | Marine Lighting Collection | Harlang & Dreyer |
| 1989年 | 家具 | Tube Steel Furniture | Paustian |
| 1990年 | 照明 | Ring Lamp | — |
| 1990年 | プロダクト | Vodka Bottle | — |
| 1992年 | テーブルウェア | Pewter Tabletop Collection | Royal Selangor |
| 1994年 | ソファ | Magnat Sofa | Brühl |
| 1995年 | テーブルウェア | Cutlery Series | Stelton |
| 1996年 | 椅子 | Chairik Chair Series | Engelbrechts(現 Montana Furniture) |
| 1996年 | 椅子 | Plasma Chair | Engelbrechts(現 Montana Furniture) |
| 1999年 | プロダクト | Cooler Pen | — |
| 2000年 | テーブル | Tabois | — |
| 2009年 | 椅子 | Plateau Lounge Chair | Engelbrechts(現 Montana Furniture) |
| 2009年 | 椅子 | Petit Plateau Lounge Chair | Engelbrechts(現 Montana Furniture) |
Reference
- About • Erik Magnussen(公式サイト)
- https://erikmagnussen.com/about/
- Designs • Erik Magnussen(公式サイト)
- https://erikmagnussen.com/designs/
- Erik Magnussen – Stelton
- https://www.stelton.com/en/designere/erik-magnussen
- Erik Magnussen | Scandinavian interior design – Nordic Nest
- https://www.nordicnest.com/designers/erik-magnussen/
- Erik Magnussen – GR Shop
- https://grshop.com/designers/erik-magnussen.html
- Erik Magnussen | Collections – Royal Selangor
- https://www.royalselangor.com/us/collections/erik-magnussen.html
- Design Spotlight On: Erik Magnussen – My Scandinavian Home
- https://www.myscandinavianhome.com/2019/04/design-spotlight-on-erik-magnussen.html
- Erik Magnussen Furniture & Chairs – Incollect
- https://www.incollect.com/artists/erik-magnussen-furniture
- Chairik 101 – Montana Furniture
- https://www.montanafurniture.com/en-fi/professionals/professionals-product-page/chairik-101
- Bing & Grøndahl • Erik Magnussen(公式サイト)
- https://erikmagnussen.com/designs/manufacturer/bing-grondahl/
- Z-down • Erik Magnussen(公式サイト)
- https://erikmagnussen.com/designs/plasma-18/
- Porcelight • Erik Magnussen(公式サイト)
- https://erikmagnussen.com/designs/plasma-16/
- Erik Magnussen – Skandium
- https://www.skandium.com/collections/erik-magnussen
- Erik Magnussen | Design | Finnish Design Shop
- https://www.finnishdesignshop.com/en-us/designer/erik-magnussen
- Erik Magnussen – Connox
- https://www.connox.com/designers/erik-magnussen.html
- Erik Magnussen – Danish Design Store
- https://www.danishdesignstore.com/collections/designer-collections-erik-magnussen
- A 1960s Design Classic: Erik Magnussen's Z-Down Chair – Core77
- https://www.core77.com/posts/136406/A-1960s-Design-Classic-Erik-Magnussens-Z-Down-Chair