セシリエ・マンツ(Cecilie Manz、1972年生まれ)は、デンマークを代表する現代デザイナーの一人。家具、照明、陶磁器、電子機器など幅広い分野で、スカンディナビアの簡潔さと現代的な表現を融合させ、機能を最優先しながらも静かな美をたたえた作品を生み出してきた。フリッツ・ハンセン、ムート、バング&オルフセンといったブランドと協働し、メゾン・エ・オブジェの「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」(2018年)をはじめ国際的な評価を得ている。
バイオグラフィー
1972年、デンマークのオズヘレズ(シェラン島)に生まれる。両親はともに陶芸家で、自宅の工房で育った彼女にとって、デザインと手仕事は幼少期から身近な存在だった。この環境が、素材への深い理解と手仕事への敬意という、後の創作姿勢の基盤となった。1992年に王立デンマーク美術アカデミー・デザイン学校に入学し、家具と日用品のデザインを専攻。在学中にはヘルシンキの芸術デザイン大学(UIAH)へ交換留学し、北欧デザインへの理解を深めた。1997年に卒業し、その翌年の1998年にコペンハーゲンで自身のスタジオ「セシリエ・マンツ・スタジオ」を設立。以来四半世紀以上、ここが彼女の創作の拠点であり続けている。
マンツの仕事の進め方は、現代ではむしろ「古風」と言われるものである。多くをスタジオで一人で進め、図面は紙に描き、スタジオの工房で自ら手を動かして造形する。最初のプロジェクト「ラダー(はしごにもなる椅子)」は、ドイツのニルス・ホルガー・モーアマンに見いだされて製品化され、デビューのきっかけとなった。作品はニューヨーク近代美術館(MoMA)やデザインミュージアム・ダンマルクのコレクションに収蔵され、世界各地での講演を通じて次世代にも影響を与えている。現在もコペンハーゲンのスタジオを拠点に、製品デザインのほか、実験的なプロトタイプや一点物の制作にも取り組んでいる。
デザインの思想とアプローチ
機能主義と簡潔さ
マンツのデザインの核には、徹底した機能主義がある。ただしそれは教条的な「形態は機能に従う」ではなく、より人間的で詩的なものだ。「機能は不可欠であり、新しい製品の存在理由を明確に説明できないなら、作らない方がいい」と彼女は言う。この姿勢には、消費社会の過剰生産への静かな批判が含まれている。長く使われる質の高い物をつくることが自らの実践を正当化する、という考えである。作品は「本質まで削ぎ落とされたデザイン」と評され、清潔な線と自然素材、機能を美の基礎とする態度は、カーレ・クリント以来のデンマークデザインの系譜に連なる。同時に、製品名にしばしば敬愛する芸術家の名を冠する点にも、彼女の美術への愛着がうかがえる。フリッツ・ハンセンの「カラヴァッジオ」ランプは、バロックの画家カラヴァッジオにちなんだものである。
素材への理解と光のデザイン
陶芸家の両親のもとで育った経験は、マンツに素材への本質的な理解をもたらした。新しい分野に取り組む際には、その工芸の知識を身につけるために時間をかける。日本の瀬戸で手づくりされる陶器、デンマークの伝統的な木工、精密にレーザーカットされた鋼板の棚など、それぞれの素材の特性を理解し、その可能性を引き出すことに注力する。照明では一貫して「光そのものから注意をそらさない」ことを目指してきた。ランプは光を届けるための媒体であり、それ自体が過度に主張すべきではないという考えのもと、機能を優先しつつ視覚的な洗練も両立させている。
作品の特徴
マンツの作品は、彫刻的な美しさと実用性が無理なく両立している。ミニスキュール・チェアの丸みは海岸の小石にたとえられ、座る人に守られた感覚を与える。エアリー・テーブルの薄い溶接フレームは、軽やかでありながら洗練されたシルエットを描く。色彩では特にグレーを好み、「ほかのすべての色を受け止められる色」として用いるほか、大地を思わせる自然な色調も特徴的である。ビオサウンドのレザーストラップの留め具、ワークショップ・テーブルの天板と脚の継ぎ目、カラヴァッジオのテキスタイルケーブルの納まりなど、細部まで考え抜かれている点も作品の完成度を支えている。こうした一貫した美学のもと、家具・照明・陶磁器・ガラス・テキスタイル・電子機器と、幅広い分野を横断して制作している。
主な代表作とその特徴
カラヴァッジオ ランプシリーズ(2005年)
マンツの名を広く知らしめた、象徴的なデザイン。ライトイヤーズ(現フリッツ・ハンセン)のためにデザインされたペンダントランプで、見慣れたシェードの形に現代的な表現を与えている。柔らかな曲線の金属シェードと、クロームメッキのサスペンション、巧みに統合されたテキスタイルケーブルが組み合わされ、集中的な下方照明を投げかける。当初は高光沢仕上げで登場し、2018年にはマット仕上げが加わった。現在はペンダント、ウォール、フロア、テーブルの各タイプが展開され、世界中で使われるロングセラーとなっている。
エッセイ ダイニングテーブル(2009年)
無垢材によるテーブルシリーズ。天板と2つのベースという3つの要素からなる簡潔な構造で、エレガントな外観と扱いやすさを両立している。シンプルな線と簡素な形式という彼女のアプローチをよく表した作品で、2022年にはサイズが見直され、より多くの椅子に合わせやすくなった。オーク材の自然仕上げや白顔料オイル仕上げで提供される。
ミニスキュール ラウンジチェア(2012年)
フリッツ・ハンセンとの開発を経て発表された椅子。名の「ミニスキュール」は、スカンディナビア的な控えめで気取らないスタイルを表している。シートシェルには軽量で丈夫なテキスタイルの張地が手縫いで施され、輪郭に沿ったレザーのディテールが添えられる。直線的な脚部は、海岸の小石のように穏やかに丸みを帯びており、これがデザインの着想源となった。2012年にグッドデザイン賞を受賞している。
ワークショップシリーズ(2018-2020年)
ムートのためにデザインされたシリーズ。スカンディナビアの職人技と繊細なディテールを、現代のダイニングテーブルに落とし込んでいる。「できるだけ静かであろうとする願いから生まれた、ほとんど原型のような外観」と彼女が語るとおり、簡潔さが際立つ。2018年のコーヒーテーブル、2019年のチェア、2020年のダイニングテーブルからなり、オーク材やリノリウム仕上げの天板と無垢オークのフレームを用いている。
エアリー サイドテーブルシリーズ(2014年)
「叫ばないが、語ることを恐れないサイドテーブルをつくりたかった」という言葉から生まれたシリーズ。薄い溶接フレームと、合板にナノラミネートを施した軽く細い天板からなる。サイズは4種類あり、サイドテーブルからコーヒーテーブルまで幅広く使える。サイズや形、色を組み合わせて使うことで、さまざまなインテリアになじむ。
ムートのためにデザインされた、ミニマルで機能的な棚システム。レーザーカットしたスチール棚と分割式のチューブで構成され、マットな粉体塗装仕上げと丸みのある角が、軽やかで風通しのよい印象を与える。間仕切りとしても、単体の棚としても、大きな収納システムとしても、住宅・公共空間の双方で使える。
バング&オルフセン ポータブルスピーカーシリーズ(2012-2025年)
マンツとバング&オルフセンの協働は、デザインと音響技術を結びつけた仕事である。2012年のビオリット12は、B&Oプレイ・ブランドの最初の製品の一つとして登場し、1960年代のビオリット・ラジオへのオマージュとして、携帯性と素材感、複数の色をデジタル時代に持ち込んだ。以後、ビオサウンドA1・A2、ビオプレイP1・P2・P6・M5など多くのポータブル製品を手がけている。とりわけビオサウンドA1は世代を重ねて改良され、2025年発表の第3世代では、約24時間のバッテリー寿命と、約10年の使用を見込んだモジュール構造を備え、Cradle to Cradle(ゆりかごからゆりかごまで)のブロンズ認証をBluetoothスピーカーとして初めて取得した。修理や部品交換を前提とする持続可能な設計が評価されている。
ミカド テーブル(2004年)
フレデリシア・ファニチャーのためにデザインされたテーブルで、マンツのデンマークデザインへの貢献が広く知られるきっかけとなった。ネジや蝶番を使わず、床に置くと天板と脚がロックされる構造をもち、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のデザインコレクションに収蔵されている。不要な要素を排しながら構造的な完成度を達成した、彼女の機能主義をよく表す一作である。
功績と業績
主要な受賞歴
- 2007年 フィン・ユール建築賞(デンマーク)
- 若手の建築家・デザイナーに贈られる、デンマークで権威ある賞。
- 2008年 クンストプライス・ベルリン(ドイツ)
- ベルリンのデザイン・芸術分野の賞。
- 2009年 ブルーノ・マットソン賞(スウェーデン)
- 北欧デザイン界で権威ある賞の一つ。
- 2011年 トーヴァル・ビンデスベル メダル(デンマーク)
- デンマークの美術工芸における名誉ある賞。
- 2014年 クラウンプリンス・カップル文化賞(デンマーク)
- デンマーク皇太子夫妻による文化功労賞。
- 2018年 デザイナー・オブ・ザ・イヤー(メゾン・エ・オブジェ、パリ)
- 世界有数のインテリア見本市が選ぶ栄誉。自らデザインした空間で作品を展示した。
- 2019年 シュヴァリエ・デ・ザール・エ・デ・レットル(フランス)
- フランス文化省による芸術文化勲章。
- 2024年 デザイナー・オブ・ザ・イヤー(スカンディナビアン・デザイン・アワード)
- 北欧デザイン界における近年の評価。
このほか、デンマーク芸術財団の助成や名誉賞なども受けている。
主要な協働ブランド
マンツは、世界の主要なデザインブランドと長期的に協働している。フリッツ・ハンセン(カラヴァッジオ、エッセイ、ミニスキュールなど)、ムート(ワークショップ、エアリー、コンパイルなど)、バング&オルフセン(ポータブルスピーカー)、フレデリシア・ファニチャー(ミカドなど)が代表的で、ほかにもイッタラ、ゲオルグ・イェンセン・ダマスク、ニルス・ホルガー・モーアマン、ニカリ、デュラビット、エルメス、1616アリタ・ジャパン、マルニといった、家具から電子機器、陶磁器、テキスタイルにわたる幅広いブランドと仕事をしている。ガラスの分野ではホルメゴーなどにも取り組んだ。作品はMoMAやデザインミュージアム・ダンマルクのコレクションにも収蔵されている。
評価と後世への影響
現代デンマークデザインの担い手
セシリエ・マンツは、古典的なデンマーク・モダンを現代へ橋渡しする存在として評価されている。アルネ・ヤコブセン、ハンス・J・ヴェグナー、ボーエ・モーエンセン、フィン・ユールらが築いた伝統を受け継ぎつつ、21世紀の感性と技術を取り入れた仕事を続けている。彼女のミニマリズムは装飾の排除にとどまらず、機能・素材・形態の本質的な調和を追求した結果であり、控えめでありながら明確な主張をもつ点に特徴がある。
持続可能性と継続する存在感
「存在理由を説明できない製品は作らない」という姿勢は、過剰生産や使い捨ての文化への静かな抵抗でもある。長く使える質の高い製品をつくることで持続可能性に寄与する考えは、ビオサウンドA1第3世代の修理・交換を前提とした設計などにも具体化されている。手描きのスケッチから自らの手で造形するという古典的な手法を今も実践し、デジタル時代における手仕事の価値を示している点も、次世代に影響を与えている。1998年のスタジオ設立以来、彼女は一貫して質の高い作品を生み出し続けており、2024年にはスカンディナビアン・デザイン・アワードのデザイナー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。発表から年を重ねてなお使われ続けるカラヴァッジオや、ムート・フリッツ・ハンセンとの継続的な協働は、その仕事が時代を超えた価値をもつことを物語っている。
作品一覧
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1999年 | 収納 | ホッハアハト(座れるはしご) | - |
| 2000年 | 収納 | トイトレー(服掛けツリー) | - |
| 2004年 | テーブル | ミカド サイドテーブル | Fredericia Furniture |
| 2005年 | 照明 | カラヴァッジオ ペンダントランプ | Lightyears(現Fritz Hansen) |
| 2005年 | 照明 | モンドリアン ランプ | Lightyears(現Fritz Hansen) |
| 2005年頃 | ガラス製品 | 各種デザイン | Holmegaard |
| 2009年 | テーブル | エッセイ ダイニングテーブル | Fritz Hansen |
| 2009年頃 | 照明 | ブランクーシ ペンダントランプ | Lightyears(現Fritz Hansen) |
| 2009年頃 | 照明 | ミングス ペンダントランプ | Lightyears(現Fritz Hansen) |
| 2012年 | スピーカー | ビオリット12 | Bang & Olufsen(B&O Play) |
| 2012年 | 椅子 | ミニスキュール ラウンジチェア | Fritz Hansen |
| 2012年 | テーブル | ミニスキュール ラウンジテーブル | Fritz Hansen |
| 2014年 | テーブル | エアリー コーヒーテーブル | Muuto |
| 2014年 | 収納 | コンパイル シェルビングシステム | Muuto |
| 2014年 | テーブル | トレッスルテーブル(レザーストラップ) | Menu |
| 2016年 | スピーカー | ビオプレイA1(初代) | Bang & Olufsen |
| 2016年頃 | スピーカー | ビオサウンドA2 | Bang & Olufsen |
| 2016年頃 | スピーカー | ビオプレイP1 | Bang & Olufsen |
| 2016年頃 | スピーカー | ビオプレイP2 | Bang & Olufsen |
| 2017年頃 | スピーカー | ビオプレイM5 | Bang & Olufsen |
| 2018年 | スピーカー | ビオプレイP6 | Bang & Olufsen |
| 2018年 | テーブル | ワークショップ コーヒーテーブル | Muuto |
| 2018年 | 家具 | セパラート スペースディバイダー | - |
| 2019年 | 椅子 | ワークショップ チェア | Muuto |
| 2019年 | 家具 | ポスト コレクション | Fredericia Furniture |
| 2019年 | テーブル | オーシャン テーブル(再発行) | Mater |
| 2019年 | キッチン | ディグリー キッチンフロント | Reform(IKEAカスタマイズ) |
| 2020年 | スピーカー | ビオサウンドA1(第2世代) | Bang & Olufsen |
| 2020年 | テーブル | ワークショップ ダイニングテーブル | Muuto |
| 2020年頃 | 照明 | カラヴァッジオ テーブルランプ | Fritz Hansen |
| 2020年頃 | 照明 | カラヴァッジオ フロアランプ | Fritz Hansen |
| 2020年頃 | 照明 | カラヴァッジオ ウォールランプ | Fritz Hansen |
| 2020年頃 | 家具 | ミニバー | Rud Rasmussen |
| 2020年頃 | テーブル | ニボー サイドテーブル | Fredericia Furniture |
| 2021年 | テーブル | コーヒーテーブル(レザーループ組立式) | Takt |
| 2022年頃 | テキスタイル | CMプーフ シリーズ | Fritz Hansen |
| 2023年頃 | テキスタイル | ラグコレクション | Fritz Hansen |
| 2023年頃 | テキスタイル | ランドスキャブ ラグコレクション | Kasthall |
| 2024年 | 家具 | 各種新作 | Maruni、Fritz Hansen、Kasthall、Elvang |
| 2024年頃 | 椅子 | タブレット スツール | - |
| 2025年 | スピーカー | ビオサウンドA1(第3世代) | Bang & Olufsen |
| 年代不詳 | 陶磁器 | 花瓶・ボウル | 1616 Arita Japan(瀬戸の工房) |
| 年代不詳 | テキスタイル | 各種デザイン | Georg Jensen Damask |
| 年代不詳 | 家具 | アウトドア家具コレクション | Gloster |
| 年代不詳 | 家具 | 各種デザイン | Nils Holger Moormann、Nikari、Iittala、Kähler、Offecct |
| 年代不詳 | バスルーム | 各種デザイン | Duravit |
注:上記リストは公開されている情報に基づく主要作品の一覧です。マンツは実験的なプロトタイプや一点物の彫刻作品も多数制作していますが、それらは商業製品として公開されていないものもあります。
Reference
- Cecilie Manz - Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/Cecilie_Manz
- Cecilie Manz | Biography - David Village Lighting
- https://www.davidvillagelighting.co.uk/designer/Cecilie-Manz/94
- About Cecilie Manz | Cecilie Manz Official Website
- https://ceciliemanz.com/content/about-cecilie-manz
- Interview: Cecilie Manz on design with a purpose - Monocle
- https://monocle.com/design/straight-edge/
- Cecilie Manz - Designer Profile | Fritz Hansen
- https://www.fritzhansen.com/en/inspiration/designers/cecilie-manz
- Cecilie Manz - Designer Profile | Fredericia Furniture
- https://www.fredericia.com/cecilie-manz
- Cecilie Manz - Designer Profile | Muuto
- https://www.muuto.com/content/designer/cecilie-manz/
- Cecilie Manz | Dezeen
- https://www.dezeen.com/tag/cecilie-manz/
- Caravaggio™ - Lamps with a timeless silhouette - Fritz Hansen
- https://www.fritzhansen.com/en/categories/products/popular-series/caravaggio
- The design of Beosound A1 Dune, by Cecilie Manz - Bang & Olufsen
- https://www.bang-olufsen.com/en/es/story/cecilie-manz-beosound-a1-dune
- The History of Beolit - Bang & Olufsen
- https://www.bang-olufsen.com/en/us/story/beolit-history
- Workshop Table by Cecilie Manz – muuto - Scandinaviandesign.com
- https://scandinaviandesign.com/workshop-table-by-cecilie-manz-muuto/
- Cecilie Manz designs portable speaker for Bang & Olufsen - Dezeen
- https://www.dezeen.com/2018/05/22/cecilie-manz-designs-portable-speaker-for-bang-olufsen/