フィスカース ― 1649年創業、世界最古級の企業が紡ぐデザインの系譜

フィスカース(Fiskars)は、1649年にフィンランドのフィスカース村で創業した、世界で最も長い歴史を持つ企業のひとつである。スウェーデン統治下のフィンランドにおいて、オランダ人商人ペーター・トールヴェステがスウェーデン女王クリスティーナの勅許を得て溶鉱炉と鍛冶場を設立したことに端を発する。以来375年以上にわたり、鉄製品の製造から始まった事業は、刃物、園芸用品、そしてホームウェアやインテリアプロダクトへと進化を遂げてきた。

現在のフィスカース・グループは「Pioneering design to make the everyday extraordinary(先駆的なデザインで日常を特別なものに)」を企業理念に掲げ、イッタラ、ゲオルグ・イェンセン、ロイヤル コペンハーゲン、ウェッジウッド、ウォーターフォード、ムーミン アラビアなど、世界有数のデザインブランドを傘下に収めるグローバル・ライフスタイル企業へと成長した。フィンランドのエスポーに本社を構え、100カ国以上で製品を展開、約7,000名の従業員を擁する。2024年の連結売上高は約12億ユーロに達し、ナスダック・ヘルシンキに上場している。

ブランドの特徴・コンセプト

フィスカース・グループの根幹を成すのは、「時を超えるデザイン」「卓越した職人技」「日常の深い理解」という三つの価値観である。創業以来一貫して受け継がれてきたこれらの精神は、傘下のすべてのブランドに通底する設計思想として息づいている。

使い捨て文化への挑戦

フィスカース・グループはサステナビリティを経営戦略の中核に据え、「使い捨て文化に対抗する先駆的デザイン」と「日常を特別にする」という二つのコミットメントを掲げている。製品の長寿命設計、循環型経済への移行、製造工程における温室効果ガスの削減など、具体的な目標を設定し持続可能な成長を追求している。2025年にはEcoVadisよりゴールドレベルのサステナビリティ評価を取得し、全評価企業の上位5パーセントに位置づけられた。

デザイン主導の経営哲学

フィスカース・グループの製品は、機能性と美しさの融合を設計原理としている。アルヴァ・アアルト、カイ・フランク、ティモ・サルパネヴァ、タピオ・ヴィルカラといったフィンランドデザインの巨匠たちの遺産を受け継ぎつつ、常に新たなクリエイターとの協働によって明日のクラシックを生み出す姿勢を貫いている。それぞれのブランドが固有のアイデンティティを維持しながらも、グループ全体として「日常を豊かにするデザイン」という統一されたビジョンを共有している点が、同グループの大きな特徴といえる。

二つの事業領域

2025年現在、フィスカース・グループは二つのビジネスエリアで構成されている。ビジネスエリア「ヴィータ(Vita)」は、テーブルウェア、ドリンクウェア、ジュエリー、インテリアカテゴリのプレミアム・ラグジュアリー製品を展開し、ゲオルグ・イェンセン、ロイヤル コペンハーゲン、ウェッジウッド、ムーミン アラビア、イッタラ、ウォーターフォードといったブランドを擁する。ビジネスエリア「フィスカース」は、園芸・アウトドア、はさみ・クリエイティング、クッキングのカテゴリを担い、フィスカースおよびガーバーブランドで事業を展開している。両事業はそれぞれ連結売上高の約50パーセントを占め、バランスの取れたポートフォリオを形成している。

ブランドヒストリー

製鉄業の黎明期(1649年–1822年)

1649年、オランダ人商人ペーター・トールヴェステがスウェーデン女王クリスティーナより勅許を得て、フィンランド南西部のフィスカース村に溶鉱炉と鍛冶場を設立した。当時のフィンランドはスウェーデン統治下にあり、鉄の一大生産国であった。初期には釘、金属線、鍬、金属補強車輪などの鍛鉄製品を製造していた。18世紀後半には近郊のオリヤルヴィで銅鉱脈が発見され、約80年にわたり銅の精錬が事業の中心となった。1783年にビョルクマン家が製鉄所の経営を引き継ぎ、銅鉱石の加工に注力した。しかし19世紀初頭には銅資源が枯渇し、1802年に溶鉱炉は閉鎖された。

刃物製造への転換と近代化(1822年–1967年)

1822年、トゥルクの薬剤師ヨハン・ヤコブ・ユーリン(後のフォン・ユーリン)がフィスカース製鉄所と村を買収した。ユーリンの下で製鉄所は積極的に近代化され、鉄加工に重点が置かれた。1832年にはフィンランド初の刃物工場がフィスカース村に設立され、ナイフに加えフォークやはさみの生産が開始された。この時期こそ、フィスカースの革新と改革の伝統が根づいた原点である。ユーリンの経営下では社会改革も推進され、村に学校や病院が設置されるなど、企業城下町としての発展も遂げた。フィスカースの農具製造は農業の発展にも大きく貢献し、鋤工場は累計100万台以上の鋤を製造したとされている。1915年、ユーリンの没後にフィスカースは株式会社化され、ヘルシンキ証券取引所に上場した。

オレンジハンドルはさみの誕生(1967年)

1967年、フィスカースの歴史において最も象徴的な製品が誕生した。軽量かつ人間工学に基づいたデザインのはさみは、切れ味の飛躍的な向上とともに世界中で愛されることとなる。誕生にまつわるエピソードも印象的である。当初デザイナーは黒、赤、緑のハンドルを構想していたが、試作品の製造時、工場の機械に残っていたオレンジの樹脂が使用され、4色の試作品が作られた。社内投票の結果、オレンジが選ばれ、以来このフィスカース・オレンジは世界的なアイコンとなった。同色は2003年にフィンランドで、2007年に米国で商標登録されている。1977年にはアメリカにはさみ工場を設立し、国際展開を本格化させた。現在までに累計10億本以上が販売されている。

デザインブランドの統合と国際展開(2007年–現在)

21世紀に入り、フィスカース・グループは積極的な買収戦略を通じてデザインブランドのポートフォリオを構築していった。2007年にイッタラを買収し、キッチンウェアおよびテーブルトップカテゴリにおける地位を確立。2013年にはロイヤル コペンハーゲンを取得し、手描き磁器による食器カテゴリを強化するとともに、北欧およびアジア市場での存在感を高めた。2015年にはウォーターフォード、ウェッジウッド、ロイヤル ドルトン、ロイヤル アルバート、ロガシュカを擁するWWRDグループを買収し、ラグジュアリーホーム&ライフスタイルブランド群を手中に収めた。2023年にはデンマークのラグジュアリーブランド、ゲオルグ・イェンセンを約1億5,500万ユーロで取得している。

2022年にはエスポーのケイラニエミ地区に新本社が完成。2024年にはグループ創業375周年を祝した。2025年現在、グループの社長兼CEOにはユリ・ルオマコスキが就任し、ビジネスエリア・ヴィータのCEOにはダニエル・ラロンド、ビジネスエリア・フィスカースのCEOにはシュテフェン・ハーン博士がそれぞれ指揮を執っている。

主なブランドとインテリアプロダクト

イッタラ(Iittala)

1881年にフィンランド南部のイッタラ村にガラス工場として創業。フィンランドデザインの先駆者として、前衛的なガラスデザインとカラーガラスの技術を牽引してきた。アルヴァ・アアルト、アイノ・アアルト、カイ・フランク、ティモ・サルパネヴァ、タピオ・ヴィルカラ、オイヴァ・トイッカといった巨匠たちとの協働により、世界のデザイン史に残る名品を生み出してきた。

なかでも1936年にアルヴァ・アアルトがデザインし、1937年のパリ万国博覧会で初めて公開されたアアルトベース(サヴォイ花瓶)は、有機的な波形フォルムがガラス工芸の常識を覆し、今日なお世界で最も著名なガラスオブジェのひとつとして評価されている。その製作には6〜7名の熟練ガラス吹き職人が携わり、12の工程を経て約10時間を要する。職人がこの工程に参加できるようになるまでには5年の経験が必要とされる。

カイ・フランクは「フィンランドデザインの良心」と呼ばれ、カルティオグラスウェア、ティーマ食器シリーズ、スカンディアカトラリーなど、今日まで生産が続く不朽のアイコンを生み出した。オイヴァ・トイッカは400種以上のガラスの鳥「バード バイ トイッカ」シリーズを手がけ、コレクターズアイテムとして世界的な人気を博している。タピオ・ヴィルカラによるウルティマ ツーレシリーズは、ラップランドの融ける氷にインスピレーションを得たテクスチャーが特徴的である。

2022年には、イッタラ・ガラス工場においてガス炉から電気炉への約1,000万ユーロの再生可能エネルギー投資が発表され、年間CO2排出量の74パーセント削減を目指す取り組みが進められている。

ゲオルグ・イェンセン(Georg Jensen)

1904年にデンマーク・コペンハーゲンでマスターシルバースミスのゲオルグ・イェンセンにより創業。120年以上の歴史を持つ同ブランドは、卓越した銀細工の伝統と北欧デザインの美学を融合させ、ホロウウェア、ジュエリー、時計、ホームプロダクトなど幅広いカテゴリで世界的な評価を獲得してきた。

特にヘニング・コッペルによるデザインは、ゲオルグ・イェンセンの名を世界に知らしめた。コッペルは彫刻家としての訓練を受けた後、1945年からゲオルグ・イェンセンに参画し、有機的かつ彫刻的な造形言語で銀器デザインに革命をもたらした。そのホロウウェア、カトラリー、花瓶、時計などの作品群は、ミラノ・トリエンナーレで3度の金メダルを獲得するなど、国際的に高く評価されている。コッペルクロック、コッペルベースなどは現在も生産が続くアイコン的存在である。

2023年にフィスカース・グループに加わったゲオルグ・イェンセンは、ヴィータ事業の中核ブランドとして位置づけられ、同じくデンマークの名門であるロイヤル コペンハーゲンとの商業的シナジーが図られている。

ロイヤル コペンハーゲン(Royal Copenhagen)

1775年創業、デンマーク王室御用達の磁器メーカーとして約250年の歴史を誇る。手描きのブルーフルーテッドシリーズをはじめとする繊細な絵付けは、世界の磁器芸術における最高峰のひとつとして知られる。伝統的な職人技を守りながらも、現代のライフスタイルに応える革新的なデザインを追求し続けている。2013年のフィスカース・グループ入りにより、イッタラ、アラビア、ロールストランドと並ぶ北欧ダイニングブランドのポートフォリオが完成した。

ウェッジウッド(Wedgwood)

1759年にジョサイア・ウェッジウッドによりイギリスで創業。260年以上にわたりテーブルウェアの世界を牽引してきた英国陶磁器の名門である。ジャスパーウェアに代表される古典的な美意識と、時代の先端を行くテーブルコーディネートの提案力を兼ね備える。2015年のWWRDグループ買収によりフィスカース・グループに加わり、北欧デザインと英国の伝統美の融合という新たな価値を提示している。

ウォーターフォード(Waterford)

アイルランドに拠点を持つウォーターフォードは、世界最高品質のクリスタルガラスメーカーとして名高い。最上級の原材料と世代にわたり受け継がれた職人技により、世界で最も深く美しいカットを施したクリスタル製品を生み出してきた。花瓶、シャンデリア、グラスウェアなど、光の芸術ともいうべきクリスタル製品群は、インテリアに格別の輝きをもたらす。

ムーミン アラビア(Moomin Arabia)

フィンランドの作家・画家トーベ・ヤンソンが1945年に生み出したムーミンの世界観を、アラビアの陶磁器技術で表現するブランドである。カイ・フランクがデザインした「ティーマ」シリーズを基盤に、マグカップ、プレート、ボウルなど幅広いテーブルウェアを展開する。1990年代にイラストレーターのトーヴェ・スロッテがムーミンキャラクターの陶磁器用イラストを手がけて以来、ムーミンマグのコレクションは世界的な人気を博し、100種以上のデザインが発表されてきた。テーマ性のあるシーズナルコレクションは毎年発表され、コレクターズアイテムとして高い評価を得ている。

フィスカース(Fiskars)ブランド

グループの名を冠するフィスカースブランドは、園芸・ガーデニング、クッキング、クリエイティング(工作・裁縫)のカテゴリにおいて、世界有数のプレミアムライフスタイルブランドの地位を確立している。1967年に誕生したオレンジハンドルはさみは累計10億本以上の販売を記録し、機能的デザインの世界的アイコンとなった。レッドドット・デザイン賞、グッドデザイン賞など数々の賞を受賞しており、すべての製品は「家庭内外における人々の幸福を高める」というブランドの使命のもとに設計されている。

主なデザイナー

フィスカース・グループの傘下ブランドは、北欧デザイン史を代表する数多くのデザイナーとの協働を通じて、時代を超える名品を生み出してきた。以下に主要なデザイナーを紹介する。

アルヴァ・アアルト(Alvar Aalto, 1898–1976)
フィンランドを代表する建築家・デザイナー。1936年にデザインしたアアルトベース(サヴォイ花瓶)は、イッタラの象徴的製品であり、世界で最も有名なガラスオブジェのひとつ。有機的な曲線による独自の美学がフィンランドデザインの国際的認知に貢献した。
アイノ・アアルト(Aino Aalto, 1894–1949)
建築家アルヴァ・アアルトの妻であり、優れたデザイナー。1932年にデザインしたアイノ・アアルトグラスは、同心円のリング状模様が特徴的で、イッタラの定番製品として90年以上生産が続いている。
カイ・フランク(Kaj Franck, 1911–1989)
「フィンランドデザインの良心」と称されるデザイナー。ティーマ食器シリーズ、カルティオグラスウェアなど、装飾を排した機能主義的デザインの名品を数多く残した。日用品の民主化というビジョンを掲げ、北欧の日常食器のあり方を根本から変革した。
ティモ・サルパネヴァ(Timo Sarpaneva, 1926–2006)
イッタラとの長年の協働で知られるフィンランドの巨匠。1960年にデザインしたサルパネヴァ鋳鉄鍋は、機能的なフィンランドデザインの古典として評価が高い。ガラス、テキスタイル、グラフィックなど多岐にわたる分野で活躍した。
タピオ・ヴィルカラ(Tapio Wirkkala, 1915–1985)
フィンランド産業芸術の中心的人物。ラップランドの自然からインスピレーションを得たウルティマ ツーレシリーズは、融ける氷を思わせる独特のテクスチャーで世界的に知られる。
オイヴァ・トイッカ(Oiva Toikka, 1931–2019)
イッタラの「バード バイ トイッカ」シリーズで世界的に著名なガラスアーティスト。400種以上のガラスの鳥を生み出し、コレクターズアイテムとして根強い人気を誇る。
ヘニング・コッペル(Henning Koppel, 1918–1981)
デンマークのデザイナー・彫刻家。ゲオルグ・イェンセンにおいて銀器デザインに革命をもたらし、ミラノ・トリエンナーレで3度の金メダルを獲得。「デンマークデザイン」の概念を世界に浸透させた立役者とされる。コッペルクロック、カラヴェルカトラリーなど、現在も生産される名作を数多く残した。
ゲオルグ・イェンセン(Georg Jensen, 1866–1935)
1904年にコペンハーゲンで銀細工工房を創業。アール・ヌーヴォー様式に独自の活力を注ぎ込んだデザインは今日も共鳴を続けている。マスターシルバースミスとしての技術と芸術的ビジョンにより、北欧シルバーデザインの礎を築いた。

フィスカース村 ― ブランドの源流と創造の場

フィンランド南部ラーセポリ市に位置するフィスカース村は、グループ発祥の地として特別な意味を持つ場所である。歴史的建造物が残る製鉄所の跡地は、現在ではアーティストのスタジオ、工房、ブティック、ギャラリーが集まるクリエイティブコミュニティとして生まれ変わり、年間約20万人の来訪者を迎えている。2020年にはヨーロッパで最も優れたサステナブル旅行先のひとつに、世界のトップ100のサステナブル・デスティネーションにも選出された。フィスカース・ミュージアムでは、創業以来の歴史的工芸品や展示を通じて、ブランドの遺産と職人技の世界を体感することができる。

基本情報

正式名称 Fiskars Corporation(Fiskars Oyj Abp)
創業 1649年
創業者 ペーター・トールヴェステ(Peter Thorwöste)
本社所在地 フィンランド・エスポー市ケイラニエミ(Keilaniementie 10, Espoo)
社長兼CEO ユリ・ルオマコスキ(Jyri Luomakoski)※2025年10月就任
従業員数 約7,000名(2024年時点)
連結売上高 約12億ユーロ(2024年)
上場市場 ナスダック・ヘルシンキ(ティッカー:FSKRS)
主要ブランド Fiskars、Georg Jensen、Iittala、Royal Copenhagen、Wedgwood、Waterford、Moomin Arabia、Gerber
展開国数 100カ国以上
直営店舗数 約500店舗(2024年時点)
公式サイト https://fiskarsgroup.com/