エーコール ― 一世紀を超えて受け継がれる英国木工家具の真髄

エーコール(Ercol)は、1920年にイタリア生まれの家具職人ルシアン・エルコラーニによって英国バッキンガムシャー州ハイウィコムに創設された、英国を代表する木工家具メーカーである。「優れたデザインの家具を、誇りをもって働く職人たちの手で生み出す」という創業者の信念のもと、一世紀以上にわたり天然木の美しさと伝統的な職人技を現代の暮らしに届け続けている。

ウィンザーチェアの工業化という革新的な功績に始まり、バタフライチェア、ラブシート、スタッキングチェアといった英国ミッドセンチュリーデザインの名作群を世に送り出してきたエーコールは、現在もバッキンガムシャー州プリンシズリズバラの自社工場において、蒸気曲げ木やくさび継ぎといった伝統技法と最新のCNC技術を融合させた家具づくりを続けている。創業家の四代目にあたるヘンリー・タドロスのもと、クラシックなエーコールコレクションに加え、国際的なデザイナーとの協業によるプレミアムブランド「L.Ercolani(エル・エルコラーニ)」を展開し、過去と未来をつなぐ家具メーカーとしての地位を確固たるものにしている。

ブランドの特徴・コンセプト

木への深い敬意と素材へのこだわり

エーコールの家具づくりの根幹にあるのは、天然木に対する深い理解と敬意である。主要素材としてアッシュ(トネリコ)、オーク、ウォールナット、ビーチ、エルムを用い、それぞれの木材がもつ木目の表情や質感を最大限に活かした製品を生み出している。創業者ルシアン・エルコラーニがエルムの蒸気曲げ技術を確立して以来、天然木の可能性を追求する姿勢はブランドのDNAとして脈々と受け継がれてきた。

伝統の職人技と先端技術の融合

エーコールの製造工程は、くさび継ぎ(ウェッジジョイント)、ほぞ継ぎ(テノンジョイント)、蟻継ぎ(ダブテイルジョイント)、蒸気曲げ(スチームベンディング)といった伝統的な木工技法と、CNC(コンピュータ数値制御)加工機をはじめとする現代の精密技術を高い次元で融合させている。1985年に導入されたCNC技術により、精緻なディテールを大量生産においても妥協なく実現することが可能となった。プリンシズリズバラの工場には、社内デザインチームのほか製図士、CNCプログラマー、熟練のプロトタイプ職人が一体となって働いており、デザインから製造までの一貫した品質管理体制が整えられている。

「快適さ、機能、美」を三位一体とするデザイン哲学

「Design for comfort, design for function, design for beauty(快適さのためのデザイン、機能のためのデザイン、美しさのためのデザイン)」というエーコールの指針は、創業以来すべての製品に貫かれている。装飾に頼らず、木材そのものの造形美と構造の誠実さによって成立するデザインは、時代を超えたタイムレスな魅力を宿している。

サステナビリティへの取り組み

エーコールは環境への配慮をものづくりの重要な柱と位置づけている。プリンシズリズバラの工場では、製造過程で生じる木材の端材を燃料として暖房と給湯に利用し、溶剤系の塗料やラッカーを廃して環境負荷の少ない水性仕上げを採用している。2023年には英国の森林保全団体Grown in Britainと提携し、英国産認証木材を使用したマリノチェアやペブルネストテーブルなどのコレクションを発表した。さらに、再生プラスチックから生まれたQuallofil® Blueファイバーをクッション素材に採用するなど、素材選定においても持続可能性を追求している。

ブランドヒストリー

創業者ルシアン・エルコラーニと英国家具の街ハイウィコム

ルシアン・ランドルフォ・エルコラーニは1888年、イタリア・マルケ州サンタンジェロ・イン・ヴァードに木彫職人の息子として生まれた。1898年、救世軍の支援を受けて家族とともにロンドンのイーストエンドに移住。英語の習得に苦労しながらも、ショーディッチ工科学校に入学して家具デザインと製作を学び、1907年にはマホガニーに白蝶貝の象嵌を施したジョージアン様式のミュージックキャビネットを初の作品として制作した。

同校では、のちにG-Planを創設するテッド・ゴムと生涯の友情を結ぶ。1910年にはハイウィコムのフレデリック・パーカー家具(のちのParker-Knoll)に入社し、さらにゴム一族の家具工場でも経験を積んだのち、1920年、32歳にして自身の工場「Furniture Industries」をハイウィコムに設立した。地元の実業家たちの出資を得て創業したエルコラーニは、伝統的な椅子製造の中心地であったハイウィコムに新たな風を吹き込むことになる。

第二次世界大戦とユーティリティ家具計画

1932年には地元の老舗椅子メーカーであるウォルター・スカル社を買収し、事業を拡大。第二次世界大戦中、エーコールの工場は政府に協力し、一日あたり25,000本のテントペグを製造するなど戦争遂行に貢献した。戦争を通じて合計3,600万本のテントペグを生産したとされる。創業者の二人の息子、ルシアンBとバリーはともに英国空軍(RAF)に従軍し、ルシアンBは英仏海峡上空での作戦からの帰還中に撃墜されるも生還を果たした。

1944年、英国政府の商務省ユーティリティ家具計画のもと、エーコールは100,000脚の低価格ウィンザーチェアの製造を受注する。エルコラーニはこの大量生産の課題に挑み、それまで反りやすいとされ家具用材には不適とされていたエルム(ニレ)材の乾燥・蒸気曲げ技術を独自に開発。14の成形部品から構成されるウィンザーチェアを20秒に1脚という驚異的な速度で生産する体制を築き上げた。この技術革新は、のちのエーコールの名声を築く礎となった。

戦後の躍進とアイコニックな名作の誕生

1946年、エーコールはロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開催された「Britain Can Make It」展に曲げ木家具を出展。翌1947年には量産型ウィンザーチェアをはじめとするウィンザーコレクションの販売を開始し、戦後の英国が求めたコンパクトでシンプルなラインの家具として広く受け入れられた。1951年にはフェスティバル・オブ・ブリテンにも出展を果たしている。

1950年代はエーコールにとって最も創造的な時代であった。1956年にはラブシート、スタジオカウチ、バタフライチェア、スタッキングチェアという、今日なお高い人気を誇る四つのアイコニックなデザインが誕生。いずれもウィンザーチェアの伝統を継承しつつ、戦後の新しい生活様式にふさわしいモダンな感性を備えた名作であり、エーコールの名を英国デザイン史に刻みつけた。

新工場への移転と現代への継承

80年以上にわたってハイウィコムの工場で家具を作り続けてきたエーコールは、2002年、バッキンガムシャー州プリンシズリズバラに新設された16,000平方メートルの専用工場へ移転した。最新テクノロジーと伝統的な職人技を融合させたこの工場は、その建築デザインと環境配慮設計で複数の賞を受賞している。

2002年にはファッションデザイナーのマーガレット・ハウエルとの協業により、エーコールのバックカタログから選りすぐった名作を復刻した「Originals(オリジナルズ)」コレクションを発表。2010年には英国家具職人組合(Worshipful Company of Furniture Makers)からデザインギルドマークを授与され、クラシックデザインの現代的価値が改めて認められた。

2021年には、創業者の名を冠したプレミアムブランド「L.Ercolani(エル・エルコラーニ)」を立ち上げ、ルシアン・エルコラーニのクラシックコレクションと国際的なデザイナーによる新作を一つのブランドのもとに統合した。現在は創業者のひ孫にあたるヘンリー・タドロスが四代目として経営を率い、100年以上の伝統を未来へとつないでいる。

主なインテリアとその特徴

ウィンザーチェア ― エーコールの原点にして代名詞

エーコールのウィンザーチェアは、16世紀以来の英国伝統的な椅子製法を、20世紀の工業生産技術と融合させた記念碑的作品である。座面に脚とスピンドル(背もたれの細い棒)を直接差し込むウィンザー構法を踏襲しつつ、蒸気曲げによるアッシュ材のボウバック(弓形の背もたれ)と、くさび継ぎによる堅牢な接合を特徴とする。1944年のユーティリティ家具計画での大量生産を契機に洗練され、戦後の英国家庭を象徴する存在となった。現在もウィンザーダイニングチェア、クエーカーチェア、ダイニングアームチェアなど多彩なバリエーションが展開されている。

バタフライチェア(1956年/1958年)

ラミネートウッドを精密に曲げ加工することで生まれた、蝶の羽を思わせる彫刻的な背もたれが最大の特徴である。身体の自然な輪郭に沿うよう設計されたこの椅子は、家具製造における積層材の成形技術にひとつの画期をもたらした。日常のダイニングチェアとして愛されると同時に、英国ミッドセンチュリーデザインを代表するアイコンとして世界的に知られる。現在はアッシュ材で製造され、10種の木部仕上げと67種のファブリックから選択が可能。

ラブシート(1956年)

ウィンザーチェアのシルエットをベースに、二人掛けのセッティー(小型長椅子)として再解釈した作品。モールドシートとスピンドルの背もたれが身体に沿ってなだらかに湾曲し、快適さと優美さを両立している。ダイニングテーブルの脇に置いてベンチとして使うことも、玄関やベッドルームのステートメントピースとすることもできる汎用性の高さが特徴である。エーコールの創業者エルコラーニの細部へのこだわりが凝縮された一脚として、現在も高い人気を誇る。

スタッキングチェア(1956年)

外側に開いた脚のデザインにより、使用しない際には垂直に積み重ねて省スペースに収納できるという、機能性と美しさを見事に融合させた作品。1950年代から60年代にかけて数千脚が生産され、英国の家庭のみならず学校や公共施設でも広く使用された。エーコールの椅子のなかでも最も即座に見分けのつくデザインのひとつであり、そのプラクティカルな精神はブランドの本質を体現している。

スタジオカウチ(1956年)

ラブシートのデザイン要素を継承しつつ、ゆったりとしたソファと来客用のシングルベッドという二つの機能を巧みにひとつの形態に統合した作品。戦後の英国における住空間の制約のなかで、限られたスペースを最大限に活用するという実用的な課題に優雅な解答を示した。現在もエーコールのコレクションにおいて重要な位置を占めている。

チェアメイカーズチェア

ウィンザーの伝統的なスピンドルバックレストに8本の旋盤加工されたスピンドルを備えた、椅子職人の精神を体現する一脚。ソリッドアッシュ材で製造され、エーコールのアッシュ材仕上げの全バリエーションが選択可能。ロッキングチェアのバリエーションも展開されており、ウィンザーの伝統と現代のクラフツマンシップが凝縮された作品として評価されている。

現代のコレクション

エーコールは現在、ボスコ、ロマーナ、テラモ、モンツァ、シエナ、フェアマイルなど多彩なコレクションを展開し、ダイニング、リビング、ベッドルーム、ホームオフィスのあらゆるシーンに対応している。2025年にはフェアマイル、アッセンドン、サンドフォード、ハグチェア、ウィンズローベッドルームなどの新コレクションを発表し、ミッドセンチュリーの伝統を現代の暮らしに即したかたちで進化させ続けている。

主なデザイナー

ルシアン・R・エルコラーニ(1888–1976)

エーコールの創業者。イタリア・マルケ州に生まれ、幼少期に英国へ移住。ショーディッチ工科学校で家具デザインを学んだのち、パーカーノールやG-Planの前身となる工場で経験を積み、1920年に自身の工場を設立した。エルム材の蒸気曲げ技術の開発、ウィンザーチェアの工業化、そして1950年代の数々の名作デザインにより、英国家具史に不朽の足跡を残した。社内では「オールドマン」の愛称で親しまれ、1976年の逝去まで会長として会社を率いた。

マシュー・ヒルトン

英国を代表する家具デザイナーの一人。エーコールとの協業ではトレヴィーゾデスクを手がけ、ソリッドアッシュまたはウォールナットの美しさを引き出した建築的なキャラクターと時代を超えたエレガンスを実現した。トレヴィーゾデスクはデザインギルドマークを受賞している。

安積朋子(Tomoko Azumi)

日本出身の建築家・デザイナー。2015年のロンドンデザインフェスティバルにおいてエーコールとのコラボレーションを発表し、フローチェアを世に送り出した。蒸気曲げのビーチ材による流麗なフォルム、洗練されたスウィープライン、テーパードシート、そしてスタッキング機能を備えたこの椅子は、デザインギルドマークを受賞し、L.Ercolaniコレクションの重要な一作となっている。

ノーム・アーキテクツ(Norm Architects)

コペンハーゲンを拠点とするデンマークのデザインスタジオ。ヨナス・ビエール=ポウルセンとカスパー・ロンにより2008年に設立。エーコールとの協業では、1950年代デンマークデザインの精神を宿したキャンバスキャビネットやリプリーズチェアなどを発表し、北欧のミニマリズムとエーコールの英国的クラフツマンシップを美しく融合させている。

その他の協業デザイナー

エーコールおよびL.Ercolaniは、上記のデザイナーに加え、アイスランドのフリヌール・V・アトラソン(Atlason Studio)、スウェーデンのヨナス・ヴァーゲル(Jonas Wagell)、ノルウェーのラース・ベラー・フィエトランド(Lars Beller Fjetland)、英国のラッセル・ピンチ(Russell Pinch)、ディラン・フリース(Dylan Freeth)、リサ・グールド・サンドール(Lisa Gould Sandall)、フロリス・ファンデンブルック(Floris van den Broecke)、イタリアのパオラ・ナヴォーネ(Paola Navone)、ドン・ペデル(Don Pedel)など、国際的なデザイナーとの幅広い協業を行っている。社内デザインチームのレイチェルやディランら若手デザイナーも重要な役割を担い、伝統と革新のバランスをとりながらブランドの未来を切り拓いている。

受賞歴

エーコールは英国家具業界において数多くの栄誉を受けてきた。英国家具職人組合(Worshipful Company of Furniture Makers)からは、企業としてのマニュファクチュアリングギルドマーク(2013年)に加え、バタフライチェア、スタッキングチェア、ラブシート、プランクテーブルなどのオリジナルズコレクション、ロマーナラージサイドボード(ディラン・フリース、2014年)、マリノチェア&ソファ(ディラン・フリース、2016年)、フローチェア(安積朋子)、トレヴィーゾデスク(マシュー・ヒルトン)、ホーランドパークチェア(ラッセル・ピンチ)、スヴェルトスタッキングスツール(リサ・サンドール)など、多数の製品が個別にデザインギルドマークを受賞している。また、ジーナリクライナーは英国家具業界の独立試験機関FIRAから、家庭用家具として初のエルゴノミクス・エクセレンス賞を授与された。

基本情報

ブランド正式名 Ercol(エーコール)/ L.Ercolani(エル・エルコラーニ)
設立 1920年
創業者 ルシアン・R・エルコラーニ(Lucian R. Ercolani / 1888–1976)
創業地 ハイウィコム、バッキンガムシャー、イングランド
現在の所在地 プリンシズリズバラ、バッキンガムシャー、イングランド
現代表 ヘンリー・タドロス(Henry Tadros / 創業者ひ孫・四代目)
工場面積 約16,000平方メートル(プリンシズリズバラ工場)
主要素材 アッシュ、オーク、ウォールナット、ビーチ、エルム
主な製品カテゴリ ダイニング家具、リビング家具、ベッドルーム家具、ホームオフィス家具、ソファ・アップホルスタリー
公式サイト(Ercol) https://www.ercol.com
公式サイト(L.Ercolani) https://www.lercolani.com