ダネーゼ ― アートと日用品の境界を溶かした、イタリアデザインの実験工房

ダネーゼ(Danese Milano)は、1957年にブルーノ・ダネーゼとジャクリーン・ヴォドスによってミラノに設立されたイタリアのデザインブランドである。その歴史は、イタリアンデザインそのものの歩みと軌を一にする。創業以来、ブルーノ・ムナーリやエンツォ・マーリといった巨匠たちとの協働を通じて、日用品の概念を根底から覆す革新的なプロダクトを世に送り出してきた。灰皿、カレンダー、照明、花瓶、知育玩具――ダネーゼが手がけるあらゆるオブジェクトには、人間の知性への深い敬意と、芸術を日常に溶け込ませるという創業者たちの確固たる哲学が息づいている。

半世紀以上にわたり、ダネーゼの製品はニューヨーク近代美術館(MoMA)をはじめとする世界の主要美術館にコレクションされ、コンパッソ・ドーロ賞をはじめ数多くの栄誉を受けてきた。現在はアルテミデグループの一員として、伝統を継承しながらも新たなデザイナーとの協働により、現代の暮らしと仕事の空間に本質的な美しさを提供し続けている。

ブランドの特徴とコンセプト

ダネーゼの根幹を貫く理念は、「芸術を日常生活のなかへ」という一語に集約される。創業者ブルーノ・ダネーゼは、量産品であっても芸術作品と同等の知的価値を宿しうるという信念のもと、工業生産と手仕事、文化と商業の複雑な均衡を追求した。その結果生まれたプロダクトは、単なる道具ではなく、人間の感性と知性に訴えかけるオブジェクトとして、時代を超えた存在感を放っている。

ダネーゼの製品開発は常に「簡素化」をキーワードとしてきた。本質を追求するための簡素化、利便性のための応用知性、感覚や知覚に訴える上質な環境の実現――これらの価値観は創業時から変わることなく受け継がれている。エンツォ・マーリが語ったとされる「ダネーゼのために何かを作るとき、それは現在の流行を超えて生き残らなければならない。今日意味のあるものは、300年後にも意味があるべきだ」という言葉は、このブランドの時間を超越する設計思想を端的に表している。

三つの柱 ― Living、Working、Light

現在のダネーゼ・ミラノは、製品カタログを「Living」「Working」「Light」の三つのカテゴリに大別している。リビングには花瓶、フレーム、オブジェ、トレイなどの生活空間を彩るアクセサリーが、ワーキングにはカレンダー、ペーパーナイフ、ステーショナリーなどの知的労働を支えるツールが、ライトにはファルクランドをはじめとする照明器具がそれぞれ収められている。いずれのカテゴリにおいても、機能と美を高次で融合させるダネーゼの姿勢は一貫している。

実験工房としてのアイデンティティ

ダネーゼは設立当初から、単なる家具メーカーやアクセサリーブランドではなく、実験工房としての性格を色濃く有していた。照明、家具、アクセサリー、グラフィックデザイン、子どものための知育玩具、職場と住空間――あらゆる領域が旧来の固定観念から解き放たれ、革新的な素材と技法による実験の場となった。アルミニウム、真鍮、段ボール、セラミック、プラスチック、スチール、木材といった多様な素材を駆使し、前衛的でありながら日常に溶け込むプロダクトを生み出すこの姿勢は、バウハウスの理念にも通じるものであった。

ブランドヒストリー

創業期 ― 1957年〜1960年代

ダネーゼの歴史は、ブルーノ・ダネーゼがフランコ・メネグッツォと共同で設立した陶芸工房「DEM(Danese e Meneguzzo)」に遡る。手作りの陶芸作品やアーティストピースを制作・販売する小規模な工房として出発したダネーゼは、1957年にブルーノの伴侶ジャクリーン・ヴォドスとともに正式に会社を設立した。彼らの共通の目標は、芸術とデザインを長期的な文化的・工業的プロジェクトとして融合させることにあった。

この創業期にブランドの運命を決定づけたのが、ブルーノ・ムナーリ(1958年より協働開始)とエンツォ・マーリという二人の巨匠との出会いである。ムナーリとマーリは、ダネーゼをエリート向けの手工芸品から、より広い層にアクセス可能な工業生産品へと変革する原動力となった。ムナーリがデザインした「キューボ」灰皿(1957年)はダネーゼ初の実用的オブジェクトであり、メラミンとアルミニウムの幾何学的還元主義が、ブランドのベストセラーの一つとなった。マーリの「16アニマリ」(1957年)は動物の形を組み合わせて長方形を作る木製パズルで、遊びと造形美を融合させた知育玩具の先駆けとなった。

1963年にはマーリによる壁掛け式万年カレンダー「フォルモーザ」が、1964年にはムナーリの革命的なペンダントライト「ファルクランド」が誕生し、いずれもイタリアンデザインの象徴的存在として広く認知されるに至った。同じく1964年には、アンジェロ・マンジャロッティの「バルバドス」灰皿が加わり、ダネーゼの協働デザイナーの陣容はさらに厚みを増した。

国際展開期 ― 1970年代

1970年代に入ると、ダネーゼは積極的な国際展開を開始する。1970年にはパリ・ルーヴル美術館の装飾美術部門にて「Contenir, regarder, jouer(収める、観る、遊ぶ)」展が開催され、エンツォ・マーリがインスタレーションデザインを手がけた。フランクフルトのレプティエンをはじめとするヨーロッパ各地の重要な店舗でもダネーゼ製品が展示された。

1973年から1974年にかけては、日本にまで直営店ネットワークが拡大し、愛知県・瀬戸山にメネグッツォがデザインしたロゴを冠した建物が建設された。1976年にはエルサレムのイスラエル博物館に招聘され、マーリの監修のもとで作品が展示された。1977年にはジャック・レノア・ラーセンのニューヨーク店舗がダネーゼの重要なショーウィンドウとなり、北米市場への足がかりが築かれた。この時期のダネーゼは、展示方法そのものにも細心の注意を払い、製品を芸術の世界へとさらに近づけていった。

転換期 ― 1991年〜1999年

35年にわたる厳格な設計哲学に基づく経営の後、ブルーノ・ダネーゼは1991年に会社の売却を決断した。多国籍企業ストラフォール=ファコムに買収されたダネーゼは、一時期、販売の低迷と生産の停滞という困難な時期を迎えた。しかし1999年(一部資料では2000年)、イタリアの建築家・デザイナーであるカルロッタ・デ・ベヴィラクアが経営権を取得したことで、ブランドは劇的な再生を遂げることとなる。

カルロッタ・デ・ベヴィラクアは、照明デザインの第一人者であるエルネスト・ジスモンディ(アルテミデ創業者)の伴侶でもあり、深いヒューマニズムの精神と国際的な視野をダネーゼにもたらした。環境に配慮したデザインへの新たな注力のもと、世界各国のデザイナーとの協働が活発化し、ブランドは短期間で新たな市場シェアとリーダーシップを獲得した。

アルテミデとの統合 ― 2014年〜現在

2014年、ダネーゼ・ミラノは正式にアルテミデグループに統合された。この統合により、照明分野における研究開発力がさらに強化されるとともに、アルテミデの国際的な販売ネットワークを通じた製品流通の拡充が実現した。

2017年から2018年にかけてはイスラエル出身のデザイナー、ロン・ギラッドがアーティスティック・ディレクターに就任し、ロゴの刷新やカタログの再編、ミニマリスティックな新製品の設計を行った。2019年以降はジュリオ・ヤケッティがアーティスティック・ディレクターを務め、ロン・ギラッドが切り開いた方向性を継承しつつ、小規模なオブジェクトから工業的なプロダクトまで幅広い製品開発を推進している。カルロッタ・デ・ベヴィラクアの経営のもと、ダネーゼはノスタルジアに陥ることなく、歴史あるブランドに新たな展望を与え続けている。

主なインテリアとその特徴

ファルクランド(Falkland) ― ブルーノ・ムナーリ、1964年

ダネーゼを象徴する最も著名な作品の一つである。ストッキングの素材であるナイロンチューブを用い、内部のリングによって独特の曲線形状を生み出したペンダントライトは、照明器具の概念そのものを一変させた。組み立て前は平らに折りたたむことができ、輸送コストの削減をも実現した革新的な構造は、ムナーリの知的探求心と遊び心を端的に体現している。ペンダントタイプとフロアランプタイプが存在し、現在もダネーゼの現行カタログにおいて生産が継続されている。

フォルモーザ(Formosa) ― エンツォ・マーリ、1963年

壁掛け式の万年カレンダーである。大胆なヘルベチカ書体を用いたグラフィカルな数字とアルファベットの組み合わせにより、日付・曜日・月を表示する。PVCの回転板を手動で操作するシンプルな機構でありながら、その造形美はグラフィックデザインの傑作として評価が高い。電子機器全盛の現代にあってもなお、アナログの美しさと手で操作する愉しみを提供し続ける逸品である。

ティモール(Timor) ― エンツォ・マーリ、1967年

卓上型の万年カレンダーである。ABSとPVCを素材とし、その独特のフォルムはしばしばオオハシ(トゥーカン)に例えられる。フォルモーザと同様にマーリの厳格な造形言語が貫かれており、日付表示という実用的機能にユーモラスな有機的造形を与えた点に、マーリの「詩的な簡素」の哲学が凝縮されている。

キューボ(Cubo) ― ブルーノ・ムナーリ、1957年

ダネーゼ最初期の実用的オブジェクトであり、ブランドの象徴的製品の一つである。立方体の開口部に鋭角にカットされた金属箔が挿入され、灰や吸殻を隠す仕組みを持つ卓上灰皿は、メラミンとアルミニウムという安価な素材と簡素な製造方法を、幾何学的還元主義と融合させた。その驚くべき簡潔さゆえにダネーゼのベストセラーとなり、赤、グレー、黒などのカラーバリエーションが展開された。

16アニマリ(16 Animali) ― エンツォ・マーリ、1957年

16体の動物の形をしたピースを組み合わせて長方形を完成させる木製パズルは、知育玩具の領域におけるダネーゼの先駆的取り組みを象徴する作品である。マーリは子どもの自律的な創造性を解き放つことを意図しており、遊びのなかに造形教育を自然に組み込むこの発想は、ダネーゼが追求した「ディスクリート・ペダゴジー(控えめな教育)」の典型例とされている。現在も生産が継続されている。

プトレッラ(Putrella) ― エンツォ・マーリ、1958年

工業用の半製品であるI型鋼をそのまま手袋置きやセンターピースに転用したプトレッラは、エンツォ・マーリの研究と仕事のパラダイムとして評価されている。透明塗装された鉄製で、年間100個限定で生産される。工業素材の美しさをそのまま生活空間に持ち込むという発想は、レディメイドの概念をデザインの領域に応用した先駆的試みであった。

バルバドス(Barbados) ― アンジェロ・マンジャロッティ、1964年

釉薬をかけたセラミック製の灰皿で、ベースと上部リングの二つのピースで構成されている。上部リングが内容物の一部を隠す構造は簡潔そのものであり、その幾何学的純粋さがオブジェクトに瞑想的な静謐さを与えている。マンジャロッティの構造主義的な造形感覚が凝縮された名品である。

バンブー(Bambù) ― エンツォ・マーリ、1968年〜1969年

建築的構造要素であるコリント式柱頭や竹といった自然のフォルムからインスピレーションを得た白磁の花瓶コレクションである。工業的生産方法の研究から生まれたこのシリーズは、2015年に復刻版が発売された。不透明な白色のセラミックが形態と素材感を際立たせ、マーリの造形言語における有機的要素と幾何学的厳格さの融合を示している。

カミーチャ(Camicia) ― エンツォ・マーリ

透明なガラス容器を、底のない不透明な陽極酸化アルミニウムの円筒が包み込む二重構造の花瓶である。内と外、透明と不透明という対比が静かな緊張感を生み出し、花を生ける行為そのものを一つの造形的体験へと昇華させている。

近年の展開

ロン・ギラッドによる「フルーツボウル」シリーズや「サーフェス+ボーダー」トレイ、ジュリオ・ヤケッティとモレノ・ダルカによるミラノの車止めを小型化した「メドヘラン」ペーパーウェイト(2021年)など、近年の製品群はダネーゼの実験精神を現代の文脈で継承している。環境持続可能性への配慮も加わり、水道水を入れるために設計されたセラミック製カラフェ「スーラ」など、時代の要請に応じた製品開発が進められている。

主なデザイナー

創業期の巨匠

ブルーノ・ムナーリ(Bruno Munari, 1907年〜1998年)
芸術家、グラフィックデザイナー、著作家、児童書作家として多方面で活躍したイタリアデザインの巨人。ダネーゼでは「ファルクランド」「キューボ」をはじめとする数多くの名作を手がけ、知育玩具や限定版アートマルチプルの制作にも携わった。平面に折りたためるランプや「ポータブル・スカルプチャー」(1959年)など、知覚の曖昧性を探求する実験的作品群は、デザインと芸術の境界を拡張した。
エンツォ・マーリ(Enzo Mari, 1932年〜2020年)
「簡素の詩学」を信条とし、知育玩具、オフィスツール、家具、セラミック、テキスタイルなど幅広い分野で活動した。ダネーゼとの協働では「フォルモーザ」「ティモール」「プトレッラ」「16アニマリ」「バンブー」「カミーチャ」など無数の名作を残した。2011年にはコンパッソ・ドーロ功労賞を受賞。彼の作品群はダネーゼのカタログの礎をなしている。
アンジェロ・マンジャロッティ(Angelo Mangiarotti, 1921年〜2012年)
建築家、彫刻家、デザイナーとして構造主義的な美学を追求した。ダネーゼでは「バルバドス」灰皿をはじめとするセラミック作品を手がけ、幾何学的純粋さと素材の本質を追求するプロダクトを生み出した。
アキッレ・カスティリオーニ(Achille Castiglioni, 1918年〜2002年)
イタリアンデザインを代表する巨匠の一人として、ダネーゼとも協働し、日常のオブジェクトに遊び心と機能美を融合させる作品を残した。

現代のコラボレーター

カルロッタ・デ・ベヴィラクア(Carlotta de Bevilacqua, 1957年〜)
建築家、デザイナー、教育者、起業家。ミラノ工科大学建築学部卒業。アルテミデの社長兼CEOとダネーゼ・ミラノの社長を兼任。LED照明分野で革新的な研究を行い、多数の特許と受賞歴を持つ。ダネーゼの経営を1999年に引き継ぎ、ブランドの再生と国際的地位の回復に貢献した。
ロン・ギラッド(Ron Gilad)
イスラエル出身のデザイナー。2017年〜2018年にアーティスティック・ディレクターとしてダネーゼのロゴ刷新、カタログ再編を主導し、「フルーツボウル」シリーズや「ドローイング」ミラーなどミニマリスティックな新製品群を設計した。
ジュリオ・ヤケッティ(Giulio Iacchetti)
2019年より現アーティスティック・ディレクター。「メドヘラン」ペーパーウェイトなど、ミラノの都市文化とデザインを結びつける製品を手がけている。
その他の著名な協働デザイナー
深澤直人(Naoto Fukasawa)、パオロ・リッツァット(Paolo Rizzatto)、マタリ・クラッセ(Matali Crasset)、ジェイムズ・アーヴィン(James Irvine)、ミケーレ・デ・ルッキ(Michele De Lucchi)、ジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel)、イヴ・ベアール(Yves Behar)、フランシスコ・ゴメス・パス(Francisco Gomez Paz)、ジョナサン・オリヴァレス(Jonathan Olivares)、アルフレッド・ヘーベリ(Alfredo Häberli)、BIG(ビャルケ・インゲルス・グループ)など、世界各国の第一線で活躍するデザイナーが名を連ねる。

受賞歴と美術館コレクション

ダネーゼの製品は、世界の主要な美術館・博物館にコレクションされている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ミラノ・トリエンナーレ・デザインミュージアムをはじめ、ルーヴル美術館装飾美術部門やエルサレムのイスラエル博物館でも展示が行われた実績を持つ。

創業者ブルーノ・ダネーゼは、2014年の第23回コンパッソ・ドーロ賞において功労賞を受賞し、イタリアデザインへの長年にわたる貢献が公式に認められた。また、エンツォ・マーリも2011年に同じくコンパッソ・ドーロ功労賞を受賞しており、ダネーゼとの協働が生み出した作品群の歴史的価値は、デザイン界において広く認識されている。

ジャクリーン・ヴォドス&ブルーノ・ダネーゼ財団

1992年に会社を売却した後、ブルーノ・ダネーゼとジャクリーン・ヴォドスはパリに拠点を置く同名のアソシエーションを設立し、展覧会の開催や研究プロジェクトの組織化に取り組んだ。2004年にアソシエーションが活動を停止した後、ジャクリーン・ヴォドス&ブルーノ・ダネーゼ財団が設立され、数十年にわたって蓄積されたデザインと芸術のアーカイブを管理し、研究者やキュレーターに公開している。この財団の活動は、ダネーゼが単なる商業ブランドではなく、イタリアのデザイン文化そのものの保存と発展に寄与する存在であることを示している。

基本情報

正式名称 Danese Milano(ダネーゼ・ミラノ)
設立 1957年
創業者 ブルーノ・ダネーゼ(Bruno Danese)、ジャクリーン・ヴォドス(Jacqueline Vodoz)
所在地 イタリア、ミラノ
現代表 カルロッタ・デ・ベヴィラクア(Carlotta de Bevilacqua)/社長
親会社 アルテミデグループ(Artemide Group)※2014年より統合
主要カテゴリ Living(リビングアクセサリー)、Working(オフィスアクセサリー)、Light(照明)
アーティスティック・ディレクター ジュリオ・ヤケッティ(Giulio Iacchetti)※2019年〜
公式サイト https://www.danesemilano.com
公式オンラインストア https://onlinestore.danesemilano.com