ブラックウィング 602は、1934年にエバーハード・ファーバー社が開発した伝説的な鉛筆である。「Half the Pressure, Twice the Speed(半分の力で、倍の速さ)」というスローガンとともに世に送り出されたこの筆記具は、その卓越した書き心地と独創的なデザインにより、20世紀を代表するステーショナリーの傑作として不朽の名声を獲得した。書斎やクリエイティブスペースにおいて、優れたデザインオブジェクトとしての存在感を放ち続けている。

誕生の背景

1930年代、筆記具市場においてエバーハード・ファーバー社は革新的な製品開発に取り組んでいた。当時の鉛筆は書き味と耐久性の両立が困難であったが、同社は独自の黒鉛配合技術を駆使し、滑らかでありながら鮮明な筆跡を実現する芯を開発することに成功した。この技術革新により誕生したのがブラックウィング 602である。「602」という型番は、当時の製品ラインナップにおける品番に由来するとされている。

特徴とデザイン

ブラックウィング 602を他の鉛筆と一線を画す存在たらしめているのは、その革新的なデザインと卓越した機能性の融合である。本製品は、筆記具としての実用性と美的完成度を高次元で両立させた稀有な例として、デザイン史においても重要な位置を占めている。

独創的なフェルール機構

最も特徴的なのは、扁平な長方形の消しゴムを備えた独自のフェルール(金属製の軸端金具)である。一般的な円筒形の消しゴムとは異なり、この平たい形状は消しゴムの交換を容易にするとともに、鉛筆が机上で転がることを防ぐ実用的な効果も備えている。消しゴムはスライド式のクリップ機構により固定されており、摩耗した際には容易に新しいものと交換することができる。この革新的な設計は、ブラックウィング 602のアイコニックなシルエットを形成する重要な要素となっている。

黒鉛芯の品質

芯には厳選された黒鉛とワックスの独自配合が採用されている。この配合により、通常の鉛筆と比較して格段に滑らかな書き心地が実現されている。軽い筆圧でも濃く鮮明な線が描けることから、長時間の執筆作業においても手の疲労を軽減する効果がある。スローガンである「半分の力で、倍の速さ」は、この優れた書き味を端的に表現したものである。

外観と仕上げ

軸は深みのあるチャコールグレーで塗装され、金色の箔押しによりブランド名と型番が刻印されている。この落ち着いた色調と上質な仕上げは、プロフェッショナルな書斎空間において洗練された佇まいを見せる。実用品でありながら、所有する喜びを感じさせるオブジェとしての価値も兼ね備えているのである。

愛用者と逸話

ブラックウィング 602は、20世紀を代表する創造者たちに愛用されてきた。その使用者リストは、文学、音楽、映像芸術など多岐にわたる分野の巨匠たちで彩られている。

文学界での評価

ノーベル文学賞作家ジョン・スタインベックは、ブラックウィング 602の熱烈な愛用者として知られている。彼は毎朝24本の鉛筆を削って執筆に臨み、その滑らかな書き味が創作活動に不可欠であると語っていた。『怒りの葡萄』『エデンの東』といった名作の多くが、この鉛筆とともに生み出されたとされる。また、ロシア生まれの作家ウラジーミル・ナボコフも愛用者の一人であり、『ロリータ』の執筆にブラックウィング 602を使用したと伝えられている。

音楽界での愛用

作曲家レナード・バーンスタインは、楽譜の作成にブラックウィング 602を愛用していた。その繊細な書き味は、音符や記号を正確かつ美しく記すのに適していたという。また、ブロードウェイの巨匠スティーヴン・ソンドハイムも長年にわたりこの鉛筆を使用し、『ウエスト・サイド物語』の作詞をはじめとする数々の名作を生み出した。

映像芸術への貢献

アニメーション界においては、ワーナー・ブラザースのアニメーター、チャック・ジョーンズがブラックウィング 602を愛用していた。バッグス・バニーやダフィー・ダック、ロードランナーといった愛すべきキャラクターたちは、彼の手にあったこの鉛筆から生み出されたのである。その滑らかな描き心地は、アニメーションの流麗な線を描くのに理想的であったという。

生産終了と復刻

ブラックウィング 602の歴史は、断絶と再生の物語でもある。一度は失われかけた伝説的な鉛筆は、熱心な愛好家たちの情熱により現代に甦った。

惜しまれた生産終了

1994年にエバーハード・ファーバー社がサンフォード社に買収された後、ブラックウィング 602の生産は1998年に終了した。生産終了後、愛好家たちの間でデッドストックの争奪戦が繰り広げられ、1本あたり40ドル以上という高値で取引されることも珍しくなかった。筆記具コレクターにとって、未使用のオリジナル・ブラックウィング 602は垂涎の的となったのである。

パロミノによる復活

2010年、カリフォルニア・シダー・プロダクツ社のブランド「パロミノ」により、ブラックウィング 602は復刻された。同社は、オリジナルの精神を継承しつつ現代の技術で品質を向上させた製品を開発。復刻版は、独自のフェルール機構や滑らかな芯の書き味といったオリジナルの特徴を忠実に再現しながらも、より安定した品質管理のもとで生産されている。現在では「ブラックウィング」「ブラックウィング 602」「ブラックウィング パール」など、複数のバリエーションが展開されている。

書斎空間における価値

ブラックウィング 602は、単なる筆記具を超えた存在として、現代の書斎やクリエイティブスペースにおいて特別な位置を占めている。その洗練されたデザインと歴史的な重みは、空間に知的な品格を与える装飾的要素としても機能する。

デスク上に置かれた数本のブラックウィング 602は、その所有者が創造性と品質を重んじる人物であることを静かに物語る。デジタル機器が溢れる現代においてなお、手書きの価値を信じ、アナログの筆記具に美学を見出す姿勢の表明でもある。ペンスタンドやデスクトレイに収められたその姿は、機能的なツールでありながら、書斎を彩るオブジェ・ダールとしての役割も果たしているのである。

基本情報

製品名 ブラックウィング 602(Blackwing 602)
デザイナー エバーハード・ファーバー社
発売年 1934年
オリジナル製造元 エバーハード・ファーバー社(Eberhard Faber Company)
復刻版製造元 パロミノ / カリフォルニア・シダー・プロダクツ社(Palomino / California Cedar Products Company)
復刻年 2010年
原産国 アメリカ合衆国
素材 インセンスシダー材、黒鉛芯、金属フェルール、天然ゴム消しゴム
芯の硬度 ファーム(602)- 一般的なHBとBの中間程度
スローガン Half the Pressure, Twice the Speed(半分の力で、倍の速さ)