9093ケトルは、1985年にアメリカ人建築家マイケル・グレイブスがイタリアのAlessiのためにデザインした、ポストモダニズムを象徴するキッチンウェアの傑作である。鳥の形をした笛が特徴的なこのケトルは、発売以来200万個以上の販売を記録し、Alessiの歴史上最も成功した製品となった。ヨーロッパの芸術様式、アメリカンポップアート、そしてプレコロンビア文化の要素を巧みに融合させたグレイブスの独創的なビジュアル言語は、1980年代のデザインを定義し、今日まで世界中で愛される普遍的なアイコンへと昇華させた。
鏡面仕上げのステンレススチール製ボディと、鮮やかな色彩のポリアミド製ハンドルとのコントラストが印象的なこのケトルは、機能性と遊び心を見事に両立させている。お湯が沸騰すると小鳥が歌うという楽しい仕掛けは、日常の単調な作業に喜びと微笑みをもたらす。現在、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館、パリのポンピドゥー・センターなど、世界18の著名な美術館のパーマネントコレクションに収蔵されており、20世紀後半のプロダクトデザインの重要な転換点を示す作品として高く評価されている。
デザインの特徴とコンセプト
9093ケトルのデザインは、マイケル・グレイブスの建築的思考とポストモダニズムの理念を体現している。円錐形のボディは古典的な形態言語を踏襲しながらも、底部に配されたリベットのディテールや、蓋のつまみとなる黒い球体など、建築的な要素が随所に散りばめられている。この幾何学的な構成は、グレイブスが得意とするキュービズム的解釈と古典主義の融合を示している。
最も特徴的な要素である鳥の形をした笛は、19世紀のアメリカンティーセットの装飾や磁器製ケトルへのオマージュとして機能している。この遊び心あふれる要素は、モダニズムの厳格な機能主義に対するポストモダニズムの批評的立場を象徴的に表現している。グレイブスは「水を使って注ぎ口の先端に止まる小鳥を生き生きとさせることができたら、なんと素晴らしいことだろう」という詩的な発想から、この象徴的なデザインを生み出した。
素材のコントラストもまた、このデザインの重要な要素である。18/10ステンレススチールの鏡面仕上げは、工業的な精密さと高級感を演出し、一方でポリアミド製のハンドルと笛は、触覚的な温かみと色彩の楽しさを加えている。青いハンドルは「触れても熱くない」という機能的メッセージを視覚的に伝達し、デザインと機能の完璧な調和を実現している。
開発の背景とエピソード
9093ケトルの誕生は、1979年に始まったAlessiの野心的なプロジェクト「Tea & Coffee Piazza」に遡る。アルベルト・アレッシは、建築家の創造性を日用品デザインに応用する可能性を探るため、11人の著名な建築家を招聘した。このプロジェクトで最も商業的成功を収めたマイケル・グレイブスは、建築的言語を小さなスケールで表現する卓越した能力を示し、その後の長期的な協力関係の礎を築いた。
1985年、Alessiが初めてアメリカ人デザイナーに製品開発を委託したことは、同社にとって画期的な決断であった。アルベルト・アレッシは、特に北米市場を意識し、新しく認識しやすいビジュアル言語を持つ製品の開発を目指していた。グレイブスとの協業は、その後30年以上にわたって継続し、150以上の製品を生み出す実り豊かな関係へと発展した。二人は個人的にも親密な友人関係を築き、デザインとビジネスの枠を超えた創造的パートナーシップを実現した。
製造面では、イタリア・オメーニャのクルシナッロ工場で61の工程を経て生産される9093ケトルは、40年間で約50万時間の労働時間を創出し、約100人のデザイナー、技術者、熟練工が関わる、イタリアの製造業の卓越性を示す好例となっている。手作業と工業的プロセスの巧みな組み合わせは、大量生産時代における職人技の価値を再確認させる。
文化的影響と評価
9093ケトルは、ポストモダニズムデザインの象徴として、20世紀後半のデザイン史において重要な位置を占めている。1982年のポートランドビルに続いて発表されたこの作品は、建築の文脈で展開されたポストモダニズムの理念を、日常生活の領域に拡張する画期的な試みであった。装飾性、歴史的引用、そしてアイロニーといったポストモダニズムの特徴を、実用的な製品に落とし込むことに成功したグレイブスの手法は、その後のプロダクトデザインに多大な影響を与えた。
商業的成功という観点からも、9093ケトルの功績は計り知れない。9年間にわたってAlessiのベストセラー製品であり続け、累計200万個以上の販売を記録したこの製品は、「良いデザインは売れる」という重要な証明となった。26の国際的な映画やテレビ番組に登場し、ポップカルチャーのアイコンとしての地位も確立している。
美術館のコレクションとしての評価も極めて高い。ニューヨーク近代美術館、ヴィクトリア&アルバート博物館、フィラデルフィア美術館、インディアナポリス美術館など、世界18の主要美術館のパーマネントコレクションに収蔵されていることは、この作品が単なる商品を超えた文化的価値を持つことを示している。デザイン評論家たちは、9093ケトルを「機能と美学と意味を優雅に結合させた」作品として評価し、「著者性のあるデザインが家庭空間に浸透する」新たな時代の幕開けを告げた製品として位置づけている。
バリエーションと進化
発売以来40年にわたり、9093ケトルは時代に応じた様々なバリエーションを展開してきた。オリジナルのライトブルーのハンドルに加え、ブラック、ホワイトといったカラーバリエーションが追加され、使用者の好みやキッチンのインテリアに合わせた選択が可能となった。2015年には、30周年を記念して「Tea Rex」と名付けられた特別版が発表された。赤い鳥の代わりに翡翠色のドラゴンを配したこのモデルは、中国文化における力と幸運の象徴を取り入れ、グローバル市場への敬意を表している。
2023年には、1リットル容量の小型版「9093/1」が発表された。都市部の小規模住宅やミニマリストのライフスタイルに対応するこの新サイズは、グレイブスが1990年代にデザインした「Euclid」コレクションから着想を得た鮮やかなイエロー、グリーン、レッドのカラーパレットを採用している。これらの進化は、時代の変化に柔軟に対応しながらも、オリジナルデザインの本質を損なうことなく継承する、優れたデザインの普遍性を証明している。
最新の2025年版では、40周年を記念して、洗練された黒いボディに鮮やかなオレンジ色の鳥を配した新エディションが登場した。この大胆なカラーコンビネーションは、現代的な美意識を反映しながらも、グレイブスの遊び心あふれるデザイン哲学を継承している。
マイケル・グレイブスについて
マイケル・グレイブス(1934-2015)は、アメリカのポストモダニズム建築運動を牽引した建築家・デザイナーである。インディアナポリスに生まれ、シンシナティ大学で学士号、ハーバード大学で修士号を取得した後、1960年にローマ賞を受賞し、アメリカン・アカデミー・イン・ローマで2年間研鑽を積んだ。この期間に古代ローマの建築を深く研究したことが、後のポストモダニズムへの転向の重要な契機となった。
1962年からプリンストン大学で教鞭を執りながら、1970年代には「ニューヨーク・ファイブ」の一員として活動し、初期はモダニズムの純粋な形態言語を追求していた。しかし1970年代後半から、歴史的引用、装飾性、色彩を積極的に取り入れたポストモダニズムへと作風を転換し、1982年のポートランドビル、ルイビルのヒューマナビル、ディズニーのスワン&ドルフィンホテルなど、時代を象徴する建築作品を生み出した。
グレイブスの功績は、1999年の国家芸術勲章、2001年のアメリカ建築家協会ゴールドメダル、2012年のドリーハウス建築賞など、数多くの栄誉によって認められている。2003年に脊髄感染症により下半身不随となってからは、ユニバーサルデザインとヘルスケアデザインの分野でも先駆的な活動を展開し、2013年にはオバマ大統領によってアメリカアクセスボードのメンバーに任命された。建築から日用品まで、幅広い領域で「良いデザインを大衆に届ける」という信念を貫いた彼の遺産は、今日のデザイン界に深い影響を与え続けている。
| デザイナー | マイケル・グレイブス(Michael Graves) |
|---|---|
| ブランド | Alessi(アレッシィ) |
| 発表年 | 1985年 |
| 素材 | 18/10ステンレススチール(鏡面仕上げ)、ポリアミド(ハンドル・笛部分) |
| サイズ | 直径:220mm、高さ:225mm |
| 容量 | 2リットル |
| 対応熱源 | IH調理器対応(マグネティックスチール底) |
| カラーバリエーション | ライトブルー、ブラック、ホワイト、イエロー、レッド、グリーン |
| 製造 | イタリア・オメーニャ |
| 収蔵美術館 | MoMA(ニューヨーク)、V&A博物館(ロンドン)、ポンピドゥー・センター(パリ)他、世界18館 |