Zettel'z 5は、1997年にインゴ・マウラーによってデザインされたペンダントライトであり、彼の代表作として世界的に知られる照明作品である。「光の詩人」と称されたマウラーの創造性が結実したこの作品は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)をはじめとする世界有数の美術館にパーマネントコレクションとして収蔵されている。
本作品の最大の特徴は、80枚のA5サイズの日本製手漉き和紙を使用した独創的な構造にある。31枚には詩的な言葉や図柄が印刷されており、残る49枚は白紙のまま提供される。使用者は白紙にメッセージやスケッチを自由に描き込むことができ、照明器具でありながら個人の創造性を表現する媒体としても機能する。
デザインコンセプト
Zettel'z 5のコンセプトは、インゴ・マウラーが1970年代後半から探求してきた日本の紙という素材への深い造詣に根ざしている。薄く半透明な日本製手漉き和紙は、光を柔らかく拡散させながらも、繊細な影を生み出す特性を持つ。マウラーはこの素材の詩的な質感に魅了され、光と影、実体と非実体の間の境界を探求する表現手段として採用した。
「Zettel」とはドイツ語で「メモ」や「紙片」を意味する言葉である。この命名には、日常的なコミュニケーションの断片が集積して一つの光の雲を形成するという、マウラーの詩的な世界観が反映されている。使用者が自由に言葉や絵を書き込める白紙は、照明器具という機能的なオブジェクトを、個人の記憶や感情を宿す有機的な存在へと変容させる装置となっている。
構造的特徴
本作品の基本構造は、ステンレススチール製のフレームと耐熱性サテンガラス製のディフューザーから成る。フレームから放射状に伸びる細いステンレス棒には、それぞれ小さなクリップが取り付けられており、ここに和紙を自由に配置することができる。
照明システムは上下二つの光源で構成されている。上部のE27ソケット(最大250W)は、和紙を透過した柔らかな環境光を空間全体に拡散させる。下部のE27ソケット(PAR30、最大75W)は、テーブル面などへの直接照明として機能する。この二重構造により、実用性と芸術性を両立した照明環境が実現されている。
カスタマイゼーションの自由度
Zettel'z 5の最も革新的な側面は、その高度なカスタマイゼーション性にある。使用者は和紙の配置を自由に変更することができ、密集させれば重厚な光の雲が生まれ、疎らに配置すれば軽やかな浮遊感が演出される。空間の大きさや用途、季節や気分に応じて、照明器具の表情を無限に変化させることが可能である。
白紙への書き込みは、個人のクリエイティビティを刺激する仕掛けとして機能する。詩句、俳句、スケッチ、愛の言葉、哲学的な断想など、あらゆる表現が光の中に宿ることができる。また、来客に白紙への書き込みを依頼することで、照明器具が共同創作のプラットフォームとなり、時間とともに成長し変化する有機的な作品へと進化していく。
デザインの背景とエピソード
Zettel'z 5が誕生した1990年代後半は、デジタル技術の急速な発展により、コミュニケーションの在り方が根本的に変容しつつある時代であった。電子メールやモバイル通信の普及により、手書きのメモや手紙といった物理的なコミュニケーション手段は急速に失われつつあった。マウラーは、この時代の変化に対する反応として、手書きという行為の親密性と物理性を讃える作品を創造した。
インゴ・マウラーの友人であり、アーティストのキム・ハストライターは、MoMAでのインタビューの中で、マウラーの創作姿勢について次のように回想している。「インゴの照明作品には、しばしばユーモアが溢れていました。彼は謙虚な素材を愛していました。特に紙を愛していました。彼は芸術家であり、その表現媒体は光だったのです」。この証言は、Zettel'z 5に込められたマウラーの精神性を端的に表している。
本作品は1997年の発表以来、変わらぬ人気を博してきた。その普遍的な魅力は、機能性と芸術性、個人性と普遍性、伝統と革新という、一見相反する要素を見事に調和させたデザインの完成度に由来する。また、交換用の白紙セット(80枚入り)が別途提供されているという配慮も、長期的な使用を前提とした設計思想を示している。
評価と影響
Zettel'z 5は、発表当初から国際的なデザイン界で高い評価を獲得した。ニューヨーク近代美術館(MoMA)への収蔵は、本作品が単なる照明器具を超えて、現代デザインの重要な参照点として認識されていることを示している。美術館でのキュレーションコメントでは、「参加型デザイン」の先駆的事例として、また「ユーザーの創造性を解放する装置」として位置づけられている。
デザイン評論家たちは、Zettel'z 5を「インタラクティブデザインの初期の成功例」として評価してきた。1990年代後半という時代において、完成された製品ではなく、使用者の参加によって完成に至るオープンエンドなデザインを提示したことは、極めて先見的であった。この思想は、後のパーソナライゼーション志向のデザイン潮流を先取りするものであった。
照明デザインの専門誌では、本作品の技術的洗練性も高く評価されている。二重光源システムによる環境光と作業光の両立、和紙という脆弱な素材を耐久性のある製品に昇華させた素材工学、そして量産品でありながら個別性を保持する生産システムなど、多層的な技術的達成が認められている。
派生作品とバリエーション
Zettel'z 5の成功を受けて、マウラーは複数のバリエーションを展開した。1998年には、より小型のZettel'z 6が発表された。こちらはA6サイズの和紙を使用し、単一光源を持つ簡略化された構造となっている。
また、限定版として特別な印刷を施したバージョンも制作されている。2011年の「Zettel'z Viva l'Italia」は、イタリア統一150周年を記念し、80枚すべてにイタリア関連の図柄が印刷された特別版である。「Zettel'z Laughing Buddha」は、風化した中国の仏像の写真が両面に印刷された和紙を使用し、儚さと精神性を主題とした限定200個の作品となっている。
デザイナー:インゴ・マウラーについて
インゴ・マウラー(1932-2019)は、20世紀後半から21世紀初頭にかけて活躍したドイツの照明デザイナーである。「光の詩人(Poet of Light)」という称号で知られ、その革新的な作品群は照明デザインの概念を根本的に拡張した。
1932年、ドイツのボーデン湖に浮かぶライヒェナウ島で漁師の息子として生まれたマウラーは、組版工としての訓練を受けた後、ミュンヘンでグラフィックデザインを学んだ。1960年にアメリカに移住し、ニューヨークとサンフランシスコでフリーランスのデザイナーとして活動。1963年にドイツに帰国し、1966年に自身の会社Design M(後のIngo Maurer GmbH)を設立した。
マウラーのキャリアを決定づけた作品は、1966年発表の「Bulb」である。巨大な電球の形をしたこのテーブルランプは、ポップアートの影響を受けた大胆なデザインで、照明器具に対する従来の固定観念を打ち破った。この作品は即座にMoMAのコレクションに加えられ、マウラーの名声を確立した。
1984年に発表した低電圧ハロゲン照明システム「YaYaHo」は、照明デザインの技術的革新として画期的であった。露出したワイヤーケーブルに可動式のハロゲン照明要素を配置するこのシステムは、インテリア照明の可能性を大きく拡張し、無数の模倣者を生んだ。
マウラーの作品の特徴は、最先端技術と詩的な感性の融合にある。1992年の「Lucellino」では、通常の電球に手作りの鵞鳥の羽根を取り付けることで、技術と自然の境界を探求した。1994年の「Porca Miseria!」は、破砕された陶磁器の破片から構成されるシャンデリアで、ミケランジェロ・アントニオーニの映画「砂丘」の爆破シーンに着想を得た作品である。
晩年のマウラーは、LED技術とOLED技術の照明への応用においても先駆的な役割を果たした。2001年には最初期のLEDデスクランプ「EL.E.Dee」を発表し、2006年からはOLEDを使用した作品を展開するなど、常に最新技術を詩的な表現に昇華させ続けた。
受賞歴とコレクション
インゴ・マウラーは、そのキャリアを通じて数多くの権威ある賞を受賞した。主要な受賞歴は以下の通りである。
- 2011年:コンパッソ・ドーロ(Compasso d'Oro)キャリア功労賞 - イタリアデザイン界最高の栄誉
- 2010年:ドイツ連邦共和国デザイン賞(Design Award of the Federal Republic of Germany)- ドイツ経済技術省による生涯功労賞
- 2006年:ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉博士号(Honorary Doctorate, Royal College of Art, London)
- 2005年:ロイヤル・デザイナー・フォー・インダストリー(Royal Designer for Industry)- 英国王立芸術協会による称号
- 2003年:ゲオルグ・イェンセン賞(Georg Jensen Prize)- デンマークの権威あるデザイン賞
- 2003年:織部賞(Oribe Award)- 日本、岐阜県デザインアカデミーによる国際デザイン賞
- 2002年:コラボ・デザイン・エクセレンス賞(Collab's Design Excellence Award)- フィラデルフィア美術館
- 2000年:ラッキーストライク・デザイナー賞(Lucky Strike Designer Award)- レイモンド・ローウィ財団
- 1999年:ミュンヘン市デザイン賞(Design Prize of the City of Munich)
- 1997年:デザイナー・オブ・ザ・イヤー - ドイツ雑誌「Architektur & Wohnen」選定
マウラーの作品は、世界有数の美術館・博物館のパーマネントコレクションに収蔵されている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)には、Bulb、Gulp、YaYaHo、Lucellino、Zettel'z 5、Porca Miseria!などが収蔵されている。その他、クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館(ニューヨーク)、ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)、ステデライク美術館(アムステルダム)など、世界中の主要なデザイン博物館がマウラーの作品を保有している。
後世への影響
インゴ・マウラーとZettel'z 5が照明デザインに与えた影響は、複数の層において認識することができる。第一に、本作品は「参加型デザイン」という概念を照明器具の領域に持ち込んだ先駆的事例である。完成品としての照明器具ではなく、使用者の創造性によって完成に至るオープンエンドな製品という思想は、後のカスタマイゼーション志向のデザイン潮流に大きな影響を与えた。
第二に、Zettel'z 5は、照明器具が単なる機能的道具ではなく、感情や記憶を宿す存在となり得ることを示した。家族の写真、旅の思い出、愛の言葉、哲学的思索など、個人の内面世界が光の中に可視化されるという体験は、照明デザインの情緒的可能性を大きく拡張した。
第三に、日本の手漉き和紙という伝統的素材と、現代的な照明技術の融合は、グローバル時代におけるクラフトと産業の新たな関係性を示唆している。マウラーは、地域固有の伝統技術を国際的な現代デザインの文脈に位置づけることで、文化的多様性と技術革新の両立可能性を実証した。
2019年10月21日、インゴ・マウラーは87歳でミュンヘンにて逝去した。彼の最後のインスタレーション作品である、3000枚以上の銀メッキされた葉で構成されるシャンデリアは、逝去のわずか数日前にミュンヘンのレジデンツ劇場で完成した。彼が設立したIngo Maurer GmbHは、創業者の精神を継承しながら、現在も革新的な照明作品を世界に送り出し続けている。
基本情報
| 製品名 | Zettel'z 5 |
|---|---|
| デザイナー | インゴ・マウラー(Ingo Maurer) |
| 製造元 | Ingo Maurer GmbH |
| 発表年 | 1997年 |
| 分類 | ペンダントライト |
| 主要素材 | ステンレススチール、耐熱性サテンガラス、日本製手漉き和紙 |
| サイズ | 直径:120cm / キャノピー直径:11cm / ケーブル長:330cm(標準)、600cm(特注) |
| 光源 | E27ソケット×2(上部:最大250W / 下部:PAR30 最大75W)※電球別売 |
| 付属品 | A5サイズ和紙80枚(印刷済み31枚、白紙49枚) |
| オプション | 交換用白紙セット(80枚入り)別売 |
| コレクション収蔵 | ニューヨーク近代美術館(MoMA)、他多数の美術館 |
| 原産国 | ドイツ |