Cronotime(クロノタイム)は、イタリアデザイン界の若き天才ピオ・マンヅーが1966年に手掛けた置き時計である。彫刻家ジャコモ・マンヅーを父に持つピオは、わずか27歳という若さでこの革新的な時計をデザインし、イタリア初のトランジスタ時計として歴史に名を刻んだ。当初はFIAT社の年末ギフトとして設計されたこの時計は、その独創的なフォルムと機能性によって瞬く間に注目を集め、Ritz Italora社での製品化を経て商業的成功を収めた。

1988年、イタリアの名門ブランドAlessiがこの名作を復刻。さらに2010年にも再版され、半世紀以上の時を経てもなお、その普遍的な魅力を放ち続けている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクションにも収蔵されるなど、Cronotimeは単なる時計を超えた、20世紀デザインの重要な証人として認識されている。

特徴・コンセプト

Cronotimeの最大の特徴は、3つの可動部分で構成される独創的な構造にある。円筒形の本体は、まるでテーブルの表面から有機的に浮き出てくるような印象を与え、1960年代後半から70年代初頭のスペースエイジデザインの精神を体現している。ユーザーは2つのパーツを相互に回転させることで、様々な形状を作り出すことができ、文字盤の向きも自由に調整可能である。この柔軟性により、あらゆる角度から時間を読み取ることができる。

デザインの着想源は、ピオ・マンヅーの自動車デザインにおける経験にある。流線型のフォルムと機能的な美しさの融合は、彼がFIATのスタイルセンターで培った美学を反映しており、自動車のインストルメントパネルを彷彿とさせる洗練されたデザイン言語が採用されている。ABS樹脂という当時としては革新的な素材の採用により、軽量でありながら耐久性に優れた製品となっている。

カラーバリエーション

現在のAlessiからは、クラシックなブラックと鮮やかなオレンジの2色が展開されている。ブラックはあらゆるインテリアスタイルに溶け込むタイムレスな選択肢であり、オレンジはレトロフューチャーな雰囲気を演出する。どちらのカラーも、3時、6時、9時、12時の位置に配された明確なマーカーにより、遠距離からでも時間を読み取りやすい設計となっている。

エピソード

Cronotimeの誕生には、イタリアデザイン史における興味深いエピソードが隠されている。1966年、FIAT社は取引先への年末ギフトとして特別な置き時計の制作を企画した。この依頼を受けたピオ・マンヅーは、単なる贈答品の枠を超えた、革新的なデザインを提案。彼の父ジャコモ・マンヅーが彫刻家として追求した造形美と、ウルム造形大学で学んだ機能主義デザインの思想を融合させ、遊び心と実用性を兼ね備えた独創的な時計を生み出した。

当初、この時計はFIATの贈答品として限定的に配布されたが、その斬新なデザインと使い勝手の良さが評判を呼び、ミラノのRitz Italora社が製品化を決定。一般市場に投入されると、瞬く間にイタリア中で話題となり、商業的な大成功を収めた。しかし、その成功を見ることなく、ピオ・マンヅーは1969年、わずか30歳という若さで交通事故により他界してしまう。

彼の死から約20年後の1988年、Alessiのアルベルト・アレッシが「特別な喜びを感じる復刻」と語りながらCronotimeをコレクションに加えた。この決定は、単なるビジネス上の判断を超えて、イタリアデザイン史における重要な作品を後世に伝えるという文化的使命の表れでもあった。

評価

Cronotimeは、20世紀のプロダクトデザインにおける重要なマイルストーンとして、世界中のデザイン界から高い評価を受けている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクションへの収蔵は、その芸術的・歴史的価値を証明する最も権威ある認定の一つである。キュレーターたちは、この時計が持つ「機能と形態の完璧な調和」と「時代を超越した美しさ」を特に高く評価している。

デザイン評論家たちは、Cronotimeを「イタリアンデザインの精神を体現する作品」として位置づけている。その理由は、技術的な革新性(イタリア初のトランジスタ時計)と芸術的な美しさを両立させている点にある。また、ユーザーとのインタラクションを重視した可動式のデザインは、後のインタラクティブデザインの先駆けとも評価されている。

現代においても、Cronotimeはデザイン教育の現場で頻繁に取り上げられる。その理由は、限られた技術と素材の中で最大限の創造性を発揮した好例であり、また「贈り物」という特別な用途から生まれた製品が、普遍的な価値を持つデザインへと昇華された過程が、デザイン思考の本質を示しているからである。

デザイナー:ピオ・マンヅー

ピオ・マンヅー(Pio Manzù, 1939-1969)は、イタリアデザイン史に鮮烈な足跡を残した天才デザイナーである。彫刻家ジャコモ・マンヅーの息子として生まれた彼は、幼少期から芸術的環境に囲まれて育った。ドイツのウルム造形大学(Hochschule für Gestaltung)で産業デザインを学び、トマス・マルドナードらの指導の下、機能主義と美学を融合させたデザイン哲学を確立した。

1962年、わずか23歳でRevue Automobile誌主催のコンペティションで優勝し、Austin Healey 100シャーシ用のクーペボディデザインで注目を集めた。1967年からFIATのスタイルセンターでコンサルタントとして活動を開始し、Fiat 127、City Taxi、Autobianchi Coupéなど、革新的な自動車デザインを手がけた。

彼の作品群は自動車に留まらず、Flos社のためにアキッレ・カスティリオーニと共同でデザインした照明器具「Parentesi」(1971年)、La Rinascenteの人間工学的アームチェア(1967年)など、多岐にわたる。これらの作品に共通するのは、技術的な革新性と詩的な美しさの融合、そして人間とモノとの関係性への深い洞察である。1969年5月26日、交通事故により30歳という若さで他界したが、その短い生涯で残した作品群は、今なお世界中のデザイナーたちに影響を与え続けている。

ブランド:Alessi

Alessi(アレッシィ)は、1921年にジョヴァンニ・アレッシによって創業されたイタリアの家庭用品メーカーである。北イタリア・オメーニャに本拠を置き、「夢の工場」として知られるこのブランドは、日用品を芸術作品へと昇華させることをミッションとしている。創業当初は真鍮や洋銀の加工工房として始まったが、現在では世界中の著名デザイナーとのコラボレーションを通じて、革新的なデザイン製品を生み出し続けている。

1970年代以降、アルベルト・アレッシ(創業者の孫)の経営下で、Alessiは「イタリアデザインファクトリー」の代表的存在へと成長した。エットーレ・ソットサス、アキッレ・カスティリオーニ、フィリップ・スタルク、ザハ・ハディドなど、世界的なデザイナーや建築家との協業により、機能性と芸術性を融合させた製品を次々と発表。特に1985年のマイケル・グレイヴスによる「鳥の鳴き声がする笛付きケトル」は、Alessi史上最大のベストセラーとなった。

Alessiの哲学は、「デザインは新しい芸術と詩の形態」という信念に基づいている。単なる機能的な道具を超えて、人々の感情に訴えかけ、日常に喜びと驚きをもたらす存在として製品を捉える。この思想は、Cronotimeの復刻においても貫かれており、半世紀以上前のデザインが現代においても新鮮な驚きを提供し続ける理由となっている。

基本情報

製品名 Cronotime(クロノタイム)
デザイナー ピオ・マンヅー(Pio Manzù)
ブランド Alessi(アレッシィ)
オリジナルデザイン年 1966年
Alessi復刻年 1988年、2010年
素材 ABS樹脂
サイズ 直径7cm × 高さ8.5-9cm
ムーブメント クォーツ式
電源 LR44ボタン電池
カラー展開 ブラック、オレンジ
製造国 イタリア
収蔵美術館 ニューヨーク近代美術館(MoMA)パーマネントコレクション