ミニマリズムの結晶が生み出した究極の目覚まし時計

AB1アラームクロックは、1987年にディートリッヒ・ルブスがディーター・ラムスの監督のもとでBraun AGのために設計した、20世紀後半を代表するプロダクトデザインの傑作である。わずか64mm四方という極めてコンパクトな筐体の中に、目覚まし時計として必要な全ての機能を過不足なく収めたこの作品は、「Less, but better(より少なく、しかしより良く)」というラムスの哲学を完璧に体現している。無駄を徹底的に排除しながらも使い勝手を犠牲にしない、機能美の究極の形とも言える存在である。

デスクトップクロックとしても、トラベルクロックとしても優れた汎用性を持つAB1は、その誕生から四半世紀以上が経過した今日においても、時代を超えた美しさと実用性を保ち続けている。AppleのiOS 7時計アプリのデザインソースとなり、Virgil AblohやPaul Smithといった現代のデザイナーたちにコラボレーションのインスピレーションを与え続けるこの時計は、優れたデザインが持つ普遍性を証明する生きた証人である。

ディーター・ラムスの10原則が具現化された設計

AB1の設計において、ディーター・ラムスが1970年代後半に提唱した「グッドデザインの10原則」が徹底的に実践されている。ラムスは当時、世界が「形、色、音の不可解な混乱」に満ちていることに危機感を抱き、自身の作品が真に良いデザインであるかを問い直した。その結果として生まれた10の原則は、革新性、有用性、美的品質、理解可能性、誠実性、控えめさ、耐久性、徹底性、環境への配慮、そして「可能な限り少ないデザイン」という考え方から成り立っている。

AB1においては、正方形の簡潔なフォルムに黒のマットな筐体、白い文字盤に黒い時針と分針、そしてBraunのアイコンとなった黄色い秒針という最小限の要素で構成されている。文字盤にはAkzidenz Groteskという明快なサンセリフ書体が用いられ、時刻の判読性を最大限に高めている。側面に施されたリブ加工は、暗闇でも手探りで時計を認識し、操作できるよう配慮された機能的な造形である。装飾的な要素は一切なく、全ての形状と素材が明確な機能的理由に基づいて選択されている。

Braunの統一されたデザイン言語

ディートリッヒ・ルブスは、Braunの家電タイポグラフィー部門で働き始め、後にディーター・ラムスの下でプロダクトデザインを手がけるようになった。彼は1971年にBraunが時計カテゴリーに参入する際の中心人物として、同社の時計シリーズ全体に統一されたブランドアイデンティティを確立した。ルブスが確立したデザイン規則の一つに、すべてのBraun製目覚まし時計の針を10時8分に設定して撮影するという原則がある。これは、この位置が視覚的に最も美しく、バランスが取れていると彼が判断したためである。

また、すべてのBraun製目覚まし時計に同じアラーム音と黄色い秒針を採用することで、製品ライン全体に一貫性を持たせた。AB1もこの伝統を受け継ぎ、Braunの時計デザインを象徴する黄色い秒針を特徴としている。この小さな黄色いアクセントは、機能的にも秒針の動きを明確に示すとともに、視覚的なアクセントとしてデザイン全体を引き締める役割を果たしている。

徹底的にユーザーを考慮した機能設計

AB1の設計において、ラムスとルブスはユーザーの環境と製品との相互作用を戦略的に考慮した。この研究主導のアプローチが、細部に至る設計決定に反映されている。クォーツムーブメントを採用することで静音性を実現し、睡眠を妨げることなく正確な時刻を刻み続ける。秒針のスイープモーション(連続的な動き)により、カチカチという音が完全に排除されている。

アラーム機能には、段階的に音量が大きくなるクレッシェンド方式を採用している。これにより、急激な大音量で目覚めるストレスを軽減し、より自然な覚醒を促す。スヌーズ機能は時計本体の上部を押すことで作動し、寝ぼけた状態でも直感的に操作できる設計となっている。スヌーズ間隔は5分間に設定されており、短すぎず長すぎない理想的な長さである。

暗闇での使用も考慮され、時針と分針の先端には蓄光塗料が施されている。さらに、ライト機能を備えており、上部を押すことで文字盤が5秒間照明される。バッテリーは単三電池1本で駆動し、長期間の使用が可能である。このように、AB1は目覚まし時計に求められるあらゆる場面を想定し、最適な解決策を提供している。

時代を超えた影響力とデザインの継承

AB1は、デザイン史において特筆すべき影響を及ぼしてきた。最も顕著な例は、Appleによるデザインの継承である。故スティーブ・ジョブズの下でAppleのデザインを率いたジョナサン・アイヴ卿は、ディーター・ラムスから深い影響を受けたことを公言している。2013年、AppleがiOS 7の時計アプリをリデザインした際、その文字盤はAB1を含むBraunの時計デザインを明確に参照したものとなった。これについてラムス自身は「彼らが設計についての同じ基本的な考え方を使用していることは褒め言葉だ」と述べ、Appleを「デザインを真剣に考えている数少ない企業の一つ」と評価している。

21世紀に入っても、AB1のデザインは現代のクリエイターたちにインスピレーションを与え続けている。2021年、ファッションデザイナーのVirgil Ablohは、自身のブランドOff-WhiteとBraunのコラボレーションにおいて、AB1を基にしたBC02クロックを発表した。ブライトオレンジとペールブルーという鮮やかな色彩を採用し、「インテリア空間で際立つオブジェクト」を目指したこの作品は、クラシックなデザインが現代的な解釈によって新たな生命を得ることを示した。同様に、イギリスのデザイナーPaul Smithも、AB1の設計を基にしたコラボレーションモデルを発表し、象徴的な黄色い秒針を彼のトレードマークであるマルチカラーストライプに変更した限定版を制作している。

美術館コレクションと文化的評価

AB1の設計の卓越性は、世界の主要なデザイン美術館によって認められている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)は1959年以来Braun製品をコレクションに含めており、数多くの展覧会でその作品を紹介してきた。AB1を基にした現代版のBC03クロックは、現在もMoMAデザインストアで販売されており、美術館がその設計の普遍的価値を認めている証左である。

スミソニアン協会のクーパー・ヒューイット国立デザイン博物館も、ディーター・ラムスとディートリッヒ・ルブスによるBraun製品を多数収蔵している。同館は「Bob Greenberg Selects」展示において、AB1を含むBraun製品を「機能を優先し、余分な装飾を排した設計原則」の代表例として紹介し、これらの原則が今日の工業デザインと製品デザインにおいて依然として人気を保っていることを指摘している。

継続する生産と現代への適応

AB1は1987年の発売以来、長期にわたって生産が継続された稀有な製品である。2005年にBraunがGillette、続いてProcter & Gambleに買収された際、ラムスとルブスが設計した多くの製品ラインが廃止されたが、AB1の基本設計は生き残り、現代まで継承されている。現在、BC02Xという型番で販売されている現代版は、オリジナルのデザインを尊重しながら、改良されたムーブメントと蓄光性能の向上した針を採用している。

この継続的な生産は、優れたデザインが一時的な流行ではなく、時代を超えた価値を持つことを実証している。ラムスの原則の一つである「グッドデザインは長持ちする」という考え方が、AB1において文字通り実現されているのである。使い捨て社会においても、本質的に優れた設計は陳腐化することなく、何十年にもわたって人々に選ばれ続ける。AB1はその生きた証明であり、デザイナーやメーカーにとって、真に持続可能な製品とは何かを示す指針となっている。

基本情報

デザイナー ディートリッヒ・ルブス(デザイン監修:ディーター・ラムス)
ブランド Braun AG
発表年 1987年
製品コード 4746
サイズ 幅64mm × 高さ64mm × 奥行31mm
素材 プラスチック(ABS)、アクリル
機構 クォーツムーブメント
電源 単三電池1本
主な機能 アナログ表示、クレッシェンドアラーム、5分スヌーズ、ライト機能、蓄光針、静音スイープセコンド
収蔵 ニューヨーク近代美術館(MoMA)、クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館
生産国 ドイツ